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明六つの決着  作者: 暦田瓦煉
1/1

一 土蔵と千蔵

肥後熊本細川五十四万石の城下町

天下を揺るがせた天草島原の役から

ちょうど一年が経った


城下の新屋敷町から久本寺界隈へ入って

白川へと注ぐ小川の町人長屋の一角に

大衆飯処の平島がある


平島は二階が宿になっていて

これから島原まで帰るという商人が

階下の飯処で遅い朝飯をすすっていた


「大将。

 出水神社の護符世話んなったな」


「よかよか」


店先から空を見上げて西北を見れば

山のようにそびえる熊本城が堂々としていた。


「いやぁさすが

 原城よりでかかなぁ」


「?原城や

 比ぶっとがでけんもんな」


「さすがて話したい!

 ははははは!」


その商人は白川を歩いてくだり

二本木からは船でさらに白川を下る


河口から海にでると

松尾を右手に見ながら北上すれば

河内の漁港につく


その港からは回船で島原の船津まで

一時半(三時間)の船旅になる


商人は肥前長崎大村藩の出身で

平戸藩の豪商相手に物売りの商いをしている

というのは表の名目でその正体は

九州と琉球と朝鮮と中国を股にかける

盗賊団の情報屋の一人であった


肥後細川藩は先の天草島原の役で

相当な軍資を支出し向こう5年は倹約を強いられ

父細川忠興の知恵を借りてでも

藩財政の建て直しが急務となり忠利公と家臣は

頭を毎日悩ませていた


あれだけの天下を揺るがしかねない大騒動でありながら

幕府からも働きへの褒美はほとんどないというから

参戦した諸藩にっとて


「いい迷惑じゃった・・」


と言わしめた戦だった


ほとんども抜けの空になった天草の集落には

すぐさま九州一体から移民を集められ

一応集落には人が暮らす姿にもどってはいるものの


そもそもが痩せこけた不毛の島であり

網元と漁民と運搬回船と商人以外

大した工業も農産物もなく哀れな生活ごと復活していた


その上にだ新参者ばかりで

横のつながりのない関係でぎくしゃくし

なんとか十の大庄屋と六十余の庄屋で組合をつくり

統制はとれているが

兎にも角にも大きな騒動の余韻は未だ島の暮らしに

色濃く残っていた


それは細川藩もしかり島原も唐津も

どこもかしこもである


・・・


河内の回船に無事に乗れた商人土蔵は船津の港で

小船の帆付漁船に乗り換え半島の南側を回り

有馬の港へと到着した


陽も暮れかかる六つ時には

今夜の宿の有馬の”すけ屋”に着いた


行きつけのこの飯宿は

土蔵の素性を知るそもそもは

裏の出の夫婦が切り盛りしていた


「お疲れだったね。旦那」


「あぁまた世話になるぜ」


「旦那。おつかれさんです。」


「今夜は閑古鳥だな」


「へへへ。おとついと昨日が

えれえ賑わいやしたんで」


「そりゃあよかったなぁ」


葱と芋の味噌汁に

天日干しの焼き魚と

熱燗をぐびりと飲んで

土蔵はようやくおちついた


他に飲み食い客も、泊まり客もいない

久しぶりに気兼ねなく話ができる夜になった


「そういや。

京の問屋商人ってのが来やしたぜ」


「なんだあそりゃ」


「反物えれえ背負ってたな」


「売れやしねえだろ

こんなとこじゃ」


「なんでも

本渡の豪商が全部言い値で

買ってくれるんだと」


「景気がいいな」


「もっともってけばいいだろ

と冷やかしたらよ」


「ものには”ちょうど”ってのがあんだとか」


「それが商人の匙加減ってやつだろ」


「首筋に銭大の墨入ってたな」


その大将の言葉に土蔵の目つきがかわった、、


「足首にもあったよ」


その女将の言葉に、ひとつ頷く土蔵だった。


「”センゾウ”・・」


「そうそう。なじみの行商が

 ”センの字”って言ってやがった」


寺川千蔵てらかわせんぞう。又の名を”皆殺しの千”。

とびきりの豪商だけに狙いをつけて

はじめは珍しい高価な商品を売りつけ

数日後にはその屋敷に押し入って

蔵から宝もん残らず全部かっさらう盗賊の頭だが

この連中が同業の盗賊衆からも忌み嫌われているのは

いちいち屋敷の連中や出入りの連中まで皆殺しにする

その極悪外道の仕事にそもそも問題がある。


「”千蔵組は大坂から拠点をかえた”

 とは耳にしていたが

 こんなところにきてやがったか・・」


「まさか旦那本渡までいくのかい」


「馬鹿馬鹿しい。

 お前等も奴らには一切関わるなよ」


この土蔵この一年の間忘れた日はない。


原城が落ちる時

子供たち女たちは次々に殺された

それも全員が先立った夫や父ら男たちの

その後を追えることを喜んでるかのように

すすんでみんな死んでいく光景を。。


頭からは

"せめて女子供だけは救い出すように・・"

と命令されていた土蔵だったが、

結局皆殺しにしていく幕府方の前では

何もできないまま見るに耐えきれず

城から去った、、


虫けらを叩き殺すように

無抵抗の一揆衆の女子供まで

斬って捨ててたのが寺川千蔵。


武人であった当時の名は

「宮本武蔵」


その時眉ひとつ動かさず草でも払うように

負傷した侍や男や女子供まで斬って捨てた

その時の魔物のような顔を

今でも土蔵は忘れない・・

無論も無論許しちゃあいない


土蔵は汚いねえひん曲がった字で

文を認め大将の里助に届けるよう頼み

自らは朝から天草本渡まで渡った、、



+CAST+


土蔵どぞう・・・33。旅の商人。豪商を相手にした情報売買の商人。

千蔵せんぞう・・・44。「皆殺しの千蔵」。「宮本武蔵」という名を捨てた悪盗の頭。

里助りすけ・・・26。島原有明の飯宿「すけ屋」の大将。元盗賊。

えん・・・24。「すけ屋」大将の里助の女房。元遊女。

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