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「グレン。なにをそんなに落ち込んでいるんですの」
フィリアに会えない日々が続いた。
グレンは毎日フィリアの部屋を訪れたが、部屋付きの侍女に、外出していると門前払いにされていた。
フィリアも旅から戻ったばかりで忙しいのだと自分を納得させようとしたが、帰国した日に会ったフィリアの冷たい目が思い出されて心の晴れない日々を送るグレンだった。
落ち込むグレンの元へ、旅の仲間達がやってきた。
「エリス」
エリスは、隣国の姫だ。強力な魔法使いで、魔王を倒す旅の途中、魔王軍に襲われているところを助けたら、旅に同行してくれた。
勇者のパーティには魔法使いがいなかったので、賢者級の魔法まで使えるエリスの存在は心強かった。
「元気がないなんて、グレンらしくないぞ」
「グレーティア」
グレーティアは、凄腕の傭兵だ。
勇者が魔王討伐に出る時、王は同行者として傭兵を雇った。
本来なら騎士をつけるべきなのだが、魔族の侵攻を防ぐための余分な戦力を割く事ができず、苦肉の策として有名な傭兵団を雇ったのだ。
王国を出てすぐに魔族に襲われ、傭兵団はグレーティアを残して壊滅した。
一人残ったグレーティアは、契約を終了しても良かったのだが、仲間の分も力を貸すと、魔王を倒す旅に残ってくれた。
「悩み事があるなら相談してくださいね」
「プリシラ」
プリシラは、グレンを勇者にした西方教会の僧侶・ヒーラーだ。
優れた回復魔法の持ち主で、旅の間、姉のようにグレンを支えてくれた。
西方教会からの使者は5人いたが、3人は魔将軍の襲撃で死に、一人は本部への報告の為、旅には同行しなかった。
旅を終えたあと、西方教会は勇者を取り込もうとしたが、プリシラのとりなしで事なきをえた。
プリシラには感謝してもしきれない。
「グレン様。ララが側にいるのです」
ララは奴隷の少女だ。
旅の途中に助けた商団の生き残りで、彼女を商っていた奴隷商人は魔族の襲撃で死んだ。
行き場を失った幼い少女を見捨てるわけにも行かず、近くの村まで連れて行くつもりだったのだが、結界魔法や転移魔法を使える事が分かり、ララ自身も奴隷商人に預けられるより勇者の奴隷になりたい、ということで旅の仲間になった。
魔法のほかにララには料理の才能があり、旅の中での癒しとなった。
グレンの役に立ちたいと、精一杯背伸びしようとする小さなララの頭を、グレンは優しく撫でた。
ララは嬉しそうに目を細めたが、沈んだ様子のグレンを気遣うように見ていた。
「心配かけてごめん。大した事じゃないんだ」
そうだ。大した事じゃない。
二人の旅は終わったんだ。
フィリアもいまは忙しいかもしれないが、落ち着いたらグレンのところに来るだろう。
二人は結婚するのだから。
「そう。あんた我慢強いからね。もう旅は終わったんだし、我慢することなんかないのに」
グレーティアが慰めるようにグレンを抱き寄せた。
座ったままのグレンは、グレーティアの胸に頭を預け、彼女の優しい慰めを受け入れた。
フィリアが帰国してから疲れた心が癒されていく。
グレーティアに感謝のキスを送ろうと顔を上げたグレンは、視線の先に愛しい婚約者の姿を見つけた。
「フィリア!」
慌てて呼び止めるが、フィリアは軽蔑するような冷たい一瞥をグレンに残し、立ち去った。
グレンは慌てて追いかける。
もう何日も会えないでいるのだ。ここで逃がしたら、二度と会えないかもしれない。
あり得ない妄想だが、グレンはそれほど追い詰められていた。
「フィリア。待ってくれ。話がしたいんだ」
立ち去ろうとするフィリアの腕を取り、引き止める。
フィリアは顔を顰めると、グレンの手を振り払った。
「話しかけるなら身辺整理をしてからになさってくださいと言ったはずですが」
冷たい目で睨みつけられ、グレンは怯む。
フィリアはとても美しい少女だったが、美しいだけに冷たい目をされるとその冷たさが胸に突き刺さった。
「身辺整理なんて、意味がわからないよ。俺達、結婚するんだろ。誤魔化さないで正直に話してくれ。なにを怒っているんだ」
意味が分からないままこうして話しかける事こそが、フィリアの更なる怒りを呼ぶのだと分かっていても、数日振りにフィリアに会えたのだ。
グレンの暴走は止まらなかった。