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2.将軍の名声と、賢者の託宣

ギンレークの狼竜が二匹目の魔獣をしとめた直後、その後方から、陣形を作った複数の狼竜たちが飛翔してきて、ギンレークに合流した。

「――第三飛甲師団(グラド)、揃いました」

すぐ横の狼竜の上に立つ直属の部下が、さっと頭を垂れてギンレークに告げる。ギンレークはそれに、白い手袋をした片手をひらりと振って応え、

「――防衛線を前へ。贄たちより前だ、そう」

後方の部下たちに指示を出す。それから、

「さて、行くぞ」

鋭い目を敵陣に向け、腰に下げていた大剣を引き抜いた。


***


わずかに湿った土の地面に、狼竜たちの影が落ちる。攻撃的な陣形を形作って頭上を飛翔するそれに気づいて空を見上げた歩兵たちから、おお、とにわかに歓声が上がる。

「おい、来たぞ!」

「第三飛甲師団(グラド)が出たぞー!!」

地上からの爆発的な歓声。それに呼応するように、狼竜たちは速度を上げて敵の魔獣に飛びかかる。苦悶の悲鳴を上げた魔獣が次々と城壁から引き離され、討ち落とされる。

そしてそれに歓声を上げ、呼応するように士気をも上げるのは、ギンレークが率いている部下たちだけではない。

城壁に立てかけられていた無数の梯子に向けて次々と火矢が放たれる。燃え移った炎が瞬く間に燃え上がってひしゃげ、梯子を上っていた敵兵たちがはるか下の地面に次々と落ちていく。

地上で繰り広げられていた白兵戦の前線も、じりじりとその位置を押して城壁から離し、相手の陣形を崩していく。


――それすら、ギンレークの思惑通りではあるのだが。


天空要塞のギンレークといえば、この地方では知らない者のいないほどの名高い将軍だ。天空要塞の最大戦力を誇る狼竜を意のままに操る「狼竜遣い」たちを束ね、第三飛甲師団(グラド)の指揮官に就任して以降、数日とおかず敵国からの猛攻に遭い続けながらも、これまでただの一度も天空要塞を突破されたことのない、急襲を得意とする勇猛な名将。

同じ狼竜遣いたちや兵士たちからはもちろん、要塞に住む非戦闘要員や贄、城下町に住む民衆にまでその名は特別好意的に捉えられている。それは、ギンレークが他の将軍たちとは違い、被差別民である贄たちにも気安く声をかけるし、集団葬ではあるが彼らの葬儀もきちんと行い、負傷した贄たちの処置にまで手を貸すなど、非戦闘時の人格的な行動が知られているからだ。本来、将軍職の人間がすることではないそれらの行動を、部下たちの制止を押し切ってまで押し通す。なんどき誰が声をかけても、その整った顔立ちで物腰柔らかに微笑んで、ひらりと手を振って応じる。そして、出陣時にはその顔を一気に精悍なものにして、誰より早く狼竜を操り、勇猛果敢に敵陣に飛び込み数々の戦果を挙げる。

そんなことから、彼は希代の人格者だと、正義感の塊だのなんだのと言われているが――

その実、それは違う。


ギンレークが求めているのは、名声だけだ。


各師団に供される贄の数は一定。その贄の生気が強いほど、女神への唄は(微々たるものだが)威力を増し、生き残る贄の数は増える。そして、前に立つ贄が多いほど、つまり()が多いほど、武勇は上がり、功績が見込める。

いずれはこの城の城主、そして王政へ進言できるくらいには実権を握る。自分には、それができると確信している。

それだけだ。それ以外に、何の価値もない。

だからギンレークは、家族や仲間と四散しこの要塞に連れてこられ生きる希望を失っている贄たちに、生き残ることへの執着を持たせる(・・・・)ために、努めて優しい声をかける。

彼ら自身への関心なんて、ギンレークには、露ほどもないが。

「愛想振りまくだけで俺のために死んでくれるなら、望むだけいくらでも微笑んでやるさ」

ひときわ高く飛翔する狼竜の上から次の敵を見据えつつ、ギンレークはおおよそ人には見せられない笑みを浮かべて、小さく呟く。


そのすぐ真下で、紫色の煙がぶわりと広がった。

魔獣召喚の終了を示す特有の色をした煙に、ギンレークは狼竜の手綱を引いてわずかに高度を落とし、真下に目を向ける。

「きょ、巨大魔獣だー!」

煙幕で霞がかかった地上から、歩兵たちの絶叫が聞こえた。

「……なん、だと?」

ギンレークはとっさに狼竜から身を乗り出して、両目を見開く。

そこにいた――通常の魔獣の数倍の巨体が、ぐわっと赤い目を見開いて咆哮を上げる。

びりびりと一帯の空気が震え、そのあまりの気迫に、城壁の贄たちの歌が途切れる。

巨大すぎる魔獣は、驚くほど正確に、壊れた城壁の隙間だけを狙って前足を振り上げる。

「させるか!」

果敢に向かっていった数匹の狼竜が、その前足に一撃で全員吹っ飛ばされて四散し、森林の中に突っ込んだ。

「あんなん牙だって届かねぇよ!」

ギンレークのすぐ後方で、青ざめきった部下の狼竜遣いが、癇癪じみたわめき声を上げる。

確かに、とギンレークは努めて冷静に敵を見る。

狼竜の牙はかなり長く鋭いが、あの巨大な化け物の分厚い皮膚を貫通できるとは思えない。なにせ、勢いも付けず、城壁を、片手の握力だけで次々と崩しているのだから。

「け、賢者様の託宣の通りだ……!」

隣に飛翔してきた別の狼竜遣いが、震える声で叫んだ。

数日前に、とある師団がその構成数を二割程度にまで減らして帰城してきた。その彼らが持ち帰った託宣には、確かに「敵国が、操舵可能な巨大魔獣を入手した」という文字があった。

あったが、まさかと、誰も信じようとはしなかった。

「まさか、……そんな、いきなり」

上空で呆然としていたギンレークは、贄と歩兵たちの悲鳴に、はっと現実に意識を引き戻す。最悪の想定を繰り返す冷静な脳をひとまずは無視して、

「――全員退避だ!! 壕へ急げ!!」

できるかぎり城壁に近づけて高速で飛翔しながら、ギンレークは自らの部隊に指示を飛ばした。


――だめだ、こんなところで全滅など、

 そんな惨めな末路など、俺は決して認めない……!


奥歯が砕けるほど、噛み締めながら。

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