親友の為の裏切り
暗闇の中にいた。
真っ暗で、何も見えない。
僕は……死んだ?
俺は、待機命令を無視し、帰艦命令を無視し、シーアの救助に当たった。とにかく、このままじゃいけない。俺はなんとか思考能力を取り戻すと、シーアの身体を固定していたシートベルトを外し、ゆっくりとシーアの身体を外へと運び出そうとした。
完全にシーアは意識を失っている。シーアも、アライブもボロボロだ。コックピットがなんとか持ちこたえてくれたことが、不幸中の幸いだった。
コックピット内にも、かなり熱がこもっていた。冷却システムをカットして、攻撃か、あるいは防御にエネルギーを変換していたのだろう。そういう書き換えが、瞬時にできる奴だった、シーアは……。昔から優秀で、正義感の強い奴だった。きっと、ぞれは今でも変わらないのであろう。
ありがたいことに、コックピットの直撃は免れている。俺の友人が乗っていると知っていたトレス先輩が、あえてコックピット直撃を避けてくれたのだろうか。それとも単に、照準ミスだろうか。どちらにせよ、よかった。シーアはきっとまだ、生きている。
「シーア……シーア!」
だが、いくら呼びかけても、シーアから応答が来ることはなかった。とにかく手当てがしたい。だが、リヴィールに連れて行くわけにも行かないだろう。リヴィールに連れて行ったとしても、おそらくシーアは、手当てされるどころか、敵アビスパイロットとして、銃殺にでもされるのではないだろうか。また、俺自身も反逆罪を問われる可能性が高い。俺は、判断に迷った。
トレス先輩とリーゼン先輩も、ゆっくりとだが下降してきている。俺の動きを観察しているのだろう。そして俺の様子を、艦長に無線で伝えているはずだ。ふたりは信用にたる人物……だが、オラクルの生粋の軍人だ。シーアを受け入れるとは到底思えない。おそらくは、艦長の命令通りに従う。
「逃げましょうか」
途方に暮れていたそのときだった。岩陰から声が聞こえた。それは、可憐な女性の声だった。俺はとっさにそちらの方に目を向ける。すると、そこには優しい笑みを浮かべた少女がたたずんでいた。一体いつからここに居たのだろうか。まるで気配を感じながった。俺がそれだけ動揺していたのか。あるいは、彼女が只者ではないのか……。
彼女は誰なのだろうか。
ゲイルか、オラクルか……それとも、今はまだ動きの少ないザラインか。
俺は携帯していた銃を、咄嗟に彼女に向けた。軍人としての養成を経ている俺には、身体に叩き込まれた動作だった。だが、彼女は銃を向けられても動揺する素振りなどまるで見せずに、笑みを浮かべて俺の顔を見上げた。
「ブラッドは……動けますね? シーアさんを乗せて、ついて来てください」
彼女はそういうと、俺の返事を待たずして、岩陰の中に再び姿を消した。そしてしばらくすると、轟音が鳴り響いた。地響きだ。おそらく、上空に居る先輩たちには分からないだろう。地面に居る俺にしか分からない。
シーアを連れて来い……彼女が何者なのかは分からないが、艦長たちの仲間ではないことは確かだ。
彼女は、俺が抱きかかえている人物を見て、違わずに「シーア」と名を呼んだ。信用してもいいのだろうか、彼女のことを……。
「先輩、アンノウン反応が!」
デス・クローズとアスラのモニターには、確かに別のシグナルが映し出されていた。アンノウン。見たこともないシグナルだった。白く輝くその印、それは、俺が降りて行ったすぐ傍から発進されている。
「ナイト、すぐに戻れ! アンノウン機体が潜伏している!」
だが、ブラッドから下りている俺には、その通信は届かない。俺は傷ついたシーアを抱きかかえ、目の前に現れた見たことも無い新型のアビスを目にし、立ち尽くしていた。
これは、あの少女の機体なのだろうか。見たことのない機体だが、肩の部分には翼を象った紋章がある……ということは、ゲイル製アビスだ。起動したということは、シグナルが出ているはず。先輩たちも、モニターを通じてこの機体に気づいていることだろう。俺はただ、はじめてみる新たなアビスを前に、呆然と立ち尽くしていた。
「さぁ、こちらへ」
少女の操る機体は、俺たちの方に向かって手を差し伸べてきた。それがゲイルのものだと分かった俺は、シーアを抱きかかえてブラッドのコックピットに戻ると、先にシーアをシートに座らせ、俺自身もブラッドのシートに座った。そして、すぐさまシートベルトを着用する。
シーアは、俺にもたれるような形で隣に座らせている。依然として意識は戻らず、ぐったりとした様子だ。あまり、派手な動きは出来ない。そっと安全な場所まで、シーアを運ばなければならなかった。
「ナイト、戻るぞ。上からの指示を仰ぐ」
リーゼン先輩からの無線が入った。信号履歴をたどると、何度か通信がすでに入っていることに気づく。だが、すべてに目を通している時間なんてない。それに、今の俺にはやるべきことがある。
「先輩……」
今、俺がもっとも重要視したいことは、上からの指示なんかじゃない。シーアの「生死」だ。あの少女は、少なくともシーアにとっては「味方」なのだろう。そして、オラクルの軍服を身にまとった俺を前にしても、あれだけの至近距離にいても、彼女は決して俺を攻撃してくることはなかった。また、先輩方のアビスを落とそうとする様子もない。誰とも敵対する意志はないと取れる。
俺は、心のどこかではもう決めているんだ。揺らいでなんかいない。ブラッドで、彼女の行き先を追うつもりだ……と。
たとえ彼女がそれを拒んだとしても……。
「親友」であるシーアを、このまま放ってはおけない。
シーアは、俺にチャンスをくれたんだ。
話し合いをする、チャンスを……。
それに、応えられなかった俺は、懺悔すべきだ。
護ってみせる。
俺が護りたいものは、今、この手の中に、ある。
ずっと、見えないものを守ってきたが、今はここに、確かに在るんだ。
シーア……俺の、護るべきもの。