絶対的な死
僕は部屋を出て、ブリッジに向かった。きっと、そこには居るはずだ。この艦の司令塔、レイス艦長が。
僕のような学院生に、本当のことを教えてくれるのかどうか、また、艦長がゲイルの真相を知っているのかどうかなんて分からない。だけど、このままここでうずくまっていても仕方がない。そう思って、僕は廊下を歩いた。
途中、何人ものゲイル兵とすれ違った。軽く挨拶を交わしながら僕はブリッジを目指す。あの一般兵のひとたちは、本当のことを知っているのだろうか。それとも僕のように、ただ何も知らずに軍に使われているのだろうか。そんなことを思い浮かべながら……。
すれ違う兵士たちは、僕のことを好奇な目で見ていた。学生でありながら、ゲイル唯一のアビスパイロットということで、一目置かれているのだろう。そのパイロットとしての資質は、軍でも高く評価されている。
ブッリジの前に立ち、ボタンを押すと自動ドアが開いた。今は落ち着いているオペレータールーム。空席の椅子もいくつかある。しばらくは停戦が続くと予想し、つかの間の休息に出ているのだろう。ここの人たちも、今までずっと休む暇も無く、戦い続けていたんだ。
けれども、中心に位置するところにある席にはちゃんと、今回の目的の人物が座っていた。この艦を守らなければならないという責任感からなのか。その人がそこを空けたところを、僕は見たことがないような気がする。
「レイス艦長」
「……シーアくん?」
ドアが開く音で、誰かが中に入ってきたことには気づいていたと思うけど、それが僕だとは思わなかったらしい。少し驚いた顔をして、僕を見た。
それはそうだろう。こうしてブリッジに来たことなんて、ほんの数回程度だ。僕は普段個室に居るし、そうでないときは格納庫に居る。ブリッジにはあまり足を運ばなかった。軍人ではなく、単なる学生である僕が入るべきではない場所だと、知らないうちに頭の中で思っていたのかもしれない。
「どうしたの? 何か問題でも?」
顔色のよくない僕を見て、艦長は眉をひそめた。そして、心配そうな目つきで僕の顔を覗いた。連戦で、艦長だって疲れているはずなのに、さすがは軍人だと思う。いつだって毅然とした態度でそこに居る。
「問題といいますか……聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
僕は黙って頷いた。
「この戦争の発端は……ゲイルにあるのですか?」
唐突で、かつ、ゲイルの軍に属するものにはそぐわしくない問いかけだった。それでも僕は、回りくどい言い方をせず、単刀直入に艦長にその言葉をぶつけた。僕が真剣だという意志を、伝えるためにも……。悪ふざけで、こんなことを真顔で言うひとなんていない。
艦長は少し戸惑った顔をした。いきなり僕がこんなことを言い出した意図が見出せないんだと思う。僕は、補足するために言葉を続けた。
「ナイト……オラクルの新型、デス・ブラッドのパイロットは言っていました。この戦争の発端は、ゲイルにあるのだと。 僕は、その真偽が知りたいんです」
艦長は、今度は驚いた顔を見せた。意外と顔に出るタイプのひとなんだと、僕ははじめて知った。自分を指揮する上官なのに、僕は艦長のことを何も知らないのだと思い知らされた。いや、艦長のことだけじゃない。クロイ少尉のことも、学院の頃からの友達であるクロエのことも、本当は何も知らないのかもしれない。クロエは強くて気丈なひとだと思っていたけれども、シーザスに乗っているときには、その操縦レバーを握る手を震わせているのかもしれない。僕は今まで、あまりにも他のことに興味を示さなかったこと、知ろうとしなかったことを悔い改めようとした。まだ、間に合うだろうか。これからでも知っていけば、僕は今まで得られなかったものを、得ることができるだろうか。
「ゲイルが……戦争の発端?」
艦長は、訝しげな顔をしながら僕の言葉を繰り返した。この様子だと、艦長もこの件については何もしらないように思える。艦長がポーカーフェイスが上手いひとだというのなら、話は別だけど……。
「ナイトは、そう言っていました」
「あなたはそれを、信じているの? こんな、何もないゲイルが戦争を起こそうとした……と?」
艦長は僕の言葉をまるで信じようとはしていなかった。艦長も、ゲイルが無力に近いと思っているんだ。きっと、新型の存在なんて知らないんだ。僕は軽くため息をついた。ここでは何も、得られないかもしれない。
いや、中佐である艦長ですら知らないんだ。あの新型はおそらく最重要国家機密なんだ。中佐のようなクラスの者でさえその存在を知らされていないとなると、ゲイルという連合もまた、奥が深く、裏では何を開発しているかまるで分からない国だと僕に思わせた。もしかしたら、他国を一気に焼き尽くしてしまうような核兵器なんかを開発しているかもしれない。その可能性を疑えない状況に徐々に追い込まれてきた。
「完全には、否定できません。信じきっているわけではありませんが、そうではないと言い切ることも、今の僕にはできません」
「……なぜ?」
当然のように、艦長は問い返してきた。しかし、問い返すまでに時間がかかった。艦長も、頭の中で僕の話を整理しながら聞いているのだろう。僕は一呼吸置いた。
僕だって、これまでの世界しか知らなければ、ゲイルが戦争の発端だなんて、考えもつきもしなかったのだから、艦長の問いかけは当然のものだった。そこで僕は切り札を出してみることにした。
「僕は……この戦艦に、新型アビスがあることを知りました」
「新型?」
それを聞き、ブリッジに居た全クルーが僕らのほうに顔を向けた。顔を向けていないものも、耳だけはこちらに向けているはずだ。このことは、この船に乗るすべてのひとが知るべきことだと僕は思っていたから、構わず後を続けようとした。でも、艦長は僕とは立場がまるで違う。艦長は全員に、指示があるまでブリッジには立ち入らないことを命令した。上官の命令は絶対。学生であるウィルを含め、ブリッジ内にて待機していた軍人たちが、次々とブリッジ外へと出て行った。そして、最後のドアが閉まると、しばらく沈黙が訪れた。僕も艦長も言葉を発せず、黙ったままだ。
艦長にも、時間が要ると思ったんだ。急にこんなことを提示されて、易々と受け入れられやしないだろうから。艦長だって、人間だ。僕と同じ、人間だ。戸惑うだろうし、困惑するだろうし……万能じゃない。万能な人間なんて、居ない。
艦長はまた、ため息をもらした。
「考えてみれば、あなたとこうしてゆっくり話し合ったことなんてなかったわね」
「……はい」
彼女は、「座って」……と、僕に一席を示した。僕は言われるまま、そこに腰を下ろした。いつもは同じ学院生のウィルが座っている席だ。あまり会話を交わしたことはないが、彼女の指示に従って、僕らは出撃している。格納庫、カタパルトデッキに関するデータを扱っているのは彼女だった。
「順に、整理してみましょう?」
「はい」
僕ひとりでは、何も解決の糸口が見つからなかった。また、僕はこうして人を頼ることもほとんどなかった、色々戸惑いはあったけれども、これからを生きるためには、必要なことだと思ったんだ。悩んでるときではない。
「まず、あなたはナイトくん……と、言ってもいいわね?」
「はい」
「ナイトくんの言葉を立証する物を、何かしら掴んでいるのかしら?」
僕は首を横に振り、否定した。ただナイトは、この国にはアビスは一機しかないということは嘘だということを、おそらくは知っているんだ。だったら他にも嘘があるのではないか……そう思うのは、普通の流れではないだろうか。
「ナイトが言っていたことが事実なのかどうかは分かりません。ですがゲイルは、この戦艦内に、試作品アビス以外にもアビスを所有していることを知りました。それは、この目で確かめたことですので、間違いありません」
僕は、あのとき見た光景を思い浮かべながらそう話した。
「だから……僕は、このままでは戦えない。ゲイルが隠し事をしていると知った今……僕がアビスに乗って戦場に出て、ナイトや、ナイトの友人たちと刃を交えることなんて……今の僕には、とてもではありませんが、できそうにありません」
それが、今の僕の率直な意見だった。こんな迷いを抱えたまま操縦できるほど、アビスの構造は単純ではない。
アビスは、パイロットの腕次第では、よくも悪くもなるんだ。きっと、今の僕では満足に操縦なんて出来やしない。
「そこで艦長、お願いがあります」
「何ですか?」
艦長はやや首を傾げながら問い返した。
「ナイトと、一度会って……戦場ではなく、普通の場で会って、話がしたいんです」
艦長はますます顔色を曇らせた。万一僕が寝返ったら……そんなことを考えているのだろう。それを察した僕は、後を続けた。
「どんな結果が得られようとも、必ず一度はここへまた、戻ってきます。ここでもまだ、知らなくてはいけないことが、たくさんあると思いますから」
艦長はしばらく沈黙し、頭を抱えながらしぶしぶ答えを導き出した。重々しいため息と共に……。艦長はまだ若い。それなのに、S級の戦艦の司令塔を任されている。レイス艦長もまた、ひとりでその重苦しい重圧に、耐えてきているのだとうかがい知れた。
「今のままでは、あなたはアビスパイロットとしてはやっていけないのですね?」
僕はゆっくりと頷いた。すると艦長はため息まじりで疲れた笑みを浮かべながら後を続けた。
「あなた以上のパイロット候補生も居ませんし……分かりました。今日数時間、あなたに時間を与えます。先の大戦の功績を称えて……」
ふとため息混じりに、艦長は僕の目をじっと見てきた。念を押すためだろう。
「けれども、いい? 絶対に、夕刻までには戻ること。もし、戻らなければ……あなたは、オラクルに寝返ったものだと判断し、そのように対応します」
つまり、僕を敵と見なす……ということだ。夕刻までに戻らなければ、おそらくは軍人が僕の元へ押しかけてくることだろう。発信機ぐらい、どこかにつけられるはずだ。つけられていなかったとしても、ありとあらゆる手を使って、僕の居場所を突き止めるだろう。そのまま放って置けるほど、僕は単純な学生ではなかった。あまりにも国家機密に精通してしまい、また、アビスパイロットとしての腕も買われているんだ。仲間ならばいい。でも、敵になったら……何が何でも、排除しなければならない存在へと変わるのだろう。
僕は僕なのに、居る場所によってこうも変わるものなのかと、僕は苦笑いを浮かべた。誰も僕を、単なる一個人としては見てはくれない。アビスパイロットとしか、見ていないんだ。
「はい、分かりました」
そのとき僕は、ふと笑みを浮かべた。許可が下りるかどうかなんて分からなかったが、とりあえず艦長に自分の気持ちを正直に話をしてみて、よかったと心底思った。
ナイトと、戦場ではない別の場所で話し合える……それこそが、僕が望んでいた世界の一部だと思ったんだ。
きっとそこでは、僕は僕でいられる。アビスのパイロットではなく、ナイトの友達として、そこに居られるはずだ。
ただし、規定の時刻に戻れなければ、僕は切り捨てられる……そういう境遇に立たされているだけで……後は、きっと。あの頃のままだ。
友だちと、他愛ない会話を繰り返し、笑って、泣いて、ムキになって。それがきっと、僕の描いていた平和な未来なんだ。
友達と撃ちあうなんてことは、僕の平和像にはまるで当てはまらないないんだ。
「シーザスを一機、貸してください。オラクルに行ってきます」
僕のその言葉を聞いて、艦長は驚きの顔を見せた。馬鹿げている……とでも、言いたげな表情だった。艦長は、通信などでナイトと連絡を取り合うものだと思っていたのだろうか。もしくは、ここ、ゲイルで……?
でも、僕は今、ゲイルに疑念を抱いている。だからこそ、ナイトとの再会の場をあえてゲイルではなく、オラクルにしたんだ。
「オラクルで……確かめたいんです。ナイトの言い分を、知りたいんです」
艦長は頭を抱えながら整理していた。混乱するのはそうだろう。僕だって、何も分からなくて困惑しているんだから。
ナイトに会うということについては許可を先に得ていたけれど、まさか僕がオラクルへ直接乗り込むとは本当に思っていなかったようだ。
少し、横暴すぎたかな?
「オラクルへ行って……どうするの? あなたは、本当に戻ってくるの?」
「はい、そのつもりです。僕は、ゲイルを守りたいから……だけど、今の不安定なままでは、上手く守りきれないと思うんです」
僕は握りこぶしに力をこめた。今は揺らいではいけない。艦長に、僕の意志を示さなくちゃいけない。
「はっきりとさせたい。だからこそ、ナイトの言い分も、聞きたいんです」
艦長はしばらく険しい顔をしたまま、俯いていた。それからしばらくして、大きくため息をつきながらも、ネットラインを繋いだ。上層部からの指示、許可が必要なのだろう。彼女は疲れきった声で、上の人と言葉を交わしていた。その間、僕はウィルの使っているコンピューターに目を向けていた。
射出時にかかる時間をもう少し短くしたい……かねてからそう思っていたので、出動オンラインになるまでの時間短縮を試みて、一部回線を改造した。ここで指示を出してから、アビスに伝達するまでの速度を上げたんだ。
それほど難しい作業ではなかったので、それはすぐにすんだ。おそらくは艦長に気づかれてはいまい。勝手に軍艦の一部をいじっていては、さすがにまずいだろう。僕は艦長が気づく前にその場から離れ、何事もなかったかのような顔をして、艦長の答えを待った。
「……分かりました。 では、シーアくん。 一時、離隊を許可します」
しばらくして得られた結論がこれだった。ナイトに会いにいける。あとは、ナイトと交信さえとれれば……。僕は、ナイトと交信をとるための準備を、すでに構想を練りはじめていた。
「シーアくん」
「あ、はい?」
真剣で、どこか不安げな艦長を見ながら僕は応えた。
「必ず戻ってくること。 あなたに与えられた時間は三時間です。その間のうちに、話を終えて帰艦しなさい。出来なかった場合は……」
艦長は言葉を濁した。出来なかった場合……裏切った可能性があると受け取られ、それなりの対応を迫られるのだろう。大丈夫、それぐらいの覚悟ならば、もう、出来ている。後のことを恐れてなんかいたら、何も出来ない。何も得られない。
戦場に出れば、命の保障はないんだ。今さら、怯む必要もない。
「大丈夫です、艦長、本当に、話をしてくるだけですから」
「分かりました。カタパルトデッキを開きます。その際に、飛び立ちなさい……アビスで。いいですね? シーア・ミツキ」
僕は少し驚いた顔を浮かべた。なぜなら、僕が要請したものは、シーザスだったからだ。けれども艦長は、アビスでの出動を許可してくれた。万が一に備えた配慮なのか。それとも、アビスパイロット同士の対談ということになることを想定して、あえてアビスで出動するようにしたのか。
そこは、いくら考えたところで僕には分からないことだ。ただ、乗りなれたアビスでの出動を許可された僕は、どこか嬉しさを感じ取っていた。
「はい」
僕は頷き、デッキを後にした。僕に与えられた時間は、夕方五時までということなので、たったの三時間だ。それまでに、絶対にやらなければならないことがある。ナイトとコンタクトをとれなければ、何もはじまらない。コンタクトをとるために、向こうの周波数を調べなくちゃならない。すでにタイムリミットへのカウントダウンは始まっている。急ピッチで作業を終えなくてはいけない。
僕は急いでアビスのコックピットに乗り込んだ。メイン電源をオンラインにして、各システムもオンにする。今まで光を帯びていなかったモニターに、次々と電源が入っていく。
僕は、ナイトと交信を交わした無線に目をやると、そのときの周波数を調べはじめた。それほど時間はかからないだろう。
「ナイトの周波数に合わせなくちゃ……応答、得られるといいんだけど」
ナイトが機体に乗っていなければ、繋がらないかもしれない無線。全領域共通の回線もあるけれども、僕はナイト個人と話がしたいだけだから、事を荒立てることはしたくない。僕はナイトとの通信記録から、デス・ブラッドへの回線を探した。もしかしたら、デス機体はすべて同じ周波数で回線が繋がっているかもしれない。だとしたら、僕の声は他のデスパイロットにも聞こえることになるかもしれないけれども……それならそれで仕方が無いと思うことにした。とにかく、誰かが僕がナイトとコンタクトを取りたがっていることを、気づいてくれさえすればいい……。
「……これだ」
しばらくしてから受信記録に、見慣れない周波数が残っていることに気づいた。おそらくはこれが、ナイトが僕に交信してきた際に使っていたものだ。僕はこちらの周波数をそれに合わせると、カタパルトデッキが開放されるのを待った。こうしている間がもったいない。僕は多少なりとも焦りとじれったさを感じていた。
情報では、今、オラクルはゲイルエリアとの国境付近に待機しているという。ここからでは、だいたい百キロほど離れた場所だ。もう少し近づいてから、コンタクトを試みようと、無線ラインはオンにしたまま、僕は待機していた。
「シーア、準備はいい?」
そのとき、待ちに待ったブリッジからの声が、モニターを通じて聞こえてきた。ウィルの声だ。僕のわがままを聞きつけて、呼び戻されたのかもしれない。
「シーア……あなた、いじったわね?」
自分の私物といっても過言ではないパネルを勝手にいじり改良されていたそれを見て、ウィルは気分を害したようだ。僕は苦笑を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。隠しても無駄だということが分かっているからだ。
「まったく……本当にあなたって、天才? まぁ、いいわ。全システムオンライン。進路クリア。 アビス、出動可能です」
「了解」
ウィルの言葉を聞き、僕は赤いボタンを押した。エンジンを稼動させる。あとは、発進の許可を得れば飛び立てる。
「アビス・アライブ、出動してください」
「了解。シーア・ミツキ……アビス、行きます」
ウィルの言葉を受けると同時に、僕はレバーを一気に引き下げた。キーン……というエンジン音が響き渡り、カタパルトデッキの上のレールを、滑るようにしてアビスは発進した。
発射台からの勢いも受け、アビスは空へと舞い上がった。それと同時に、装備してある二対の翼を広げる。白い翼が青空に広がった。自由を求める翼をイメージして作られた、試作品アビスだ。軍服にはもちろんのこと、僕のパイロットスーツにも、その翼の紋章の刺繍が施されていた。
「シーアくん、いいわね。三時間で戻ること」
ブリッジからの無線だった。声の主は艦長だ。半ば不安そうな声で僕にそう命じた。何度も何度も、繰り返し念を押される。
「はい。分かっています、艦長。では、行ってきます」
そして僕はブリッジとの無線を切った。そして、ナイトとのための無線のスイッチを入れる。そちらの方に、全電波を注いでいるといっても過言ではない。ナイトに会えなさそうならば、最悪、全域発信される通信回線を使ってでもいい。とにかく僕は、ナイトと話し合わなくちゃいけないと、思っていたんだ。
(ナイトは今、何を思い、何をしているんだろう)
そう思いつつも、僕は国境へ向けて翼を広げていた。この先に何があるのかは、まだ、誰にも分からない。
そういえば、分からないと言えばレンカのこともそうだ。彼女の存在を、艦長は知っているのだろうか。ハヤミ伍長は「レンカ様」と、彼女のことを敬うように呼んでいたけれども、そういった地位のひとなんだろうか。無事に帰艦したら、今度は彼女についても知りたいと思った。少し謎めいた雰囲気を持ち合わせていて、ホワイトクロスに新型、秘密格納庫があるということを知っていた彼女は、一体何者だったのだろうか。
同じ船に乗っているもののことなのに、僕は全く知らなかった……というより、知らないことが多すぎるんだ。おそらく、知っていることと言えば、アビスやシーザスの運転技術やその性能など、そういった科学的なことだけであろう。
僕は肩を落としながらも、操縦席に座っていた。そして、ナイトにコンタクトを取るために合わせた周波数の無線に向かって呼びかける。
「DETH……デス・ブラッド。応答願います。デス・ブラッド、応答願います……」
僕は繰り返し繰り返し、ブラッドとの交信に努めた。ナイトが受信してくれることを信じて。何度も何度も、僕は呼びかけた。いつかきっと、応えてくれるだろうという希望を抱いて……。
次第にゲイルとオラクルとの国境に近づいてくる。アビスに乗ったまま国境を越えるわけには行かないので、僕はぎりぎりのところで足を止めた。そして僕は、あきらめずに交信を続けた。声よ届け……と、祈りをこめながら。僕は必死になって訴えかけた。
どうしても、ナイトと話がしたかったんだ。戦場ではなく、敵パイロットという肩書きを背負わず、単なる幼馴染として……。
「疲れたな」
自室で横になっていた俺は、おもむろに天井に目を向けた。意味はなく、ただ、ぼーっと見上げていた。なんの変哲もない、白で塗装された天井。軍艦の天井なんて、こんなものだ。そのとき、ドアのノック音が聞こえた。
「ナイト、昼過ぎになっちゃったけど……昼食、食べるかい?」
その声の主は、トレス先輩だった。僕は「はい」と答えると、ドアのロックを解除した。すると、同時にトレス先輩が中へ入ってきた。手にはトレー。トレーには、昼食が乗っている。
「ナイト、随分と疲れが見えるよ? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
正直なところ、少しも大丈夫なんかじゃなかった。シーアのことで頭はいっぱいだし、これからどうすればいいのか、まるで分からなかったから。俺はどうして、こんな軍に入ってしまったのだろうか……それさえも、考え込んでしまう。
もしも俺が軍人じゃなければ、アビスのパイロットじゃなければ、こんなにも、シーアのことで悩まなくても済んだだろうに。また、シーアがアビスのパイロットでなければ……。
もしも……なんてことはもうないのに。俺の頭の中では理想の現実が浮かんでは消え、浮かんでは消えを、繰り返していた。
「まぁ、焦ることはないよ。ゲイル相手なら、僕とリーゼン先輩だけでも何とかなるだろうし……」
それは、アビス、アライブパイロットであるシーアを撃つということも意味している。知らず知らずのうちに、俺の顔色は曇っていた。
「ナイト?」
そのときだった。無線からアナウンスが入る。ブリッジからだ。特に緊迫した様子ではないが、第二戦闘配備につけとの命令だ。すなわち、敵が近くにまでやって来ていることを意味している。ここは、ゲイルとの国境付近だ。襲ってくる敵はゲイル軍しかいない。だが、ゲイルから仕掛けてくるなんて……そんな無謀なことがあるのだろうか。これまで、一度たりともゲイルから戦争を仕掛けてきたことはなかった。
そう、ゲイルから仕掛けてきたことはなかったんだ。いつだって、襲われ、それから身を守るために防戦をしてきたのがゲイルだ。
俺はハっとそのことに気づくと、飛び上がってベッドから降りた。
「……ゲイル……オラクル」
どちらが戦争をしたがっているのか。本当に、戦争の発端はゲイルにあるのか? 俺は、これまで見てきたもの、信じてきたものが、足元から崩れていくのを覚えた。
「第二戦闘配備……か。僕たちはデスで待機かな? ナイトも格納庫へ行く?」
「え……あ、はい」
そう頷いたとき、続けて別のアナウンスが入る。それはオペレーターではなく、艦長の声だった。
「リーゼン、トレス両パイロットはデスにて待機。ナイト少尉は至急、ブリッジに来るように」
それを聞いて、僕とトレス先輩は目を見合わせた。ふたりがデスにて待機はいつものことだ。俺だけブリッジに来いとは……俺は、戦えないという艦長の判断なのだろうか。
事実、その判断は正しいのだろう。今の俺にはおそらく、デスを操縦することなんてできまい。上級パイロットライセンスを持つ俺なんかよりも、今は他の下級パイロットたちの方が、いい働きをすることは手に取るようにわかる。
「まだお怒りなのかな……艦長は。まぁ、ナイト。気を落とさないでね?」
そういって、トレス先輩は部屋を後にした。続いて俺も、脱いでいた軍服を身にまとうと、ブリッジの方に向かって足を進めた。その足取りは重い。
ゲイル軍が接近していることはまず間違いない。しかし、どう考えても戦力的に劣るゲイルがなぜ仕掛けてきたのだろうか。その意図がまるで理解できない。もし、ゲイルが本当に攻めてきているとしたら……ゲイル唯一のパイロットであるシーアは、やはり参戦しているのだろうか。
俺は、ブリッジの入り口にたどり着くと、深く息をついてから扉を開けた。
「デス・ブラッドパイロット、ナイト・クレアズハです」
敬礼をし、中に入る。オペレーターたちは、情報解析に勤めているのだろうか。モニターから目を離さない。
中に入ってきた俺を確認すると、艦長はオペレーターのひとりに指示を出した。
「ジェス、無線を流せ。それから、光学映像を表示」
「分かりました」
CIC席に座っているジェス一等兵は、コントロールパネルを操作し、モニターに敵艦映像を映し出した。そこには、見慣れた機体が映っている。
「アライブ……」
シーアの機体だ。青を基調とした、白の翼を持つアビス。肩の部分には、ゲイルの紋章、翼を象った印が刻まれている。
「……ド……答……す」
雑音と共に、声が流れはじめる。発信源はあのアライブからのようだ。そしてその声は、紛れもなく、シーアのものだった。
「ジェスさん、もっと声を明白にできませんか。ノイズが邪魔です!」
俺は思わず声を荒げた。その間にも光学映像は着実にアライブを捉え、その姿はモニターに映し出され続けている。特別武装しているわけではない。それに、ゲイルシーザス艦隊の気配も、母艦、ホワイトクロスも見当たらない。まさか、シーアひとりで乗り込んできたというわけじゃないだろうな。俺は、なかなか声が聞き取れないことに、苛立ちを覚えていた。
シーアは一体、何を訴えかけているんだ。降伏か? もしもそうなら、少なくともゲイルとの間で行われてきた戦争は終わる。俺とシーアが敵対することもなくなる。俺は、平和のためにと、再びアビス、デスに乗ることができる。シーアとも、きっと、一緒にまた笑い合える日が来る!
「……ブラッド、応答……ます。デス・ブラッド、応答願います!」
ノイズ調整がようやく終わり、アライブからの無線をキャッチできたブリッジ内に、シーアの声が響いた。デス・ブラッド……シーアは、俺とコンタクトを取りに来たのか?
「ナイト、あれのパイロットはお前の知り合いだったな」
艦長はそう、口を開いた。俺はしばらくシーアの声に聞き入ってしまっていて、反応がいくらか遅れてしまった。
「あ、はい。そうです」
半ば動揺しながらも俺はそう応えた。すると艦長は厳しい顔をしながら、俺を見た。俺よりずっと背丈のある艦長が俺を見ると、自ずと見下される形になる。威厳のある顔つきに見下され、俺は身体をやや強張らせた。
「あれを、撃つぞ」
俺はその艦長命令を聞いて、目を見開いた。何だって。アレを撃つ? 攻撃態勢にも入っていない、たったひとつの、それも試作品のアビスを撃つというのか? オラクルの総勢力をもってして……なぜ!? 相手は試作品のアビス一体だ。そこまでして、落とす意味があるのか!?
「艦長、シーアは……あのパイロットは、俺と話をしに来ただけです! 攻めに来たわけではありません! 俺に、時間をください!」
「たとえそうだとしても……あれは敵機だ。第一、お前にはすでに、一度チャンスを与えている」
艦長は冷たい目で俺を一瞥した。何を言っても無駄だ……そう、俺は感じた。艦長の意見は変えられない。
「ジェス。リーゼン、トレスに出動命令を出せ。それから、アルテミス艦隊にも出動命令を下せ」
冷徹に、艦長は指示をだす。いや、軍人としては当然の判断なのかもしれない。敵対する組織の要といってもいいほどの敵アビスがそこに、無防備でいるんだ。撃ち落すのに、こんなチャンスはない。あれを落とせば、ゲイルにはほとんど打つ手はなくなるはずだ。それこそ、本当に投降するしか道はなくなるかもしれない。
「艦長、待ってください!」
だが、それでも俺は、どうしても諦められなかった。たとえ艦長の意志が変わらないにせよ、黙ってシーアが撃たれるのを、見過ごすわけにはいかない。
それが……友達ってものだろう!?
「デス・クローズ、アスラ。発進準備完了。全システムオンライン。進路クリア。異常なし。発進してください」
俺の声は、ジェス管制官の無線連絡によって打ち消された。発進許可が下りた。先輩たちが出撃してしまう!
アビスの新型二機を相手に、あんなまともな装備もしていないアライブが勝てるものか。落とされる、確実に……シーアに勝ち目はない。善戦できるはずもない。俺は歯を食いしばった。何も出来ずにいる自分が今は何よりも憎い。
「ナイト、お前は自室にて待機だ」
「艦長……」
今、モニターには、戦闘画面が映し出されている。それを俺に見せまいとする、艦長なりの最大の配慮なのだろうか。けれども、俺はそんなことを望んでなんかいない。
アライブが落とされる……それは、シーアの死を意味しているのだから。
シーアは、絶対不利な状況でも構わず俺に会いに来てくれたというのに……俺は、自室で待機をしていろと? シーアがやられるのを、黙って見過ごすのか?
安全な場所に身を隠し、決死の覚悟でこうして会いに来た友達を見殺しにするのか? 俺に出来ることは何もないのか。こうして黙って、艦長の命令に従うことが、軍人として正しいことなのか、人間として正しいことなのか。
俺は、自問自答を繰り返し……ついに決断を下した。しばらく黙ってブリッジ内の片隅に突っ立っていたが、きびすを返してそこを後にする。決断してからの俺の行動は早かった。すぐさまその足を、自室とは別の方向へ向ける。
俺が目指すのは……格納庫だ。
「デス・ブラッド……応答……?」
呼びかけている途中、不意にアラートが鳴った。モニターでシグナルを確認すると、二機の敵機体反応が見られた。赤色、そしてこれはデスのシグナルだ。すでに、一度応戦した機体のデータは取り込んである。今こちらに向かってきているのは、アンノウンではない。そして、ブラッドでもない。
「デス・クローズに……アスラ?」
敵機体を確認するのとほぼ同時に、モニター画面に黄色でアラート文字が出た。警報が鳴り響く中、僕は冷静さを保とうと努め、その場から少し遠のいた。
ロックオン……敵に、照準を合わせられている。スクランブルをかけられたんだ。僕はすぐにスチールソードを射出すると、一気に上昇して、こちらに飛ばされて来ていたミサイルを横に交わした。コックピットの真横を敵が発したミサイルが通過して行く。金属が擦れあう合う音が鳴り、同時に機体が少し揺れた。羽の一部にでもかすったんだろう。
僕の狙い……いや、願いは、ナイトとの対談だった。けれどもそれを受け入れられることなく、こうして争いをしかけられてきた。
戦いたくなんてない……でも、このままやられ続けるわけにもいかない。僕は苦い顔をしながらも、敵機体に向かっていくことを決心した。
標的はまず、デス・アスラにしぼった。昨日の戦闘でのダメージが、まだ幾分か残っているはずだ。完全に修復されていたら……もう、僕に成すすべはきっと無い。昨日使用した代用のライフルも今日は持ち合わせていないし、同じく代品であるこのソードの強度も、大して期待できない。
僕は本当に、ナイトと話がしたかっただけなのに……僕の考えが甘かったのか? だけど、僕は信じたかったんだ。武器……一応持ってはいるが、こんなもの、一国を相手にするには足りなすぎるものだ。無いといって過言ではない。丸腰相手に攻撃をしてくるほど、オラクルは落ちた国ではないと思っていたんだ。信じていたんだ。
僕らは同じ世界に、地球という星に生きる仲間だ。今は三つの区域に分かれてしまっているが、僕らはみな仲間だったはずだ。その意識は、決して絶たれるものではないと思っていたのに……僕は、そう信じていたかったのに、その願いは今踏み捨てられた。
もしもシーザスでここに来ていたら、あっという間に敗北を喫していただろう。もしかしたら艦長は、これを見越して僕にアビスでの離隊を許可してくださったのかもしれない。話し合いなんて甘いこと、戦場では通じないと、先を見越していたのかもしれない。
人は、人の心を失ってしまったのだろうか。それとも今の人の心は「これ」なのだろうか。これが当たり前なのだろうか。これは、その洗礼なんだろうか。
間違っているのは僕であり、正しいのは世界や艦長たちなのだろうか。
けれども、事実はどうあれ、そんな甘ったれた考えしか持てなかった僕に、艦長はアビスを託してくれたんだ。それに、少しでも応えなければならない。そのためには、絶対に落とされるわけにはいかないんだ、このアビスは……。
だけど……。
落とされる。
脳裏にその言葉が浮かんだ。どう考えても、この場をしのげるような策は思い浮かばなかった。僕に残された時間も、そうは残っていない。このままここで戦闘を繰り広げていたら、艦長からいただいた時間も尽きてしまうだろう。そうなれば、僕は本当に行き場所を失ってしまう。
ここで撃たれて死ぬか。戦って時間に間に合わず、行き場所を無くすか……そのどちらかしか、道はない。
もしくは、ここで二機を撃ち落とす……なんていう、無謀な考えを立ち上げてみる? 僕は、自分で思い浮かべながら苦笑した。意味の無い考えだと、瞬時に理解したからだ。
では、ここで僕が退いたらどうなるだろう。時間内に僕はホワイトクロスに帰艦することはできるだろうが、この二機は後を追ってくるかもしれない。さらに、敵シーザス、アルテミス艦隊まで援軍に出て来られたら……ホワイトクロスやゲイルのみんなに、多大なる迷惑をかけてしまう。たったひとり、僕の私情のために……そんなことは、絶対にダメだ。
ここで、蹴りをつけるしかない。
たとえ、どんな結末を迎えようとも。
覚悟はしていたはずだ。ひとりで、オラクル艦隊に近づくと決めたときから。はじめは、オラクル領域に踏み入れてでも、ナイトに会うつもりだった……だけど、いざこうして新型を目の当たりにして、完全なる敗北を前にして、僕は、死の恐怖に襲われていた。
「死」なんて、怖いものじゃないと思っていたけれども、こうして真っ向から向かい合ってみると、身体が震えてしかたない。僕の先に待っているものは、絶対的な死……だからだ。
どうしてこれまで、僕はアビスに乗って戦ってくることが出来たのか。それさえも、不思議でたまらなくなってくる。何もかもが、嘘のように思えてくる。
爆音が響き続ける。僕がミサイルを交わし続けているからだ。標的を撃ちそこなった敵のミサイルは、ゲイル領域の山々に墜落して行った。そこから煙と炎が立ち上っていた。
今は、僕ひとりしかいない。助けてくれる仲間はいない。僕は心細さを感じながらも、ぎゅっと操作レバーを握った。
戦争は、怖い。
死ぬのは……もっと怖い。