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異世界農業のすすめ  作者: HM
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7.自然の力

 ―シルタ軍第二部隊―

 

「ウェイレンか、状況はどうだ?」


 隊の中心で指揮を執るアンの元へ一人の騎兵が定時報告をしにやってきた。

 側面から霧の国へ向け歩を進める第二部隊は今のところ敵はおろか五重の災害にすら出会っていない。

 あるとわかっているからこそ、何時(いつ)出会うかわからない緊張感に五千余りの兵士たちは疲労してきていた。


「はい、アン様。異常はありません」


「わかった。ルートの再確認も兼ねてここで休憩を挟む、各自装備を緩め休息をとれ」

「伝えます」


「……ウェイレン卿、お前も休め」

「その前にアン様こそ休まれた方がよろしいかと」


「そうだな」


 アンの側近騎士であるウェイレン卿は馬を走らせ、伝令係二百名に伝える。歩哨も兼ねた伝令係約二百名は馬を走らせ五千の兵士たちに伝えていく。

 これだけの大部隊が(ひら)けていない立ち入ることすら危険だと言われている山を歩くのには相当の負担と時間がかかる。多目に用意した物資でさえ足りるかどうかわからない。伝令係と幹部、そしてアンが騎乗している馬たちもどこまで登れるかわからない。


「現在地から霧の国まで何事もなく進めば二日。災害がどの程度のものか想像つかないが……。ギリギリだな」


 アンは山の輪郭線だけが描かれた真っ白い地図を広げ、通ってきたルートをなるべく詳しく書き込んでいく。この地図はこの作戦がどんな結果に終わろうと関係ない。確実に次に繋がるものだ。

 アンは自らも上着を一枚脱いで、長い緋色の髪をかき上げて結い、肩まで露出した少し大胆にも見える服装になる。そして鎧の紐とベルトを緩めた。


「姫様、そのような服装は男ばかりのこの隊では控えられた方が……」


「あっはっはっは! ウェイレン、心配は無用だ。力では負けようとも女は常に武器を隠し持っているものさ」


 アンはニヤリと微笑んで懐から短剣をちらつかせた。

 それを見たウェイレンは不満そうな顔をしながらもアンが広げている地図に目を戻す。

 

「それにしても情報が無さすぎる。わかってはいたことだが未開の地を切り開くのはやはり至難の技だな」


「そうですね。慎重過ぎれば無駄に兵が疲弊していき、急げば何かあったときの対処に遅れる。ただ、今求められるのは前者です。どちらにせよ何かあることはわかっているのですから」

「そうだな。考えていることは同じか。それでいこう」


「はっ」


 約十五分の休憩をとった後、再び第二部隊は進み出す。

 休憩前より緊張感は緩んだような様子だがそれも仕方がないこととアンは思いながら警戒を一層強め、足を早めた。


 進んでいくうちに、アンは馬上から前方に開けた場所が見えた。

 だが最前列がその開けた地に入ったその時、最前列から悲鳴が聞こえた。


「なんだ?」


 アンは望遠鏡を懐から取りだし、馬上から前方を観察する。

 すると前方から数列が乱れ、まるで地面に吸い込まれるように沈んでいる。


「沼だ! 全軍停止しろ!」


 咄嗟(とっさ)の判断でアンは号令を発し、全兵士に停止を伝える。だが五千の兵士がそう簡単に止まれるはずもなく、後ろから押されるような形で次々と沼に落ちていく。


「溺れているやつらを引き上げろ! 間違っても落ちるなよ!」


 アンは馬を走らせ最前列へと向かう。

 沼の範囲と状態、そしてどれだけの兵士が犠牲になったか確かめる必要があった。

 

「隊長! すでにそこは沼です!」


「くそっ!」


 地面と変わらない色と質感に騙され、アンが乗る馬は沼に足をとられた。そして暴れもがくが、もがけばもがくほど沼の中へと沈んでいく。

 混乱に陥った馬はのせているアンのことなど忘れ、体を振って投げ飛ばした。


「姫っ!」


 投げ飛ばされたアンの襟を紙一重で掴んだウェイレンはそのまま地面に引き上げる。

 沼の範囲を確かめようにもこれではどこからが沼なのかわからない。


「ウェイレン、『あれ』を使え」


「わかりました。すぐに」


 ウェイレンが指示すると、二頭の馬で引く荷物を積んだ馬車が二十台、最前列へとゆっくりやってきた。馬車はアンの引いた沼と地面の境界線に横一列(よこいちれつ)縦三列(たてさんれつ)で止まる。


「下ろせ!」


 荷物を固定していた覆いが外されると、中から何十にも鎖で重なった板が現れ、兵士たちによってゆっくりと沼へ降ろされる。一番端の板を地面に深く固定し真っ直ぐに板を繋げていく。

 これがシルタ軍の用意した五重の災害対策のひとつだった。

 

「アン様、もしこの板が足りないほどに沼が大きい場合、我らはこれ以上進めなくなりますが」

「心配するな。それを考えるのが私の役目だ。五千人乗れる板を用意したのはその時のためでもある」


 次々と連結し、繋がれていく板はとうとう見えなくなるほどまでになった。どんな状態で沼の中に木が生えているのかわからないがこうしてみるとやはりただの山道にしか見えない。


「隊長、板が、板が足りません!」


 遥か先頭から馬でやって来た伝令係がアンに報告する。

 その報告を聞いてアン以外の兵士たちは絶望の表情でその場に立ち尽くす。


「やはりな。総員、板に乗り込め! 固定具を外して板ごと前進する!」


 アンの指示で五千の兵士たちは板の上に乗り込み、板を固定していた固定具を外す。

 すると第二部隊を乗せた板はゆっくりと前に進みだした。山道を流れるその様はなんとも奇妙だった。

 ウェイレンは荷馬車に乗せていたオールを等間隔に配り、兵士を指揮して漕がせる。


「下が泥で良かった。水ならば沈んでいたかもしれないな」

「流石アン様です」


「これで災害は乗り越えた。後は敵に注意して進むだけだ」


 アンは一息ついて空を見上げ、顔を歪ませた。

 第二部隊の頭上の空にはうっすらと、しかし徐々に濃く稲光を(まと)う暗雲が立ち込めてきていた。


「次は雨か、雷か!」


「今降られては逃げようがありません。急ぐしか」


「全軍全速力だ! 沼を抜けることが出来なければ我々はここで全滅することになる!」


 兵士たちは動かす手を速めるが漕ぐのは泥。かなりの力を使っても僅かにしか進まない。

 次第にぽつりぽつりと雨が降り始め、強くなっていく。雨はオールを持つ兵士たちの体力を奪い去っていった。


「このままでは……!」


 奇襲作戦に臨む第二部隊は自然の力の前に敗北した。

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