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 浄化の旅を終えて帰国すると、婚約者が浮気していた。




 国王への報告を終え、仲間と別れて王宮に与えられた部屋へと案内される途中での事だった。


 中庭に面した回廊を通りかかると、女性らしい華やかな笑い声が聞こえてきた。


 平和になったのね。


 しみじみと思い、胸が温かくなる。


 大陸を回り、魔の森から溢れ出した瘴気を浄化する旅は、平和に貢献しているという達成感の感じにくいものだった。


 瘴気に触れると生き物は魔物と化してしまう。人も例外ではない。

 

 自然と、旅する場所は、人の絶えた寂しいところとなり、魔族との争いが人の勝利で終わったという知らせも、誰も居ない荒野の中で聞いた。


 瘴気の産んだ魔物との過酷な戦いもさることながら、寂しさに耐えることも大変だった。


 それももう終わり。


 やっと人々の笑い声が溢れる場所に帰ってこれたのだと、胸が熱くなりながら、笑い声の方を見ると、一人の青年を四人の女性達が取り巻いていた。


 本来ならほのぼのとした情景のはずなのだが、そう思うには青年と女性達の距離は近すぎた。


 しかも青年は20代前半ぐらいの女性の胸に顔を埋めるように抱きしめられていた。


 なんてはしたない。王宮の庭であのような真似をするなんて、どこの者なの。


 義憤にかられて良く見ると、その青年は、婚約者だった。


 びっくりして目を見開いていると、胸を押し付けていた女性が青年の唇を奪った。

 周りの少女達との間でキャットファイトが始まる。

 その騒ぎに手をこまねいていた青年が、こちらに気がついた。


 驚いたように目を丸くし、くしゃ、と笑み崩れて回廊へ駆け寄ってきた。


「フィリア! おかえり」

 

 フィリアに会えて嬉しくてしょうがないというように、抱きしめようとして伸ばされた腕を、フィリアの鉄扇が遮った。


 鉄扇に制されるとは思っていなかったのだろう。青年というにはまだ幼く感じられる可愛い顔がぽかんと口を開けた。


「どちらさまか存じませんが、公共の場であまり破廉恥な真似をなさらないほうがよろしくてよ」


「フィリア? 俺だよ。グレンだ。忘れたのか」


「私の知っているグレン様は、女性を侍らして鼻の下を伸ばしているような方ではありません。見損ないました。もう二度と話しかけないで下さい」


「なに言ってるんだ、フィリア。彼女達はパーティメンバーだ。旅の仲間だよ。君が誤解するような相手じゃない」


「旅の仲間と、口付けを?」


「悪ふざけなんだよ。からかわれたんだ」


「では私が『旅の仲間』と悪ふざけで口付けをかわしていたら、からかわれたんだとお許しになるの」


「お前にそんな真似をする奴がいるのか」


 身に覚えのないことで責められ、困ったような顔をしていた青年の表情が険しいものになる。


 …お話になりませんね。


 その様子を見て、フィリアは小さくため息をついた。

 フィリアの怒りではなく、自分の怒りを優先するという事は、悪いことをしているという自覚がないのだろう。

 そんな婚約者とこれ以上話をしても意味がない。


「これ以上は無意味のようですから、これで失礼させていただきますわ。もしまだ話をしたいというなら、身辺整理をしてからになさってください。ごきげんよう」


「待てよ、フィリア! なに怒ってるんだ!!」


 引きとめようと掴む手をかわし、フィリアは回廊を後にした。


 フィリアを追いかけようとしたグレンは、パーティメンバーだという少女達に掴まり、フィリアを引き止めることを諦めた。




「お嬢様。いかがなさいますか」


 王宮に与えられたフィリアの部屋に入ると、フィリアを部屋まで案内した侍女が怒りに震える声で尋ねてきた。

 彼女はフィリアの乳兄弟で、フィリアが王宮に召し上げられた時、実家から身の回りの世話をするために連れて来た者だ。実家との連絡係でもある。

 フィリアが旅に出ている間は実家に戻っていたが、フィリアの帰国を聞いて王宮で待機していたらしい。

 フィリアが帰るまでの間、フィリアの婚約者とパーティメンバー達との行き過ぎた交流を、苦々しく見ていたのだ。


「婚約は解消しましょう」


「よろしいのですか」


「王宮であのような真似をなさる方とは結婚できないわ。ネリア、お父様にお話があると伝えてくれるかしら」


「かしこまりました」


 侍女が退室し、一人になった部屋でフィリアは寂しそうに呟いた。


「以前はあのような方ではなかったのに。やはり勇者や英雄になると人は変わってしまうのかしら」


 それはとても寂しいことだった。




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