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 あれから数日。

 グレンに言葉は通じないという事を、フィリアは骨身に沁みて実感した。


 あれだけ決定的な事を言ったのに、あの後もフィリアはグレンに付きまとわれていた。


 なるべく顔を合わせないようにしているのだが、同じ王宮にいるのだから限度がある。


「お嬢様。気持ちの落ち着くお茶をお入れしましょうか」


「ありがとう、ネリア」


 王宮に与えられた部屋で一息ついたフィリアが温かいお茶を飲んで落ち着いたところを見計らって、ネリアは決意したような顔で口を開いた。


「お嬢様」


 ネリアの思いつめたような真剣な表情を見て、フィリアは緊張した。

 なにかあったのだろうか。


「お耳に入れるべきか迷ったのですが、お茶会などで他家の方から告げられるよりは、先にお耳に入れておいた方がいいかと思いまして」


 それでも迷っているのか、ネリアは一呼吸置いた。


「最近、勇者様が聖女様にご執心だ、という噂が流れています」


 ご執心もなにも、二人は建前上はまだ婚約者だ。

 ゴシップのように面白おかしく囃し立てられるいわれはない。

 王宮に集う貴婦人達の底力を見た気がして、フィリアは頭を抱えた。






 地方領主の娘であり、社交界にデビューする前に王宮に召し上げられ浄化の旅に出たフィリアには、王宮に親しい友人がいなかった。


 旅の間、支えてくれた仲間も、それぞれの役目に戻っている。彼らの負担になる訳にはいかない。


 それは分かっていたのだが。

 ほとほと困り果てて、フィリアはナルスに相談する事にした。


「好きな人がいる事にしてはいかがですか」


 ナルスの提案にフィリアは顔を顰めた。


「グレンと同じように不実な真似をしろというの?」


 ナルスは客人として王宮に滞在していた。

 特に役目もなく暇そうなので相談しやすかったし、頭のいい人なのでなにか解決策を見つけてくれるのではないかと期待していたのだが。


「いいえ。結ばれる事のない相手に片思いをしている、という設定にするのです」


「どういうこと?」


「貴女が一方的に想いを寄せているだけなら二人の間にはなにもない訳ですし、好きな人がいるから別れて欲しいと言われれば、相手もしつこく付きまとわなくなるかもしれません。

 貴女に、フラれるということですからね。

 相手はそう、私などいかがですか。神官は生涯独り身を貫くのでちょうどいいと思いますよ」


 茶目っ気のあるウインクをして、中々いい考えでしょう、とナルスは手を叩いたが、そう告げた後のグレンを想像してフィリアは首を横に振った。


「グレンにそんな繊細な心の機微が分かるとは思えないわ。貴方に決闘を申し込んで、王宮を半壊させるのがオチよ」


 それに片思いとは言っても婚約者のいる身でそれは容認しがたい。


 ナルスはあまり頼りにならないらしい。

 行き詰ったフィリアは、ふと、いいことを思いついた。


「いっそ、グレンに女になってもらおうかしら。女性同士なら抱き合っていても問題ないのだし」


「それはさすがに可哀相ですよ」


 しかも根本的な解決にもならない。

 ある意味、根源的な解決になるかもしれないが。


 いくらグレンでも、女になれば婚約を解消するしかないだろう。


「そうね。いくら女にだらしなくても、それだけで人生を変えられてしまうのは可哀相ね」


 その時は納得したように見えたのだが。


 翌日、フィリアは性別を変える薬を求めて王宮を出た。




「お久しぶりね、フィリップ」


「フィリア!? どうしてここにいるんだ。まさか何かやらかして王宮を追い出されたのか」


「失礼ね。もちろん違うわ。でも少し困っているの。フィリップに力を貸して欲しいの」


 フィリアが向かったのは、旅の仲間のいる賢者の塔だった。


 フィリップは旅の仲間で、若くして大賢者の称号を得ている俊英だ。


 肩書きだけ聞くと偉い人のようだが、若いフィリアと年齢も近かった為、旅の間、二人は兄妹のように親しい友達同士だった。

 ナルスや年長の仲間達が相手では素直に頼れないようなところも、フィリップになら頼ることが出来た。


 まだ別れてわずかな時しか経っていないのだが、フィリップに会えただけでフィリアの心は温かくなった。

 こんな風に思える相手が旅の仲間なのだから、グレンが別れたがらない気持ちも分からないではない。


 それでも、フィリアはフィリップにキスしたりはしなかったが。


 王宮と違って監視する目がないここでは、フィリアも肩の力を抜く事が出来た。

 フィリアはグレンとの事を、フィリップに話した。


「力を貸すのはいいけど、女に変えてしまうのはやり過ぎじゃないか」


 出来ないとは言わないフィリップが頼もしい。

 大賢者の名は伊達ではないようだ。


「そうね。私の都合でグレンの将来を変えてしまうのはいけない事ね」


 フィリップに窘められてフィリアはしょんぼりと俯いた。その頭をフィリップが優しく撫でてくれる。

 その優しい手に力を得て、フィリアはもう一つの解決策を相談する事にした。


「それならフィリップ。私を男に変える事は出来ないかしら」


「なに言ってんの?!」


「私が男になれば、グレンは結婚を諦めてくれるでしょう。同性なら友人としてグレンの女癖の悪さも多目にみられるかもしれないわ」


 フィリアはこれしかないと力強く頷いていたが、フィリップは蒼白になった。


 なんとしても、彼女を止めなければ。旅の仲間に袋叩きにされてしまう。






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