18 お説教2
「お前さ。あれはお粗末過ぎるだろ」
グレンの試練はそこで終わりではなかった。
夕飯の後、グレンは王子の私室の一つに連れ込まれた。
部屋には王子のほかに、騎士ダヤンと賢者フィリップがいた。
聖女パーティ勢揃い、という訳だ。
また説教か、とため息を付きそうになるグレンは、それをなんとか飲み込み、顔を上げた。
どうせ説教されるなら、とことん付き合ってやる。
ここに来て彼は変な意味で開き直った。
「別れたかったのか」
「そんな訳ないだろ!」
あー、はいはい。猛るな。王宮が壊れる、と王子に吠え掛かったグレンは威勢を削がれた。
「話を聞くと、別れたかったとしか思えねぇんだよな。お前の言動」
王子はフィリップからだけでなく、フィリアの護衛や王宮関係者からも集めた証言を報告書として受け取っていた。
それを眺めながら、数々の暴言を読み上げる。
フィリアに吐いた暴言を改めて聞かされて、グレンは言葉に詰まった。
あの時は必死で気付かなかったが、他人から聞かされるとだいぶ酷い。
本当に、そんなことまで言ったのか、と己に問いかければ、残念なことに心当たりはたっぷりあった。
あの時は、あの行動がフィリアを引き留める為に最善だと思っていたのだが、いま考えると、とてもそうとは思えない。
逆によく見限られなかったと思う。
見限られていたけれど、それでも無理やり縋ったことは棚にあげられていた。
再会したあの時。グレンはフィリアに会えたのが嬉しかった。
だがグレンを見るフィリアの顔は冷たく凍っていて、グレンは手酷く拒絶された。
信じられなかった。腹の底から訳のわからない感情が湧き出てきて、頭に血が上った。
フィリアが変わってしまったのは、パーティメンバーのせいだと思い込んだ。
あの時は、誰のことも信じられなかった。
いま思い返すと、なんでそうなってしまったのか分らない。
まったく分らない訳ではないが、恥ずかしいので分りたくない。
王子の私室で四人は思い思いに寛いでいた。
テーブルを挟んだソファにはグレンと王子が向かい合って座り、ダヤンは王子の後ろに寛いだ様子で立っている。
フィリップは少し離れた一人がけのソファに座っていた。
拗ねた様子で顔を背けるグレンの様子を観察しながら、王子はさくさくと彼を追い詰める事にした。
「あのな、女に甘えたいなら、もっと女の事を知ろうとしないと、刺されるぞ」
「なんだよ、それ!」
「違うのか」
「甘えたい訳じゃない」
「甘えたい訳じゃないなら、甘えんな」
食後ということもあって、私室には酒やつまみが持ち込まれていた。
二人のやりとりを酒の肴に、ダヤンとフィリップは酒を飲んでいる。
グレンは自覚がないようだが、甘えたがりだ。
寂しがり屋なのだろう。
そんな自分が嫌で虚勢を張る。
二年前もそうだった。
フィリアを守るのだと肩肘を張っていたが、周りを見る目は怯えていた。
怯えている事が許せなくて、周り中に吠え掛かっていた。
そんなグレンを王子が上手く挑発して肩の力を抜かせているうちに、グレンは王宮に馴染んでいった。
グレンは絶対認めないだろうが、兄貴のような存在なんだろう。
見ていれば分る。
グレンが王子に反発するのは、ある意味甘えているからだ。
「お前のその、」
と王子はグレンの心臓を指先で突いた。
「惨めなプライドなんか持ってたってなんの役にもたたねぇぞ」
痛いところを突かれたのか、グレンが唇をかみしめる。
「素直になるのは、そんな悪い事じゃねぇよ」
「俺は…っ!!」
反発しようとするグレンの肩を、テーブルを乗り越えて王子は強引に抱いた。
グレンが愚かなプライドに縋るようになったのには、王子にも責任がある。
二年前、彼らは少年の手を放した。
「辛かったんだろ。一人にしちまって悪かったな」
突然、人の温もりを感じてグレンは混乱した。
この二年間、グレンに容易に触るものはいなかった。
誰もが用心を重ねて触るので、グレンは怯えた犬のようにじっとしているしかなかったのだが、王子の手は違う。
フィリアも簡単にグレンに触れたが、彼女の温かい手とも違う。
力強く頼りになる手が、グレンに人の温もりを分け与えていた。
何かが崩れそうになる。
そうじゃない、違う、そんなに弱くない。
グレンは必死に自分に言い訳をした。
「俺は、強くなきゃ、ダメなんだ」
俯きながら、吐き出すようにその言葉だけを搾り出す。
強くなければ、またフィリアが死んでしまう。
絞り出すように呻くグレンを見て、王子が憐みの目を向ける。
一緒にいて、教えてやるべきだった。
「誰だって、一人で強くなる必要はねぇよ」
ボロボロと涙が溢れて、グレンから力が抜けた。
そうなんだろうか。
そうだったんだろうか。
そんな道があったんだろうか。
混乱していて、よく分らない。
分らないけれど、自分が酷く間違えてしまった事は分かった。
「俺、どうしたら」
どうしたら、いいんだろう。
虚勢を張って、フィリアを傷つけた。
仲間だと言いながら、彼女たちを利用した。
卑怯でちっぽけな男だった。
力なく俯くグレンを見て、王子が騎士に合図を送る。
王子はグレンの顎を掴み、無理やり口を開けさせた。大きく開いた口に、騎士が薬を放り込む。
なにが起こったのか分らなくてぽかんとするグレンの口を今度は塞いだ。
ごくりと音がして、薬が嚥下される。
「解毒薬だ。明日になりゃ、効いてくる。
謝る時に、相手がちゃんと見えてないんじゃ話しになんねぇだろ」
王子のなすがままになっていたグレンが、蒼白になる。
「え。待って。これ、あれか?! あれなのか?!!!」
混乱するグレンを放し、王子は身を引いた。
なにを飲まされたのか察しがついたのだろう。グレンが叫ぶ。
「フィリアに怒られる!!!!!」
王子達は、してやったりといった顔で笑っていた。
彼は存分に、怒られてくればいいのだ。
呆然と床に手をつくグレンの頭を、ぽんぽん、と王子が叩いた。
「あとお前、女の扱い下手すぎ。男の扱いも下手だけどな。
甘えるのと頼るのは違うんだ。甘えていいのは、惚れた女だけ。
お前は、人に頼ることを覚えろ」
二年前、彼らは少年の手を放してしまったが、今度はちゃんと教えてやろう。
「頼るって、どうやって」
思いがけないことを言われ、グレンが頼りなく顔を上げる。
「まぁ、おいおい教えてやるよ」
グレンが覚えそこなったいくつもの事を。
そのための時間を、これから作るのだ。
「グレン。君が飲んだ薬、普通の解毒薬じゃないから」
部屋から出るとき、グレンはフィリップに声をかけられた。
「今度フィリアを泣かせたら、死ぬ毒を入れてある」
そんな怪しい毒が作れるものなのか。
魔法薬に詳しくないグレンには分からない。
だがこの男は、大陸中の知識が集まる賢者の塔、その中でも大賢者を名乗る者だ。
なにを作ってもおかしくない。
「本当なのか」
真顔で問い返すグレンに対して、フィリップは肩を竦めた。
「嘘に決まってるだろ」
でも、と続ける。
「今度フィリアを泣かせたら、僕は君を許さない」
フィリップは本気の目をしていた。
彼の意気に呑まれそうになる。
グレンは腹の底に力を込めて、フィリップを見つめ返した。
「二度と泣かせたりしない」
しばらくグレンと睨み合っていたフィリップは、フッと笑って肩の力を抜いた。
「そうである事を願うよ」
グレンの肩を軽く叩いて、フィリップが部屋を出て行く。
誰もがグレンを許す訳ではない。
当たり前の事を、彼は噛み締めていた。




