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19 謝罪

 翌日。グレンは朝早くに噴水のある中庭にやってきた。


 案の定、噴水の近くにはグレーティアがいた。

 エリス達と違って傭兵のグレーティアは、王宮は落ち着かないらしく、かといって部屋に篭っていても息が詰まるので、よくここに来ている。

 いまは人気のない朝なので、軽く訓練していた。


「グレーティア」


 軽く手を上げて合図すると、彼女はすぐに気がついて訓練をやめた。


「話があるんだ」


 硬い表情のグレンの様子に感じるところがあったのか、グレーティアも表情を引き締めた。


「ごめん」


 グレンは深々と頭を下げ、ここ数日彼女を遠ざけていたことを謝罪した。

 突然の謝罪に彼女は目を丸くしたが、グレンがフィリアと仲直りする為に飲んだ薬のせいで、ずっと男に見えていたのだと告白すると、なんともいえない嫌な顔をした。


「通りで、なんかおかしいと思ったよ」


 いつも抱擁を受け入れていたグレンが突然突き放したのだ。おかしいと思わないほうが変だろう。


「それで、聖女様とは仲直り出来たのかい」


「多分」


「なら良かった。私も、不味いとは思ってたんだよ。いくら必要だって言っても、婚約者の立場からすれば、惚れた男の側に知らない女がいたら、面白くないだろうしね。それに」


 言葉を切ったグレーティアがしみじみとグレンの顔を眺める。


「いい顔してるじゃないか。もう大丈夫なんだね」


 なにが、とは言わない。グレンは力強く頷いた。

 旅の間に、グレンの様子がおかしいことに気づいたグレーティアは、いつもグレンを気遣ってくれていた。

 この二年の事を彼女に謝るのは違う気がした。

 彼女には感謝の気持ちしかない。


「じゃぁ、顔貸しな」


 彼女はいい笑顔で、ちょいちょい、とグレンを手招きする。

 グレンも神妙な顔で彼女の前に立った。


 彼女はいい笑顔のまま、細身の女性にしては筋肉の張った太い腕をぶんぶん回し、神妙な顔をするグレンの顎を、豪快に殴り飛ばした。


 身体が宙に浮いて、グレンは地面に倒れ付した。


「もう手は貸してやらないよ」


「うん。ありがとう、グレーティア」


 殴られて礼を言うなんて、変なヤツだね、とグレーティアは笑い飛ばした。





 殴られた顎を摩りながら、グレンは他の仲間達を探した。

 エリスは王宮の隅にある、お気に入りの東屋にいた。


 東屋に腰かけ、手紙を読んでいるエリスに声をかける。

 人が近づく気配は感じていたのだろう。顔を上げた彼女は、何かを探るようにグレンの顎をじろじろ見た。


「どうしたの、それ」


「グレーティアに殴られた」


「馬鹿ね」


 呆れた様子で立ち上がってグレンの顎に手を添えようとするエリス。

 その手を、グレンがそっと拒んだ。


「エリス、ごめん」


 それで何かを察したのか、エリスが眉を顰めた。


「私と来れば、貴方は王様にだってなれるのよ。そうなれば、この国の王にだって口出しを許さない力が手に入る」


「興味ないよ。

 それに、エリスにはもっと相応しい人がいると思う」


 例えば、いまエリスが手にしている手紙の相手とか。

 怪我をするまで、護衛として彼女に付き従っていた隣国の騎士の精悍な顔をグレンは思い描いた。


「最悪な男ね。後で後悔したって知らないわよ」


「エリスみたいに素敵な女性は他にいないよ」


 グレンの戯言に対して、エリスは馬鹿にしたように笑った。

 そして真顔に戻り、顔を近づける。


「最後にキスさせなさい」


 睦言のようには甘くない、彼女の言葉。


「ごめん。それは出来ない」


 グレンが拒否すると、彼女はあっさりと離れた。

 腕を組み、グレンを睨めつける。


「仕方ないわね。それなら跪きなさい」


 それでエリスに謝意が示せるならと、グレンは土下座した。


 エリスは土下座を知らなかったが、地面につけたグレンの頭に足を乗せ、ぐりぐりと踏みにじった。


「貴方が、キスさせてたら許さないところだったわ。

 賢くなりなさい、グレン」


 エリスはいつも、グレンをからかっているのだと思っていた。

 会った当初から小馬鹿にされていたし、彼女の好みからグレンは大きく外れていたからだ。

 だが旅の間、彼女に向き合おうとしなかった事は確かで。

 卑怯なグレンを見捨てなかったのもまた彼女だ。


「エリス、ありがとう」


 口の中に土が入ってくるので、上手く言葉にならなかったが、グレンは感謝を伝えた。


 グレンのぐぐもった変な声を聞いて、エリスが笑った気配がした。





 その後、グレンはプリシラとララに謝った。

 プリシラは謝る必要はないといい、ララはなぜ謝られているのか分かっていないようだった。


 パーティの解散を告げると彼女達はなんとも言えない顔をしたが、リーダーが決めたことならと、納得して別れた。


 奴隷のララはグレンから離れると身分の保障がなくなる為、従者として仕えることになったが、ララに従者としての知識はない。


 従者らしからぬララを側に置いておくと、王宮ではまた騒ぎの種になるだろうと賢く考えたグレンは、全て王子に丸投げし、ララを王子に預ける事にした。


 もちろん、王子は忙しいので、ララの教育は彼の側近が行うことになった。


 ララも王子の側にいるトトと同じパナ族だ。


 元々この大陸の奴隷というのは国を持たない種族を扱う為の物で、国に身分を保障された人々が奴隷に落ちることは無い。

 とても差別的な制度だが、抜け道もあった。


 身分の保証さえあればいいのだ。


 平民では難しいが、領主などが奴隷を領民と認めれば、領主の持ち物となる彼らは奴隷の身分から解放される。


 同じような理屈で、ララを奴隷から解放することは出来る。


 ララに将来の事をどうしたいか聞くと、あっさりとグレンの従者になる事を承知した。

 故郷に戻らなくていいのかと尋ねるグレンに、ララはいずれは戻りたいが、グレンに恩返しするのが先だと答えた。


 子どもがそんな気遣いをする必要はないのだが、グレンとしてもララを一人にするのは心配だ。


 ララやトトを見ていればわかるが、パナ族というのは貴重な種族なのだ。


 一般の魔法使いでは習得することの出来ない、転移魔法を小さな子どもでも扱える。


 そのため、幼いうちに人にさらわれ、奴隷とされる子どもが多いのだ。


 ララやトトは、勇者と聖女、それぞれ相手は違うが、旅のパーティに拾われ、保護された事を恩に感じている。


 グレンの従者として認められたララは一時的に奴隷の身分から解放された。

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