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 久しぶりに会ったフィリアは、綺麗だった。

 彼女の侍女に言わせれば、心労で少しやつれているのだが、二年前に比べると背が伸びて身体つきも引き締まり、加えて女性らしい丸みを帯びた彼女は、グレンの目には眩しいほど輝いて見えた。


 グレンがフィリアを呼び止めたのは、彼がいつも仲間達と集まっている、噴水のある中庭に面した回廊で、奥まった場所にあるためか普段はあまり人が通らないのだが、最近は貴族のご婦人方の散歩コースになっていた。

 いわずもがな、いろいろな意味で有名な勇者一行を見物する為だ。


 そんな場所で、いま話題の聖女と勇者が角突き合わせているのは拙い。

 噂好きな貴族に見つかればどんな噂をされるか分かったものではなかったが、気を利かせたフィリアの護衛達がさりげなく回廊を封鎖していた。


 勿論、フィリアしか見えていないグレンはそんな瑣末な事には気づかない。

 勇者になる前は田舎貴族の息子として、中央とは関わりのないのんびりした暮らしをしていたグレンは、その手の事に鈍いのだ。

 条件は聖女になる前は田舎貴族の令嬢だったフィリアも同じはずだが、女同士の付き合いがある分、鈍いままではいられなかった。


 フィリアを前にしてグレンは緊張していた。

 連日門前払いをくらえば、鈍いグレンにも、忙しいから会えないというのは口実で、避けられているのだろうとわかる。

 でも何故かはわからない。

 答えを求めて、グレンは桜色の可愛い唇が開くのを待った。


 グレンの目が少々危なかったので、フィリアは鉄扇で口元を隠した。


「私は、愛人や妾の存在を許すほど心の広い女ではありません」


「わかってる。妻は君一人だけだ。愛人や妾なんて考えてもいない」


 グレンにとって、フィリアはただ一人の愛しい女の子だ。

 それだけに、フィリアに対して必死だった。

 ただその必死さがフィリアに届くかは別の話だ。


「それなら、なぜ彼女たちが側に?」


「彼女達は旅の仲間だ。友達だよ。君は、結婚するなら友達とも別れろというのか」


「ええ。そうですね。夫の女友達を許すほど、私の心は広くありません」


 グレンは絶句した。記憶の中の少女はこれほど嫉妬深かっただろうか。


「俺達の両親は、親友同士だっただろう。君は、そんな存在も許さないのか」


 フィリアは呆れたようにため息をついた。

 フィリアの信頼を損なっているかもしれないと思うと、グレンの胸は痛んだ。


「貴方と彼女達を見て、節度を保った友人同士だと思う人はいないわ」


 友人を不当に傷つけられた気がして、グレンはかっとなった。


「彼女達を侮辱するつもりか!」


「貴方が旅の仲間をどう思い、どのように接しようと、貴方の自由よ」


 急に口調が柔らかくなったフィリアにグレンは戸惑った。


「けれど女友達と適切な距離がとれないなら、貴方と結婚するのは無理だわ」


「フィリア?」


「ねぇグレン。私は貴方の婚約者だわ」


 フィリアはグレンの婚約者だ。子どもの頃からの約束であるし、王も認めている。


「でも貴方の持ち物ではないの」


「そんな風に思ってない」


「なら貴方の考えを押し付けないで。私には、彼女達はみんな貴方の恋人のつもりでいるように見えるわ。貴方がそんな彼女たちの態度を許している。そういう、女にだらしない人と、結婚は出来ないわ」


「フィリア?」


 グレンには彼女が何を言っているのか分からなかった。


「私と話したいなら、身辺整理をしてからにして、と言ったでしょう。婚約者に色目を使う女性の存在を許すほど私は寛容ではないし、馬鹿にされることに慣れてもいないの。それが婚約者からの仕打ちであるならなおさら」


「君を、馬鹿になんてするはずがない」


「そう? でもそれは貴方の独りよがりな考えよ。苦楽を共にした旅の仲間なら、婚約者がいるのにキスしてもいいの?」


「それは、からかわれただけだって」


「では、私が旅の仲間とキスをしていたら? からかわれていただけよ、って私がなんでもないように笑ったら、貴方は許すの?」


「それは………。面白くはないけど、我慢するよ。旅の仲間は特別だ」


「そう。でも私はそうは思わないの。旅の仲間は特別よ。命を預けあった仲間、孤独を慰めあった大切な仲間だもの。でも、王国に戻ったら適切な距離が必要なの。ここでは命の危険はないし、私は独りではないわ。旅の仲間以外にも、たくさんの大切な人がいる。彼らは家族に近いほど親しいかもしれないけれど、恋人ではないの。旅の途中とは、距離感が違うのよ」


「俺には、そんな風に割り切れない。仲間を大切にして、なにが悪いんだ」


 仲間を大切にする事は、悪くない。


 婚約者がいるのに、別の女性と抱き合ったりキスしたりするのが悪いのだ。

 ましてや、それを正当化するために特別な相手だから見逃せ、と言う神経が信じられない。



「なにが悪いのか分からない人とは、家族になれないわ。お別れしましょう。グレン」


「フィ、リア?」


 別れを告げられ、フィリアにくってかかろうとしていたグレンが固まった。


 フィリアが絶対零度よりなお寒々しい目で見下ろしている。


 グレンはフィリアより頭一つ分は背が高い。

 身長的にはそんなこと起こるはずがなかったのだが、フィリアの気迫におされ、心理的に見下ろされ、グレンは怯んだ。


「さようなら」


 未練も残さず立ち去ったフィリアを、蛇に睨まれた蛙のように動けないグレンは追う事が出来なかった。




 フィリアはグレンの事が好きで、グレンだけを頼りにしていたはずだ。

 あんな冷たい目で見るような女の子じゃない。


「グレン様。大丈夫?」


 気がつくと、小さな手に力なく下げられた手を握られていた。


 仲間達が気遣わしげにグレンを見ている。


 いつの間にか側に来てくれていた彼女達に、グレンはなんとか笑い返した。


「ララ達がいてくれるから俺は大丈夫だよ」


 小さなララを抱き上げて、その体温の高い温かい身体を抱きしめる。


 その姿を遠くから目撃した貴族のご婦人方が、また勇者とその仲間達の噂に興じるのだが、グレンが気がつくことはなかった。





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