胸中へ消える、淡い恋
稚拙な文ですが、暇潰し程度に読んでいってください。
何時からだろうか。彼女を目で追うようになったのは。
「それでね、電車でさ」
「うんうん」
HR後の朝、クラスの中で女子と一緒に華やかな笑顔を見せながら楽しく会話をしている。
神代海月。それが彼女の名前だ。
一つにまとめた黒髪は友達の方を振り向く度に揺れ、日の光を浴びて艶めく。黒く濡れたような瞳も健康的な肌も魅力的で、俺からすればクラスの花というべき存在だった。
とはいえ、そんな高嶺の花に届くわけもない。俺、柴村悠はクラスカーストの下位にいる存在だ。身分が違いすぎる彼女との会話なんてほとんどなかった。
「柴村、次授業何だっけ?」
「あー、確か現文」
「そか、ありがと」
「うん」
とまぁ、男子からも用事があれば話しかけられる程度だが、俺はそんな扱いで十分だと思えた。
高校入学時から数か月ほど、俺はクラスでからかわれる存在だった。運動部に入っているカースト上位の男子からいじられる日々。
別にそれは慣れていた。
むしろマシだと思えた。
中学の時は男子ではなく女子からからかわれ、すれ違いざまに「キモい」とか「ブス」とか言われていた。
真正面から言われるのとは違った言葉の鋭さに、中学の時は本当に登校拒否をしたくなった。
できなかったのは親に迷惑が掛かるからだ。
高校二年十月の今、俺はというと運動もできず、勉強も平均程度。特に目立つことがない俺は格好の的だったのかもしれない。教室内では読書をしてばかりで、今と同じく話しかけられればそれに応えるだけだった。
高校から変わろうと少し学力が上の高校に進学してきたものの、結局引っ込み思案なのが災いして中学と何ら変わらない生活を送っていた。
同じ中学の人もいたけれど、すべて女子だった。
小学校からの付き合いの女子もいるけれど、その人たちはその人たちでグループを作っている。まぁ当たり前だろう。希望なんて持っていない。
女子は嫌いだ。
散々陰口を言われて、現実を見て、そう確信した。
けれど俺は、神代さんから目が離せない。
どうしてだろう。
自問自答してみても、わからない。寧ろ疑問が増えるばかりで。
俺自身、女子を関わることだってある。部活に関しては、同じ学年の部員は俺以外すべて女子だった。
その時間は楽しいと思えた。部活の時間も、その合間に喋る時間も。とても、とても楽しかった。
それは本当のはずなのに。
心の中では、それが偽りの時間だと思えて。
女子たちもきっと心の中では、俺の事を嘲笑い、馬鹿にしているのではないかと。一年以上関わってきても、その疑念が晴れることは無かった。
そんな俺が、なぜ、彼女から目が離せないのだろうか。
ふと、教室内が静かになる。先生が入ってきたからだ。
「起立。お願いします」
「「お願いします」」
「はい、お願いしまーす」
軽く挨拶を終えると、現文の授業が始まった。
俺は先生の話を聞きながら黒板に書かれていく解説をノートにまとめていく。
ある程度書き終わったところで、先生が教科書の朗読に入った。
それから、数分。男子では、寝ている人が出始めた。
俺は廊下側の一番後ろという席なので教室を見渡すことができた。
現文は好きだ。
だからこの時間も心地よい。頭の中に流れてくる文章に、音に、まるでその世界に入り込むように夢中になるため、眠くなることは無かった。
読書をするというのは案外バカにできない。ラノベであれ純文学であれ、その本の文章の中には知識が詰まっている。
教科書に載っている小説だって読んだことはある。
それぐらい好きだからこそ、寝るのはもったいないなと感じた。
寝ている人間が他にいるのかなぁ、と辺りを見てみると神代さんがこくっ、こくっと頭が縦に揺れ、眠気と格闘していた。
普段真面目に授業に取り組み、成績も良く貼り出される成績上位者の中に何度も名前が載っているのを見たし、運動部に入っているため運動神経もいい。容姿は俺が見る限りかなりいい方だと思う。
男子とあまり話しているところを見たことは無いが、席替えで隣になった男子とは笑顔で話すあたり、人当たりもいい。
俺からすれば完璧な人間で。
だから、彼女のその姿が新鮮で。
少しだけ、笑みが零れた。
初めて話したのは、今年の五月の終わりか六月の初め頃だったか。体育祭の練習の時だ。
うちの体育祭は変わっていて、所謂球技大会に近い。
もちろんリレーとかの定番競技もあるけれど、それぐらいしかない。それ以外では卓球やソフトボール、サッカーにバスケットボールなど、それらのスポーツをクラスごとに争い総合的に得点の多かったクラス三つが表彰される。
もちろん人数制限があるためクラスの何名かが競技に参加という形だ。予め誰が出るかを相談して決め、体育の時間に練習を行っている。あと、もちろんだが男女で分かれている。
俺はソフトボールと卓球を選択しておいた。それらが一番いいと思ったからだ。他の競技だと、ほら、他に適任がいるしね?
そういうわけで、その体育の授業を迎えソフトボールの練習をしているときに、クラスメイトの一人が練習に向かう神代さんを呼び止めた。
神代さんはソフトボール部に所属しているため、勝つためにと教えを乞おうと思ったのだろう。そして神代さんはそれを快く了承してくれた。
その時、ちょっとした問題が発生した。
グローブがなかったのだ。
神代さんはピッチャーなので投げてもらおうと思ったのだろうが、神代さんは左利きで左利き用のグローブを探していたのだがそこら辺にはなかった。
が、何の偶然か俺も左利きで、左利き用のグローブを使っていた。探すより渡したほうが早いだろう、と俺は神代さんに駆け寄る。
「俺左利きだから、これ」
「あっ、ありがとー。じゃあちょっと借りるね」
神代さんは気にせずグローブを受け取り、マウンドに立つ。
神代さんはさっと足元を確認して、何球か投球を始める。部活をやっているから当たり前だけれど、その時のフォームが綺麗だった。そして、この俺は初めて彼女を認識した。この時は一クラスメイトとしか思っていなかったのだ。
そしてある程度投げ終え、神代さんは女子に呼ばれたのでグローブを外すと俺の元へ駆け寄ってくる。
「助かったよー、ありがとね」
「あ、ううん」
そう言って女子たちの元へ戻っていく。
神代さんは合流したあと、なんだか女子たちと盛り上がっていたようだが、俺はその理由が分からない。きっとわからなくていいだろう。
その後も、何度か話した。
それは何気ないことで。
例えば、掃除の時間。一緒の班だったから、道具を渡したり、運ぶのを手伝ったりした。
例えば、落としたものを渡す時。彼女は微笑み、ありがとうと感謝しながらそれを受け取った。
小さい事でも、話す機会があって。その度に、なぜだか嬉しくなって。
その理由を知るきっかけは二つあって、その一つは文化祭の準備日だった。
俺の高校では二日間、授業を潰して文化祭の準備に取り掛かる。もちろんその前から各自何をやるかなど話し合いはしていたのだが。
そのきっかけは準備時間ではなく、その後。掃除の時間だった。
クラスごとに掃除場所は割り当てられており、それを班ごとに行っていた。
俺の班は、文化祭中はとある部活の道具を置く教室となっている場所を担当していたため、する必要がないと思っていたが、それでも俺は掃除場所へ向かった。
まぁ、掃除が好きだったし。中学の頃は掃除が一番楽しかったと思うからあろうがなかろうが別にどうでもいいけど。
教室を開けると……案の定、誰もいなかった。
けどモップで埃をとり、残ったゴミを箒で掃くだけの作業だ。一人でも十分だろうと思いロッカーからモップを取り出す。
他の人たちは部活か帰宅しただろう。
そう思ってモップがけを終えた後、箒で掃き始める。
その時、扉が開いた。
「あっ、やってたんだ」
振り返ると、神代さんがそこに立っていた。
「ごめん、一人でやらせて」
「いや、別にいいって。もうすぐ終わるから」
「手伝うよ」
「もう終わるから大丈夫だって」
そう言っても、彼女は塵取りを手に取ってゴミを集めていた場所に腰を下ろす。どうせ引かないだろう、と諦めて俺は箒で塵取りにごみを入れる。
「準備、どう?」
「んー? どうって?」
「部活の方で忙しいから、クラスの方をあまりやれてなくてさ」
部活によっては文化祭で出し物をすることになっている。全部活に強制してはいないため、出し物がない部活はクラスの割り当てがない時間は自由時間となる。
「あー、大丈夫だよ。私は出し物ないから手伝ってるし、結構進んでるからさー」
「……そっか」
会話が途切れる。会話をあまりしない俺にはちょっと堪えるものがあった。向こうはそうでもないようだけれど。
「部活は大丈夫なんだ?」
「あぁ、うん。何やるか全然決まってなかったけど」
「それ大丈夫なの?」
彼女が笑う。窓から夕陽が入り込み、いつになく彼女の笑顔は眩しかった。
「さすがにもう大丈夫」
「上手くいくといいねー」
「……うん」
また会話が途切れ、静寂が教室を包む。
「神代さんは女子と回るの?」
「えっ? ……まぁ、そだね」
急な質問にも、きちんと答えてくれる。というか俺自身、何でこんなことを聞いたのかわからなかった。
「これで終わりかな」
「ごめんね、ほんとに」
「気にしないでって」
やがてゴミを取り終えると、俺達は教室を出た。
掃除を終えれば俺がやることは帰るだけ。部室に置いてきたリュックを背負って玄関へ向かう。
神代さんと話してる時間は、とても心地よかった。
もう一つのきっかけは、その二日前にあって。
その時は部活の話で盛り上がった。
それも相まって彼女の事をよく知れた。二日前は玄関で話していたし、帰りのあいさつをした流れで話してしまっていたため、
「引き留めてごめんね」
そういうと、
「ううん、楽しかったからいいよ」
と答えてくれた。
この数日で知り合い程度にはなっただろう、そう思ったけれど、それ以上仲良くなることは無いだろう。
彼女は優しい人だ。
だからきっと彼女は、一人でいる俺を憐れんで話していたのだろう。彼女はみんなにやさしいから。
そうだとしても、別によかった。
そんなことがあって、結果的に俺は彼女を好きになった。
けれどきっと、彼女は振り向かない。その優しさは、俺個人のものではなく、みんなへ向けるものだから。勘違いしてはいけない。
だから、見守っていよう。そう決めた。
このまま、片思いのまま閉じ込めていよう。
文化祭が終わり十一月に入った。喧噪も止み教室にはいつもの日常が戻ってきた。
俺はいつも通り、教室に一人でいる。きっと何気ない日々を送ることになるのだろう。
ただ、少しだけ楽しいと思えるようになってきた。
それは、きっと――。
特に考えなしに書き始めたので終わり方がわからない・・・。
自分が思う恋愛ってそう理想的なものは少ないと思います。
けれど、希望がないわけではないと思います。
この後、彼と彼女がどうなったのかは、また別のお話・・・。