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異世界農業のすすめ  作者: HM
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5.命の夢

 

 佐藤と別れた後、達也は食堂で遅めの夕食を済ませ、人のいない大浴場にて動物の臭いと汗を流し、部屋に戻った。

 いつもと変わらない一日ということにはならなかったが、きっと自分が思っているより気にすることではないのだろうと自分自身に言い聞かせ、簡素なベッドに横になる。

 その夜、達也は夢を見た。

 懐かしい夢を。

 寮の二段ベッドの下側、固いマットと敷布団の上で。



「うし! 今日も牛と(たわむ)れるか!」

「しょうもないこと言ってんじゃねーよ」


 午前四時半。

 薄暗く、夏でさえも太陽が上がりきらないそんな時刻に達也の一日は始まる。

 同級生三人、実習服に着替え長靴を履くと牛舎の電気を付けて牛たちに異常がないか見て回る。

 一人が餌やり、残り二人で搾乳の準備を始める。

 機械を『洗浄』から『切』に変え、機械内に残る洗浄した水を抜いていく。牛乳をろ過するためのフィルターをとりつけ、きつくボルトを締める。冬なら手がかじかんで中々締めることができない曲者だ。

 そしてバルククーラーにホースを繋いで機械の準備は完了。

 続いて人肌より少し熱いお湯にタオルを浸し、消毒液をいれてよく混ぜる。

 これで牛の乳頭を拭く殺菌タオルの完成。

 後は牛を搾乳室に追い込んで『切』から『入』に変えれば搾乳開始だ。


「眠いし。このあと授業とか絶対寝る」

「ははっ。俺もそうなるそうなる」


 高校三年生。この高校では最上級生であり、農場を任される学年。

 二人もこんな雑談を交わしながらも衛生面、テスターで病気の有無を調べるなど、やるべきことは手を抜かずてきぱきと作業を進めていた。

 毎日搾乳をやっていると乳量の変化だけでも牛の体調の変化がわかる。極端に増えたり極端に減ったときは先生に報告する。


「異常はないよな」

「ねーな」


 二人が六頭絞り終える頃には餌やりの方も終わり、後片付けを残すのみとなる。

 達也はすばやく片付けに取りかかり、準備の半分の速度で片付けを終わらせる。手を抜いているわけではないが、達也は片付けに時間を取られるのが嫌だった。


「よし、登校するか」

「おーう」


 達也たちは実習服から制服に着替え、更衣室から出て自転車の前かごにエナメルバッグを投げ込んで閉めていない学ランのボタンを締める。

 そして少し高めにしてある自転車にまたがる。


「あれ、猫が死んでる?」


 牧草を植えている畑のなかに黒猫が横たわっていた。

 農業高校では動物が死ぬというのは意外とよくあることで、特に生後間もない鶏や豚に多い。

 その多くの原因は夜から朝にかけての冷え込みによる凍死、仲間との競争に負け、いつも残りわずかな餌をつつく栄養不足による死。

 その動物たちの死体を埋めるのは生徒である。

 休日明けで発見してしまうと既に腐敗していたり、仲間たちに踏まれて内臓が飛び出ていたりと女子生徒の中には気分を悪くする者もいる。

 よくあることと死体を埋める作業を平然とこなす生徒たちは猫の死体を見ても保健所に連絡したりするのではなく、自分達の手で林の中に埋めることに決めた。


「この猫よく農場をうろうろしてたやつだよなぁ。なんで死んだんだろ」

「病気とかじゃねーの。餌は困らないだろうし」


「かわいそうにな……」


「そういやお前よく構ってたなー」

「かわいいじゃん」


「そりゃそうだけど」


 達也は牛舎から持ってきた角スコで三十センチほどの穴を堀り、猫をゆっくりと穴の中へ置いてやる。

 そして土を被せて痕跡の残らないように少し固めてやる。


「この学校に来て命ってもんがよくわからなくなったよな」


「確かにな」


 人の命、家畜の命。

 人と家畜ではその重さが違い、人以外の動物でさえも家畜と愛玩動物では価値が違うようにも思える。

 理解するには達也にはまだ早かった。

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