6.シルタ国の進撃
「準備が整いました、ミンス様」
「よし。では二万五千を三つの部隊に分ける。一部隊長はリケ、二部隊長はアン、三部隊長はパペとし、第一部隊は正面から山を登り注意を引き付ける囮、第二部隊は川沿いに山を登り側面から奇襲、第三部隊は後詰めとしてどちらの援護にも迎えるよう準備を整えろ。以上、指揮は私が務める」
「「はっ」」
「相手は農耕国とはいえ、天然の要塞を持っている。中に入るまでが勝負よ。油断はするなと各部隊徹底しておけ」
ミンスはシルタ王から借り受けた二万五千の兵をもって険しい山の中にある農耕国、通称『霧の国』を占領し、支配下に置く作戦の準備を進めていた。
ミンスが最も重要視しているのは国に侵入するまでの経路だ。霧の国は五重構造の自然に守られており、荒地、山岳、沼、森、そして霧を突破しなければ辿り着くことはできない。
これまで霧の国に侵攻した国が占領したという情報はなく、そのため天然資源の多くも眠っているとミンスは考えていた。もし霧の国を支配下に置くことができればその資源、技術者、施設を持って軍備の拡大、内政の充実を図り他国への牽制力、国際的な発言力の強さに繋がる。
「この作戦に国の進退がかかっているのだ……」
準備した十分すぎるほどの食料と自然への対策、そして兵士への教育訓練。それらを発揮することができれば無事作戦は成功するはずである。
部隊長のリケを含む一部隊はとある国との戦争中、森の中で三ヶ月自給自足をして戦い抜き、二部隊長のアンを筆頭に二部隊は槍と剣の名手を揃えた。そして三部隊はパペ率いる医療部隊、補給部隊を含む支援部隊として一、二部隊のサポートに当たらせるよう命令した。
「銃は使わないのですか?」
「霧の中での戦闘となると銃は意味を成さなくなるだろう。それに銃は進軍中重りとなるだけだ。それよりは剣や槍の方が使える」
銃の発明により人間同士の戦争では銃が主体となり始めていた。魔法を扱う者たちはそれに対抗し空気中の重力や風の流れを操る魔法を生み出し、銃の一強というわけにはいかなくなっていた。
魔法を操る力は人間より魔物の方が上で、ミンスは噂で聞いた霧の国は魔物たちの国であるという可能性を捨てきれなかった。銃は魔物に対しては限りなく不利であり、それをそのまま兵士たちに伝えると士気の低下に繋がると考え、その事は伏せておいた。
「滅びるわけには行かんのだ」
ミンスは滲むような声でそう呟き、指揮所へと向かったのだった。
一方シルタ国国王広場では、数年振りの戦いへの出陣を控えた兵士たちを見送るため、大勢の国民が集まっていた。
だが中には素直に見送る者のみでなく、やはり戦いに出向く兵士を、更に国王をも馬鹿にする者もいる。
「ふん、訳のわからん山の中へ兵士たちを行かせるとは王もとうとう乱心なされたか」
「やめとけ。シルタ王のことだ、何か考えがあるはずだ」
「あると思うか? おとぎ話の国にでも行こうってか。あの山に入って無事帰ってこれる訳がねぇんだ」
「そりゃあ今まで行って帰ってきたやつはいないかもしれないが―――――来られたぞ、アン様だ!」
城門がゆっくりと開き、シルタ城から二万五千の兵士たちが列を組んで歩いてやってくる。
統率のとれた行進の先頭を飾るのは白、黒、茶の馬にそれぞれ跨がる三人の部隊長、リケ、アン、パペであり、それぞれの武功を象徴する武器を手に歩いている。
兵士たちが現れると広場は大歓声に包まれ、国中のオーケストラによる盛大なファンファーレが鳴り響く。先程までちらちらと聞こえていた不満の声など書き消されていた。
「国民よ! 我らは前人未到の地『霧の国』を踏破し、このシルタという国の力を国外にしらしめる。更に山奥に眠るという豊富な資源、財宝を手に帰還する。少しの間国を開けるが安心して待っていてもらいたい!」
二部隊長アンの言葉に国民の声は更に大きくなる。
市民の娘が兵士に志願し、部隊を指揮するまでに成り上がった英雄アンの名は物語としても様々な人に描かれ、王と並んで国の一翼を担う人物でもある。
三人の部隊長と二万五千の兵士たちの指揮を執るのは二頭の装備を着けた馬が引く洗車に乗り込んでいる大臣ミンス。民衆たちに手を振り笑顔を振り撒くが、ミンスだけは頭の隅に不安を抱えていた。
「ではこれより、霧の国へ向け出陣する!」
足並みを揃え、二万五千余のシルタ軍は国の進退を賭ける霧の国へ向け進撃を開始した。
◇
「シルタ王の命によりこれより我らはミンスを監視する」
「「御意」」
同時刻、闇の衣に身を包んだ集団が観衆を避けた裏門から国を出た。