食い違いからの悲劇
護りたいものがある。
助けたいものがある。
俺には、その力がある。
そう、信じていた。
俺は正しいと、俺たち「オラクル」こそが「正義」だと。
信じて、疑わなかった。
疑う必要など、なかった。
そのはず、だったのに……。
シーアに会ってから、それは狂ってきた。
歯車が、回りだした。
運命の、歯車が……。
「ナイト!?」
無線から、先輩の声が響き渡ってくる。俺には発進命令は下されていないからだ。
整備班の兵士を打ちのめして、自分でハッチをこじ開け、カタパルトデッキを開き、無理してまでここまでやってきたんだ。こんな、意味の無い争いを止めるために……。
いや、意味はあるのかもしれない。だが明らかに、シーアは戦闘をしにここへやって来たわけじゃなかった。そんなこと、一目瞭然だ。それなのに、こんな一方的にシーアを打ちのめして……そこまでして、勝ちを得たかったのか!? そこまでして、焦る必要があったのか!?
シーアは、話し合いの場を設けようとした。それを、何も聞かずに一方的に攻撃するなんて……これが、俺の信じてきた国の有様なのか、真価なのか! 俺は、怒りを抑えきれずにいた。
「先輩、やめてください……もう、決着はついたでしょう!?」
無線を通じて先輩に呼びかける。その間にも、シーアの機体の高度は下がる一方だった。このままでは、地面に墜落する。
(どうしたんだ、シーア……意識がないのか!?)
とうとうアライブは、地面へと墜落した。大破は免れたようだが、あれではもう動けまい。コックピット内は無事だろうか。焦りと不安が募る。
焦る俺とは対照的に、リーゼン先輩は至って冷静だった。いかにも、上級パイロットだというところを、見せ付けられている気がした。
「ナイト、それは敵だ。それも、エース級のパイロットだ。排除しなければ、明日には俺たちの命がとられるかもしれないんだぞ」
とられるかもしれない……逆に言えば、そんなこと、起きない可能性だってあるってことだ。俺もシーアも、機体から降りれば……命の奪いあいなんて起こらない。
先輩たちには、俺の気持ちは分からないんだろうか。一体先輩たちは、どんな気持ちでアビスに乗っているんだろう。
そこまで考えて、俺はそれが愚問だということに気づいた。守りたいからに決まっている……母国を、家族を、大切なものを。だから皆、若くして軍に志願したんだ。俺自身だって、はじまりはそうだった。
ただ、俺とは違いその想い、熱意がオラクルに集中している……きっと、それだけなんだ。だから、「オラクルさえよければいい」……そういう考えが生まれてしまうんだ。
今の俺には、オラクルも大事だが……敵国のパイロットである「シーア」も、充分大事な存在だった。どちらも捨てられるわけがない。選べられるわけが、はじめからあるはずがなかったんだ。
どちらも、俺にとっては大切なものなのだから。
俺は歯を食いしばり、苦虫を噛みしめながらも、シールドをアライブに向けて張った。先輩たちの攻撃から、アライブを守るためだ。これ以上被弾したら、頑丈に作られているとはいえ、アライブのコックピット内だって、どうなってしまうか分からない。すでに、致命傷を与えられているかもしれない。
そして、そこに居るのは俺の親友に間違いはないんだ。このまま、見過ごせるわけがない。
「何をするんです、ナイト!」
俺はシールドをアライブ近辺に展開した後、すぐさま下降して、シーアが落下したポイントへと向かった。エネルギーが切れ、完全にパワーを失ったアライブの姿がそこにはあった。色がくすんで、いつもの輝きも姿も無い。
「シーア、シーア!」
血の色をした機体、デス・ブラッド。そのパイロットは、俺だ。けれども今は、出撃要請は出ていない。ここに居るはずのない機体、俺が、ここに居る。完全なる、軍令無視だ。
だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。目の前で、シーアが撃たれたんだ。躊躇している場合じゃない!
「ナイト、アライブは討った。帰艦するぞ」
無線から、リーゼン先輩の冷徹な声が聞こえてくる。けれども俺は、シーアの安否が気になっていた……というか、むしろそっちの方が重要だった。
アライブが討たれた……そんな現状は、見れば分かる! 俺が知りたいのはそんなことじゃない。シーアは無事なのか、生きているのか。俺が知りたいのはそれだ!
さらに下降すると、眼前に、トレス先輩の放ったビームの直撃を受けたアライブの姿が映る。その影響なのか、アライブの機体は熱を帯びているようだった。コックピットにもひびが入っているようだが、中は大丈夫なのだろうか。俺はすぐさまブラッドから降りるために、ブラッドのコックピットを開いた。そして俺は地面に着地し、モニター越しではなく、自分自身の目で大破したアライブを目の当たりにした。
絶句した。
こんな状態で……本当に、生存できるのだろうか。
そんな不吉な言葉が、脳裏をよぎる。
だが、あきらめたら終わりだ。かぶりを振り、嫌な予感を振り払うと、俺はブラッドから降り、急ぎ足でアライブの残骸をよじ登りコックピットを目指した。
そして、何とかしてコックピットの場所まで上り着くと、酷くやられたアライブを一通り目で追ってみた。被害状況を確認したんだ。コックピットの部分にも、やはり亀裂が入っている。
近くでコックピットを見てみると、緊急シャッター開閉装置が作動していることに気づいた。手動でハッチを開くことが出来るということだ。俺は力任せでハッチをこじ開けると、至る部分に損傷が見られるコックピット内部が露わになった。
俺は一瞬、内部を見るのを躊躇い、顔を背けた。現実を見たくないという思いがよぎったからだ。だが、生きていれば……無傷なんてことはないはずだ。急いで手当てしなくてはいけない。俺は意を決して、コックピット内に目を向けた。するとそこには、頭から血を流し、ぐったりとしたシーアの姿があった。シートには、べったりとした血がついている。内臓かどこかもやられているんだろうか。血なんて、軍に居ればいくらでも見る機会があったが、今負傷しているのは「軍人」ではなく「友人」だ。俺も、冷静さを欠いていた。何をすればいいのか分からず、手が動かない。思考が働かない。
ただふと、シーアの手元に目がいった。無線信号が依然として俺の機体、ブラッドにと繋がれているようだ。それを見て、それに応えられなかった自身を悔やんだ。最後の最後まで、シーアは俺の名を呼んでいたのだろうか。
シーアは、パイロットスーツもヘルメットも着用なんてしていなかった。本当にただ、俺と話をしに来ただけだったんだ。それが、こんなことになるなんて……誰が予想していたんだろうか。きっと、シーア自身、こうなることなんて、頭に入れてなかったんだろう。俺たちの中では、全てが想定の範囲外だったんだ。
トレス先輩のビームを防ごうとしたのだろう、コントロールパネルに手は置かれ、途中までシールド展開の回線が繰り広げられていた。あの直撃は、シールドが間に合わなかったからなのか……。シーアらしくない。
シーアなら、簡単にシールドぐらい張れたはずだ。急にシーアの動きは鈍くなった。その間に、一体何があったのだろうか。
この数年で、俺の知らないシーアが生まれている。
きっと、シーアにとっても、俺の行動が読めていないんだ。
俺たちは、今でも「大切なもの」同士なんだろうか。
そう、信じてもいいのだろうか。
ただ、間違いなく言えること。
それは……。
俺は、シーアを……「親友」を、護りたい。