一夢話
『ここから出たければ一度も降りるな』
電車の中だと感じた次の瞬間、俺は体育館に居た。
「まじかよ。卒業式の練習か…」
クラスメイトが3列に並び、俺はその中列左寄り。列の外には奇怪な顔かたちの人間が幾人もいて、こちらを監視している。
「歌の練習とか勘弁だぜ…」
みんなが足を少し開き前を向いて歌う中、俺はそれに合わせて口だけを開く。
「ちゃんと歌ってますよ」
時より視線を向けてくる奇怪な顔の人間に示すため少しだけ声を出す。
「早く終わってくれねぇかな…」
そして気付けば帰りの電車だった。最悪の状況から抜け出した安堵はなく疑問が浮かぶ。
「どこで降りればいい?」
『ここから出たければ一度も降りるな』
その応えに答えたのは悪魔だろうか。頭にはその言葉がこびり付いている。
「いや、でも俺が行きたいところに止まらねぇぞ」
とりあえず駅に止まった。クラスの一人が降りていく。
「とりあえず、降りるか…」
降りれば、何人か人がいる。乗っていた電車は下が闇の空中にあり、何本も便が走っている。
「なぁ、俺はどれに乗ればいいんだ?」
一緒に降りたクラスメイトに問う。
「お前、降りたのか?」
「?」
なんだ、降りてはダメだったのか?
「ああ、降りた。あれに乗っていけばいいのか?」
「乗ってればそのうち着くさ。だけどやばいな」
「何がだよ?」
クラスメイトは俺の切符を見て言う。
「二回印がついてるな。まあ車掌に言えばいいんじゃないか?」
「ああ…」
何のことだかさっぱりだ。とりあえずクラスメイトには感謝しておく。
「他の奴にも聞いてみるか…あ、お前!」
この世界とは完全に別枠の、眼鏡を掛けた理知的な男が目に映る。
「先輩じゃないですか。こんなところで何してるんですか?」
思い出した。俺は祓魔師でここには悪魔退治をしに来たんだった。
「あ、いや、ちょっとこの先の学校で悪魔退治をな…」
「そうだったんですか」
「全く、嫌な相手だったぜ」
そうだ。ここは魔境だ。理屈は分からないが電車は現実世界へと繋がっていて、乗っていればそのうち現実世界に戻れるんだった。
「やっと思い出した…」
「じゃあ先輩、私は仕事あるんで、行きますね」
「おう…お前も気をつけろよ」
そうと分かれば俺も電車に戻ろう。同じ方向に向かう電車に乗りなおす。
今まで背景も人の顔もあまり認識できていなかったが、なるほど魔境のせいだったか。全てに得心がいった。
「あとは帰るだけか…」
『ここから出たければ一度も降りるな』
「?」
変な忠告だけが頭の中に木霊する。
斜陽に照らされる電車の中、外を見れば何もない闇が広がる不思議な光景。俺はただただ電車に乗り続けた。