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確かなもの

艦長の怒りはしばらく収まらなかった。呆れと怒りに完全に支配された艦長の怒声は、ブリッジ中に響き渡っていた。傍耳を立てなくても、嫌でも耳に入ってくる迫力だ。

艦長の気持ちが分からないわけじゃない。敵艦、敵アビスを前にして何もしない、俺。単なる一等兵卒ならまだしも、一応俺は将校クラスだ。父の功績が関係していないとは否定出来ないが、軍で鍛えた射撃術やデスのドライブテクニックなどは確かに上官に買われており、今では少尉の階級を授かっている身だった。俺のような子どもが、それも、軍に入ってからまだそう年数も経っていないようなものに、将校クラスの階級が与えられることは、珍しいことだった……というより、異例だ。

 戦場で指揮を執っているのは、リヴィール艦長ワイズ・シャラード中佐だ。いくつもの勲章をジェネス代表から授かっているほどの名将だ。軍人である俺たちにとって、上官の命令は絶対だし、艦長命令は、俺たちパイロットにとって、逆らってはいけないもののはずだった。特にデスの上級パイロットでもある俺にはその責務が強くあり、他のパイロットの手本にならなくてはいけなかった。


それなのにもかかわらず、俺は何もしなかったんだ。


 いや、正確に言えば……何も、できなかった。


 相手の強さに圧倒されたからだとか、そういう理由じゃない。もしもそうだとしたら、艦長だってここまで怒りを露にはしなかっただろう。デスの性能は、ゲイルのアライブ機よりは数段いいし、最大のライバル国であるザラインのアビスよりもその性能はいいと評価されている。

ゲイルの砦となっているホワイトクロスは確かに優れた戦艦だが、俺たちのリヴィールだってひけを取らないS級クラスの戦艦だ。同等の力を持っていると言っても、過言ではない。

 俺が何も出来なかったのは、相手がシーアだったからだ。親友であるはずの俺を前にしても、戦う意志を貫いたシーアの対応に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 どうして分かってくれないんだ。どうして争うことをやめない。俺たちは、友達ではなかったのか? 俺たちが育んできた友情とは、こんなにも脆いものだったのか? たった数年会わなかっただけで、俺たちはもう、友達ではなくなったのか? 今はもうお互いに、単なる敵国のアビスパイロット兵なのか?

『僕は……もう、ゲイルのアビスパイロットなんだよ、ナイト』

悲しそうにそう告げた、シーアの言葉が頭をよぎる。何度も何度も、その言葉は俺の頭をよぎり、心を支配した。

シーアはゲイルのアビスパイロットで、俺はオラクルのアビスパイロット。お互いがそうある限り、俺たちは、敵としかみなされないのだろうか。もう、あの頃には戻れないのだろうか。

 武器を向けず、俺はシーアに訴えかけた。けれどもその意思は、シーアに届くことはなかった。

 シーアは、俺の先輩であるトレスさんを撃った。コックピットは幸いにも無傷だったので、パイロットも墜落時に受けた衝撃による軽傷のみで済んだのだが、俺の仲間を傷つけたことに変わりはない。あいつは、本気なんだ。俺の無線を切り、戦いに専念した。

(駄目なのか? シーアは、ゲイルのパイロットとしてあり続けるのか?)

シーアはきっと、次にまた戦場で俺と向かい合ったとき……きっと、そのトリガーを引くのだろう。


俺の敵になるというのか?


自らの意志で。


 そのとき俺は、トリガーをシーアに向けて、引くことができるのだろうか。


「もういい、下がれ」

俺はハっと我に返り顔をあげた。戦利をあげられなかった……どころか、敗退を喫した俺は、艦長に呼ばれ説教をされていたのだ。それなのに、シーアとのことで頭がいっぱいで、艦長の言葉なんてまるで頭に入っていなかった。そのことに、艦長も気づいていたのだろう。呆れ返った様子で、俺に背を向けた。俺は申し訳なさ半分、やはりシーアのことを引きずりながら一礼し、ブリッジを後にした。

 ブリッジを出てすぐのところに、負傷し手当てを受けたばかりのトレス先輩と、トレス先輩と共に上級パイロットであるデス・クローズの操縦士、リーゼン先輩が心配そうに俺のことを待っていてくれた。先輩といっても年はそう変わらず、トレス先輩は俺よりもひとつ上、リーゼン先輩は二つ上だ。ふたりとも父親が軍人で、生粋のオラクル民族だ。それなのにもかかわらず、移民である俺のことを、弟のように可愛がってくれている。

 ゲイル籍であり、突然軍に現れた俺の存在を、快く思っていないものは多くいた。そして、上級パイロットの称号が与えられてからは、いっそう冷たい視線は増した。しかしそんな中でも彼らは、変わらずに俺の周りに居てくれた。

彼らは力こそがすべてだと考えているんだと、今では思う。そのひとに相応しい称号が与えられて何が悪い……それが彼らの考え方なんだ。実力主義というのだろうか。だから、力を認められた俺のことを悪く言ったりはしない。

「こってりしとぼられたな……ナイト」

リーゼン先輩は金色の髪に青眼だ。西洋の顔立ちをしていて、色白で、まるでモデルのようなひとだった。身体つきも華奢で、とてもパイロットだとは思えない。手足も指も長くて、爪の手入れにも気を使っている人だ。軍人家系では、珍しいタイプのひとだと思う。けれども、決しておごらないし、気さくでいい先輩だ。人望も厚くて、彼を慕うものは多い。軍人だけではなく、一般の市民からも期待を寄せられている。

「何か、食べに行きませんか? 疲れたでしょう?」

彼、トレス先輩もまた、軍人らしくないといえば軍人らしくはなかった。リーゼン先輩ほど際立った容姿ではないが、やはり顔立ちはいいし、愛くるしい表情を持っている。背丈は俺よりも少し小さい。一六〇cmくらいだろうか。茶色に同系色の瞳を持っていて、みんなに可愛がられるタイプのひとだ。けれども礼儀正しくて、誰に対しても接し方が変わらない、大人の表情を持っていることを俺は知っている。軍のことだとか、ここ、オラクルのことについては、ほとんどトレス先輩から教えてもらった。休暇をもらえたときには、オラクルの街を案内してもらったりしている。

「あ、はい……いえ」

やはり依然としてシーアのことで頭がいっぱいな俺は、生半可な返事を返すのでやっとだった。顔色は曇る一方だし、俺はとうとう俯いた。ふたりの先輩は、こんな軟弱な後輩を見て、さぞかし困惑しただろう。けれども、今の俺にはそんなことを気にする余裕がなかった。

「どっちなんだよ。まったく……いいよ、お前は部屋で休んでな。何か適当に買ってきてやるから。部屋で待ってろよ」

「そうですね。その方がよさそうです」

トレス先輩は俺の顔を覗き込んで、笑みを浮かべた。頬に貼ってあるガーゼが俺の目に入る。シーアがつけた傷だ。

 シーアを説得すると言って、攻撃の手を止めさせたのは俺だ。あの時止めに入らず、艦長の命令どおりに新型三機で攻撃していれば、シーアのアビス、アライブは確実に落とせていた。それなのに、俺が躊躇しているせいで、落とされたのはこちらのデス、新型だ。敗退を招いた原因は、逃れようもなく俺だ。それなのに、ふたりは決して俺を責めようとはしない。ふたりは……。

「新型も、あれじゃあ無駄使いだよな」

「下級クラスとはいえ、敵前戦意喪失する奴よりは、俺たち使えると思うんだけどなぁ」

容赦ない嫌味は後を絶たない。俺に聞こえるように、わざと声を大にして嫌味を続けていた。

もちろん、心地いいわけはないのだが、これも仕方のないことだと自分に言い聞かせた。彼らのいうことの方が正しい。俺が、どうかしているのかもしれない。デス・ブラッドは、確かに性能のいいアビスだ。シーアのアビスなんて、敵ではないはずだ。俺がちゃんと戦いさえすれば……。


もう、シーアは敵なのだと、そう言い聞かせることしかできないのだろうか。


それとも、俺にはまだ、選べる道があるのだろうか。

 

シーアと俺はもう、別の人生を歩んでいて、もう二度と、交錯することはないのだろうか。その道は、絶たれてしまったんだろうか。俺たちはもう、戦場で刃を向け合う道しか残されてはいないのだろうか。俺たち家族がオラクルに亡命したときから、その道はもう、別れていたのだろうか。

だけど俺は、運命が例えそうなのだとしても、どうしても、シーアと完全に敵対するという道を選べずにいた。シーアは親友だ。単なる同級生だとか、そんな域の話じゃない。もともとあまり人間関係を築こうとしてこなかった俺にとっては、本当にシーアは大切な存在なんだ。簡単に、切り捨てられるものじゃない。

「さ、どいた、どいた」

リーゼン先輩が先陣を切って、俺を取り囲む兵士たちを蹴散らした。強引なところがあるリーゼン先輩だが、道理に外れたことなんてしないし、本当に、優秀なパイロットだ。彼は中尉をさすかっている。そしてトレス先輩は俺と同じく少尉だ。

「すみません、トレス先輩……俺のせいで」

トレス先輩はくすっと笑みを浮かべると、俺の肩を軽く叩いた。

「何を言っているんです? これは僕のミスでしょう? ナイトのせいじゃないよ」

「ナイトは敵パイロットを、説得できると思ったんだろう?」

「……はい」

「それをお前は実行しただけだ。艦長だってそれの許可を出したわけだし……そんなに気にするなよ、ナイト」

優しくしてくれる先輩の言葉が心に染みた。俺がはっきりしないから、トレス先輩は撃たれたというのに、結局最後まで、ふたりとも俺のことを責めようとはしなかった。

ただ、それが逆に、俺には痛かった。いっそのこと、「お前が悪い」と烙印を押してくれたほうが楽だった。

今は、正直どうなのか分からない。シーアを本当に説得できるのかどうか。シーアがどこまで決めて、どこまで本気でぶつかってきているのか……それが分からないから、決めかねるんだ。


だから、俺のとるべき道の決断が鈍るんだ。


それに、シーアは真実を知っているのか? ゲイルは量産型アビス一体保持というのを世界的に出しているが、果たしてそれは真実なのかどうかを……。

答えは、NOだ。ゲイルだって、新型を持っていることに間違いはないんだ。父さんの証拠データからも伺える。もはや疑う余地なんてない。父さんの持っていた写真やデータには、確かに量産型ではないアビスの機体映像が映っていたのだから。

 シーアは知らないだけなんだ。ゲイルの現状を。腹黒い、軍の中枢を知らないだけなんだ。ゲイルの将官たちが何を考えているのか。それを知れさえすれば、必ずこちらにシーアは来てくれるはずだ。あいつは元々、争いごとを嫌う、平和主義な奴だ。ちゃんとした資料を提示して説得を進めれば、あいつは必ず俺のところに来る。


そうだ、足りないのは俺たちの友情じゃない。


確かな情報なんだ。


俺はそう思うと、少しだけ活力がわいてきた気がした。人間って、単純だな……と思う。先輩たちに誘導されながらも、俺は自室に戻ってきた。上級パイロットにまでなると、個室が与えられる。俺はベッドに横になった。それだけでも、疲れがたまっているのが分かった。おそらく、精神的な疲れだろう。ずっと、考えづくしだったから……。

「俺たち、先に食堂で飯を済ませてきてもいいか?」

「あ、はい」

「それでは、いってきますね」

ふたりの先輩は、俺を気遣って部屋を出て行った。


 これから俺はどうすればいいんだろう。シーアが戦うと決めたのならば、俺も戦わなければならいのだろうか。

 もう一度、チャンスが欲しい。もっとちゃんと、話がしたい。俺はそう思いながら、パソコンに向かった。再びハッキングを試みるためだ。ゲイルの中枢機関の現状さえつかめれば、シーアを説得できると思ったからだ。俺はやっぱり、まだ、あきらめたくはないんだ。シーアは、俺にとってはかけがえのない親友の他ならない。

「確か、ゲイルのコンピューター接続回線は、Gの4020……」

ゲイル連合の機密情報を盗み見るための接続コードを入力していく。しかし、何かしらの防御機能が働いて、思うように侵入が出来ない。何度試してみたところで、途中でエラーが表記される。俺は不審に思い、アクセスを邪魔しているものを探る行動に変えることにした。

すると、しばらくしてその邪魔者の正体が明らかとなった。さらにその存在は、俺にとって意外なものであることが判明した。

その妨害信号は、予想していたゲイル情報部のものではなく、俺たちの連合オラクルのものだったんだ。オラクルがゲイルへのハッキングを邪魔している。

(オラクルが……なぜ?)

オラクルは、ゲイルの現状を隠そうとしているのか? こうして、誰かにゲイルの現状を覗かせないようにする理由なんて、それぐらいだ。でも、一体なぜ、そんなことをする必要があるのだろうか。

だが、もし本当にオラクルがハッキングを邪魔しているというのならば、俺がこうして接続を試みていることがバレルのもまずいだろう。この行為は、オラクル上層部の意志に反する行動ということになる。俺はそう思い、接続を中断した。元々、俺からのアクセスだと分からないよう細工はしてある。長時間接続していなければ、オラクル上層部からこちらの足をたどるのは不可能だろう。


 ハッキングに失敗した俺は、一息つき、現状を見直してみることにした。俺が今、ここに居ることは間違いではないのだろうか。俺がしていることは、平和へと繋がるのだろうか……そう、ふと疑問が浮かんできた。

 いや、そう思ったからこそ、俺はここに居るんだ。間違ってなどいない。俺たちは、平和な世界を築くために、こうして戦いに身を投じているんだ。母国を捨て、オラクルに身を寄せたんだ。平和を築こうとしているオラクルの代表の意に賛同して……。


 俺は自分自身にそう言い聞かせると、うんざりした様子でベッドに横になった。疲れが一気に押し寄せてくる。平和な世界……漠然とした目標だ。

アビスに乗り、敵を打ち落としていく。それしか、俺に出来ることはない。


 いや、何かできるだけでも……俺は、恵まれているのだろうか。もしも何の力もなければ、俺は、戦場に出ることさえも許されず、戦争の中を恐怖と共に生きることしか出来なかっただろう。

(これで……いい。これでいいんだ)

俺は目をつむった。これ以上余計なことを考えていたら、俺はもう、戦えなくなる。アビスに乗れなくなる。そう、思ったからだ。何も出来ずにいるのは嫌だ。今の俺には、アビスという力がある。平和を築くための力がある。

ならば、迷う必要はない。俺は、平和な世界を築きたくて今、ここに居るんだ。軍人として……。シーアが敵に徹するというのならば、俺もそう、対応すればいい。俺は、世界のために、平和のために、シーアを……撃つ。


 世界を守るには、仕方がないんだ……そう、必死に何度も何度も繰り返し言い聞かせた。自分に暗示をかけるかのように……。

『ナイト、やめてくれ!この船には、僕の大切な友達が大勢乗っているんだ!』

何度暗示をかけてみたところで、シーアの悲痛なまでの叫び声が、脳裏に焼きついて離れない。友達……シーア。


俺たちはもう、友達ではないのか? 親友ではないのか? 俺の声は届かないのか?




 俺たちは……敵なのか?




「これは……」

僕は、はじめて見せられたホワイトクロス船底を見て絶句した。何もないんだ。兵器も、アビスも、何もない。ただ広い空間がそこにはあった。

「何も……ない?」

「そうですね」

彼女の笑みは相変わらずだ。しかし、これまでの純粋な笑みではなく、今の笑みには何か違和感を覚えた気がした。僕の気のせいだろうか?

「この船は、空、宇宙を飛び、そして、水の中へと潜ることも出来ます。そこが、リヴィールとは違う点、リヴィールよりも評価されている点です。けれども、武器の決定力に欠ける点を否定することはできません。ホワイトクロスにも、アライブにも、新たな武器が必要でしょうね。それから、防御システムの改善も……」

真剣な眼差しで船底を見つめる彼女に、そっと忍び寄る影が見えた。一瞬敵かと思い身構えたが、ゲイルの軍服を着ていることから、味方であることが判別できた。それも、見覚えのあるひとだった。

「ハヤミ……伍長?」

長髪を後ろでひと束ねにした彼は、ため息混じりにレンカの方に近づいてきた。彼はこの広い空間に驚きもせず、迷いもなく歩いてくる。まるでここを、よく知っているかのように……。

「ハヤミ伍長。どうですか? 新型の開発の方は……それから、レーザー、ビーム。ホワイトクロス用の兵器開発も必要になってくるでしょうね」

「新型? 開発……?」

僕は耳を疑いながらレンカとハヤミ伍長の顔を交互に見た。ふたりは何事もなかったかのように、会話を進める。戦争とはまるで縁のなさそうな顔をしていたレンカが、唐突に兵器の話題をはじめたんだ。僕は面食らって、立ち尽くすしかできなかった。

「まぁ、そこそこ……というところでしょうか」

彼は笑みを浮かべながら、僕の顔を見た。何も分かっていない僕を、笑っているようにも見える。

『ハヤミは元々、武器開発の第一人者だったんだぞ』

そのとき、僕の脳裏にクロイ少尉の言葉が浮かんだ。今はその道を退き管理兵という地位に甘んじている。それは、隠れて兵器開発を行うためだったということなの? でも、一体なんのために。誰のための兵器開発なんだ。

いや、ホワイトクロスのための武器も必要だと言っていた。ならば、何も隠れて開発する必要はない。新型だって、堂々と生産して戦場で使えばいい。なぜ、隠す必要があるの? 真実に、何かやましいことが隠れているのだろうか。

「不思議がっていますね? 俺が元武器開発の第一人者であったということ、誰かに聞いていたのかな?」

「あ……はい」

ハヤミさんは再び笑みを浮かべた。そして、数メートル先にあるコントロールパネルに目を向けた。僕もまた、そちらに目を向ける。

「兵器開発部に居ると、なかなか思うように動けなくてね。軍の指示は絶対だから。だから今、ここでこうして兵器開発をしている……というわけさ、レンカ様のお導きに従ってね」

そしてハヤミさんは思い出したかのように手をぽんと打ち、僕の方を向いた。

「そうそう、キミが今日の戦闘で使った間に合わせのライフルも、ここで急遽製作したんだよ」

(レンカ様……? ここで、開発?)

僕が一体何のことか訊ねようと口を開くと同時に、ハヤミさんはコントロールパネルを操作した。すると、今まで暗がりだった場所もライトで照らされ、船底が一望できるようになった。聞くタイミングを逃した僕は口を閉じ、再びまわりを見渡してみた。

改めて見てみると、格納庫のような作りになっていることに気づく。けれども、こんなところで兵器開発ができるものなのだろうか。やはり依然として何もないように思える。

「守りたいものが、あなたにはありますか?」

「え……?」

レンカは相変わらず、突拍子もなく僕に言葉を投げかけてきた。僕は少し間をあけてから、頷いた。力強く。

心の中には、家族や友達の顔、ホワイトクロスの乗組員、そして、ゲイルに生きる人々の顔が浮かんでいる。それが揺らぐことはない。

「何かを守りたいと思ったときに、力がないと……辛いでしょう?」

「……うん」

彼女が何を伝えようとしているのかは分からない。けれども、彼女はいたずらに言葉を発するひとではないということは、もう、知っている。だから僕は、まっすぐに彼女の言葉を受け止め、応えた。

「誰かを撃つための力ではなく、守るための力。そういう力ならば、あってもよいのではないか……と、思ったんですよ」

そして彼女は、手すりに手をかけ、下を覗き込んだ。今はまだ何もないただの空間に、彼女は何を見ているのだろうか。

 彼女の目には、新しい兵器、新しいアビスが映っているのかもしれない。

「しかし、力はしょせん力であり、何かを壊すためのもの……なのかもしれませんね」

そして、不意に彼女は悲しそうな目をした。一呼吸置いてから、話を続けはじめる。

「強い力は、確かに魅力的です。ですが、強い力は人々に脅威を与えます」

僕は、黙って彼女の言葉を聞いていた。その先に何があるのか、僕には分からなかったから……。

「でも、力がなければ、今のこの世界を生きてはいけない……変えることもできない」

目をつむり、しばらく俯いてから、彼女は顔をあげて僕の目をまっすぐに見てきた。どんな表情で彼女を見ればいいのか分からず、僕は目を泳がせた。そんな僕を見て、彼女はまた微笑を浮かべた。

「新型の開発と共に、TLP(Tractical Laser Rifle)開発を進めています」

「新型……TLP?」

「はい」

彼女は僕の手をつかみ、僕を誘導した。彼女が歩いていく先には階段があり、さらに地下へと下りられるようになっていた。オレンジ色の灯火に照らされた金属の階段を、僕らはゆっくりと下りていく。歩くたびに、カツン、カツン……という足を鳴らす音が響き渡った。

そして下までやってくると、彼女は上に残ったハヤミさんに向かって手を上げた。何かの合図を出しているようだ。

 彼女の指示に従って、ハヤミさんはパネルを操作した。すると、地響きを上げながら、船底が割れ、そこから上昇してくるものがあった。僕はそれを見て、目を丸くした。突如として、アビスが現れたのだ。

一体、どれだけこの船は底が深いんだ。こんなものが眠っているなんて、誰が想像つくのだろうか。いや、もしかしたら地下へ来ているつもりだったが、このアビスが眠っていたところこそが地下部に値する場所だったのかもしれない。あるいは、やたらめったら歩かされているうちに、僕らはホワイトクロス上層部に来ていたのかもしれない。

僕は、確かに何も把握できていない。何も知らず、何も疑わず、ただ彼女の後についてきただけだった。僕は本当に、地下へ向かって歩いていたのだろうか。その途中に、上りの階段はなかっただろうか。それすら思い出せないほど、僕は何も考えなしで歩いていたんだ。その自分の意識の軽さにめまいを覚える。そして、僕は一瞬ふらつくと軽く手で額を覆い、新たに現れたアビスを見ながら口を開いた。

「何もないと……言ったじゃないか」

僕は裏切られたような気分になって、彼女にそう言葉を投げた。でも半分は、自分のいい加減さに嫌気がさして投げ捨てた言葉だった。自分が情けない。

「いいえ……私は、先ほどのあなたの見解に同意しただけです」

八つ当たりじみた僕の言葉を聞いても、彼女は腹を立てることもなく、いたって冷静に応えた。だからよりいっそう、僕が子どもじみて見えた。

そして彼女は、現れたアビス、新型の方を見ながら後を続けた。

「確かに、一見は何もありませんでした。どの世界においても、表面上とはそういうものなのです」

ゲイル……いや、この戦艦に、アビスは一機だけじゃない。これは、新型? 量産型……というか、プロトタイプの僕のアビスとは形が異なっていた。まだ、多くのコードにつながれていて、完成しているとは思えない。開発中……と、いうことなのだろう。戦艦の秘密格納庫に新型アビスがあるということは、ゲイル連合軍セントラル本部では、もっと多くの量産型、新型が開発されているかもしれない。本部には二度訪れただけだし、案内人のあとについて歩き、謁見の間に行って帰ってきただけだから、中枢部がどうなっているのかなんて……詳しい内容は一切知らない。

 もしかしたら、ナイトの言うとおり、ゲイルも戦争をしたがっているのかもしれない。戦争の発端は、ゲイルにあったのかもしれない。

 僕は、何を信じて、何を疑えばいいのか……分からなくなってきて目を伏せた。

「見えないところに、重大な真実が隠されていることもあります。それを、見落とさないようにしなければなりません。特に、力を持つものは……」

彼女の目は、アビスから僕へと移される。その目には、強い意志と信念がこめられている。それが、痛いほどよく伝わってきた。俯き加減の僕には、その目の輝きは強く鋭すぎて、心が痛んだ。

 力を持つもの。僕がそうだと、彼女は言いたいんだ。

「強い力は、身を守る防具となります。しかし同時に、他者を傷つける武器にもなるのです。ですからあなたは、ちゃんと知らなければなりません。自分が何のために、誰のために、その力を手にしているのか。行使するのか、考えなければなりません」

「……」

僕には、返す言葉がなかった。

「あなたには、その責務があります」

 今日、戦場に出たのは僕の意志だ。軍令に背いてでも、仲間やゲイルの人たちを、少しでも守りたいと思ったからだ。だけど、今までは……僕は、軍の言いなりだった。軍令以外のことを考えるなんてことを、考えもしなかった。

「道を示され、その上を歩いていくことは、確かに楽な生き方かもしれません。ですが、本当にそれでよいのでしょうか」

彼女は僕の手にそっと触れてきた。細くて色白で、銃など持ったことなんてなさそうな、戦争とは無縁そうな手をしていた。ひんやりとした感覚が、彼女を通して伝わってくる。僕の手が、動揺と混乱、困惑で熱くなっているから、余計に彼女の冷静さが際立っている。

「シーアさん」

「はい」

反射的に返事をする。けれども、頭は未だ混乱しているし、目の前にした新型アビスを、どう受け止めていいのかも分からない。

「あなたはこれからも、ホワイトクロスで、アビスのパイロットであり続けるのですか?」

「……」

それは、先にレイス艦長に言われた言葉と同様のものだった。

ゲイルが求めているもの、ホワイトクロスが求めているもの。ナイトやオラクルが求めているもの。そして、僕が求めているもの。それが……だんだんと、分からなくなってきたんだ。

何も知らないうちは、こんな風に考えることもなかった。けれども、誰かを守りたくて、敵を撃って。敵に撃たれて……。そして今、こうして僕の知らなかった世界を見せられて……僕は、何をするべきなのか、何がしたいのか。道を完全に見失っていた。

「時間が欲しい……」

そう、ぽつりと呟いた。頭を抱えこみ、今にもベッドの中に沈み込みたかった。整理したい。これが、本音だった。

『このままここで、アビスパイロットをさせてください』

艦長が、敵機体のパイロットが僕の友達であると知ったときに、僕にこれからも戦えるのかどうかを訊ねてきた。あのときはすぐに、答えを出すことが出来たのに。何があっても僕は、ゲイルやみんなを守るために、アビスに乗り続けると心は決まっていたのに……。

確かに、ナイトが現れることによって、多少はその心も揺らいだよ。でも、ナイトひとりとゲイルに住むすべての人を、僕は天秤にかけたんだ。その天秤は、ゲイルを重くみた。だから僕は、アビスのパイロットとして生きる道を選んだんだ。僕は悔悟を覚えた。

 今は、そのゲイルに疑念を抱いている。天秤の行方も、定かではない。

「そうですね……あなたの意志が固まるまで、何者かが攻めてこないことを願いましょう」

そして彼女は僕の手を握ったまま、歩きはじめた。僕が、誰かにこうして手を引かれなければ歩けないほど困惑していることを、彼女は知っているかのように、ただ黙って僕の手を引いた。

僕は彼女に先導され、それに逆らうことなく足を歩かせた。本当に、誰かに引っ張ってもらわなければ歩けないほど、僕の思考は止まっていたんだ。


 ……疲れた。


もう、考えたくもない……これ以上考えても、何も答えは出ないのではないか? 先の見えない混沌とした世界が、僕を支配していた。考えれば考えるほど、何も見えない世界に、僕は取り残される感覚を覚えた。




 やはり、どうやってあの隠し格納庫から部屋へ戻ったのか、どのような場所に存在していたのかが思い出せない。

気づいたときには僕はすでに自室に居て、ひとりだった。あの、レンカっていう謎の女の子の姿もなかった。彼女が結局、何者だったのかも分からずじまいだ。僕はベッドの上に横になっていた。

 もしかしたら、今までのことはすべて夢だったんじゃないか。そう思えてくる。あんな格納庫は、本当は存在なんかしていなくて、新型アビスなんていうものもなくて……。あの少女もまた、夢の中の登場人物だったのかもしれない。そうやって、僕にとって都合のいい解釈ばかりが、頭の中に浮かび続け、後を絶たなかった。


 夢だったら……。


いったい、どこまでが夢なんだろう。どこまでが、現実なんだろう。


僕は、友達を失ったあの日の出来事を思い出していた。


 あれも、夢ならばいいのに……。でも、少なくともあの時は夢ではないのだということが、自分の衣服で立証されてしまっている。僕は紛れもなく、軍服を身にまとっているのだから。ただの学生であった、あの頃ではないことだけは確かなことだった。もう、戻れない。進むしかない……僕は軍に属するものなんだ。

僕は、これからどんな道を選択し、歩いていけばいいんだろう。目をつむり、僕はこれまでの戦場の光景を思い出し始めた。


 はじめは、ただ敵を撃てばいいのだと、単純に考えていた。それが戦争というものだし、その先に、ゲイルの平和があるのならば……と思えば、僕は、これは正義なんだと思い、敵に向かってトリガーを引くことだって出来た。でも、仲間たちが次々に撃たれていく毎日。そして同時に、僕も誰かしらにとっての仲間、友達を撃っているのだということに気づいた今……。


 僕は今度もまた、相手に向かってトリガーを引けるのだろうか?


 戦って、撃って、撃たれて……その先に、本当に平和は待っているんだろうか。僕が望んでいた平和、あの頃は戻ってくるのだろうか。 なんだか、自信がなくなってきた。

 僕が今まで築いてきたものは、単に、屍の山と、悲しみの渦だけだったんじゃないか。そう思えて仕方がない。それを否定するだけの言葉も、きっと存在しない。クロイ少尉の「助かる命が増えた」という言葉も、今では単なる慰めにしか思えなくなっていた。


少尉の言葉が僕の心に突き刺さる。


僕のせいで、失われた命だってあるはずなんだ。


僕は、間違っていたのだろうか。もしもそうだとしたら、僕……いや、僕らは一体、どこで間違えたのだろうか。どこからが、間違いだったのだろう。

『この戦争の発端は、ゲイルにあるんだ!』

ナイトの言葉が僕の頭をさらに困惑させる。この戦争は、ゲイルが引き起こしたものなんだろうか、本当に。

だって、僕らはずっと平和に生きてきたじゃないか。それなのに突然、戦闘機やアビスが現れて、街を焼いて……。その背景に、ゲイルの真実が隠されているというの?

(ナイトは一体、何を知っているんだろう。何を見てきたんだろう)

僕はゆっくりと立ち上がった。このままじゃ、何も出来ない。もし今度、出撃要請が出たら……僕はきっと、アビスには乗れない。今のままじゃ、飛び立っても誰を撃つこともできないし、何かを守ることもできないと思う。


 話がしたい、軍の人と。


そして……ナイトとも。




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