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ラディカル ハイスクール

作者: IDEI

パラレルな日本。日本軍が存在し、世界は黄泉穴からあふれる魔獣と戦っていた。

主人公『千』は、魔獣と戦う『念』技能士を目指し、専門の高校で『授業』を受ける毎日だった。

 俺、名前は『千』。そのまま『セン』だ。但し、高校に入った以降のあだ名が『長老』で、初対面の挨拶の時以外、『千』と呼ばれた事がない。


 高校一年生。年齢は十五。もうすぐ十六才だ。


 季節は春。入学から約一ヶ月が経とうとしている。


 入学の前までは、それは、もう、色々な夢を見ていた。希望に満ちていた。でも、現実なんて、チマチマとした毎日の積み重ねでしかない、と言うのを感じる時期になってきていた。


 でも、まぁ、俺たちの学校だと、それを感じる暇も無いけどな。


 俺は、駅前から学校専用のスクールバスに乗り込み、シートに座ると、前席のシートの背もたれに取り付けられたテーブルを倒し、カバンから教科書を取り出して置いた。


 このスクールバスは、観光バス仕様で、定員はシートに座れるだけしか乗せない。場合によっては全席が埋まらないのに出発する事も多い。それだけ聞くとかなり優遇されている様に聞こえるが、バスの揺れの中で教科書の文字を追い、今日出題されるテストの範囲を覚える俺たちにとっては教科書をしっかりと広げられない環境というのは考えられない事だ。


 バスは、これから約一時間を掛けて学校へと走っていく。その間に、今日の六時限分の教科を全ておさらいしていく。

 基本的に、前日の帰りのバスの中、そして家、最後に行きのバスの中で覚えなければならない。行きのバスの中では、最終確認の記憶違いを正すための時間になる。一教科、だいたい十分。テストの時間も十分程度だから、時間の無駄遣いをしなければ少しぐらいの余裕も生まれる。


 バスの窓から外を見ると、走り出して十分ほどで、畑混じりの景色が何も無い荒野になる。遠くの方にある街並みが、幻想的にさえ見えてしまう。

 電柱さえ無い荒野に、四車線の道路がひたすら一直線に続いていて、その道路の両脇には無骨なコンクリートブロックが道路と荒野とを切り分けている。


 信号もなく、一様に作られた道路を時速六十キロ程度で、過減速無しに進む観光バスは、乗り物酔いに弱い生徒でも安心して教科書に集中出来る、と言う建前だった。


 まぁ、これぐらいで酔うようだと、この学校でやっていけないだろう、と言うのは、生徒も含めて、学校関係者全員の意見だ。


 出発してから一時間近くになると、荒野の中にいくつかの建物が見えるようになる。そのどれもがコンクリートを四角い枠に流し込んだだけという感じの、飾り気のない建物ばかりで、そのほとんどは地下の通路で繋がれている。


 その中で、一番大きな建物が六つ、まとまっているのが俺たちの学校だ。


 学年ごとの学舎棟が三つ、事務棟が一つ、修練棟が一つ、倶楽部棟が一つ。俺たちが使うのは学舎棟だけだ。倶楽部は二年時からになっていて、修練棟は訓練施設では無く、ある種の実験施設らしい。

 訓練したければ外に出て走れ。というスタンスなんだよな。走るための荒野は、見渡す限り続いているしなぁ。


 学校の校門の前にバスが停まり、俺たちを吐き出していく。


 そして、高さ五メートルはあるコンクリートの壁に開いた校門をくぐり、一年用の学舎棟に向かった。

 この学舎棟は一組一フロアーで、俺たち一年一組は一階だ。建物は四階まであるが、一学年は三組まである。


 教室を横目に、まず入るのは男女別の更衣室。


 ここには個人用の大型ロッカーが二十二置いてあり、この組の男子生徒の荷物が全て収納されている。


 俺は生徒カードを取り出すと、それをロッカーにある読み取り装置にかざす。これで、横幅一メートル半、高さ二メートルのロッカーが解錠される。

 観音開きの扉を開き、制服を脱いでハンガーに掛けていく。ロッカーには量産品の丸椅子も入れてあるので、着替えはかなり楽に出来る。


 まず着るのは上下別々の野戦服。その上に、装備品を取り付けるベルトを締め付け、更にプロテクターを一つ一つ取り付けていく。

 気分は完全防備の機動隊員だ。色も形もほとんど同じだしな。半長靴を履いて足甲のプロテクターを取り付け、その場で屈伸運動して動きづらさを直していく。

 次ぎに、ポーチをベルトに取り付ける。一つには消毒液、止血剤、絆創膏に包帯、そしてもしもの時用の安定剤とモルヒネ注射セット。二つ目には、教師用無線機と班用無線機、携帯電話と学校放送用ラジオ。三つ目には 俺の昼飯用の弁当だ。


 個人用ロッカーにはコンセントもあり、各種通信機器の充電も可能になっている。今時携帯電話というのはいかがなモノかと思うが、直ぐに壊れてしまいそうな環境のため、筐体に金を掛ける必要も無いだろう、と言うのが全員の共通認識だ。自分で持って来たスマホを入れ替えに充電器に置いておく事も忘れない。


 俺の弁当は、唐揚げや厚焼き卵という定番のおかずとおにぎりが基本だ。偶にサンドイッチになったりするけど。それでも、弁当箱にご飯が敷き詰められ、ノリやふりかけが乗っているという弁当とか、キャラ弁は絶対に無い。コンビニ弁当になる事も絶対にない。コンビニであっても、おにぎりかサンドイッチだ。

 何しろ、腰に括りつけて、全力でシェイクされたり、俺の全体重がかかったりもするためで、弁当箱はジュラルミンの超小型アタッシュケースだったりする。なんでも、金の延べ棒を一本だけ運ぶためのジュラルミンケースだとか、なんとか。


 腰のポーチはこれで全て。後は、野戦服のポケットにタオルを数枚ねじ込み、指先がカットされたグローブをつける。


 そして、一メートル四方の正方形をほんの少し斜めにして角を取ったと言う感じの盾と、形は日本刀に近いけれど、本物の倍ぐらいは肉厚の刀を取って腰のベルトの金具に鞘の留め具を取り付ける。

 盾はアルミ製で、枠と×印になるようにステンレスで補強されている。刀の方もアルミとステンレスの複合素材で作られ、出来るだけ曲がりにくいように肉厚に作られている。


 部分的にアルミを使う事で軽量化はされているけど、それでもまだ、俺たちには重い武器ではある。


 最後に、防弾ヘルメットを被って装着完了。


 生徒カードと班カードを忘れずに持ち、ロッカーを閉めると生徒カードで施錠して、カードをプロテクターの内側の胸ポケットに入れて更衣室を出た。


 行き違いになる同級生に片手で挨拶しつつ廊下を歩いていると、腰のポーチの中の携帯電話が震えた。


 取り出して液晶を見ると、番号登録有りの『〇〇六 ミヤビ』と表示されている。


 俺は直ぐに通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。


 「おはよう、雅」


 『はよー、ちょーろー』


 「もう、皆、集まってるのか?」


 『そーだよー。ちょーろーがいつも通りのちこくー』


 「遅刻じゃないだろう。俺はいつもの時間だ。いつも通りだし、もう、あと一分でそっちに着く」


 そう言って通話終了ボタンを押し、やや小走り気味に、歩く速度を上げた。


 これが、ここの所の朝の日課だ。何が面白いのか、雅はこの同じ時間に同じような通話をしてくる。おかげで、俺も安心している部分もあるんだけどな。


 学舎棟から出て校門とは反対側に抜ける。そこには多くの軍用車両が駐車してあり、その駐車スペースを抜けると第二の校門がある。

 そこからは、フィールドと呼ばれる荒野が広がっている。


 このフィールドが俺たちが授業を受ける場所だ。


 教室では『授業』は行われない。雨が降っても、雪が降っても、槍が降ってもフィールドで授業を受ける。

 たぶん、本当に槍が降っても行われるだろう。


 そのフィールドの、校門を出た直ぐの場所に、同じ学年の生徒が、ほぼ同じ装備でもって数人ずつの塊を作っていた。

 一学年は各組三十六人。三組で百八人。更に二学年の一部もここに加わる。

 二学年は、所謂オチこぼれ生徒だ。規定の技能を習得していなかった場合に、一学期のみを猶予期間として与えられている。一学期中に技能の習得が無ければ、もう一回一年生をやる事になって、その場合は一年四組という事になる。


 まぁ、中には、この過酷な学校生活に耐えられなくなって、自主的な退学、転校手続きを取る者も多い。

 特に今頃の時期は、全学年共通にドロップアウトする者が多いという話しだった。


 そんな状況の中、今、目の前に居るのはだいたい四十名前後だろう。ここで班員が全員揃った時点で出発となるが、班員が集まらない場合は、一時的な処置として他の揃わない班から借りてくる事も出来る。場合によっては欠けたままの出発も認められている。


 そうならないようにと、根回しのために色々な班に粉を掛けている生徒も居るし、単に、他の班の異性にちょっかいかけるために動き回っているのも居て、この場は、ちょっとしたカオスになっている。


 そんな中に俺たちの班員が居た。


 班は全員で六名。一番初めは組の中で実力が均等になるように配置される。基本は男子三名、女子三名の組み合わせだが、入れ替わりや脱落もあって、長く三対三の形を残す班は稀であるらしい。


 俺たちの班は、男子が仁、俺、鷹。女子が京、桜、雅の六人で、入学後の班分けで指示された通りを維持している。

 その指示も酷いモノで、仁と京は身体能力、学力共に組の中で一位を誇っている。仁に至っては学年一位だった。そして、鷹と雅は組でドベ。この四人が一つの班に組み込まれた事にはちょっとした悪意を感じた。更に、身体能力と学力が中間の俺と桜が組まされ、空中分裂する事が前提の組み合わせに感じられた。


 もっとも、この班のこの組み合わせのおかげで、他の班が偏った特色も無しに編成されている事実もあるので、所謂、貧乏くじと言う役割だったのかも知れない。


 しかし、この組み合わせのおかげで、俺たちはこの一ヶ月間、学年一位の成績を取り続けている。


 今なら言えるが、この学年で最高の資質を持った五人と組めたと感じている。


 「おはよう!」


 俺の班の五人が、俺とほぼ同じ格好でかたまっている場所に寄って声を掛けた。


 「「「「おはよう」ございます」」」「はよー」


 「いつも通りだな。では、いつも通り、装備の確認を行おう」


 仁の合図で、まずは同性同士でのチェックが始まる。それが終わったら異性同士だ。一人が五人のチェックをする。当然、自分の装備も五回チェックされる。


 装備は自分で装着出来るけれど、しっかりと締めたと思っていたベルトが、穴を通っていなかった、などという事が無いように、他人の冷静な目での確認は重要な意味を持つ。

 特に、剣や刀、投げナイフなどの武器を扱うし、防具である装備が外れ掛かっていたら、それは攻撃を阻害する上に防御の役に立たないと言う意味も持つ。


 そう。


 この学校は、六人組で戦う訓練を行う学校だ。


 戦う相手は魔獣。そして、戦うためには『念』を使える事が前提になる。


 中学までに『念』に目覚めた者は『念力操作』と言う技能を擦り込まれる。これが無いと感情の高ぶりで『念』が暴走して、無秩序な破壊が周りにもたされるためだ。

 そして、高校進学時に、この学校で『念技能士』として魔獣と戦うか、深層催眠を使って『念』を完全に眠らせ、一般人として生きるかを選択させられる。


 戦う事を選択した俺たちでも、一般教養の成績や、実技技能の成績が振るわなければ留年するし、場合によっては退学と言う事も有り得る。

 退学となったら『念技能』を催眠で眠らされるので、一度この門を叩いた者たちは必死で成績向上を画策している訳だ。


 そのため、六人編成の班で、誰と組むのかも大きな要素になっている。


 初めは担任教師による強引な割り振りだけど、一度実技を行った後なら交換や追い出し、編入も可能になっている。

 そこでイジメも存在するんだけど、元々この学校は命がけで魔獣と戦う戦士を育てるのが目的のため、自分の実力以上の成績を『卑怯』な手段で手に入れる、と言う事以外では不干渉の立場を取っている。


 まぁ、イジメがあれば他の班に行ってしまえばいいだけだ。他の班になったら、同じ組であってもほとんど顔を合わせないため、粘着質のイジメは存在しえない状況だしな。


 何より、場合によっては命がけになる戦いの練習をしている訳で、その背中を守る相棒たちとの交流は、全ての生徒にとっての必須スキルになっている。


 「仁! 出過ぎだ。一旦俺の後ろで回復! 京は仁が下がった後のフォロー! 桜! もっと積極的に攻めろ!」


 そんな中で俺たちも戦っている。


 基本の指示は俺の役割。班の中での俺の役割は『タンク』。敵の注意を引き付けて、直接攻撃組の負担を減らしつつ、前衛の防御も担当する。そのため、この班の中で唯一の盾持ちだ。『念』技能も『意識誘引』と『威力向上』。『意識誘引』は文字通り魔獣の攻撃をこちらに向かわせる『念力』で、ワザと意識を向けさせて攻撃を集中させるためのモノだ。それを盾で防いで、その間に仁たちが攻撃を当て続ける、と言う戦い方をする。刀も武器として持っているけど、普段は抜かない事の方が多い。

 何故か、この班のリーダーを仰せつかっている。


 仁と京の役割は『アタッカー』。魔獣に対して、攻撃する事だけが役割だ。仁は西洋風の直剣を武器として持ち、両手で振り回している。京は俺と同じ刀を武器として、仁と同じように両手で斬りかかっている。

 同じ刃物で戦う二人だけど、仁は剣を叩き付ける戦法で直線的に戦い、京は斬る事を主題にした戦法で、引き流す刀の振り方をしている。

 正直、支給品の剣と刀なんで、折れたり曲がらない様に肉厚に作られた量産品だ。そのため、いくら研いでも切れ味にはかなりの不満が残る。そこで、力を磨くか、斬る技を磨くかと言う形式に傾きやすい。目下の所、その二つを磨くのが二人の課題だ。

 持っている『念』技能は、仁が『威力向上』と『射程延長』。京が『威力向上』と『認識阻害』の二つずつだ。『威力向上』は、剣などで敵に斬りかかったり、殴りかかったりした時に発露しやすい『念』技能で、文字通りにダメージにプラス補正が入る。『射程延長』と『認識阻害』も文字通りの『念』技能で、共に攻撃時に常時展開している。


 桜は『アシスト』。普段は班の中央付近に居て、状況に合わせて役割を変える。武器は投げナイフを十本と、西洋の剣に似たショートソードと、脇差しを持っている。基本的に器用貧乏なんだけど、手の足りない所を直ぐに補ってくれるのがありがたい。手が足りている時は後衛のガードが主な役割になる。

 桜の『念』技能は『射撃管制』と『混乱誘発』。『射撃管制』は投げナイフの誤射を防ぐのに重宝するそうだが、俺たちが銃を使うようになる三年生までは、余り大きな成果を期待出来ない。俺たち全員が銃系統の武器を持った場合、桜の『射撃管制』に任せれば、効率的な銃撃と誤射を防いでくれると予想されている。


 鷹と雅は『サーチャー』と『ヒーラー』だ。二人とも完全な後衛タイプで、戦い自体にはほとんど参加しない。それでも武器を持つ事は必須になるので、それぞれショートソードを持ってはいる。

 鷹は『空間認識』と『詳細分析』と言う『念』技能で探知に優れ、他の班員の体調や魔獣の弱点も判るので、その結果を俺に一方的に『語』ってくれる。

 鷹自身はクラスでドベの成績だけど、実は戦争、アニメ、ゲームからサバイバルゲームまで、オタク知識は豊富に持っている。運動や勉強よりもネットで専門知識を仕入れた方がいいというスタンスだったそうだ。その知識も合わせて俺との携帯での通話で、「仁は疲れている」「あの触手は再生しない」「魔獣のHPの半分は削った」「桜がビビッてる」と、俺が聞いているかもどうかも気にせずに『語』ってくれる訳だ。俺が聞き逃しても、状況に合わせて『語』るのは変わらないので、必要なら同じ事を何度も『語』ってくれる。そのため、俺は攻略情報を教えてくれるラジオ放送を聞きながら戦っている様な感じで、とても重宝している。


 雅は『治療回復』と言う名の『念』技能を発露させていた。針で二~三針縫う程度の傷なら十分程度で直す事が出来、立て無くなる程の疲労状態も体力満タンに回復させる事が出来る。『念』技能のために、実際に体力を持っている訳ではないが、雅の中に四人分ほどの体力が入っていて、それを流し込んでくれると言う表現が適当かも知れない。傷を治す場合は二人分以上の体力に相当する力を使うらしく、骨折以上の大怪我については添え木や止血以外の治療行為は禁止されている。いずれ、専門の医療知識を習得する事が求められているが、本人は勉強すると眠り姫の呪いが発動するの、と言っていた。

 まぁ、気持ちは判るが、頑張れ。


 アタッカーが二人、タンクが一人、アシストが一人、ヒーラーが一人、サーチャーが一人、と、六人編成では見事に役割がハマった。


 他の班だと、アタッカーが六人で、それぞれが二役を担当したり、完全に攻撃職のみ、という班もあるようだ。ヒーラーの『念』技能を発露させるのは女性が多く、何処でも引っ張りだこなんだが、男五人に女一人と言う配分に抵抗があるようで、班構成には苦労しているようだ。


 「雅は仁の体力回復。京! 桜! 攻めるぞ。あの触手は数が多いが、再生能力はほとんど無い。さっさと丸坊主にしてトドメを刺せ」


 鷹からの『語』りで攻め時と判断した。


 そこで動ける京と桜に突貫を指示、俺も盾を前面に押し出して『意識誘引』の『念』技能を力強く発現する。そのおかげで、触手はほとんどが俺の盾を叩いている。その隙を狙って京と桜が触手を切り落としていった。


 雅の『回復』で体力を回復した仁が前線に復帰し、三人からのたこ殴りで魔獣は沈黙した。


 この魔獣は、この学校の教師と政府の研究者による一種のクローンだ。しかも、大幅に力を制限されていて、上手くいけば、一般人の素人でも倒せるという触れ込みになっている。


 確かに、俺たちが一番始めに相手をした魔獣は、大人が金属バットでも持てば倒せる程度の耐久力しか持っていなかったし、攻撃力も、運動部ではない中学生の全力パンチと言う程度のモノだった。


 一番始め。


 まだ、一ヶ月前の事だけど、あの時は本当に酷かった。


 初めての戦闘で浮き足立っている上に互いの利点を考えない戦いで、死ぬ事はない攻撃力を相手に、死にそうになって逃げる事しか出来なかった。

 本来なら教師が各班をしっかりと監視して、最悪の状況にならないようにフォローしてくれるはずだった。でも、その時は各所で他の生徒たちが負け戦を展開していて、一時的に手が回らない状況になってしまった。


 俺が「逃げるぞ!」と叫んだ声を、全員が直ぐに実行していなかったら、本当に全滅していたかも知れない。


 その後の反省会は喧喧諤諤の怒鳴りあい。仁と京が武器を抜いて振り上げた所で俺が間に入り、グローブ無しの手で剣と刀を握り込む事になった。

 血をだらだら流しながら「武器で相手の言い分を叩こうなんて野暮だろう。もっと粋に行こうぜ」と引いてくれるように頼んだ。


 そこら辺は、余り詳しくは覚えてはいないんだけど、手の治療をしながら雅が俺を長老と呼ぶようになり、仁と京は、俺に指示を出してくれと言い出した。桜は協調性が取れるなら歓迎すると言い、雅は長老様の言う事は聞いておいた方がいい、などと謎理論を言っていた。鷹は、元々自分の能力を把握していたようで、初めから携帯を使った『語』りを提案してきた。鷹の能力の方が指揮向きだと提案したんだけど、知る能力と展開させる能力は別物だと言い切られてしまった。


 そして、俺がリーダーになってのリベンジでは、さっきの苦労は何なのか、と言うぐらいに、あっさりと初めての魔獣を倒せた。


 それ以後、約一ヶ月、俺たちの関係は上手くいっている。


 また、あの時と同じような喧嘩とかを繰り返しながら、完成形に近づくんだろうな。


 そう言った時、さすがは長老。と全員に言われたのは、ちょっと訳判らん、となった。


 とにかく、今、魔獣の一匹を倒した。これからが俺たちの本番だ。


 まず、魔獣の足下に近い位置にあるはずのタブレットボックスを探す。地面にほとんど埋まっているけど、蓋の部分は埋まっていないから、比較的直ぐに見つかる。

 そして、生徒カードとは別の班カードを取り出して、カード認識プレートにかざすと蓋のロックが外れ、縦横一メートルほどの蓋が持ち上がって開く。

 中にはタブレットが十ほど入っているが、六人分以外は予備なんで、気にせずに六つだけ取り出し、班の全員に配り、ボックスの周りに車座に座って準備完了。


 全員がそれぞれのタブレットのカード認識プレートに自分の生徒カードをかざすと、それぞれのタブレットに、個別の試験問題が出題される。


 試験内容は今日の授業範囲の問題だ。


 六人居るが、それぞれが別の教科の問題を出されるので、声を出して教え合う事も出来ない。孤独と戦いながら、今日の朝のバスの中までで覚えた内容を答えていく。一時限目ならまだ良いが、戦いながら六時限目ともなると、しっかりと記憶させておかないとほとんど答えが出てこない、なんて事も起こる。

 班の中で問題がダブる事がないように出題されるので、答え合わせをする事もできず、水曜と土曜は四時限、その他の四日は六時限の魔獣との戦いとテストとの戦いを繰り広げている。


 つまり、魔獣と戦って勝つと、試験を受ける資格が出来るというシステムだ。


 そのため、戦いが長引くと一日六時限分のテストを受ける事が出来ない場合もある。日が落ちるまではフィールドは開放されているけど、基本的に照明設備もない荒野だ。暗くなったら戦う事も出来ないので、その時は次の日に持ち越し、と言う事になる。

 水曜日と土曜日が四時限となっているのはそのため、と言うのもある。まぁ、大半はそれでも足りなくて、ゴールデンウィークや夏休みを使って単位を稼ぐ事になるそうだ。

 規定の日数に合わせた単位しか取れないシステムなので、休みのうちに先行しておこう、と言う事が出来ないが、それでも戦いに慣れておく事は重要な事だと言う事で、規定の単位を取っていても休日出動する班も多い。


 タブレットに備え付けのペンで解答を選んだり、記述していく。そして、それが終われば『提出』と『承認』の欄を叩いて終了。


 今日だけの授業内容の範囲なので、問題自体は少ない。遅くとも、十分あれば終わる。それ以上時間を掛けても、覚えていないモノは出てこないから無駄だろう。


 『承認』した後に、『受領』という表示を確認した後に、電源を切ってタブレットを元の位置に戻した。


 全員が戻したのを確認した後、ボックスの蓋を閉めて終了。蓋が閉まったと同時に新しい魔獣が生み出されようとしていたので、早足でその場を離れていく。


 これで一時限目が終了した。今日は六時限。あと五時限が今日のノルマ。


 おかげさまで、と言うか、班の組み合わせの所為でか、俺たちは持ち越した授業は無い。成績も、学年で一番の班になっている。

 口の悪い連中は、俺たちの班を解体して全員を別々の班にしろ、なんて言っているらしい。まぁ、そんな事になったら、俺たち全員の成績が落ちるだろう、と言うのが俺たち全員の意見だ。


 俺たちにとって、安定した体制で授業を受けていく事は、ノルマをこなして強くなっていく事に一番の近道だと感じられた。正直、ここで解体させられて、話の通じない班の一員にされるのは御免被りたい。


 そんな事を考えたりしながらでも、俺たちは順調に魔獣を倒していける。


 そして、今日、四匹目の魔獣を倒して四時限目のテストを終了させた。時間は十一時を少しだけ過ぎた時間。


 基本的に、一時限は魔獣を倒すのに四十分、テストに十分、休憩十分という配分になるように構成されている。俺たちは魔獣を倒すのに約二十分で達成しているため、四時限を終わった所で約一時間強の余裕を持てていた。そこで俺たちは、午前中に五時限目まで消化するように進行させる方針にしている。


 トイレ休憩は二時限目と三時限目の間に済ませているが、女子生徒には辛いかも知れない。この後は昼休憩になるので、時間的には余裕はある。常に言って貰えれば都合をつけると表明してはいるけど、女子にはハードルが高いのかもね。

 ちなみに、更衣室には尿漏れパッドが置いてあり、一日に一人四枚まで持っていってもいい事になっている。一人一枚限定だけど、紙おむつも置いてある。

 初日には笑っていた連中も、次の日には笑わなくなる、と言うおまけ付きだ。


 一応礼儀でトイレに行くかどうかを聞いて、問題無い、と言うお墨付きを頂いたので五時限目のエリアに向かう。


 五時限目の魔獣は山猫型だ。ライオン型、狼型、ワニ型、触手イソギンチャク型などのタイプがあるが、こういった既存の獣に似た魔獣は、その能力も似ている場合が多い。

 山猫型は、軽い身のこなしで鋭い爪と牙を持つ。ライオン型よりも小さく、その分、上下左右の動きが速い。ライオン型は力は強いが、初速が遅いという弱点を持つ。山猫型の弱点は力の弱さという事になる。


 もっとも、一学年の相手になる魔獣なので、大幅に能力が削られているのは仕方ない。


 本物の山猫型魔獣だと、力も素早さも有り、体の至る所から触手を出したり、トゲを発射したりするそうだ。


 俺たちは、この弱体化させられた山猫型魔獣に向かった。


 「素早い敵、解放されたエリア。こういう条件だと、人数が居ないと包囲陣は無駄になる。俺が先頭、仁と京が俺の左右、やや後ろ、俺の真後ろに桜、雅、鷹の順序で行こう」


 まず俺が一番突出して、俺を攻撃のターゲットとして狙って貰う。俺の『意識誘引』を最大限に発揮して盾を押し出した。

 そして、山猫型魔獣が俺に飛びかかってきた。

 俺は盾を両手で押し込むように支え、『威力向上』で盾を支え続ける。


 山猫型魔獣が、「シャーッ!」とも、「ギャーッ!」とも聞こえる唸り声を吐き出して盾を弾き飛ばそうとしている。

 そこに仁と京がそれぞれの得物を掲げ上げて突進してきた。


 仁と京の攻撃が同時に炸裂する。


 そして怯んだ山猫型魔獣が俺の盾から離れようとする。そうさせないため、盾を更に押しだし、『意識誘引』もかけ続ける。そのため、意識が仁たちアタッカーから再び俺に向かう。

 そこへまた二人の同時攻撃。更に俺の後ろから桜が飛び出し、仁が飛び退いた場所から投げナイフを魔獣に突き刺す。今度は仁が、突き刺さった投げナイフを、ノックするように剣で叩いた。反対側では、京が魔獣の背骨を斬りつけ、骨の断面が丸見えになっている。


 普通の山猫だったら、ここで下半身が動けなくなるんだけど、魔獣は脊椎なんて関係ねぇ、とばかりに攻撃の手を弛めない。


 今度は京の方に意識が行ったようで、俺に横顔を向けている。そこへ盾を叩き付け、出来れば首の骨を折ってやる、という意気込みで、盾の内側に肩を入れて押し込んだ。

 これに驚き、魔獣は多々良を踏んだ後に尻餅をついた。少しは背骨切断の影響が有ったみたいだ。

 俺に意識を集中させるために、魔獣の嫌がる事を行う。

 この場合、魔獣の顔を盾で何度も叩く事だ。


 仁と京、そして桜の攻撃は続いている。


 その後、京が魔獣の下半身を切断した。


 それでも、魔獣は魔獣だ。切り離された下半身で京に攻撃を掛けようとしている。上半身は俺の盾を手で払いのけようとしている。


 「桜! 京のサポート! 仁! 後少しだ、一気に決めるぞ!」


 ショートソードと脇差しを抜いて、二刀流になった桜が京のサポートに走ったのを背中で感じて、俺は上半身を叩く事に集中した。


 下半身を失った山猫型魔獣の力はそれほどでもない。俺は盾を片手で持ち、刀を抜いて魔獣の頭を叩く事にした。

 仁も同じように頭蓋骨へダメージが入るように剣を叩き付けている。


 そして、最後はタコ殴り状態に。


 鷹の「終了」と言う『語』りを聞いて、一気に飛びすさった。


 攻撃職四人が滝のように汗を流し、肩で息をしている。


 軽量化されているとは言え、それでも丈夫に作られた武器だ。それを何度も全力で叩き付ければ、それなりに疲れる。


 「魔獣の生死を確認」


 俺がそう言うと、同じように肩で息をしている仁と京が、それぞれ、魔獣の上半身と下半身を確認している。

 そこに、しっかりと、細胞の崩壊を確認したようだ。


 「下半身、死亡を確認」

 「上半身、死亡を確認」


 仁と京が宣言した。


 「魔獣討伐を確認」


 俺が宣言して、初めて全員が力を抜いた。


 走り寄ってきた雅が、体力の『回復』を掛けようとしたが、俺は、この後直ぐに昼休憩だからと遠慮した。他の三人も同じように回復を拒否。昼休憩で、俺たち四人が体力回復しているのに、雅だけが疲れている、なんてのは、ちょっとしたプライドの問題で自分を許せなくなるからなぁ。


 代わりに、とばかりに、俺の持つ班カードを渡し、タブレットボックスを開いて貰った。


 そして、五時限目のテストに向かい合った。


 それが終われば片付けて、荒野にいくつも作られた休憩エリアに向かう。


 休憩エリアは、元々緊急避難エリアとして作られた建物だったが、トイレがある事から頻繁に利用され、今では公然と休憩エリアと呼ばれるようになった。

 休憩エリアになってからは、水場や食堂スペース、攻略会議用の部屋も増設され、元々あった医務室や休憩室と共に頻繁に利用されるようになっている。


 そこへ着いたら、まずするのが武器に付いた脂を取る事。


 今回は俺も刀を使ったから、しっかりと洗わないとならない。武器を使わなかった雅と鷹には、食事用のテーブルの確保と、その後利用する和室の会議室の確保を頼んだ。


 武器の洗い方は、まず、食器用洗剤をスポンジに取り、良く泡立ててから武器の脂を拭っていく。脂が取れたら水洗いして、スプレー式機械油で有名なヤツを一拭きしてからタオルで磨いていく。脂が付いていたため、鞘にも入れられなかった武器を鞘に戻して終了だ。


 うん。剣や刀の手入れの仕方じゃないよなぁ。


 でも、量産品のステンレスの得物だしな。京は、機械油を一拭きする前に、握り拳に包み込めるぐらいの砥石で、刀を研いでいたりもするけど、それ以上はやはり手を掛けない。


 基本的に、今使っている武器は素人が無駄に折ったり曲げたりしないように練習するための物、という扱いだ。

 折れたり曲がったり、と言うのは仕方のない事だけど、それでも、無駄に破損させない事が判れば、本物の刀や剣を使う事も出来る。『念』技能が増えれば、その『念』技能に合わせた武器という物に変わる事もある。


 武器に愛着を持つのは、それから、と言う考えが主流だ。


 もっとも、手入れはするけど、使うのは洗剤や機械油だという上級生も多いらしい。毎日六匹の魔獣を斬る現実には、丁寧な、保管を目的にした手入れは無理と言う理屈だそうだ。


 武器を洗い終わった後は、雅が確保していたテーブルについて、それぞれの弁当を食べる。


 皆、飾り気のないおにぎりやサンドイッチだ。


 一度雅が、「わたしはあんまり激しい動きはしないからイケルはず!」っと、キャラ弁を作ってきた事があった。

 結果は片寄った混ぜご飯で作った押し寿司。

 虚ろな目で、それを食べていた雅が印象的だった。


 燃料補給が終わったら、班で利用出来る会議室へと移動。わざわざ和室を選んだのは、ここで一時間程昼寝をするためだ。

 実は、そのために午前中に五時限を終わらせていた。


 残りは一時限なんだけど、ここで昼寝をして完全回復させ、六時限目は通常通りの時間帯に受けようという狙いがあった。

 成績が突出している所為で色々嫌な気分にさせられる目で見られる事も多いんで、帰りの時間ぐらいは合わせておこう、と言うつもりもあるし、ここで昼寝をしてからもう一度戦うと、自分の成長を感じる事も出来ると言う特典もあるからだ。


 午前中に苦労した状況も、昼寝をしてから午後に戦うと、信じられないぐらい楽に倒せる事が多い。それを実感してしまうと、昼寝をしない理由がない、と言う訳で、毎日、午前中に五時限を終わらせている。


 一時間の昼寝は微妙に物足りない、と感じる事もあるが、それでもストレッチで体をほぐし、洗顔、トイレ、食堂でお茶していると、完全に眠気も無くなる。


 そして、六時限目の戦いは、それぞれの苦手克服に利用する事も多い。


 今回は、桜と俺がメインの攻撃を行い、仁が鷹の『語』りを聞きながら全体の指揮を取る事にしてみた。


 結果は散々。桜は単独だと突っ込めなくなるし、俺はどうしても盾を頼ってしまう。仁は指揮をするよりも自分が動く事を優先しがちになって、全体が置いて行かれてしまった。


 まぁ、ワザと『苦手』な事をやらせたんだからこんなモンだろう、という所で、従来の戦い方に戻す。その段階であっさり終わったのは、ご愛敬って事にしておこう、と言う事になった。


 時間が余っているなら、七時限目を取っても良いんじゃないか? と言う意見もあったが、俺たちはノルマをきっちりこなしている所為で、足りていない授業が無い。この状態で余分な授業を受けると、魔獣は倒せるけどテストが表示されない、と言う事になる。


 つまり、十分の小テストを受ける事が出来ない。授業のノルマは先行出来ない、と言う事だ。


 これは、生徒の暴走を押さえる意味もあるようだった。頑張りすぎると体を壊し、場合によっては十年単位で戦えなくなる事も多いそうだ。

 ある程度やったら休む。と言う事が、強くなる近道、と言うのは、俺たちも十分納得している教訓だ。


 とにかく、これで今日のノルマも完全に消化した。


 もし、今日、これ以上に鍛えたければ、走り込みや素振りとかの基礎的な動きを練習した方が効率的だろう。

 と言う事で、俺たちのフィールドでの用事は終わった。


 俺たちは学舎棟の俺たちの教室に戻り、まずは装備品の洗浄を行う。剣や刀は昼休みの時と同じように洗い、プロテクターは濡らしたタオルで拭いていく。それが終わったら着替えを持ってシャワーを浴びに行き、上がったら野戦服とアンダーを乾燥機付き洗濯機に放り込む。


 洗濯が終わるまで、俺たちは教室に入って、座れ慣れない自分の椅子に座り、今日の反省会を行う。

 と、言っても、既にお互いに戦い方は知り尽くしているんで、戦いに関する反省点なんて言うだけ無駄になっている。

 今日は、桜の投げナイフを仁が叩いて更に奥へと突き刺した戦法が話題になったけど、こういう話題が出てくる事自体が珍しい事だったりする。


 更に珍しい事がもう一つ。普段は何も書いていない黒板に、プリントがあるから、各自、一枚ずつ持って帰って、良く読むように、と書いてあった。


 京が代表して六枚を取りにいき、皆に回す。そのプリントには、そろそろ一ヶ月だから油断も出てきやすい。この時期が一番事故が多いので気をつけるように、と言うお小言と、今日から上級生の倶楽部活動と接触してもいい、と言う許可だった。


 この学校で言う倶楽部活動とは、『念』を研究したり、『戦略』を研究するモノと、戦う時の装備品を作る事を目的にしたモノの二種類がある。


 基本的に倶楽部活動は二学年から何だけど、倶楽部によっては二学年からの戦闘実技が免除されるモノもある。

 つまり、卒業後は『念』の研究者か、装備品を作る専門家になる者たちを、倶楽部活動という枠に入れて育成しようという考え方だ。それでも、一学年の戦闘実技をクリアしていない者にはその資格が与えられない、と言うのはこの学校ならでは、と言う感じだ。


 もっとも、一般の学校からそう言った方面に就職する、と言う事も可能なんで、この学校の研究者なら基礎的な『念』技能は自由に使える素質が必要という事だろう。


 そして、この学校の二学年になり、戦いは向いていないと痛感した者たちは、戦闘実技免除の倶楽部活動に殺到する事になる。特に女子生徒が多いと言うのは仕方のない事なんだろうけど、倶楽部として欲しいのは研究する『頭』を持っているか、生産系作業を支えられる『根性』を持っている者を優先する傾向がある。男子女子関係なく、かなり狭き門になっている。


 今日から一学年に、倶楽部との接触が許された、と言うのは、研究をしている倶楽部にどのレベルで研究しているのか聞きに行ったり、装備生産系の倶楽部に、自分に合わせた独自装備を依頼する事が出来るようになった、と言う事だ。


 倶楽部への装備品の依頼は、倶楽部が許可すれば制作費は学校が出してくれる決まりになっている。その装備で、その生徒が大きく成績を上げる事が出来るのであれば、その分のポイントが倶楽部にも入り、その倶楽部の予算が加算されると言う事だ。逆に、成績が変わらなかったり、落ち込んだりした場合は、倶楽部の予算が減額、と言う事もある。

 そのため、倶楽部では装備を与える生徒を見極める事が、重要な要因になっている。


 「個人別の専用装備かぁ。何か欲しい?」


 反省会として話し合う事なんて無いので、俺は装備について皆に聞いてみた。


 「正直、まだ不安だな。今の剣でさえ、曲がったり、折れたりしそうになる事もある。特別な物を作って貰っても、使いこなす前に壊してしまいそうだ」


 「そうね。確かに今の刀には不満もあるけど、だからと言って、本物の日本刀を戦いの中で取り扱う自信は無いわ」


 仁と京が、自らの未熟度を語った。この二人にこう言われては、武器に関しては俺たちに言う事は無くなってしまう。


 「うん。カッターみたいに良く切れる武器とか考えるよねぇ。特に、袋だたきしている時とか。でも、実際に使ったら、一発目で折れちゃいそうだよねぇ」


 桜の言い分には、雅も鷹も含めて、全員で肯定の頷きを繰り返した。


 「わたしはー、ヘルメットが重いからー、軽いのにして欲しいなー」


 「携帯電話。ヘッドセットの無線機にして欲しい」


 続いて、雅と鷹が言ってきた。


 「あー、俺も防弾ヘルメットは、ヘッドギアとかにして貰いたいな。それにヘッドセットってのは俺も賛成。今は携帯にイヤホン繋いでいるだけだから、不安なんだよな」


 実は、以前、三年生の戦闘実技の班を見た事がある。俺からしたら、持って歩くだけで精一杯という感じの装備に、ヘッドセットとヘッドギアを装着していた姿が印象的だった。


 「ああ、ヘッドギアというのはボクも賛成だ。防弾ヘルメットは、顔を横に向けるのが辛いからなぁ」


 「ええ、ずれるのよね。必ず一テンポ遅れるから」


 「ずれるし、蒸れるしで、運動して無くても汗をかくよねぇ」


 全員の切実な願いでもって、防弾ヘルメットをヘッドギアに変える事は決定された。


 「で、この場合、どうやって申請したり、依頼したりするんだろう?」


 「「「さあ?」」」


 プリントにも詳しい事は書いてなかった。


 まずは洗濯の終わった野戦服とインナーを個別のロッカーに戻す。それから、見物的な感覚で、皆で行ってみる事にした。


 初めての倶楽部棟は、トンでもない喧噪だった。


 混雑の上、凄い怒号も飛び交っている。なんで?


 どうやら、一年生が『凄い武器』を欲したようだ。自分があまり活躍出来ないのは、今の武器の所為だとかなんとか言ったらしい。装備を作る上級生が、それに頭に来た、という構図だろう。


 そんな構図が、至る所で起こっているようだ。実際は混雑が酷くて訳が判らないんだけどなぁ。ここには一年だけじゃなく、二年も三年も居るようで、三年の方がかなり必死になっているように見える。


 まぁ、『凄い武器』って言うのなら俺も欲しいとは思うけど、そんな物よりも今はヘッドギアと無線機なんだよなあ。


 そこで、廊下の端でニヤニヤしていた上級生を見かけた。あの襟章の色からして三年生だろう。ちょっと、世間話でも出来ないかな。


 「すみません、ちょっと良いですか?」


 「あ、ごめん、うち、踊る宗教なんで、他の宗教はちょっと」


 「いえ、宗教の勧誘じゃありません」


 「あ、俺、金無いんで……」


 「セールスでもありません」


 「え? じゃあ、何だろう?」


 「え? もう終わりですか?」


 「ごめん、ネタが無い。来年の今日までに後五つは用意しておこう」


 「来年も居るつもりなんですね。判りました、期待して待ってます」


 「ごめん。それは勘弁して」


 と言う所で挨拶が終わった。


 「で、何?」


 「実は、装備品を頼もうと思ったんですが、何処に頼めばいいかと悩んで居るんです」


 「ああ、成る程ねぇ。君も、武器を変えるんだ?」


 「いえ、防弾ヘルメットをヘッドギアにして、専用の無線機を取り付けて欲しいんです。ですが、そう言った装備を何処に頼むのかが良く判らなくて」


 「へー、武器はいいんだ?」


 「まだ使い始めて一ヶ月ですからね。一回切り込む毎に折れたり曲がったりする可能性のある物は使い切れません。まぁ、まるで木刀みたいな刀なんで、不満もありますが、今の俺たちには相応しい物だと思ってます」


 「ふーん、成る程ねぇ。なら、俺の所においでよ。ヘッドギアと専用無線なら作り置きがあるから、直ぐ渡せるよ」


 「それは重畳」


 「え?」


 「あ、すみません。あ、とても嬉しいです」


 「あ、ああ。じゃあ、着いて来て」


 またやってしまった。俺の後ろで、ボソボソと言い合っているのが聞こえる。どうせ長老だよ。


 そして、案内されたのは、一階上の静かな倶楽部棟だった。ドアの名前を見ると、シミュレーションゲーム愛好会、だとか、戦略研究会など、装備関係とは別物らしい。そして、その階の一番奥に、その場所はあった。


 『SPY ARMS』


 扉にはそれだけ書かれていた。


 「ようこそ、サイ アームズ研究所へ」


 「念と武器に関する研究をしている感じですか?」


 「正解。この学校で一番古い倶楽部なんだぜ」


 「あ、あのぉ。俺たちが欲しいのは、ヘッドギアと無線機だけなんですが」


 「判ってる、判ってるよ。俺も、君らに、俺らの研究成果を使わせようなんて考えて無いからさ」


 そうして、俺たちは扉の中に招き入れられた。


 「あ、部長、おかえりぃ」「部長遅いですよぉ」「部長? 今日は部長がいるのか?」


 なんか、この人が部長だったようだ。


 「で、部長? 俺のDDダゴンは?」「私のお茶は?」「俺、ウーロン茶って言いましたよね」


 どうやら、部長はパシリのようだ。


 「う、うるせー! 今日は一年が許可受けた所為で下が大混乱なんだ! 自販機に辿り着けもしないよ!」


 「あぁ、そんな時期かぁ」「こっちには来ないでしょうね?」「毎年の事だろう」


 どうやら、かなりフレンドリィな倶楽部みたいだ。


 「すまねぇな。モブは無視してこっちに来い」


 俺たちは部長に引き連れられ、部室の一画にまでやって来た。そこは、書類や段ボール箱が積み重なり、そこにあったはずの机を完全に隠していた。そして、椅子だけはかなり機能性を重視した座り心地の良さそうな物が一脚だけ置いてあった。


 そこに、何処からか集めてきた椅子を六脚、俺たちの前に並べて座るように指示した。


 「ヘッドギアと無線機だったな」


 そう言って部長は、またまた、何処からか段ボール箱を六箱、今度は台車に乗せて持って来た。その段ボール箱は、蓋が開いていて、中の物があふれて蓋が閉まらない様に見える。


 「こいつは、ヘッドギアに無線機を仕込んである。無線機は良くあるタイプの専用無線機で、特に手は加えていない。ヘッドギアに無線機、って組み合わせは良くあるからな。だから、要望を聞く前にここまでの物は作ってあるって訳だ」


 そこで、部長に促され、各々で装着してみてスイッチを入れてみる。


 「これは、うわ、凄く音がクリアですね」


 「だろ? 安物の筐体の上、一々基地局まで飛ぶ携帯とは比べ物にならないよな」


 「部長の声もクリアに聞こえますね。外の音も取り込んでいるのかな?」


 「良く判ったな。ヘッドセットにマイクも付いているタイプだ。耳を塞いでいるために外の音が聞こえない、なんてのは、致命的だもんな。もちろん、無線の音か外の音をミュートする事も出来るし、音を拡大する事も出来る」


 「あ、無線のセットを二つにして、二重に通信する事は出来るでしょうか?」


 「あん? どういう事だ?」


 ここで、俺と鷹の情報伝達についての説明が苦労した。やっぱりというか、鷹を指揮官にすれば良いんじゃないか、という意見も出たが、適材適所として、状況、情報収集に集中するというスタンスは、意外とすんなり受け入れられた。


 「おい、ヨウ! 居るか?」


 何故か部長が机の上の書類の山に声を掛ける。


 「ああ、居るよ」


 書類の山の向こうから、一人の大男が顔を出した。けっこうデカイ。


 「話しは聞いていただろ?」


 「うん。基盤はあるから二重にするのは簡単だけど、電波が干渉するのがめんどくさい話しだよなぁ」


 「まぁ、お前の話は置いておいて、明日の朝までに六組だ。出来るか?」


 「今日は泊まり込みだなぁ」


 そう言って大男は書類の山の下に消えていった。


 「よし、これで二重にする件はいいだろう、他に要望はあるか?」


 「いえ。特には。俺たちも、ヘッドギアと無線の事しか考えていませんでしたから」


 「いや、なんかあるだろ? 防御が心許ない、とか、攻撃力を上げたい、とか?」


 「うーん、ある事はありますが、そう簡単な話では無いと思います」


 「と、言うと?」


 「俺はもっと意識誘因の練度を上げたいですね。タゲが外れる事が良くありますから」


 「ああ、そう言う事なら、ボクは威力向上の重さを上げたいな。一撃の重さを上げて足止めぐらい出来るようにならないと、今後がきつそうだ」


 「それでしたら、私も鋭さを上げたいですね」


 「あ、あたしは、投げナイフの威力を上げたい。なんか、いい訓練方法ありませんか?」


 俺たちが勝手を言った所為だろうか? 部長が目を丸くして呆然としている。


 「あ、不躾ですみませんでした。皆、訓練を繰り返して練度を上げるしかない、と言うのは判っているのですが、その訓練に追加して、更に練度を上げられる方法が無いかと期待したんです。まだ、初めて一ヶ月の俺たちが言って良い話しじゃありませんでした」


 「い、いや、いや。皆、真面目なんだねぇ」


 「真面目、何でしょうか? 力を付けないとならないのに、出来る事はほとんど無くて、時々、途方に暮れる事もあるんですけどね」


 「は、君はいくつなんだい?」


 「十五ですが…」「長老はもうすぐ年金が支給されるんだよねー」


 「長老とか言うな! あと、十五で年金が支給されるのなら欲しいぞ!」


 雅を一括するが、どうやら遅かったようだ。ああ、これでまた、俺が長老と呼ばれる機会が増えるのか。


 「はっはは。さすがは、長老の話はためになるねぇ」


 ああ、やっぱり浸透したようだ。何故か、部長の言葉に、俺の班の連中も頷いている。


 「まぁ、君たちの考えは判った。また何か要望が出てきたら相談に乗ろう」


 「あ、ありがとうございます」


 「じゃあ、君たちの班カードと生徒カードをここに登録してくれ」


 そう言って、部長は大きめのタブレットを差し出す。タブレットの一画がカード認識プレートになっているので、そこに俺たちの班カードと生徒カードを認識させていく。


 「はい、登録完了、ちょっと待って」


 そう言って操作し、俺たちがヘッドギアと無線機を注文したという形式を作っていく。


 「はい、もう一度、カードを認識させてから『注文』って所を押してくれないかな」


 誰にでも、無制限に物資を渡す訳にはいかないから、こうやって、生徒からの注文と、倶楽部の方も承認したという手続きが必要だと言う事だ。

 そして、倶楽部が使った予算と、その装備を受け取った生徒の成績で、倶楽部自体の予算が増減したりするそうだ。


 なるほど。実力もはっきりしない一年に、予算をつぎ込んだ装備を渡す訳にもいかないから、さっきのような怒号が飛び交うという事になるんだな。


 もっとも、ヘッドギアぐらいだと、かなり成績が落ちても関係ないって扱いになるらしい。単純に仕事してますよ、ってぐらいのアピールにしかならないようだ。


 「OK。あとは、明日の朝までに用意しておくから、フィールドに出る前にここに寄ってくれるかな」


 「判りました。よろしくお願いします」


 そして、俺たちはいつも通りに帰宅の途についた。




 ◆◇◆◇◆◇




 「部長。面白い一年ですねぇ」


 丸メガネに白衣を着た二年の女子生徒がひょっこり顔を出して言ってきた。この女子生徒は一年の中頃からこの倶楽部に入り浸っており、二年進級と同時に所属した、根っからの研究職の生徒だ。そのため、一年時にはそれなりに苦労したと言っている。


 現在、この倶楽部のメンバーは十二名で、三年生が五人、二年生が七人の体制だ。他の二年生も同じように研究職として入学したが、戦闘実技でもしっかりとした成績を残していた。

 一番始めに入り浸っていたのが丸メガネの白衣女子で、その時から研究助手として鍛えられており、他の二年は、この丸メガネの白衣女子から研究の手ほどきを受けていた。そのため、現在の二学年の代表のような立ち位置にいる。


 「まだまだ、面白い事はあるぞー」


 部長は自分のタブレットを操作して、呼び出したデータのコピーを目の前に居る丸メガネ白衣女子に転送した。


 「あ、個人データですねぇ。えっと、班では、成績トップを走り続けているみたいですねぇ」


 「まだ、一ヶ月だから、本物かどうかは判らない、って評価みたいだけどな。でも伸び率は群を抜いてる。所謂、期待の新人ってやつだ」


 「戦闘実技は、平均二十五分? 毎日のテストの点数も良いみたいですねぇ」


 「それ、おかしいと思わないか?」


 「思いますよ。なんです? 平均二十五分って? 何処のプロですか?」


 「まぁ、そこも変と言えば変なんだけどな。見ると判るんだが、最近の一から五時限は午前中に終わってて、平均二十分を切ってる。六時限だけは時間いっぱい使ってるみたいで、そのせいで平均が増えてるみたいだな」


 「これって、何をやってるんでしょう?」


 「別に三味線引く相手も居ない訳だしな、たぶん、試行錯誤の実験とかじゃないか?」


 「なるほど。って、一番初めの成績って、これって、酷くないですか?」


 「中学の成績と入試の成績で、クラスの班が平均的になるように組み合わせたんだろう。クラス順位一位と二位、クラス順位三十五位と三十六位、そして、クラス順位十八位と十九位かぁ。笑えるなぁ」


 「これって、一位と二位の子が引っ張ってあげたって事ですかねぇ?」


 「さっき、班を代表して交渉してきたのは、クラス順位十八位だったぜ? 通称、長老くん」


 「長老くんが、絆っちゃったんですかねぇ」


 「そんな感じだったな」


 「部長、俺にもデータ下さい」「あ、俺にも」「わたしもー!」


 部長たちの会話を聞いていた他の部員が騒ぎ出した。そのため、何故か倶楽部会議になってしまった。


 「武器は支給品の、例のナマクラ君ですよね」「ものの見事に一次技能だけですねぇ」「おお、パーティ型と言うより、レイド型の戦闘スタイルって事ですかぁ」「この治療回復の子、面白いわぁ」


 「待て、待て、って。まだ、ピカピカの一年生だぜ。これから、どう変わるかで、俺たちの対応も変わる訳だから、焦りすぎるな」


 「でも、データ取るなら、早い方が面白いデータ取れるでしょうからねぇ」


 「判るけどな、それで二年前の先輩たちがババ引いたんだよ。まぁ、ここまで優秀な成績は出していなかったんだけどな」


 「でも、このヒーラーとサーチャーなんて、今までは潰されてしまっていた役割ですからねぇ。ここまでしっかりと保護されているなら、三年掛けてデータ取っても良いくらいだと思いますが?」


 「この学校のシステムだと、武器振り回す方が評価されやすいからなぁ」


 「この子たち、どんな戦い方するんでしょうねぇ?」


 「しゃーない。明日は俺も付いて行って、どんなのか見てくる事にしよう」


 「これで決まりだと、ホント、面白いデータが取れそうです」


 「まだ判らねぇよ。とりあえずデータ収集の算段は取っておいてくれ。どうせ使う事にはなるはずだからな。それと、ヨウ! 俺の分の通信機もよろしく」


 そして、『SPY ARMS』はこの後徹夜する事になる。学校としては泊まり込みは認めていない。しかし、剣や銃を振り回す戦闘職や、企業の研究室並みの成果を出す倶楽部ばかりなので、一般社会への影響も考えて見ていない事にしている。


 修練棟の射撃室で、一晩中銃を撃ち続ける生徒も多い。


 黙認してはいるが認めていないという立場で、仮眠室などは作られていないため、泊まり込む生徒は自前で宿泊用の道具を用意している。初めは寝袋が多いのだが、しばらくするとマットレスと毛布を常備するようになったりもする。

 天気の良い日には虫干しする光景も見られるが、近隣住民が全く居ない環境なので、問題になった事は無い。軍の幹部が視察に来る時は、何故かそう言った物が見られなくなると言う不思議な事もあるそうだ。


 予算配分や、企画書の作成などで結局泊まり込みになった部長も、次の日にはスッキリとして一年生たちを待った。

 朝食はカップ麺と買い置きの菓子だけだったが、シャワーを浴びて無理矢理にスッキリさせていた。


 そして、単なる個人的な我が儘なんだけど、と前置きし、一年生の一日に付き合う事になった。


 午後三時。


 成績優秀な一年生の一つの班を観察してきた部長は、倶楽部の皆を集めて記録した映像と共に解説した。


 「長老くんのリーダーは様になってますねぇ」「わたしも、こんなリーダーだったら良かったのになぁ」「このアタッカーがクラス一位と二位ですよね? 良く言う事聞いているじゃないですか」「このアタッカーの二人、いい剣筋持ってますよね?」「アシストの子、なかなか良いじゃないですか」「治療回復の子は出番が無いのねぇ」「昼寝? 凄いな、判ってるじゃないか」「最後は他の可能性を考えた試行錯誤ですか」


 「と、まぁ、これが、俺が見てきた、期待の一年生くんたちだ。どう思う?」


 「あ、俺、この周辺探知の技能持ちを調べたいっす」「なら私は治療回復の子ね」「この女の子の刀は綺麗だわ。きっと、綺麗な技能を見せてくれると思うんだけど」「こっちの学年首位の方が、一般向けにいい技能を発露してくれそうだろう?」「この射撃管制って、余り聞かないんだけど、独自技能じゃないよね?」「長老くんがどう化けるか見てみたいなぁ」


 「待て待て。いきなり担当を決めろと言ったわけじゃない。まだ、その前段階だって。全体としてどう見るか、って聞きたい」


 「部長はどう思ったんですか?」


 「俺か? 俺は、そうだなぁ。普通?」


 「普通? こんなに優秀なのに?」


 「ぶっちゃけ、教科書通りに優秀なんだよ。教科書通りに考え、教科書通りに鍛え、教科書通りに戦えば、教科書通りに優秀になれますよ、って感じだった。

 ただ、まぁ、それを一年の一ヶ月で実現している、ってのは評価出来るんだけどな」


 「なるほど。特に特訓している訳でもないのに、いきなり大技が使えるとか言う天才では無いですね」


 「話しに聞いただけだが、これでも一番始めに大喧嘩したそうだ。それ以来長老がリーダーになったらしい」


 「一応、言われた事だけをするロボット君では無いって事ですか。試行錯誤もする事から考えて、自分たちで構築出来る優秀さを持っている、って事ですね」


 「持っているのがナマクラ君だからな。基本的に袋だたきしか無いはずなんだが、こいつら、けっこう切り刻んでるんだよなぁ。そこら辺も、自分たちで構築したって訳なんだろうな」


 「持っているのは一次技能の、威力向上、射程延長、認識阻害、意識誘引、射撃管制、混乱誘発、治療回復、空間認識、詳細分析だけですよね。部長は確認しました?」


 「一応、それ以外に発露した技能が無いかは聞いてみた。まぁ、無いそうだけどな」


 「なら、切り刻む系で発露しそうですね」


 「発露か。それが問題なんだよなぁ」


 新しい『念』技能に目覚める事を『発露』と呼んでいる。発露はそれまでの努力や得意な技によってその傾向が変わり、二次技能、三次技能と進む程、他人とは違う形態のワザになりやすい。


 技能の起点になるモノを一次技能と呼び、そこから派生するモノを二次技能と呼ぶ。


 起点となる一次技能が最も重要だが、ほとんどは出し尽くしたのではないか、と言う意見が大勢を占めるようになっている。

 そこで、一次技能から派生する二次技能に期待が集まり、より一般に浸透しやすい、強力な技能が求められている。


 技能は、その技能を見た『念』技能士が憧れれば、その技能を発露しやすい、と言う傾向もあるため、まず、一番初めにその技能を発露させる事が求められている。

 しかし、発露は個人差が激しく、見て、憧れた技能であっても、発露するのに数年かかった、と言う事例も珍しくない。


 「あいつらは、行動に関しては優秀だが、発露も優秀かというと、判らないからなぁ」


 「まぁ、それは、全ての生徒に言える事ですけどね」


 「うん、それ故に、俺たちは発露した生徒を取り込んで調べている訳だ」


 「発露しそうな生徒を調べる事が出来ない、ってのが問題なんですよねぇ」


 「二年前に先輩がそれをやって、結局なんのデータも残せなかったからなぁ」


 「部長は、あの一年はハズレだと思ってますか?」


 「それは無い。例え一般的な一次技能であっても、あいつらなら今までにない面白いデータを出してくれるだろう」


 「結局は発露の時期って事ですかぁ。俺は、あの一年なら、発露も早いと感じてますがね」


 「ああ、ありそう。ここまで理想的な関係を、こんなに早く構築しているんだもんね」


 「あぁ、待て、待て。ここで、一旦取りまとめよう。

 俺たちは有力な念技能士を探している。これは、まぁ毎年の事だ。毎年、って事になるのは、契約した念技能士がソコソコでしかなかった、って事で、ウハウハなら三年連続で契約しても良いわけだ。そして、念技能士を調べて、念を探求し、効率の良いアイテムを作る事を目指している」


 そこまでは、皆、充分に納得している内容だ。


 「そして、今の時期は、契約する念技能士を捜す前の、ちょっとした猶予期間だ。各自、今のうちに基礎的な研究を済ませ、それを契約した念技能士相手に使って、結果を導こうと計画しているわけだ」


 ここでも、皆が頷く。


 「ここであの一年と関わる場合、その基礎研究の猶予が無くなり、更に、あの一年の発露の仕方に全ての予定が持って行かれる訳だ」


 今度は、難しい顔で頷く。


 「しかも、出てきた技能が、当たり前のモノでしかなかった場合、その損失は計り知れない、と言う事にもなる」


 皆は、頷くのを止め、部長の次の言葉を待った。


 「結局、選択できる行動方針は二つだ。

 一つは、あと一~二ヶ月待って、あの一年が独自技能を発露させてから契約する。

 もう一つは、基礎研究を終わらせ、この一年をあいつらに付き合う事で消費するかを決めるか、だ」


 ここで、しばらく沈黙が流れる。現実問題として、二年前の成果無しから予算が減少している。もっとも少なかった去年を知っている連中ではあるから、そのリスクは恐怖という名で身にも染みてもいる。


 この『SPY ARMS』は、この学校でもっとも古い倶楽部活動と言う扱いになっている。しかし、実際は軍部の出先機関という側面も持っている。学生主導の軍の研究機関というのが正しいが、表面的には軍をパトロンとした個人研究所と言う事になっている。そのため、学生の柔軟な思考と、時には無軌道な暴走を歓迎している節もあるが、取り扱う金額は他の倶楽部活動とは比較にならない桁だ。

 多くの金額を受け取るのならば、それに等しい成果を出さなければならない、と言うのは世の常で、実際、今までにこの倶楽部が出した成果は、軍の標準装備の一つになったという物も多い。その実績のある倶楽部で、二年前の成果無しは大きな傷になっていた。


 「今の一年たちとは、正式な契約を取らないで、夏前に正式な契約を取る、って事は出来ないんですか?」


 「それなら、事前研究の一部が出来ない、ってだけで済みそうですよねぇ」


 「そんなんでいいのか?」


 「基礎予算がまるで無いんで、デカイ実験が全く出来ないんですよ」


 「そ、その問題もあったかぁ…」


 「下手したら、夏前まで、遊んでるって事もありそうです」


 「よ、世の中、ゼニ、なんだなぁ。あぁ、世知辛い」


 「そんな訳で、俺はあの一年を調べるのに賛成です」


 「部長が予算を回してくれるのなら、基礎実験も出来るんですけどねぇ」


 「プール金は、去年の成果に化けちまったから、本気で無いぞ」


 「なら、もう、あの一年と遊ぶしかありませんねぇ」


 「ちっ、なら決を採るぞ。伸るか反るかだ。

 まず、いつも通り、夏前まで待って、良さげな技能を発露した一年をスカウトして、無難に成果を出す方がいい、と言う者は挙手!」


 誰も手を挙げなかった。


 「あの一年の発露に期待して、一蓮托生で倶楽部の存亡を掛ける、と言う者は挙手!」


 「部長、その言い方は無いでしょう」


 一人が抗議したが、部長以外は全員が手を挙げていた。


 「部長はどっちなんです?」


 「俺は、お前らの決が三対三になった時用の手だから、お前らが全員一致なら関係ないだろう」


 「ちなみに、三対三だったら、どっちに?」


 「個人的には賛成。だが、部長としては反対、だな。部外者のために、部員であるお前たちの時間を無駄にするのは、立場上出来ないからな」


 「なるほど。一番つまらない答えだった」


 「うるせぇ!」



 ◆◇◆◇◆◇


 次の日。俺たちはメールで『SPY ARMS』に呼び出された。特に縛りのある約束では無いけれど、俺たちの『念』を観測させてくれという事だった。その見返りに、これから発露するであろう二次技能に合わせた装備を開発してくれるという事で、他の装備開発系倶楽部の喧噪を思い出した俺たちは、快くお願いしますと快諾した。


 ゴールデンウィークは、俺たちの観測用装置を置くために借りた修練棟の広い部屋に、『SPY ARMS』の倉庫から荷物を運ぶために呼び出された。

 その際、鷹は担当になる先輩となにやら話し込んでいた。元々体力系ではないので、その方が心配する事もないので気にしなかった。雅も体力は雀の涙のため、修練棟の部屋で待機して、俺たちの体力を回復させる担当になった。


 体力的に疲れると、動いていない鷹や雅に文句を言いたくなる場合も有りそうだったけど、疲れたら直ぐに雅が回復してくれたおかげで、文句を言わないで居られる程度には余裕があった。


 実は、鷹がここで話し込んでいたおかげで、この後に大いに発展する事になると知ったのは、もう少し後の事だ。


 そして、普通の教室の倍はある部屋に、俺たち六人分のやぐらが出来上がった。観測装置は、それぞれが干渉しないように離され、間に金網と分厚いプラスチックで出来た間仕切りがいくつも置かれている。

 そのやぐらに、色々なセンサーを取り付ける訳だけど、それは専門家に任せるしかなかった。

 その他にも、軽自動車ぐらいはありそうな『マシニングセンタ』とか言う機械や、工作系機械も色々持ち込まれた。


 何故か、修練棟なのに、それ用の排気口や給水管があらかじめ在ったのは謎だ。まぁ、銃や、場合によっては爆発物も使う場所、と言う事で納得はしたが。


 そしてゴールデンウィーク後半は、そのやぐらの中で観測の試験を繰り返した。


 観測するのは『念』技能のため、実際に『念』を使用する必要がある。戦いの中で『念』技能を使っている俺たち戦闘職は、体を動かす関係で大きく場所を取って、更に動きに合わせた設計に作り直していく作業が必要だった。


 更にセンサーを取り付けた防具を出され、全員がそれを装着して授業を受けるように指示された。これが、ちょっと重めで、そのせいで激しい動きには一テンポ遅れる可能性があった。


 装備に関しては、仁と京は、ぎっちりと締め付ける全身タイツが在ればいいのに、と、本気でのたまった。


 重さは仕方ないとして、『揺れる』部分があると動きにくくなるし、それが繰り返されると痛くなって動くどころじゃ無くなるらしい。

 つまり、『裸』と言うのは、一番戦いに不向きなモノだそうだ。


 裸で戦った事があるの? と二人に聞いてみたら、鍛錬で汗をかいた時に、裸でやれば良いんじゃないかと試した時があったらしい。結果は散々で、汗で滑るし、汗が目にはいると痛みで目を開けていられなくなるし、揺れて擦れの痛みで、リズムを取る事も出来なかったそうだ。

 人間というのは、適度な服装が無いと、訓練や戦いどころか、逃げる事も出来なくなる不完全な生き物だと痛感したそうだ。


 『揺れる』という部分には、若干名の班員と倶楽部の部員が反応したけど、そこは紳士的にスルーした。

 ちなみに、京によればAカップでも揺れて痛くなるので、女性であれば気をつけなければならない問題だそうだ。まぁ、京ほどの身体能力で動き回れば、Aでも痛いほど揺れるだろうな。


 桜? 雅? 黄昏れてるんじゃないよぉ。


 ちなみに、この話は、センサー付き装備を試着していた時の事なので、先輩たちが「ほほう」と言っていたのが気になる。

 平安を願う神社にお参りしておいた方がいいかなぁ。


 そして、ゴールデンウィークが明け、通常の授業を繰り返す毎日に戻った。俺たちはフィールドに出る前、上がった後、やぐらのセンサーでチェックを受け、今日一日の念の動向を報告する事になった。


 実は、まだ『念』自体をチェックできるセンサーは出来ていないそうだ。そのため、簡単な脳波計や心電図、体表から観測出来る電流などを観測しているらしい。


 ほとんど手探りで、目隠しで迷路を攻略するようなモノだと部長は言っていた。


 それでも、おおよそ三週間ほどで、先輩の一人が試作のセンサーを持って来た。鷹と話し込んでいた先輩で、鷹によると、鷹の『詳細分析』で判る内容と同じ反応をする物質を探していたそうだ。

 そして、有機系化合物を片っ端から試して、三週間で、それなりの反応をする物質を探し当てたと言う事だった。


 話しによると結構レアな物質らしいけど、人工的に合成する事も可能らしい。反応自体はまだピンぼけらしいけど、ここに、人類初めての『念』を直接観測するセンサーが出来上がった。


 作った当人よりも、部長が舞い踊っているのが気になったけど、これで来年の予算も安泰だ~、と泣きながら叫んでいたから、詳しい事は聞かない事にした。


 そして、そのセンサーを加えて、実証試験に入った。


 それにより、俺たちの『念』技能の特徴が判り始めたと言っていた。


 更に数日後、鷹が、仁に発露の兆しがあると言ってきた。


 その言葉に『SPY ARMS』の部員が狂気に走った。俺たちも含め、全員に念センサーが増量され、『発露の兆し』を観測するために集中された。


 そして、仁が新しい技能を発露した。


 『二重事象』


 一次技能か二次技能かも判らない新技能だ。仁は火力不足を嘆いていたので、その鬱憤が溜まって出来た技能じゃないかと思う。

 『二重事象』は、一度攻撃すると、その直ぐ後に同じ攻撃の事象が発生し、結果として二回攻撃した事と同じになる。仁自身によると、二度目の攻撃も自分でしているという意識が少しだけあるそうだ。


 今回、仁が発露した事により、『発露の兆し』もある程度確定したそうだ。後は、俺たちが発露すれば、その検証になるだろうと言っていた。


 『念センサー』と『発露の兆し』、そして『二重事象』という三つの発見で、倶楽部としては三年分の予算は確保出来たと喜んでいる。

 と、言う事でお祝いだー! と言って、全員で駅前の焼き肉屋に突貫した。


 翌日、全員の顔がテカっているのはご愛敬だろう。特に女性陣が、普段よりも戦闘実技で前に出て戦いたがっていたのは、気付かない事にしようと、男三人で誓い合った。


 そしてその日の放課後、仁以外の五人にも発露の兆しがある事が判った。一番始めに鷹が戦闘実技中に気付き、それを放課後にセンサーで確認した所、間違いないと言う事になった。


 部長は今日も舞い踊っている。ああ、日の丸の扇子って本当にあるんだなぁ。


 『念』技能の発露は、他人の発露に影響されやすいそうだ。だから、俺たちが直ぐに発露するのは特におかしい事ではないらしい。でも、その場合は同じ技能になる確率が高いそうだけど、今回は仁の『念』技能に憧れている者が一人もいないので、違う技能が期待出来そうだと言っていた。


 数日後、まずは鷹が発露した。しかも、放課後にやぐらのセンサーの中で。その時の変化も記録出来て、担当の先輩は滂沱の涙を流しながら喜んでいた。

 しかも、『状況記憶』と言う、今まで見た事もない新技能だ。『空間認識』の二次技能なのだけど、『空間認識』の二次技能自体が初めての技能のため、世界にとっても大きな成果だと言う事だ。更に、鷹によれば『空間認識』と『詳細分析』も変化が感じられるそうで、具体的には認識空間が広がって、詳細分析も細かくなったようだと言っていた。


 と言う事で、今回は回転寿司でお祝い。


 大食らいが居るから焼き肉よりも高く付いたらしい。


 次は雅が発露。しかし技能は増えず、元の『治療回復』だけだった。


 しかし、実際は『治療回復』の力が上がっており、概算で倍以上と言う数値が念センサーから判った。今まで、技能が増えないから発露していない、と言われていた事が覆されたという事だった。

 でも、医療知識がないから、大きな怪我は治さないでね、と釘を刺されていた。


 雅はこのままこの学校を卒業して、軍に所属、そこで医療の専門知識を学んだ方がいい、と言う判断をされた。


 そして、ファミレスでお祝い。倶楽部の予算が心配になってきた。


 次は京が発露。


 発露の兆しが現れているんだから、当然と言えば当然だよな。


 『百花繚乱』


 これは、京が二人になる技能だ。実際に二人になっている訳じゃなく、高速で移動する分身の術みたいなモノらしい。その中間部分を完全に省略してしまう『念』技能だ。

 つまり、二人に見えるだけで、両方とも京自身だと言う事だ。その時の意識は、高速に交互になるはずだけど、両方に個別の意識として理解出来るらしい。ここら辺は『念』技能によって補われているらしいけど、その技能を使えない者には理解し難いモノだそうだ。


 試しに、二つの部屋に分けてみたら、扉を閉める時に、人一人が通れる幅が無くなった時点で技能が途切れた。更に、十メートル程離れた時点でも技能が途切れた。

 これが現在の限界で、使っていくうちに成長するだろう、という事だった。


 そして、ペットボトルとポテチでお祝い。残りの俺たちは、来年に発露した方が良さそうだよな、と話していたら、先輩たちの顔が微妙だったのは、ここだけの話しだ。


 そして、この部の予算が呪われている事が判った。


 桜が発露しました。しかも、またもや未発見の技能。


 『対空支配』


 空中を飛んでいるモノを支配する、と言う技能なんだけど、一年生の俺たちには余り関係が無いかも知れない。

 先輩が投げた紙飛行機を自由自在に操ったり、固定したマシンガンの弾道をねじ曲げる事は出来たけど、一瞬だけ、という状況じゃ、認識が追いついて行かないという弱点もあった。


 本気で戦闘に慣れた熟練になれれば、魔獣が飛ばしてくる、音速に近いトゲを弾き返したり、外れた弾を無理矢理に命中させる、とかも、出来るかも知れないのにねぇ。

 それを練習するのなら、まずはクロスボウから試したらどうだ、と言われたが、クロスボウも銃も、三年からじゃないと使わせて貰えないんだった。


 桜は泣く泣く、「投げナイフで練習する」と言っていた。


 部長は消えていた。よってお祝いは無し。予算無いんだね。


 せめて八つ当たりぐらいさせてください。と言っていた部員の手の中の金属用ハンマーが印象的だった。


 そして、ついに俺の特殊技能が発露した。


 『引斥自在』


 つまり、引っ張るのも押し出すのも自由自在って意味だ。俺は、タンクとして敵の注意を引き付け、攻撃係や非戦闘員を守る役割だ。そのため、元々、敵の意識を引き付ける技能は持っていた。そこに来て、今度は物理的にも敵を引き付ける事が出来るようになる訳だ。


 俺が新しい技能を発露した、と言った時の部員の絶望は、ちょっとだけ見ていて楽しかったと思ったのは秘密だ。


 そして。


 「はーっはっはっは! 諸君! 待たせたな!」


 それが、久しぶりに見る部長の第一声だった。なんでも、スポンサーの所に直接行って、特別予算を勝ち取ってきたと言う事で、宴会予算も別口で確保してあると、有頂天に笑っていた。


 ああ、部長が部員たちに取り囲まれている。あれ? なんか、聞こえちゃいけない音がしているよ。その振りかぶったモンキーレンチは、その後、何をどうするんでしょうね。


 で、結局、部長は臨時予算として三億を確保してきたと言っていた。


 三億って多すぎない?


 「皆には内緒だよ?

 こんなに予算貰っているのはウチだけだからね。

 そもそも、ウチの倶楽部は軍と直接関わっているからね。念の独自技能を発見するだけで数千万の予算が下りる倶楽部なんだ。まぁ、精密機材は高いからねぇ。なかなかそれを実感する事が出来ないんだけど、それなりに、他の倶楽部では実現できないことをやってるんだな、これが」


 「でも、三億で何をするんですか?」


 「うん。宴会!」


 「…………」


 倶楽部の先輩たちが「部長用」と書かれた大型電動ドリルや、「殲滅用」と書かれた人の身長程もある金バサミを手に取る姿を見て慌てて言い直した。


 「と、と言うのは冗談で、ほとんどは念センサーの材質探求と、念に親和性のある物の開発が主になるな。

 既に材料サンプルは別口で三億分、消失させても良いという条件で貰う事にもなってるよ。何と、各企業の虎の子の新素材まで網羅しているサンプルだ」


 今回の念センサーの発明は、軍でも驚く程の成果だという事だった。そのためにいきなり国防級の極秘扱いにされ、データのほとんどを持って行かれたらしい。俺たちを含めて、部員全員に監視と警備が付くらしく、当面はプライバシーは無い物と思ってくれ、と言うありがたいお言葉まで貰った。


 また部長が部員に袋だたきにされるかもと思ったけど、開発を行っていると極秘扱いになる物も多いそうで、既に去年から監視対象にされている部員も居るらしい。


 俺たちにしてみれば完全にとばっちり、だと思ったけど、回っていないお寿司での宴会で懐柔されてあげた。

 この倶楽部とは関係のない所でこの新しい技能を発露していたら、もっと不自由な立場になっていたかも知れないそうだ。


 この日から、俺たちの戦いにも変化が出るようになった。


 まず、通常のフィールド戦闘から、次の段階であるダンジョン型戦闘へと移行する提案がなされた。

 本来なら全員が二次技能を発露させていなければならないそうだ。だけど、俺たちが発露した技能は二次技能なのか、新たな一次技能なのかも不明な状態で、雅に至っては表面的には一次技能しか獲得していないように見える。


 それを聞いた所、既に念センサーで技能レベルを大まかに計れる段階に来ているそうで、軍の方でもサンプルとして測定を始めているそうだ。

 俺たちのデータは毎日録られているので、今更だけど、それによると新たに発露した技能は、二次技能レベルの力がある事は測定出来ていると言う事だった。


 もしかしたら一次技能なのに、二次技能並みの力を持った技能、と言う、今までの概念では収まりきれない話しにもなるという事だ。

 今までは『念』を現象としては観測出来ていたけど、数値で測定する事が出来なかった弊害だと部長は言っていた。部長たちは、自分たちの『念』技能もこの念センサーで測定しているので、間違いないから大丈夫だと確約してくれた。


 ちなみに、二年の先輩たちは三次技能をそれぞれ一つずつ持っているし、三年生は三次技能を三つずつ持っているそうだ。

 それを観測した所、『念』の力が多く必要になる毎に二次、三次と変わる事が大まかに判ってきているので、これからはレベル二、レベル三と言う様に変わるかもと言っていた。


 その基準に照らすと、俺たちは全員レベル二と言う事になるらしい。


 今まで二次技能を発露していない、と言われていた生徒にも適用されるべきと言っていたので、その内、この学校でも全生徒を対象に調査される事だろう。


 そんな訳で、少しだけ後ろ暗い所が残るが、俺たちは初めてのダンジョン型戦闘実技を行う事になった。


 「あー、なんと、言うかぁ………」


 ダンジョン型と言ってもいいのか、今までと同じフィールドで、横幅三メートルの通路の両脇を、高さ一メートル半の岩石が約十メートルに渡って置かれているだけだった。

 空を見上げれば、青い空に白い雲が浮かんでいた。


 「ダンジョン型、って言うより通路型だな」


 仁の言う方がしっくり来る。しかも、通路の突き当たりに人造魔獣が手招きしていた。


 「要は、狭い場所での戦い方、って訳だな。打ち合わせ通り、まず仁が先頭、京が最後尾、俺、桜、雅、鷹の順で行こう。一応、この岩の上は緊急避難用って感じだから、気分的には、ここからこう、天井があるつもりで行こう」


 横幅が三メートルもあると、普通の状態なら二人が余裕で並べる。しかし、武器を抜いて構えると、三メートルだと二人が並んで、と言う訳にはいかなくなる。一メートルぐらい前後させれば武器を構えるぐらいは出来るけど、実際に戦うために振りかぶるとか、魔獣の攻撃を避けるとかする場合は、三メートルは離れていないと気になって動けなくなってしまう。


 この十メートルの通路だと、先頭の仁だけの戦いに、二列目の俺がかろうじて援護出来るかも、と言う戦法しかとれない。

 実際、入ってみたら、鷹と京が通路に入れない、と言う状況だった。


 「仁! 俺もサポートが出来るか、出来ないかだ。一人でやれるか?」


 「この狭さ、だもんな。とにかく、やってみる!」


 仁と魔獣との距離、約五メートル。俺と仁との距離、約三メートル。俺は右端に寄って、仁に向かう魔獣の触手を『引斥自在』で乱し、その隙を突いて左側から仁が『二重事象』でタコ殴りしている。


 大きく振りかぶり、力強く叩き付けると、その次の瞬間にもう一撃入る。


 しかし、三回に二回は蠢く触手に弾かれている。


 その時、俺は、仁の一撃目の剣が触手に弾かれ、『二重事象』の二撃目が触手の根本に見事に入ったのを目撃した。


 「仁! 二重事象の一撃目と二撃目を別の物にする事は可能か?」


 「え? どういう事だ?」


 「一撃目で触手を弾き飛ばして、二撃目で触手の根元に剣を突き立てるんだ!」


 「そ、そう言う事か。まるでやった事がないけど、試してみる!」


 そして、しばらく、普通の『二重事象』を愚鈍に繰り返していく仁。


 「無理そうか?」


 「いや、まだだ。まだ、試す」


 仁には、何かが見えているのかも知れない。


 そして、三十分近く試しただろうか、初めて一撃目を弾いた後に、二撃目を入れる事に成功した。

 偶然、その結果になった、と言う訳ではなく、意図してその状況を生み出したのは大きな意味を持つ。


 「出来たか!」


 「まだだ! まだ、判らない!」


 仁は納得していない様子だった。実際、同じ事をしているようだったけど、再現出来ないでいた。結局、さっきのは偶然だった? 偶然でも、出来る可能性を示したのは意味が大きいけどね。


 そして、更に二十分以上経った頃、今度は二連続で成功させた。更に、二十分程で、ほぼ間違いなくコントロール出来るようになった。


 その時は、触手型魔獣は、ほとんど丸坊主だった、と言うのはご愛敬って感じで。


 仁に剣を借りた鷹が、『詳細分析』の精度を上げるために、魔獣を『詳細分析』しながら剣でトドメを刺して終了。


 試験を受けた後、通路を出て、何も無いフィールドで休憩となった。仁の体力自体は雅の『治療回復』で元に戻っていたけど、精神的な疲れは直ぐには回復しなかった。


 仁は、精神的な疲れのため、会話する事も疲れる状態だった。そのため、少し離れた所でうたた寝ぐらいはさせようとなった。その間、俺たちは、次ぎに先頭で戦う京がどうやって戦う方がいいかを検討する事になった。

 京は、仁と比べて、切れ味は上だけど打撃力は下と言う感じだ。切れ味自体は上でも、刀自体があまり切れ味を考えていない物だから、それほど効果が高いとは言い切れない。


 「やっぱり、手数を増やすしかないのかな?」


 「ええ。私の百花繚乱と認識阻害で切り刻んでいくしか無いでしょうね」


 「あたしの投げナイフで援護しようか?」


 「いえ、百花繚乱がどの場所に出るのかが不定ですから、投げナイフでの援護は難しいと思います」


 「うー、そうだねー」


 「偶に俺が、引斥自在で魔獣の動きを阻害する程度の援護しか出来ないってのは、仁の時と同じだな」


 「はい。そのようにお願いします」


 「こういう狭い場所で使える技能じゃないと、この先やっていけない可能性もあるなぁ」


 「私や仁は、もっと力をつけないとならないでしょうね」


 「投げナイフ程度じゃ、何の支援にもならなくなっちゃうなぁ」


 「ねー、ちょーろー? また、さっきみたいに、いいアドバイスとかないのぉ?」


 「アドバイス?」


 「にじゅーじしょーでぇ、別々のうごきにぃできないかってぇ」


 「ああ、アレかぁ。アレは、二重事象が同じ動きしかしていないのがもったいなかっただけなんだよなぁ。百花繚乱なら、あのまんまでも、アレ以上の動きは出来そうだしなぁ」


 「うん、判るけど、もう少し、戦い方とかのバリエーションのアイデアでもあると、違うモノでしょう?」


 桜にまでそう言われると、何も考えていなくても考え出さねばならない雰囲気になる。何か、いい方法ないかな?


 「そう言えば、百花繚乱を出しているのを見た時は、隣の部屋でも、ドアを閉めなければ分身出来てたよな? なら、分身を出す場所って、好きに選べるのか? 例えば敵の真後ろとか」


 「ええ、出来ると思いますが」


 「なら、敵の真後ろに出て、一回斬りつけ、直ぐに移動、って事を繰り返す、とかぐらいかな」


 「…………」


 そこで京がなにやら真剣に考え始めた。ちょっと声を掛けづらい雰囲気だ。そして、しばらく後に、何かを納得したかのような表情になった。


 「少し、思いついた事があります。実際に試してみるので、それを見て、またアドバイスをお願いします」


 「ああ、判った。まぁ、余り無理はするなよ」


 「はい」


 最後は、なんか嬉しそうだったな。なんでだろう。


 ここで仁が復活してきた。完全に回復はしていないけど、移動と待機ぐらいは出来るそうだ。次は京の出番なんで、仁は最後尾でもしもの場合に備えて貰う事しか無いはずだから、待機しながら休んで貰おうと言う事になった。


 次の授業場所も、通路型だ。完全に同じ形で、高さ一メートル半の岩で三メートル幅の通路を造っただけの、十メートル程の直線。


 そこに居た魔獣は、今までとは少し違っていた。


 良くある、イソギンチャクタイプに近いんだけど、イソギンチャクの頭から突き出している触手が、俺の太股ぐらいに太く、しかも黒っぽい剛毛に覆われていた。

 触手の数は少なくなっているけど、今度は簡単に切り落とせない様に見える。


 それでも京は、ためらいもなく突っ込み、魔獣の直前で『百花繚乱』と『認識阻害』を発動させた。


 何処に目があるのかも判らないのに、魔獣は京に太い触手を叩き付けようとする。しかし、京の認識阻害で触手は京を捕らえる事が出来ない。

 無駄打ちになった触手を、京は刀で斬りかかった。だけど、その刀は弾かれ、逆に京の方が体勢を崩してしまう。接触した事で京の位置が判明し、触手が京に再び襲いかかる。しかし、その時には京は消え、別の場所に現れていた。


 『百花繚乱』は、高速移動で二人に見える念技能だ。その二人の両方が本人であり、好きな方を起点に出来る。二人に見えているけれど、そのどちらかを消すのも自由で、一人に戻れば、そこから別の場所に新たな自分を作り出す事も可能だ。


 魔獣の触手に襲われた方の京を消し、魔獣の真後ろに居る京が一人になる。そこで、新たに通り過ぎた触手の後ろに京が現れた。同時に、魔獣の真後ろに居た京が魔獣に斬りかかる。直ぐに魔獣が反応するが、その時には真後ろに居た京は消えていた。同時に、斜め前に京が現れると、こちらにいた京が斬りかかり、直ぐに消える。


 京はその動きをドンドンと速くしていく。


 斬り掛かっては消え、別の場所に現れては斬り掛かる。


 その速度が上がっていくと、二人にしか見えなかった京は、十人以上居るように見えてくる。

 現れては消え、消えては現れる。

 まるで、咲いては散り、散っては咲き乱れる花のようだ。


 「百花繚乱かぁ。成る程なぁ」


 俺のつぶやきに、皆が頷いて、魅入っていた。


 しかし、やはり力不足は変わらず、いくら斬りかかっても、かすり傷にもならない事が多かった。


 そこへ、鷹の『語』りが入った。それを俺が代弁する。


 「京! 固いのは毛だ! 毛筋に沿って刃を入れるんだ!」


 その声に従って、京の刀の振り方が変わった。


 まるで、触手の表面を撫でるように刀を入れていく。それに合わせて、触手の表面を削っていった。

 円形に、次々と触手の表面の皮膚が毛ごと剃られていく。

 剥き出しになった触手に、今度こそ刀が叩き付けられ、一撃で三割程切れ込みを入れた。更に別の場所の触手を経由しながら、再び同じ場所に刃が食い込む。これで約半分。その後、四回、都合六回で一本の触手が切り落とされた。


 その時には、別の触手も半分以上切り裂かれて、約十五分程で魔獣は触手無しの丸坊主になった。


 その後、京が瞬間移動のように、一瞬で俺の前に戻ってきた。よく見ると顔が青い。


 「京!」


 俺が一歩だけよると、京はそのまま倒れ込んで気を失った。


 どうやら、疲労が極限まで蓄積されたようだ。まぁ、当然だな。


 俺は京を抱きかかえ、冷たい地面に座らせないようにしながら、石壁に背を預けながら座り込んだ。その時に、俺の太股に座らせ、上半身は俺の胸により掛からせるように抱き込む。

 そして雅に顔を向け、目で合図を送る。打ち合わせもしていないけれど、直ぐに理解され、雅が近寄って『治療回復』を掛けて体力を回復させていく。


 今回も仁と同じように、『念』技能を使った疲労だから、体力が戻っても直ぐには回復しないだろう。でも、体力が無いよりも、体力だけでも回復していた方が、『念』の疲労も回復が早いと言うのは、俺たちも経験的に知っていた。


 「魔獣はどうする?」


 仁が聞いてくるのは、丸坊主状態のイソギンチャク型魔獣の処置。実は、触手も無い状態でウネウネしている。このまま放っておくと、触手がゆっくりと再生するかも。


 「多少再生しても良いから、このまま京を休ませよう。完全に倒すと、次のステップに移行しちゃうから、下手したら次の魔獣とも戦わなくちゃならなくなるかも知れないしな」


 「なるほど。一応、そう言った事は無い、という基礎情報だが、本当に無いとも限らないし、今後も似たような状況で休む場合も考えれば、やっておいて損はないな」


 この意見にも、全員の了承を得られた。


 雅の回復が功を奏したようで、十五分ほどで京が目を覚ました。


 そして、いきなり体全体を一瞬だけ痙攣させた。


 「京。大丈夫、勝った。君はやり遂げた」


 おそらく戦っている状況を思い出したんだと思う。体全体に力が入り、顔も赤い。まずは、落ち着かせるのが先決だね。


 「え、あの、え? その」


 京が珍しく動揺している。本当に珍しいな。


 「大丈夫。戦いの状況は終わった。今は、京自身の疲労回復の時間だ」


 「い、いえ。も、もう大丈夫、で、すから…」


 「大丈夫? 雅? 京の状態をどう見る?」


 「んー…。体は大丈夫だよー。だけど、頭を使いすぎた、ってのは判らないからなぁ」


 「こういう場合の、もっとも良い回復方法は?」


 「確か、普通に、脳を使わない方向でいいと思ったが。目を閉じて、何も考えずに、体を休める、と言うのでいいんじゃないか?」


 「そうか。じゃあ、京。あと十分ほどはそのまま寝てろ。その後、試験受けて、ちょっと早いけど昼休憩して昼寝しよう」


 京は、俺の腕の中でコクコクと頷いている。顔もまだ真っ赤だ。


 「顔も赤いし、脈も速い。ここが済んだら医者に診てもらったほうが良いか?」


 「「「「いや、いや、いや」」」」


 「あれ? その反応は謎なんだけど?」


 「いいから、そのまま抱えてろ」

 「「「うん、うん」」」


 え? どういう事?


 周りの皆が何を考えているのか判らない、という、非常に尻の据わりが悪い状態で京を休ませ、足取りもしっかりした京が立ち上がった段階で、鷹がトドメを刺した。


 鷹によると、これでかなり魔獣に対する認識が深くなったそうだ。


 その後、しっかりと試験を受けて、避難施設で昼休憩。習慣になっているので昼寝は欠かさず、その後の方針を話し合った。


 「おかげで、すっかり気力も体力も復活した。ボクは、あと二回ぐらい戦って、ワザを確かなモノにしたい」


 「私も、一度しか行っていないので、あの時だけ、偶々出来た、という話しにならないようにしたいのですが」


 「仁はほとんど回復しているみたいなんで、その言葉通りに受け入れられるけど、京は心配が残るな。一度か二度、あの時の半分の長さで試してみる、と言う事でいいか?」


 「は、はい。千がそう言うのなら」


 「? なんか、いつもの京とは違うような…。調子が戻らないのなら無理はするなよ?」


 「はい。わかりました」


 今度は、いつもの京らしい返事だった。少し不安は残るが、まずは仁に戦って貰って、しっかりと回復したかどうか確認して貰おう。


 そして、午後一時少し前。本日三回目の戦闘状態に入った。


 先頭は仁、その次ぎに俺、という配列だけど、仁は『二重事象』を使いこなし、敵の攻撃を弾いて、開いた懐に剣を突き刺している。


 エビの上半身だけ、という感じのする魔獣。触手がエビのような感じになっているため、エビもどきと言っているけど、体全体はブヨブヨの団子だ。

 突き出されるハサミ付きの腕は重く、大きく、仁の剣だと決定打になりにくいようだ。


 そこで、俺の『引斥自在』でハサミを引っ張り、無防備になったハサミ自体に仁が剣を叩き込む。今度は『二重事象』を素直に発動させ、単純な二回攻撃でハサミの甲羅の継ぎ目を狙って攻撃していく。

 時折、小さなハサミや、尖った頭も攻撃して、守りに入らせないようにしていた。


 そして、一旦引く。


 息を整えて、また突っ込む。『二重事象』で弾き、切るを同時に行う。


 そして、また、一旦引く。と言う事を繰り返した。


 そして、いよいよ、切り落とすハサミを持った触手も無くなった所で、『二重事象』での最大攻撃力を試すような一撃を打ち込み、魔獣にトドメを刺した。


 「今のは練習も入っていたけど、今度からはトドメを刺せる所ではきっちりと刺してくれよな」


 「ああ、次はそうするよ」


 仁が満足したようなので、次は京。


 俺は慎重に、って言ったのに、京は全力を出したようだ。見事な『百花繚乱』を見せてくれた後には、また、フラフラになっていた。

 俺が少し怒りながら、再び抱き寄せて休ませると。


 「申し訳ありません」


 と言って目を閉じた。そうなると、声を掛ける事も疲労に繋がるので何も言えなくなった。


 「ワザと? ワザと?」「狙ったのかなぁ?」「なかなかやるね」「狡猾」


 と、ボソボソと囁く連中が居たけど、俺が声を掛けたら京が休めないので、真意を聞く事も出来なかった。


 ほんの十五分ほどだったが、京は完全に眠っていたようだ。昼寝もしたのに、ここでも寝ちゃうと言うのは、相当疲れる技という事なんだろう。


 「今日はここまでだね。ノルマとしてはあと二限残っているけど、それは追々取り戻そう」


 俺の終了宣言も素直に受け入れられた。まぁ、この後先輩たちの所で、どんな問いつめ方をされるのかが問題だよなぁ。


 修練棟の一室に無理矢理作った計測室で、いつも通りの、六人の担当先輩の所にばらけて、センサーの数値の突き合わせが始まる。

 センサーの数値が変化している所で、何があったか、どんな技を出そうとしたのか、どんな気持ちだったのか、という事を時系列にそって書き出していく。


 もっとも、今日は仁と京以外はほとんど何も申告する事も無く、簡単に終わった俺たちは、仁と京のサポートに回る。

 仁には俺と鷹、京には桜と雅。生理的な話しも出てくるので、京たちの話しに俺たちは入っていけない。でも何故か、「きゃー」という悲鳴や「それで、それで?」という、データの突き合わせとはとても思えない声が響いていた。


 そして、本日の結果として判った事は、仁の技は新発見の凄い技で、京の技はそこそこの、『大変努力しました』、という評価だった。


 なんで?


 仁の方は判らないでもないけど、京の方の評価が低すぎない? と質問した所、ニヤニヤされながら答えてくれた。

 京のは、元々が凄いんだけど、今回のは単純に素早く技能を繰り出した、という事だけらしい。


 た、確かにそうだった。見た目には十数人に分身しているようにさえ見えた現象だけど、単に素早くワザを繰り返していただけだ。フィールドで行っていれば足場を気にせずに、もっとゆっくりとしたテンポで繰り広げられていただろう。『百花繚乱』という名前には相応しく無いレベルでの技になっていただろうけど、本来ならそのレベルから慣れていって、習熟するモノだったんだろうな。

 簡単に言うと、レベル二で、いきなりレベル五十ぐらいの早さを使った、って感じだろう。本来なら、レベル四ぐらいで練習すべき事なのになぁ。


 なるほど、『大変努力しました』という評価なのも仕方ないか。


 京の『百花繚乱』は初めて出た技だ。この技を見た者が刺激されて、同じ技を使えるようになる場合もある。その時に、練習方法や意識すべき点、注意しなければならない事を洗い出しておくのも、こういった研究室の役割だそうだ。


 データを録った後は、新装備の試着会になった。


 鷹と、その担当の先輩が頑張ってくれたおかげで、『念』に親和性のある物質が次々と出てきた。その内、繊維に混ぜる事が出来る物と、樹脂に混ぜる事が可能な物を使って、野戦服とプロテクターが作られた。

 更に、個別に親和性のある物質というのも出てきて、それを水晶と組み合わせる事で、装備品とのインターフェースになる可能性が考えられた。


 まぁ、逆に阻害する働きをする場合も考えられるので、俺たちはその実験材料と言う感じだけどな。


 俺はブラックオニキス。仁はダイヤ。京はトパーズ。桜はアメジスト。雅はアクアマリン。鷹はフローライト。その宝石を丸く削り、五センチ程の水晶の半球の中に埋め込むと、効率良く装備に『念』が流れるようだ、と言う、曖昧なお言葉を貰った。


 実際、有る場合と、無い場合を比べてみた結果、ある方が楽に装備へと『念』を流す事が出来て、そうすると、装備が自分の体のように感じられたから不思議だ。


 更に、マネキン人形に装備を着せ、体を離した位置から『念』を送り込み、装備に銃撃して耐久度を計測する事も行われた。

 結果は何と、『念』を通す前だと拳銃弾を食い込ませて防御出来ていたものが、『念』を通すと、擦れた後は残ったけど、きっちりと弾き返した。まぁ、九ミリの拳銃弾だったけどな。


 ミーハーに、マグナム弾でも打ち込んで見ませんか? と聞いた所、それは軍の方で行うだろう、と言っていた。ここの研究室なら、九ミリでも実証としては充分だそうだ。


 後は、それを実際に装着して、戦った状態を記録するデータが必要と言う事になり、次の日から、俺たちの装備が一際派手になる事になった。


 胸のプロテクターに、個人で違う宝玉風の水晶を付けて居るんだよ? 何処のロボットだよ? って聞きたくなる。もしくはファンタジーの魔法の鎧とか?

 『念』なんて、ファンタジー要素のある話しだから、受け入れてくれよ、って言っても、聞いてくれそうもないから、装備を作ってくれた先輩のノリだ、って言う事に決定した。


 後で聞いた話しだけど、先輩たちも全員、同じ装備を作ってあるそうだ。俺たちが授業をしている間に自分たちでもデータを録って、それと比較していると言っていた。

 二年で倶楽部に入った先輩たちでも、偶に実習に駆り出される事があるそうだ。特に特定の技能を身に着けないとならない条件もあるらしく、その際にとても楽を出来そうだと言っていたのは、聞かなかった事にしたい。


 そして、新装備で通路型の戦闘実技を受けていった。


 その結果は目を見張るようで、仁や京は、『二重事象』や『百花繚乱』がとても楽に出せるようになった、と言っていた。この装備なら、もう少し楽に変化を付けられたのに、と言う事も言っていたので、細かい調整もしやすくなって居るんだろう。


 俺も、『引斥自在』を以前よりも力強く出せるようになったし、雅に至っては十人ぐらい一辺に体力回復する事が出来るようになったと言っていた。


 この装備が、一般的になる日も近いのか。なかなか感慨深い物がある………。


 通路型初日は手間取ったけど、新装備で簡単に遅れを取り戻した。


 四十分の戦闘を理想として作られた魔獣と状況なんだけど、今は一体、十分もあれば狩れるようになった。これはかなり異常な事態ではあるけれど、先輩によると、教師には連絡済みで、軍の方からも有力なデータとして期待されているので、このまま行こう、と言う事になっている。


 そして、また、全員に発露の兆しが現れた。


 これは、新しくなったセンサーで見つけた物で、実際の発露にはもう少し時間が掛かるだろう、と言う事だ。そのため、発露がどのように形になるのか、と言う事を調べるため、更にセンサーを背負わされる事になった。


 そして六月も終わりかけた頃、俺たちの剣や刀が一新された。


 武器や刀に、俺の場合は盾にもだけど、水晶と宝石の『念』誘導玉が付けられ、材質も一新された。


 今までの剣や刀が、ナマクラ君と呼ばれているのも初めて知った。


 今度の武器は切れ味と丈夫さを念頭に置かれて作られ、そこに『念』を通す事で、更なる頑丈さを実現しているそうだ。

 俺の盾も『念』誘導玉が付けられ、盾を地面に突き刺しやすいようにされた上に、盾から折りたたまれた三本の剣が突き出るようになっている。これは、盾から『引斥自在』を出して、魔獣を引っ張って盾に衝突させる事を考えて作られているわけだ。


 より、実戦的な装備と呼べる訳だけど、実戦的と言うより凶悪になった、と言う方がぴったりかも知れない。


 普段、ほとんど使わない雅や鷹のショートソードも同じ物になり、全員でファンタジー世界から来た冒険者です、と言う雰囲気になっている。


 雅と鷹に、魔導師の杖を作ってください。と言った所、何故か部活会議に掛けられ、真剣に検討していたのは、不安な未来しか見いだせなかった。


 部長? 部長は止める立場じゃないの?


 新たな予算獲得のビジョンが見える。と言っていたので、きっと誰にも止める事は出来ないのだろう。


 その部長だけど、明日から偽黄泉穴へと入る戦闘実技の実習があるそうだ。


  偽黄泉穴と言うモノを正確に表現するのならば、黄泉穴の作り主たる魔獣を殺し、学生の練習用に再利用した洞穴、と言う名が相応しい。


 十四年前。世界各地に、いきなり百を越える黄泉穴が出現した。その当時は黄泉穴などの呼び名は無く、単に大陥没、とか、地盤沈下などと言われているだけだった。しかし、その穴から周囲一キロ程に『反応停止領域』が出現した。

 その領域内では、炎は消え、水は蒸発も凍り付く事も無く、あらゆる命は停止し、腐る事もなく永遠に放置されるという『止まった』世界が展開された。風は吹くし、電気も流れる、昼と夜もしっかりと確認出来るが、命の活動に関わる事は全て否定されていた。

 これは、通常の物理現象では説明が付かず、『超能力』『魔法』『奇蹟』などと呼ばれては居たが、本当の事を解明出来た者は居なかった。


 生命活動は停止するが、電気は流れると言う事で、調査と遺体回収にロボットが投入された。その調査ロボットがカメラで捕らえた映像は、穴の奥で蠢く幾千の魔獣の姿だった。


 その後、その魔獣が穴からあふれ、『反応停止領域』が拡大の徴候を見せた時に、世界は初めてパニックになった。


 爆発物は爆発せず、銃や砲撃は一キロ以上先からじゃないと撃つ事自体が出来ない。飛んで行く弾丸も単なる鉛玉に過ぎず、一次は軍用使用が禁止されたダムダム弾も使われたが、距離がありすぎるという事で有効な効果を出す事が出来なかった。


 一部では核爆弾も使われたが、『反応停止領域』を境に爆風と未反応の核物質がバラ撒かれただけという結果しかもたらされなかった。


 人々に為す術も無く、世界を絶望が覆った。


 更に、もう一つの悲劇が人々を襲った。


 『念』に目覚めた人々の暴走。


 穴が出現したと同時に、何らかの影響を受けた人々が急増。その『念』は考えただけで物理現象を起こし、物を破壊し、人を殺し、秩序を壊していった。

 魔獣の対処だけでも手がいっぱいの時に、守るべき人々の中に『敵』が現れた様なモノだった。


 しかし、『念』を目覚めさせた者たちの中に、『念力操作』と言う技能を発露させた者が現れた。この技能は他人へ擦り込む事が可能で、『念』と言う正体不明の力を、人類が手にした瞬間でもあった。


 『念』を目覚めさせ、『念力操作』による制御を受けた者たちを『念』技能士と呼び、その『不思議』な力で、魔獣に対抗出来ないか、と言う研究が始まった。

 ほとんどは藁にもすがる気持ちでしかなかったようだが、『念』技能士が『環境保護』と言う、『反応停止領域』の中で活動出来る技能を発露したために状況が大きく変わった。


 『念』技能士は、剣や斧を得物に魔獣と戦い、長い時間と多くの犠牲を払って黄泉穴の一つを完全攻略した。


 その際、『威力向上』や『打撃乱舞』、『怨敵恐縮』などの『念』技能を発露していて、その技能を発展させるか、磨くかしてやるかで、更に戦いが有利になるだろうという道筋を示した。


 そのため、攻略し終わった黄泉穴を使って新たなる『念』技能士を育成する『学校』が作られ、訓練と研究を行い若手を育てる試みが始まった。


 そして、『念』に対して固定観念を持たない若者に対する、早期教育制度を確立。敷地内での武器使用などの条件を追加して、現在の体制に至った。


 実際に戦う者、研究をする者にも、『環境保護』は必要と考えられ、本物を知る機会も必須と言われ、学校ではその条件を実現するためのカリキュラムを作っていた。

 それが、一年では剣や刀を使い、主にフィールドでの実戦経験。二年は狭いダンジョンでの実戦に対応する応用力と基礎戦闘力の向上。三年では、本物の魔獣との戦闘。と言うモノだった。


 研究職にも『環境保護』や二次技能の獲得は要求されている。


 現場での調査や、研究室での実験などにも、その能力が求められるためだ。そのため、研究職であっても、『念』技能を鍛える必要はあった。戦闘力自体は戦闘職に任せる、と言う方法ではあったが。


 そして、その能力があるかどうか、と言う事で、研究職を対象にした実技実習が設けられていた。


 「そんな訳で、俺とヨウとムトウくんは、明日は遠足です」


 「お菓子の持ち込みは自由です」「バナナはお菓子に入りません」


 部長のボケにヨウ先輩とムトウ先輩が更にボケる。突っ込みの居ない世界ってこんなんだろうな。ちなみにどんな非常事態があるか判らないので、菓子類を持ち込み自由なのは一年でも同じだ。現実は、ビスケット類は粉になるし、チョコレート類は変なオブジェになるんで、持ち込んだ者に精神的ダメージが大きいと言う罰ゲーム扱いだけど。


 「と、言う事で、俺たちは、明日は遅くなるか、場合によっては部室に寄らないで帰宅と言う事もある。寂しくても泣くんじゃねぇぞぉ」


 「伝票に判子貰ったんで、来週ぐらいまでは寂しくありません。あ、部長が帰らぬ人になった場合、判子の責任者は誰になります? それだけは決めていって下さい」


 そう言えば、さっきまで、折りたたみテーブルを出して山のような伝票とにらめっこしてたなぁ。実際、大怪我をする事もある魔獣との戦闘で、しかも、力を抑えているとは言っても、本物の魔獣との戦闘のため、場合によっては死というのもあるらしい。


 なので、言っている事は正しい。けど、部長への気遣いは全く感じなかった。まぁ、部長がそう簡単に死ぬとは思っていない、と言う事なんだろう。


 きっと。


 その部長は、四つんばいで頭を垂れ涙を流しながら震えていたけど。うん、皆、部長を信じて居るんだー。信じて居るんだー。居るんだー。だー。


 何故だろう。俺のセリフが、空の彼方にこだまして消えていったような気がした。


 まぁ、いっか。


 俺たちは、本当に、それほど気にしては居なかった。


 でも、実際はトンでもない自体が起こっていた。


 次の日。


 俺たちはいつも通りに六時限の授業を午前中だけで終わらせた。その後、日課の昼寝をし、無駄打ちなのは判っているけど、一時間を魔獣で遊んでから『SPY ARMS』の修練棟に作られた測定室へと向かった。


 ICカードにカメラ映像が六時間分記録されているので、それを流して見ながら、戦闘箇所で細かく分析される。他の『念』センサーのデータも合わせて、その時、どんな気持ちだったのか、何を考えていたのか、気になった事があるのかどうか、などだ。

 トイレに行きたかった、とか、尻がかゆかった、なんて事まで報告しないといけないらしいけど、実戦だと、そんな事を考える余裕が無いので、何とか恥ずかしい事にはなっていない。

 戦闘時以外の時間は、ほとんど『念』センサーが反応していないので、考えていた事とかは聞かれないで済んでいる。


 何故か、ドンドンとプライバシーが無くなっていくのは、仕方のない事なんだろうな。


 そんな時、俺の担当の先輩がビクッと体を震わせた。


 何事もなくスマホを取り出して耳に当てていた。なんだ、通話が来たのか。


 ボソボソと会話をしてからスマホを戻したが、その表情は暗かった。


 「どうしました?」


 なんか、聞いて欲しかったような感じがしたので、自然と質問が口を出た。


 「……三年生のグループと連絡が取れなくなったらしい」


 その声は、決して大きなモノでは無かったけれど、観測室にしっかりと響き渡った。


 まず、先輩たちはテキパキと手元の書類を片付け始めた。ここのデータは国防級の機密書類という扱いなので、そこら辺に放っておける物ではない。浮游データをICメモリーに記憶させてから電源を落とし、生徒カードと鍵を使う引き出しに書類を入れてロックする。


 その作業が終わった所から、先輩たちは倶楽部棟の部室へと向かった。


 この部屋は俺たちのデータを録るために、仮設で作られた観測室だ。だから、それ用の機械しか置いていない。機密データも扱う関係から外部との接続も無い。そのため、外の状況を知るのは、個人のスマホぐらいしか無かった。


 三年生の動向を知るため、先輩たちは部室の方へと向かっているという訳だ。


 「この部屋の施錠は俺たちでやっておきます」


 そう言ったら、部屋の管理カードを放られて、先輩たちは部室へと走っていった。俺たちじゃ、部室の情報機器なんて扱えないから、せめてのも手伝いはこれぐらいしかできない。


 六人全ての先輩が出て行ったのを確認後、換気口や排水溝まで蓋をして、最後にドアをしっかりと施錠。何度か手で動かしてみて、ちゃんとしまっている事を確かめてから部室へと向かった。


 部室では、既に学校専用回線や軍の回線のハッキングが進められ、一般生徒が見る事の出来ない画像やデータが表示されていた。しかし、それだけでは判る事も少ない。先輩たちは、独自の情報収集ルートを使って、何が起こっているかの解明に忙しかった。


 そして三十分後。これ以上は詳しい事は判らないだろう、という判断の元、全員が車座になって情報の取り纏めを行った。


 それによると、原因は不明だけど、三年生が潜った偽黄泉穴で、『反応停止領域』が異常変質しているらしい。それが判ったのは、今まで『環境保護』で生命維持が出来ていたはずが、いきなり対応出来なくなったためだ。

 その、たった一つの対応が出来なくなったために、既に十数名の死亡が確認されている。


 その他の生徒や、引率の教師、護衛としての軍の念技能士も絶望視されている。


 「くそっ! なんで、よりにもよって今日なんだ!」


 「原因は判ってないよねぇ。推測だと色々言われているけど、まぁ今のところは、無視して良いんじゃない?」


 「軍、本部の動きは?」


 「実は、向こうでも同じ事が起きてるみたい。自分の所の対応でいっぱいいっぱいみたいねぇ」


 「ロボットは? せめて、状況ぐらいは判らないのか? 回収とか出来れば良いんだが」


 「見たでしょ? 三十台以上のカメラも一緒に行っているのに、映像を返してきたカメラは最後尾の一台のみなんだから。その一台だって、今は沈黙してるし……」


 「電気系統もやばいのかも知れないのか………」


 その後も、結局は現状の確認のみで、新たな情報を得る手段さえも無いと言う事が判っただけだった。


 「結局、放って置いて、また大噴出の二の前になるのか?」


 誰かが言ったその言葉に、部室の中が凍り付く。


 大噴出。黄泉穴から魔獣があふれ出して、範囲拡大を狙った魔獣の侵攻だ。


 この学校は、最寄りの駅からバスで一時間の距離がある。それほどの広範囲を、魔獣に食い荒らされた過去がある。それは絶望の歴史だ。

 三年生の音信不通というのは、再びこの地域が不可侵の『反応停止領域』に蝕まれる事を意味していた。


 「これ以上はどうしようもないようね。長老たちは、今日の所は帰って休んでちょうだい」


 丸メガネ先輩が俺たちに声を掛けてきた。きっと、先輩たちはギリギリまで残って出来る事を探すのだろう。その決意は目に表れていた。だけど、それは自分たちも『反応停止領域』に飲み込まれる可能性も示していた。


 命を賭けて出来る事を探す。


 その決意に、俺たちは入り込めなかった。きっと、何を言っても追い返されるだけだろう。実際、出来る事なんて無い。

 まだ『反応停止領域』に入る『環境保護』も発露していないし、今は、その『環境保護』が役に立たないのだから。


 「それでは、俺たちはこれで失礼します」


 もしかしたら、先輩たちとはもう会えないかも知れない。という思いを胸に部室を後にした。


 その後の俺たちは、いつも通りに装備品を洗い、シャワーしてから教室に向かった。


 教室には珍しく教師が居て、黒板に緊急連絡網を確認し、メールの受信に気を配るようにと書いていた。明日、明後日は臨時休校とも書いている。

 他の生徒から、何があったんですか? なんて聞かれているが、詳しい事は判らない、というスタンスを貫き通していた。

 『反応停止領域』の変質による、『念』技能による対応が不可能になった。と言う話しは、今は極秘扱いという事だろう。


 そして、俺たちは、やっぱりやる事がないので、帰るしかなかった。


 「ちょーろー? 帰らないのー?」


 「ちょっと、ここの図書館に寄ってくる。場合によっては、ここの施設を使えるのも今日までかも知れないからな」


 「それは、その通りだが、何を調べるんだ?」


 「決まってないな。ただの自己満足だから。少しはあがいたっていう証拠が欲しいんだと思う。だから、一人でやらせてもらうよ」


 「……そうか、気持ちは判る。バスの最終も早くなるみたいだから気をつけろよ」


 「ありがと」


 そこで俺だけが一人、図書室へと向かった。皆とは、『また明日』と言えない別れをしてしまった。


 学校は二日間休校だと言っていた。けど、三日目には特別招集が掛けられ、何処かの黄泉穴にバラバラに集められると予測出来る。現在、この国には五つの黄泉穴があり、何処でも、同じ窮状であるはずだ。その何処かに招集された後は、新しい『反応停止領域』に対応する『念』技能を獲得させるため、実験動物並みの扱いをされる可能性がある。おそらく、新しい『反応停止領域』に突っ込んで行き、『停止』したら紐を引っ張って回収、と言う感じになるだろうな。そして、上手く対応出来る『念』技能を発露できるまで何度も繰り返されるはずだ。


 鷹は『詳細分析』、雅は『治療回復』だから、一応は除外されるだろうけど、京や桜たちは、俺たちと同様に何度も領域へと押し込まれるはずだ。


 そうさせないためには?


 新しい『反応停止領域』に対する対応技能を確立するしかないだろうな。


 新しい『環境保護』だ。


 確か、俺たちに新しい発露の傾向が見られると言っていた。だから、ここで俺が繰り返し突っ込めば、新しい『環境保護』を発露するかも知れない。


 だから俺は、皆と別れて、一人、いつもの装備に着替えた。


 洗濯したばかりの野戦服は、ほんの少し湿っぽい。磨いたばかりのプロテクターは、まだ水の匂いをさせたままだった。

 全てを装着し終わったら、胸の誘導球に念を押し込む。これで、装備がまるで自分の体のように感じる。違和感もなく、まるで固い皮膚を持つ自分になったような感覚だ。


 更衣室を一回り見回す。ここにも、もう、戻れないかも知れないな。


 そして歩き出す。目指すはフィールド側の校門の手前にある軍用車両。この軍用車両は、二年と三年用に用意された車両で、動かし方はオートマと言うよりはゴーカート仕様だ。車体の周囲に対物センサーを付けまくっており、人間も含めた障害物には当たらないようにブレーキが掛かるようにもなっている。

 二年生はフィールドのダンジョンエリアへ、三年生は偽黄泉穴へと向かうために用意されており、GPSによるカーナビも標準装備されている。


 時間は午後四時。夏も近づき、まだ明るい空を見ながらゆっくりと軍用車両に近づく。六人編成の班で利用する車両なので、まるでトラックを平べったくしたような、横長な車両になっている。最大で十人は座って乗れ、椅子が必要無ければもっと乗れそうだ。


 その大きな車両の運転席側のドアを開け、そしてバックして駐車スペースから出そうとしたが、何故か自動ブレーキが掛かった。


 そこには、きっちりと装備を装着した五人が居た。そして、当然のように車に乗り込んでくる。助手席には仁が座った。


 「仁。この後、恥ずかしいセリフが出てくるのか?」


 「考えたんだが、どんなセリフでも恥ずかし過ぎるんだ。だから何も言わない事にする」


 「なるほど」


 「そもそも、こんな判りやすい行動をするお前の方には、何か言う事はないのか?」


 「きっと、百年ぐらい俺の黒歴史として語り継がれそうだから言わない事にする」


 「うむ。賢明だな」


 そして車は改めて発進した。


 まずは、『反応停止領域』の外縁ギリギリの場所を目指す。但し、学校側の調査団も行っているはずなので、黄泉穴を挟んだ反対側に行く予定だ。そのために、大きく迂回したルートを取った。


 「まずは、何をするつもりなんだ?」


 車の音が結構うるさいんで、仁は無線機の班共有チャンネルで聞いてきた。


 「そうだな、まずは、新しい反応停止領域に対応出来る念技能を獲得できるか、試してみる」


 「まぁ、それが無いと話しにならないか。だけど、お前が行くよりも、俺たちが行く方がいい感じになると思うんだ」


 「ええ、一番は、私ですね」


 京までそう言ってきた。


 「え? え? なんで?」


 「ボクや京たちが領域に入って、動けなくなった所で、お前の引斥自在で引き寄せてくれればいいんだ」


 「あ、そうか。俺はワイヤーウィンチを考えてた」


 「念のため、それも使った方がいいだろうな」


 打ち合わせとしてはこんなモンだろう。実際、反応停止領域に入れなければ、それ以上の事が出来ない。


 そして、リミッターを解除して時速五十キロ程で走り、約十五分で、目的地に到着した。


 一応、立ち入り禁止のロープは張られている。これは、旧反応停止領域の範囲だろうけど、範囲としては広がってはいないようだった。


 「まず、私が行きます」


 「え? ちょっと、待てって!」


 京が、ワイヤーの準備も終わっていない段階で歩き出した。


 そして、ロープを越えて三メートルの所で動きが鈍くなった。


 「こ、ここから、既に、反応、ていしりょ、い、き」


 京が苦しそうに言うのを確認したので、俺の『引斥自在』で一気に引き戻す。飛ぶように戻ってきた京に、今度は『引斥自在』で押し、飛んで来た京の速度を殺す。気分は、投げ飛ばされた生卵を優しく受け止める気持ちで。


 これで、すとんと、俺たちの目の前に京が降り立った。


 「あ、ありがとうございます」


 礼を言ってきたんだが、何故か不満顔? なんか失敗したかな?


 「うん、引斥自在は有効のようだ。次はボクが行こう。拳を出すから、拳を広げたら引き戻してくれ」


 そう言って、仁もつかつかと歩いていった。


 「おい! ワイヤー!」


 結局、俺以外の全員が突入したのに、ワイヤーを着けたのは誰もいなかった。


 曰く、「時間がもったいない」だそうだ。まぁ、判らないでもないけど、俺に責任がかかってくるから、精神的重圧が凄かった。


 それでも、新しい『反応停止領域』に対応出来る『念』技能を発露した者は居なかった。


 全部で十五回。俺以外の全員が三回ずつ試したが、なんの成果もなかったようだ。


 「ねー、ちょーろー? 引斥自在ってどうやってるの?」


 「ふぇ?」


 いきなりすぎて、変な声が出てしまった。あまり、関係無いんじゃない?


 「えっと、まず、対象を俺の念で覆って、引斥自在の力に反応するようにするんだ。そこに、引斥自在の本体の力を掛けてやって、押す、引く、って感じだけど……」


 はっきり言って、感覚的な事なんで、この表現であっているかは判らないけど、今まで担当先輩に繰り返し報告した感じで言ってみた。


 「引斥自在の力で覆う、って事か……」


 仁にも、何か思う所があるようだ。


 「うん、試してみたい事がある。ボクを引斥自在の力で覆ったままの状態に出来ないか?」


 「力を発揮状態にするから、長くは難しいが、出来なくはないと思う」


 「なら頼む。力尽きそうになったらボクを引き上げてくれ」


 そして、俺の『引斥自在』の力で覆った状態の仁が、小走りに『反応停止領域』の中に走っていった。


 なんか、普通に走っている。


 そして、「引き上げてくれ」と言う無線の声に応えて、十五メートル程離れた仁を引っ張って、俺たちの前に軟着陸させた。


 「間違いなく、引斥自在の力を覆うと、新しい反応停止領域でも動ける。問題は、持続時間と、引斥自在だけの力かどうか、だな」


 「そろそろ、皆にも、引斥自在の力が発露しないか?」


 「ボクに限って言えば、力の系統が違うという感覚なんだ。たぶん、何回やっても現れないんじゃないかと思う」

 「私も同じように感じます」

 「そうねぇ。うん、そんな感じ」

 「ちがうよねー」

 「無理」


 何が違うんだろう。


 「じゃあ、威力向上はどうなんだろう? 威力向上で体を覆うってのは?」


 「確かに、威力向上は武器や装備に掛けているな。中には身体に掛ける者も居るらしいが、どちらかと言うと覆うのではなく、『中』に掛けているはずだ」


 「外で、覆う、って、そうだ。俺たちは念に親和性の高い装備で覆われているよな」


 「よし。ボクがやってみよう」


 仁がやってみたが、途中で動きが止まった。その仁を、俺の引斥自在で回収する。


 「可能性は見つけたが、何と言えばいいか、威力が弱いと言う感じだったな」


 「ならば、次は私が。百花繚乱の力を、発現させない様にしながら装備に流してみます」


 「え? 出来るの?」


 それが、俺の素直な感想。俺の引斥自在とは力の使い方が違うみたいだ。


 でも、その結果は一番の成果だった。『反応停止領域』の中でも普通に歩けている。


 「技にする前の念を流し込む、と言う事で、消耗する事もなく覆い続ける事ができました。この誘導球も非常にいい仕事をしてくれました」


 「結局、二次技能のレベルで装備に念を通すのでも良いわけかな?」


 「うむ。なら、ボクが二重事象と同じレベルで装備の『中』に念を通してみよう」


 いつもは、軽く『念』を出して、それを装備に流している。それだけで、装備が自分の体のように感じていたんで、それが普通と感じていた。


 「ああ、この装備であれば、『中』に通しても反応停止領域に対抗出来るようだ」


 仁が実際に試してきた。それを聞いた京も、同じ事をしてみる、と言って領域の中に入っていく。


 「本当に、外を覆うよりもかなり楽ですね」


 京の報告から、俺以外の皆が領域の中で確かめている。俺は念のための回収要員だから、領域の中には入れない。

 でも、皆が一通り確かめたおかげで、皆から俺も入って良いと言う許可が貰えた。


 俺も、『引斥自在』を出すぐらいの『念』の力を装備の誘導球へと掛ける。


 すると、微かに感じていた『反応停止領域』のプレッシャーが消えたような気持ちになる。そして、歩いて領域の中に入ったが、特に領域の外と変わる感じは何も無かった。


 変わった事、と言えば、皆の装備の誘導球が、微かに光っている事だろうか?


 「光っているように見えるんだが」


 「あ、確かに」

 「面白いですね」

 「漫画みたいだねぇ」

 「おお! カッコいい!」

 「何の意味が?」


 「反応停止領域の力に対抗している、って事かな?」


 「考えられるのは、そんな感じだろうな。この光りが消えたら、反応停止領域に飲まれた、と言う事になるんじゃないか?」


 「この装備のパイロットランプと言うわけか」


 とにかく、これで黄泉穴へと潜る事も可能になったわけだ。


 「それで、これからどうする?」


 仁が俺に聞いてきた。


 「これで、後は軍にでも任せればいい、と言う話しになるな。けど、出来れば、部長たちは俺たちで回収してあげたい」


 「そうか。そうだな。この装備も、先輩たちの作った物だもんな」


 「出来れば、部長たちも、レベル二の念を入れていて欲しいんだけどな」


 「ボクたちのように試行錯誤出来る時間があれば可能なんだろうけど……」


 一瞬で切り替わったのなら、『環境保護』を堅持させるだけで精一杯だろう。坂道で自転車のブレーキが壊れた時に、必死でブレーキだけを握っている状態に近い事が起こっている可能性の方が高い。しかも、一瞬の後、脳細胞の活動も止まってしまったら、思考も停止して苦しみもない暗闇の中に沈んでいく死があるだけだろう。


 もし俺たちがこのまま黄泉穴に向かって、そこで死んでしまったら、俺たちの発見も無かった事になってしまう。そこで、俺は丸メガネ先輩に詳細をメールしてから、黄泉穴に向かう事にした。


 さらに、俺の『引斥自在』で軍用車両を覆って、エンジンとバッテリーが活動するようにした。これで、黄泉穴まで歩くという事をしないで済む。


 立ち入り禁止ロープを踏みしめて、俺たちの乗った軍用車両は黄泉穴へと向かった。


 そして黄泉穴に到着。黄泉穴の周囲に軍用車両がいっぱい止まって居るかと思ったけど、車両は『反応停止領域』のギリギリ外に置いてあるようだった。もしかしたら、ここまで車で来たのは俺たちだけなのかも知れない。


 黄泉穴は本来露天掘りのような縦穴だったはずだけど、魔獣が出入りし、『念』技能士が出入りするうちに緩やかな通路が形成されていったようだ。螺旋を描く道で下り、最下層で穴に入っていく構造だ。

 正直、この横幅が異様に広い軍用車両でも入れそうだったけど、奥がどうなっているかが判らないので歩いて降りる事にした。


 「俺たちはまだ、連続で戦う訓練は行っていない。けど、ここからは、上下左右、何処から襲ってくるのかが判らない本物の戦場だ。

 ただ、先輩たちが入っていく時に駆除しているはずだし、大人数で入って行った所為で、復活もしていないという状況も考えられる。

 気を使いつつも、気負わないようにしよう。

 じゃあ、先頭は仁、最後尾は京からで」


 俺の言葉に頷いた皆が、縦一列のフォーメーションを取る。そして、黄泉穴へと進んで行った。


 黄泉穴の中には二メートル置きに強めの照明が設置されている。まだ入ったばかりの位置のため、外の光りは入るし、穴の横幅も五メートル近くある。


 「鷹、空間認識はしっかり発現しているか?」


 「問題ない。いつもよりも狭い範囲になっているけど、たぶん、俺の緊張の所為だと思う」


 「先輩たちは見つけたか?」


 「まだ。でも、しばらくは一本道だから、道を間違えるとかは無いと思う」


 「うん、じゃあ、分岐までは魔獣の出現に警戒、って事でよろしく」


 「判った。でも、しばらくは居ない感じ。急に湧いて出る、って事が無ければ問題ない」


 「鷹が居て良かった。でも、申し訳ないんだけど、問題が無さそうなら急ぐ事にしたいんだが大丈夫か?」


 「こういう状況は初めてだから、どのくらい保つかは判らないけど、やれるだけはやってみる」


 「そうか、すまない。雅もいいか?」


 「いーよー。駄目ならその時に言うからー」


 体力的に一番低いスペックの二人の許可が下りた所で、小走りに進む事にする。


 何故かは判らないんだけど、急がなきゃ、と言う思いに急かされる。


 しかし、状況は急がせてはくれないようだった。


 「前方二百。魔獣! 数一。強い!」


 鷹が空間認識で知り得た情報を、無線で伝えてくる。小走りの所為で息が乱れているが、必要な事はしっかりと伝えてくれた。後は俺の番。


 「仁! 強い魔獣だ。出し惜しみするな!」


 「判った!」


 魔獣は、丸い本体から、ワニの頭が無数に生えたような、化け物だった。ワニの頭の根本から伸びて、こちらをワニの口でくわえる攻撃をしてくるようだった。動きも速そうだ。体の表面はワニの様ではあるけれど、どちらかというと恐竜に近いような岩肌の塊だった。


 「これは、何ともでたらめな化け物だな。仁! やれそうか?」


 「武器を新しくして貰って良かったな。きっと、前の物じゃ手も足も出なかっただろう」


 「確かにな。それでも、こっちに余裕がないのは変わらない。武器は、ここで使い潰すつもりで、遠慮しないでやってくれ。いざとなったら、俺たちの武器を貸す事もするつもりだ」


 「もともと、遠慮なんかしてられそうもないからな」


 そして、仁はワニ頭が無数に生えた魔獣に向かって斬りかかっていった。


 岩の塊のような皮膚に刃を叩き付けるが、本物の岩を削っているようなダメージしか与えられていない。しかし、無数のワニの頭を避けながら戦うという状況を考えれば、かなり善戦している方だろう。


 「桜! 混乱は?」


 「やってるけど、効いてくれない!」


 「投げナイフを、仁が攻撃する反対側に、仁の攻撃よりも少しだけ先に当てる、という感じでやってくれないか?」


 「十本しかないけど、全部いっちゃう?」


 「まずは二本。その後も二本ずつ。様子を見ながら、って事でよろしく。

 鷹! アレの弱点は判るか?」


 鷹は俺の声には応えず、じっと魔獣を見つめていた。この集中を乱すわけにはいかないな。


 「京! 仁とのスイッチがあるかも知れないから、その時はよろしく!」


 「はい!」


 そして、しばらく仁の攻撃が続いた。その間、俺の『引斥自在』による妨害や、桜の投げナイフが仁を少しだけ援護していた。


 「これで最後!」


 桜が二本の投げナイフを投擲し、十本の投げナイフが魔獣に突き刺さったままの状態になっている。仁は、その突き刺さったままのナイフを剣で叩き、魔獣の体の中に押し込んでいく事も続けていた。


 その投げナイフは、俺たちの装備と同じように、『念』の誘導球が取り付けられている。装備とは違い、二センチ程度の小さい物だけど、それでも先輩が拘って作った物だ。


 「桜! あの投げナイフを媒介にして、混乱を打ち込めないか?」


 「出来るかどうか判らないけど、やってみる」


 一瞬、桜の目が光ったような気がした。すると、ワニ頭が仁の居ない場所を攻撃するようになった。


 「混乱が入った!」


 俺はそう叫んだ。その声を聞いた仁が、攻撃を中止して戻ってきた。ワニは何も無い空中を攻撃している。


 「仁! 京とスイッチするか?」


 「いや、まだ出来る」


 そうは言っても、呼吸は乱れ、汗は流れ落ちている。


 「雅! 仁の体力回復!」


 俺の指示で雅が前に出てきて、仁に触れて目を閉じた。


 「長老。ボクを引斥自在で包み込んでくれないか?」


 雅の回復を受けながら、仁が俺に提案してくる。


 「どういう事だ?」


 「その内、慣れるのは判って居るんだけど、この装備にレベル二の力を注ぎ込んでいると、剣で戦う事に集中出来ないんだ。ついさっき、初めてやった事だからね。だから、戦っている間は、長老に包んで貰って、戦いにのみ集中したいんだ」


 「成る程。俺もそれは判る。だが、戦いが長引きそうなら、一旦俺の都合で休憩、と言う事もあるのは承知してくれ」


 「うん、それは構わない」


 「後、押せ! 引け! ってので言って貰えれば、少しタイミングは遅れるかも知れないけど、対応は出来ると思う」


 「判った。ボクが気付かないピンチの時も頼むよ」


 そして、俺が仁を『引斥自在』の力で包み込み、その状態で仁に自由行動させる。それからの仁は、水を得た魚、とも言えるような剣戟と身のこなしを繰り広げていた。


 俺が『環境保護』の様なサポートをしているけど、仁自身も装備に『念』を送り込んでいるようだった。それは、『反応停止領域』に対抗するモノではなく、仁の身体能力を上げる働きをしているようだ。


 これは、先輩たちが喜びそうだな。


 そして、少し有利が見えてきた所で、鷹の『語』りが入った。


 「仁! ワニの頭の一つが本体らしい。意識が一番強い頭だ! 判るか?」


 鷹から言われた通りに言ってみる。俺自身、複数あるワニの頭で、意識が強いモノなんて、考えても居なかった。


 「判った!」


 判ったらしい。実際、間近で戦っている仁には、通じるモノがあったって事だろう。


 それから、仁は特定の頭に攻撃を集中した。それは、本当に仁の攻撃を嫌っているのが判る程だった。


 そして。


 「押せ!」


 仁が叫んだ。狙いは直ぐに判る。俺は『引斥自在』で包んでいる仁を投げ飛ばすように押した。狙いは本体であるワニ頭の一つ。


 仁の刺突がその頭を貫いた。


 仁が弾き飛ばされないように、今度は仁を引き寄せ、俺の側に着地される。


 そして、頭を貫かれたワニ頭は静かに動かなくなった。さらに他の無数のワニ頭も動かなくなり、この場の勝利が確定した。


 桜の投げナイフを回収する間だけの休憩を挟み、俺たちは再び前進した。


 今度は京が先頭。戦いになったら、仁と同じように『引斥自在』で包んで欲しい言われたので、出来る限り『念』を回復させながらの進行となった。


 出来るだけ急ぎたい、と言う願いとは裏腹に、再び魔獣の反応があった。


 今度の魔獣は、授業で良く戦っているイソギンチャクタイプだった。実際は、俺たちが戦っているのは模倣されたクローンにすぎない。本物の魔獣がどの程度のモノかは、これから知るしかない。


 京を『引斥自在』で包み込み、何時でも動かせるように意識を集中する。そこで京が『百花繚乱』を発動した。一瞬、どうなるか不安に駆られたが、京の瞬間移動でも問題なく『念』で包み込む事は出来た。


 面白いのは、『百花繚乱』で京が二十人程に見えるのだが、包み込んでいるのはたった一人と言う事がしっかりと判る点だ。『念』にとっては、高速移動ぐらいは何の問題もないらしい。


 京が順調に切り刻んでいく。一年生用の魔獣だと、一撃で触手を切り落としていたけど、本物の魔獣は十回ほど刀を入れないと切り落とせないようだ。でも、『百花繚乱』の前ではその程度は問題なく、五分も経たないうちにイソギンチャクは丸坊主にされた。


 そして京が戻ってくる。京は遠慮したが、俺の膝に座らせ、雅に体力回復を掛けて貰う。その間、仁に付き添って貰って、鷹に魔獣のトドメを刺して貰った。


 鷹が詳細分析を行うためには、相手をよく知る必要がある。それは、感覚的なモノでもいいけど、感触を知るのはかなり有効らしい。

 元々、全く知らない存在であったわけだし、切り刻む相手として認識するのは、弱点を知るのにも近道になる。


 京を五分程休ませた後、俺たちは再び黄泉穴の奥へと進んだ。


 今度は仁が先頭。そこで、三年生の集団を見つけた。鷹によると、この先の広場になっている所で、まとまって居るらしい。


 それを聞いて、少し怖くなった。


 魔獣を切り刻むのは平気になったが、同じ人間の死というモノを間近に感じた事が無かったからだ。それも、大量の『死』を見なければならない。


 少し躊躇したが、気を取り直して進む事にした。


 実際はその遺体を運ばなければならない、と言う現実もある訳だしな。


 そして、ライトに照らされた広場で、四十四名が倒れているのを発見した。


 『反応停止領域』のおかげで、皆、眠っているように見える。


 三年生の装備は個人個人で様々なのだけど、その中で、俺たちと同じ装備を見つけた。倶楽部の先輩で三年生は五人居るけれど、今回参加したのは三人だけだった。その三人が、目の前で倒れている。


 そして、俺は部長の前に立った。


 「部長。遅くなって、申し訳ありません」


 俺に言える精一杯の謝罪だった。俺たちが、もっと早くこの能力に気付いていれば、こんな事にはならなかった。何も、特別な技能の発露も必要無いだから、これを知っていれば部長は……。


 「いやぁ、なんとか、間に合ったよぉ」


 その部長が手をひらひらさせて、小さな声で言ってきた。


 「……………生きてる?」


 「生きてるよぉ」


 声は小さくて、かすれ気味だけど、本当に生きているようだ。


 思わず、俺の全身から力が抜け掛けた。後ろでは、女子三人が抱き合って喜んでる。


 「どうして?」


 最大の疑問をぶつけてみた。


 「この、誘導球に、環境保護を流し込んだんだけど、それでも動けなくてねぇ。何時、助けが来るか判らないからぁ、最低限の力を流し続ける事で、生きながらえてたんだよぉ」


 やっぱり、小さな声で、そう返答してきた。どうやら、本当に体力の限界のようだった。


 「部長。環境保護って、レベル一の技能ですよね?」


 「あぁ、そうだねぇ」


 「服の『念』誘導球に、レベル二以上の力を流し込んでみてください」


 「え?」


 「レベル二以上の力です」


 そして部長は黙り込み、そして、おもむろに起き上がった。


 「めっちゃ、楽になった!」


 「レベル二以上の力で体を覆う事が出来れば、それだけでも、この新しい反応停止領域に対抗出来るようです。でも、この誘導球がある装備に流す方が、効率が良くて、念の消耗も少ないようです」


 「ほ、本当だぁ」


 そう言った部長の手は、他の生徒の手を握っていた。その生徒も体を起こし、自分の体の不調を確かめている。更に、その生徒も別の生徒の手を握っていた。


 「部長? 他の生徒に、念を流していたんですか?」


 「ああ、どうやら、俺たち三人だけが環境保護で助かったみたいだからな。そこで、手を繋いで、俺たちの環境を引き延ばして伝播してたんだ」


 「そんな事が出来るんですかぁ」


 「でも、俺たちも、体を触れていない相手には伝播出来無くってなぁ」


 体を起こした生徒たちは三十名だった。残りの十四名は、倒れた時に体を触れさせる事が出来る場所には居なかったようだ。他にも、外で、二年生の一部が被害にあったという話しも聞いている。


 「部長、動けますか? とにかく脱出しましょう」


 「ああ、検証は後回しだな。助かったよ。外はどうなってる?」


 「他の黄泉穴でも、従来の環境保護じゃ対応出来なくなっているそうで、何名もの死者が出て居るそうです」


 「なんてこった。俺たちは、本当に運良く助かっただけって事か」


 「部長たちのように、複数の人たちに念を巡らすなんて出来ないんで、そこは頼る事になると思いますが」


 「ああ、お前たちは一年だったよなぁ。良くここまで来られたモンだ」


 「先輩たちが露払いしてあったおかげです」


 そこで、鷹から『語』りがあった。


 「部長。とても遅い移動しかしていませんが、かなり強い魔獣がこちらに近づいてきています。急いで脱出しましょう」


 「わ、判った。だが、皆、けっこう消耗しているからなぁ」


 「雅、生きている全員に体力回復を。全快じゃなくていい。終わったら、後は部長たちと一緒に脱出してくれ」


 「お前たちは?」


 「部長たちが脱出する時間稼ぎをするだけにします。俺たちもここに来るまでに二匹とと戦って、消耗してますから」


 「に、二匹ぃ? あ、そ、そうか、なら、俺たちは、邪魔にならないように先に行かせてもらう。俺たちとの無線は通じるか?」


 「試してみます。うん、大丈夫ですね」


 部長との無線を確認して、俺たちは魔獣が来る通路へと向かった。この広場で戦う方が楽だけど、ここには十四名が眠っている。その彼らの体を傷つける訳にはいかなかった。


 「鷹! 弱点の分析、よろしく。皆、足止めで良いから無理はしないように。俺は押して、動かないようにするから、あとは切り刻む方向で頼む」


 そして、天井まで届く程の、貝柱みたいな魔獣と接触した。貝柱本体からは、トゲや針が飛び出し、それが射出されそうなのが見て取れた。他にも爪の付いた触手や、ヤツメウナギのような口のある触手が、無数、蠢いている。


 その日、最後の戦いが始まった。




 次の日。『SPY ARMS』の部室には政府の関係者が入れ替わり立ち替わり出入りして、ちょっとした混乱状態だったようだ。

 俺たちは黄泉穴へと軍用車両で潜り、残った遺体の回収に汗を流したので、その混乱は知らなかったが。


 その作業が終わった段階で俺たちの装備が軍に徴発され、しばらくは通常の支給品の装備で、一年用の訓練施設での授業と言う事になった。先輩たちの話しによると、軍との共同開発で前よりもいいモノを作っているから、一番初めは俺たち用にしてくれるそうだ。もっとも、その片手間で、生き残った三年用の新装備も作らなければならないとぼやいていたが。


 いや、片手間じゃなく、真剣に作ってあげて。


 基本的に俺たちは命令違反と言う扱いになるんだけど、立場としては軍属ではなく学生だ。だから、『注意』の対象にはなっても『処罰』の対象にはなり得ない。しかも、俺たちの行動で新しい『反応停止領域』の対応が出来るようになり、失われていたかも知れない命を救う事も出来たと言う手柄も立てる事が出来た。

 もし、俺たちが勝手な行動をとらなかった場合、早くとも半年は対応出来なかったという推定もされた。


 まぁ、たられば、なんて言っても意味がないけどな。


 結局、褒める事も出来ず、叱る事も出来ず、という事で、他の生徒と同じように、二日間の休校をしっかりと休んでいたと言う事になった。

 と言う事で、お叱りの部分は、この二日間の重労働で返したと言う事にしてください。と言う言い分には、苦笑をもって納得して貰えた。


 いや、ホント、遺体運びって鬱になるよ。


 三年生の装備が出来次第、軍の『念』技能士と一緒に学校の黄泉穴を攻略するという話しだ。他の地域の黄泉穴は、部員用の装備と作り置きの予備品、そして俺たちからはぎ取った装備で、軍の『念』技能士が対応すると言っていた。

 もちろん、『SPY ARMS』の出したデータを元に、急ピッチで装備を製造している。五日もあれば数十人分が出来上がるらしい。


 他の国でもほぼ同時に『反応停止領域』が変質し、未だに対応出来ていないそうだ。そのため、俺たちが対応できたことはまたまた、極秘扱いだと言っていた。でも、生徒たちの死体を搬送し、この後に学校葬を行う事は決まっているので、何らかの情報は漏れるだろうから、かなりの諜報員や工作員が暗躍するはずだと言っていた。


 そして事件から一週間後に学校葬が行われ、その翌日からはいつも通りの日常が戻ってきた。

 新聞や雑誌では好き勝手な事が書かれているが、そう言った記者が俺たちに接触するのは禁止されているので、そこら辺は静かな日常に戻ったと言っても良い。まぁ、数名の学生がストーカーされたみたいだけど、そのストーカーはスパイ容疑で厳しい取り調べを受けているそうだ。


 そんな外の現実も、今の俺たちには関係がない。俺たちは、本物の魔獣を倒せるように地力をつけるため、今日もクローン魔獣を相手に戦っている。

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