ボクハオカシクナンカナイ
テーマ【狂気】
小さいころ、虫眼鏡で蟻を焼き殺すのが好きだった。
太陽の光を集約し、膨大なエネルギーを持って、罪なき昆虫を炙り殺す。
ほんの五秒前まで動いていた命が、白い煙を立てて動かなくなる瞬間に、僕は心を躍らせた。
家の庭で、学校の校庭で、田んぼ道で、僕は虫眼鏡で焼き殺す標的を探していた。
初めは小さな虫だった標的も、次第に大きくなっていった。
蜘蛛、蝶、蝉、魚、蜥蜴……。
しかし個体が大きくなるほど、標的は良く動き、虫眼鏡程度の熱量では、焼き殺せなかった。
小さな虫眼鏡ではすぐにエネルギー不足であった。
次の武器はライターだった。
オイルで濡れた“それ”は凄く良く燃えた。
初めは “それ”の表面をうっすらと覆うように、青い炎が現れる。
次第に炎の色が、青からオレンジに変わると、油の焦げたような匂いと共に白い煙が立つ。
そして、オレンジの炎が大きくなり、黒い煙になる頃には“それ”は、熱でもがいていた、四肢を曲げて、黒く硬くなって動かなくなってしまう。
ボクサー姿位と、呼ぶらしいその姿勢は、生まれたての赤ん坊の様な恰好をしていた。
その姿に、僕は酷く興奮した。
けれど、すぐにそれでは満足できなくなってしまった。
もっと、大きなモノを。
もっと、大きな生き物が焼かれるところを見たい。
しかし、手ごろな標的はいなかった。
個体が大きくなるにつれて、それがいなくなることでの社会的影響が大きくなっていく。
せいぜい、小動物がいいところであった。
しかし、それでは僕は満足ができなくなってしまった。
そんなとき、路地裏で僕は不良に絡まれ、因縁をつけられた。
僕は気が付いてしまった。
――ああ、ここにあるじゃあないか。
次の日、僕はルンルンとした気分で準備をしていた。
こんな気分はいつ以来だろう。
初めて蟻を虫眼鏡で焼き殺したとき以来だろうか。
気分が高揚し、世界が輝いて見えた。
僕はポケットにスタンガンを忍ばせ、スーツケースを持って外に出た。
スーツケースの中には、ロープとオイル。ガムテープと、そのた必要な小道具がもろもろ。
人間一人分入ってしまいそうなほど大きなカバンは、良く目立ってしまう。
いや、目立ってくれないと、困るのだ。
“それ”は誘蛾灯に誘われた蟲の様に、僕のもとに現れた。
人気のない路地裏。監視カメラもない。格好の狩りの場所。
相手は愚かにも一人。社会の汚物は、加熱消毒しなければならない。
怯えて動けないふりをした僕に、“それ”は余裕をかましながら、可逆的な笑みを浮かべていた。
“それ”が余所見をした瞬間に、僕はスタンガンを押し当てた。
地面に倒れ、動かなくなった“それ”を僕は手際よく縛り上げ、口をふさぎ、スーツケースに閉まった。
車で移動し、“それ”を燃やす場所に着いた僕はカバンを開けた。
「お、おまえ、狂ってやがる」
塞いでいたガムテープが取れてしまっていた。“それ”は僕を見ると、そう何度も吐き出した。
もう一度、僕は“それ”にスタンガンを当てると、そいつは今度こそ動かなくなった。
縄を解き、四肢は自由にさせる。代わりに腰と胸に鎖を巻き付け、地面に杭を打つ。四肢がのたうち、硬く硬直する様が良く見えるように。
念入りに、緩みがないかを確認する。そして、まんべんなく燃料を染み込ませる。良く焼けるようにと。
どんなふうに燃え、どんなふうに踊り狂うのか。そして、どんなふうに硬直するのか。
そう考えただけで、脳汁がドバドバと分泌されていった。
僕は最高に興奮していた。
震える手で、ライターの火をつける。この火を落とせば、願いが叶う。
――ボクハオカシクナンカナイ
僕はただ、自分の欲求に正直なだけだ。
【読了後に関して】
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