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戦火は、街中を覆っていた。すでに大半が焼き尽くされていて、逃げ惑う人々の姿もまばらだった。上手く地下へ逃げてくれているといいのだけれども。それから、北の方にはシェルターがある。そこにみんな、非難出来ているのだろうか。

 軍はここをもう諦めたらしいけど、僕は諦めたくなんかない。一部を切り捨て、多くを守る。それは、軍の判断としては正しいのかもしれない。けれども、その一部に分けられてしまったひとたちはどうなるんだ。彼らの自由は、平和は、一体誰が守るんだ! 生きたいという当然の願いを、誰が守るんだ。

 一般人が、あんな巨大兵器に立ち向かえるわけがない。こういうときに、僕らが動けなくてどうするんだ。

「捉えた!」

レーダーで数機の電波を受信した。この周波数はシーザスだ。ゲイルのものではない。敵だ。この辺りの空は、すでに敵シーザスに完全に包囲されていた。

「ターゲット、敵シーザス六機。ロックオン」

キーボードをはじき、照準をすべて合わせる。瞬時に軌道が敵シーザスに向かうよう指示される。

「ミサイル発射!」

敵はまだ、こちらに気づいていない。昨夜の改良で、電波を感知する距離をこれまでの二倍近くにまで伸ばしておいたのは正解だった。敵がこちらに気づく頃には、ミサイルは確実に敵シーザスを捉えていた。

「ゲイルのアビス……うわぁ!」

爆音と供に、六機のシーザスが煙を上げ落下していった。

「敵アビス出現、ゲイル製アビス、アライブを撃ち落とせ!」

今の爆音と仲間のレーダーの消失で、僕の存在に気づいた敵は、僕の方に向けてシーザス、アビスを送りこんできた。黒色の機体。やはり、敵はオラクル連合だ。

「デスが七機。UN NKOWNが二機。あとは……」

モニターが捉えた最後の一機。それには、見覚えがあった。血のように赤い機体。デス・ブラッド……ナイトの機体だ。

「ナイト……」

僕は苦虫を噛みしめた。

ナイトは友達だ。撃ちたくない。けれども、撃たなければ僕が撃たれる。そして、ゲイルが撃たれてしまう。

僕も結局は、軍と同じなのかもしれない。ナイトを切り捨て、多くのゲイルの民を守ろうとしている。僕は葛藤し、胸が締め付けられる思いを感じた。

 何かを守りたいと思ったならば、その代償に、何かを失わなければいけないのだろうか。何も失わず、すべてを守るということは不可能な道なんだろうか。


 だから軍はこの街を切り捨てる。


だから僕は、ナイトを……撃つ?


「守りたいんだ……僕は。僕はただ、ゲイルを守りたいだけなんだ!」

迷いを振り切るかのようにそう叫ぶと、僕は敵アビス、デスに向かって刃を向けた。スチールソードも、これまでのものより強化してある。その分多少重量は増したが、さほど戦闘に影響はない。素早くデスに向かって斬りこみ、相手が何もできないうちに一機を落とした。

「何をしている! 相手はたかが量産型アビスだ! 撃ち落とせ!」

今度は、デス三機が一斉にミサイル射撃をしてきた。それを察知した僕は、すぐさまこちらの照準を放たれたミサイルに合わせ、自分の放ったミサイルをもって玉砕させた。さらに、そのとき同時にデス三機にも照準を合わせていた僕のミサイルは、ミサイル玉砕のために放ったそれとは別の軌道をたどり、デスのコックピットに被弾した。そのデスは制御不能となり、地上に落ちていく。もはや戦えまい。


 残りは、デス三機、新型二機、そして……デス・ブラッド。


 僕が再びデスに照準を合わせようとしていると、突如通信が入った。周波数、一三二・七……ホワイトクロスからだ。

「シーアくん! 何をしているの!」

声の主は、レイス艦長だ。怒りがあらわになった声が無線から響く。

「すみません、艦長。でも、僕は……」

話しながらも、手は休めない。そんな暇はないのだ。相手だって馬鹿じゃない、それに、向こうは全員が正規の軍人だと聞いている。当然、こうして話している間にだって攻撃してくる。アラートが鳴る。僕の機体がロックオンされているんだ。それを察知し僕は、相手の攻撃を交わしながら、ホワイトクロスとの交信を続けた。

「僕は、仲間を見捨てたくなどありません」

「シーアくん、これは命令です! 帰艦しなさい!」

僕はしばらく黙り込んだ。そして、残りすべてのデスにミサイルをセットし終えると同時に、無線を強制的にこちらから切断した。

(僕は、退くわけにはいかない)

そして、ミサイル発射ボタンを押した。




「シーァ……もう、無線を切ったわね!」

艦長は怒りをあらわにした。額に手を当て、軽くうなだれている。

「どうしますか、レイス艦長」

この艦隊の副艦長であるエイル少佐が口を挟んだ。女ばかりが仕切っていては……という軍の配慮なのだろう。副官には男性の少佐が就いていた。

「まずは、上からの指示を仰ぎます」

ふたりの会話を聞いていた、学生であるオペレーター担当のウィルは、艦長の方を向きながら口を開いた。場の雰囲気が悪い。彼女は恐る恐る言葉を紡ぎだした。

「もし、間に合わなければ……?」

何が? もちろん、上からの伝令のことでしょう。もしも上の意見が仰げないのであれば、こちらの判断で動かざるを得ない。実質上、この艦を仕切っているのは艦長である私。私は毅然としていなくてはならない。

「間に合わなかったときには、私が指示を下します。それまでは待機。戦況を見守ります」

そう告げると、レイス艦長は定座に座り、モニター画面に映し出されているゲイル製アビスの動きに目を向けていた。

 いつもになく激しくかつ冷酷に戦争を繰り広げるシーアを前に、レイス艦長はただ、黙って見守ることしかできなかった。

 ホワイトクロスに下されている命令は、戦線より「撤退」だからだ。それを擁護するために送り込まれたシーザス隊や、勝手に行動に出たアライブを援護に向かうことは、軍人として許される行動ではなかった。また、中佐である艦長が勝手に判断を下せるような状況でもなかった。


 レイス艦長は、唇をきゅっと噛みしめた。これが本意ではないと、訴えかけるように……。




「デス、全機撃墜!」

オラクル艦隊、リヴィールのコントロールルームは、著しく変わった戦況に苦虫を噛んでいた。艦長であるワイズ中佐は、すぐに新型デス・アスラ、クローズ、ブラッドに命令を下した。

「リーゼン、トレス、ナイト。分かっているな! あのゲイル製アビス、アライブを落とせ! これ以上の犠牲を、たかが量産機ごときに被るな!」

艦長の罵声が無線から痛いほど伝わってきた。俺は短く、「了解」とだけ答えると、しばらく戸惑っていた。


 あのアビスには、シーアが乗っているんだ。


 シーアとは幼馴染で、親友だった。俺は生まれがゲイルで、十歳になるまでそこで暮らしていた。シーアとは家が隣同士で、よくふたりで一緒に遊んだ。

 けれども、時代が変わったんだ。今から三年前に本格的な戦争に突入したのだが、その兆候が、すでに五年も前から現れていた。俺の父さんはゲイル政府の関係者で、その辺りの事情には精通していた。

 そして俺は、ゲイルが裏で何を考えているのかを知ったんだ。ゲイルは、表では完全なる平和主義を装っているが、裏では大量破壊兵器ならびにアビスという人型兵器ロボットを作っているというのだ。はじめは、そんなこと信じられなかった。けれども、父さんにその証拠となる写真を見せられた俺は、それを信じざるを得なかった。

 ゲイルが戦争を起こそうとしている。世界を飲み込もうとしている。そこで俺たち家族は、戦争を初期段階で鎮圧し、平和をもたらそうとしていると情報をキャッチしたオラクル連合へ亡命することを決意した。決意してから実行まで、そう日は経っておらず、僕らはゲイルから姿を消した。


 誰にも告げずに、俺たちは亡命した。


無論、シーアにも。


 本当は、シーアにだけは伝えたかった。けれども、その頃になるとなぜかシーアは俺の前からまるで消えてしまったのだ。いくら家を訪ねても居ない。後に事故で亡くなったと両親から教えられたが……昨日、俺は確かに再会した。もっとも出会いたくない場所で……。しかしあれは、間違いなくシーアだった。

 まっすぐで、穢れのない緑の瞳は、シーア独特の輝きを放っていた。シーアだと名乗りこそしなかったが、俺のことをフルネームで呼んだ。俺を知っている証拠だ。

 ずっと死んでいたと思ったシーアが、今はゲイルの軍人として、アビスのパイロットをさせられている。きっとシーアは、ゲイルに何かを吹き込まれたに違いない。シーアは昔から聡明だった。けれども、決して争いごとを好むことをしない奴だった。そんなシーアが、自ら軍に志願するわけがない。無理やりゲイルに従わされているに違いない。

だからきっと、ゲイルの裏事情を知れば、シーアも考え直してオラクルへ来るはずだ。俺たちが、そうしたように。


父さんはゲイルでの知識を生かすために、オラクルの軍に入った。父さんの知識、情報は、オラクルにとっては都合のいいものばかりだ。軍が放って置くわけもなかった。続いて俺も、すぐに父さんの後を追うように、軍に入った。父さんとは違い、俺は戦士として軍に所属することを望んだ。

 ゲイルの圧政を防ぐため、オラクルでも急ピッチでアビス開発が進められていた。オラクル製アビス、デスの特徴は破壊力だ。すべてを鎮圧するべく力が搭載されていた。はじめは量産型で運転技術を学び、後にその腕が評価され、俺には新型が与えられた。二つ名は「ブラッド」。その名の通り、ブラッドには大量の兵器が搭載されており、機体の色もまた、血のような色をしている。

 不吉な名だが、力は確かなものだ。これで戦争が終わるのならば……と、俺は喜んでそれを手にした。


 話せば分かる。


あいつは、俺の親友なのだから。


 俺は、昨夜は一睡もせずに作業にあたっていた。ゲイルの中枢部コンピューターに侵入し、ゲイルの現在の状況を探るためだ。ゲイルの本性を捉え、シーアに伝えなければ、あいつは、このままゲイルで働かせられることになる。それも、あんな不完全な量産型アビスのパイロットとして。

 シーアは天才だ。だからこそ、あの程度のアビスでなんとか戦況を乗り越えてきているが、状況は刻々と変化しているんだ。今回俺たちは新型を三機投入する予定だ。新型を相手に、お前に何ができる。

 けれども、結局侵入を試みたはいいものの、ゲイルが大量破壊兵器および、アビス開発を進めている証拠はつかめなかった。誰かの妨害にあったんだ。


「……艦長」

了解と答えてからしばらくして、俺は自らリヴィール艦隊に無線を入れた。

「なんだ、ナイト」

「アライブパイロット、シーア・ミツキは有望です。話せば、こちらに引き込めるかと思います」

「確たる証拠はあるのか?」

俺は目を伏せた。ないからだ。けれども、あいつは俺の親友だ。俺を討つはずがない。きっと、分かってくれると……俺は信じている。今のあいつは、ゲイルに騙されているだけだ。

「ありません。ですが……俺は五年前までゲイルで育ちました。アライブパイロットは、俺の親友です」

すると、今度はしばらく艦長の方が口を閉ざした。その間に、別無線をアライブの周波数に合わせ、シーアと交信が取れる状態に準備した。

「五分だけ時間をやる。それでも応答がなければ、墜とせ。 アスラ、クローズはそれまで共に待機」

「「了解」」

アスラパイロットであるトレス先輩と、クローズパイロット、リーゼン先輩は一時退却し、戦渦の空、残されたのは俺とシーアだけとなった。

 だが、俺に与えられた時間はたったの五分だ。それで、解決できなければ……おそらくは、シーアに向けての総攻撃がはじまってしまう。なんとしてでも、説得しなければと、俺は焦りを覚えていた。




「ブラッド……」

目の前に現れたブラッド。そして、後退していった二機。これは一体、何を意味しているのだろう。僕はしばらく、状況を把握しようと操縦かんを握ったまま、じっと動かずに耐え忍んでいた。そして、モニターに新たな反応が現れないか気をつけている。今のところは、特に動きはない。

「シーア」

それから間もなくして、向こうから無線が入った。僕も応答ボタンを押し、声を出した。

「……ナイト」

気のせいか、ナイトが安堵の息をついたかのように思えた。僕は、こうしている間にも、他を攻めているであろう敵シーザスを、落としに行きたいのに……クロエたちを発見できていない。まだ飛んでいるんだろうか。それとも、すでに……。

 僕はかぶりを振って、嫌な思考を無理やりそこで遮断した。今は信じて目の前に居る敵をどうにかするしかない。焦りが生むものは、ミスだ。僕だって、危険な状況下に置かれていることには変わりないのだから。油断したら落とされる。僕は操縦かんを握る手に力をこめた。

 目の前に居るのは友達かもしれない。でも、敵の紋章が描かれた機体に乗っているものなんだ。僕らが背負う、翼をシンボルにした紋章ではなく、杯をシンボルにしたオラクルの紋章を背負って彼はここに居るんだ。

 だったら、僕もそう対応しなくてはならない。ゲイルのパイロットとして、ゲイルの民として。

「ナイト、その二機を連れて国へ帰って。どうしてキミたちは……ゲイルを攻めてくるんだ」

「どうして……だと? ゲイルこそが、悪の根源なんだ! どうしてお前が、そのことに気づかない!」

ゲイルが悪の根源? ナイトは一体何を言っているのか、僕にはまるで見当もつかなかった。他国へ侵入せず、自らの領域を守るためだけに軍を動かしているのは、ゲイルだけだ。オラクルもザラインも、こうして侵略してくる。それなのに、一体何を見てナイトはそんなことを言うのだろうか。

「ナイト、おかしいよ」

ナイトが姿を消してから、まだたったの五年だ。それなのに、どうして生まれ育った国のことをそんな風に言えるの? どうして、どの国よりも戦闘機を所持し、戦争により全世界を支配しようとしているオラクルの肩を持つの?

「おかしいのはお前だ、シーア! なぜ分からない。この戦争の発端は、ゲイルにあるんだ!」

「違う」

「違わない!」

ナイトは何も躊躇わずに僕の言葉を否定した。ナイトは完全に、戦争の発端がゲイルにあると信じて疑っていないんだ。疑う余地も無いとさえ、感じられた。それだけ、ナイトの言葉は強く胸を打った。

ナイトは、僕の知らない何かを知っているのだろうか。それが、この自信と、これまで行方不明だったことを、説明することになるのだろうか。

「ナイト、時間だ」

そのときだ。ナイトの無線から別の声が聞こえてきた。熱くなるナイトの声をさえぎるかのように、その声は至って冷静だった。おそらく、ナイトのコックピット内にかかってきた別の回線による無線の声が流れ込んできたんだろう。低くて重々しい感じの声だった。これが向こうの船、リヴィールの艦長だろうか。


それにしても、時間って……一体何のことだろう。


「待ってください、艦長!」

「リーゼン、トレス、出撃!」

急発進してきた新型との間に距離を置くために、僕はジェットを逆噴射し、後退した。そしてすぐさまブーメラン型ナイフを投げた。

「そんなものが効くものか!」

相手のミサイルによってそれが落とされる。けれどもそれは計算済みだ。僕は相手がナイフに気をとられている間に相手の死角に入り込み、そこから一気にミサイルで一斉射撃した。全六発が桃色の機体に命中した。モニター画面に敵アビスの映像が映る。名前は、デス・アスラだ。

「くっ……!」

相手に言われたとおり、大したダメージが与えられていない。やはり今の装備ではあまりにも相手との間に差が生じる。僕はスチールソードを握りなおし、接近戦に持ち込んだ。まだひとつナイフが内蔵されているが、そんなものでは遠距離攻撃は難しい。ましてや相手は敵アビスの新型だ。

(もっと破壊力のある武器があれば……)

せめて、現在あるシーザス用ライフルでも搭載しておけばよかったと、僕は後悔した……そのときだった。

「シーア!」

モニターにシーザスからの映像が映し出された。そこに居るのは、クロエだ。

「クロエ! 無事だったんだね!」

僕は思わず笑みがこぼれた。敵から繰り出された射撃を右斜めに飛び交わすと、レーダーを確認した。一機、シーザスがこちらに向かってきているのが分かった。おそらくそれがクロエのシーザスなのだろう。

「まったく……あなたには、待機命令が出ていたはずよ!」

クロエの身を案じて出てきたというのに。どんな状況下でもクロエはクロエだった。しかしそれが、頼もしくもあった。

「まぁ、出てきちゃったものは仕方ないわ。シーア、兄さんから預かってきたものがあるの。今、そっちへ行くわ」

僕は攻撃してくる新型二機に目をやりながら、応答した。

「駄目だ、クロエ。 今ここに、敵新型アビスが三機居る。 危険だ!」

「うるさいわね。いいから黙って待ってなさい!」

そして一方的に無線を切られた。

僕は思わず苦笑した。本当に、いつでもクロエはクロエなんだから。どうしてここまでたくましいんだろう。お兄さんも軍人で、確かお父さんも軍人だったはず。その血筋のせいなんだろうか。

彼女がどうして学院を志望して、今、このホワイトクロスでシーザスに乗ることを選んだのか。それは知らない。ただ、軍人の血がここへと導いたのだろうか。

 単なる一市民であった僕にはない、たくましさが彼女にはあった。

(クロエが来る前に、一機でも落としておかないと……)

動きを見た限り、紫色の機体、デス・クローズよりも、ピンクに近い色の機体、デス・アスラの方が、操作技術が劣っていると感じた。デス・ブラッドは攻撃してくる気配がないから、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。動き出したならば、そのときに考えればいい。

 僕はスチールソードを握ったまま、デス・アスラに向かって突進した。

「落ちろ!」

思い切り振り下ろしたスチールソードは、相手の左腕を切り落とした。それにより、相手の機体のバランスが崩れた。右から左下へと振り落としたソードを、今度は真横に左から右へと切りかえした。すると、コックピット付近までソードが食い込み、そこで動きが止まった。

これでこの機体はもう動けまいが、僕の剣が抜ける気配もない。僕は舌打ちすると同時に、その場から飛び退いた。剣が食いこんだデス・アスラは、そのまま落下していく。爆破だけは免れたようだ。

「トレス!」

相手のパイロットの安否を気遣っている余裕なんて、今の僕にはなかった。スチールソードまで失ってしまったんだ。残りは小型ミサイルとブーメラン型ナイフのみだ。新型二機を相手に、あまりにも頼りない武装だった。こんなもので、この場を凌げるのだろうか……不可能に限りなく近い。

 だからといって、このままぐだぐだしていても仕方がない。僕は、打つ手を考えるために、頭をフル回転させていた。

「シーア!」

再び無線が入った。クロエからだ。レーダーを見てみると、すぐそこまで来ていた。これ以上こちらに接近させるのは危険だと感じた僕は、いったん後退し、クロエの方へと向かった。敵側の射程距離内に入ったら、クロエに向かってスクランブルをかけられる恐れがある。

 だが、向こうだって黙って僕を見逃すような馬鹿じゃない。僕のすぐ後を、デス・クローズが追ってくる。でも、スピードならばこちらの方が速い。

「シーア、このシーザスの下に搭載されているライフルを取って!」

クロエの乗ってきたシーザスの船底には、数メートルはある銃が装備されていた。

「ビームライフルではないけれども、ないよりはマシでしょうって……兄さんが」

「クロイ少尉が……?」

そのときだ。後方からエネルギー反応をキャッチした。敵アビスがビームを撃ってきたのだ。その狙いはクロエのシーザスだった。

「危ない!」

声を発すると共に、突発的に僕は残りひとつのブーメランを投げ、ビームをそこで閉ざした。ブーメランはそれによって玉砕された。

噴煙が上がっているその隙に、素早くクロエからライフルを受け取ると、僕はすぐさまそれを構えた。即席で作ってくれたのだろうか。シーザス用のライフルとは、少し形が違っていた。アビス用に改造されている。

「ありがとう、シーア。 私は向こうに戻るから。シーア、生きて帰ってくるのよ!」

礼を言うのは僕のほうだ……と答えつつも、僕はクロエの発言が気になった。

「向こうって? クロエ、まだシーザスは落ちていない?」

「いくらか落とされたわ。でも、まだ大丈夫。今日は兄さんも出ているし。 シーア、二射目が来るわよ!」

そう警告を言い残し、彼女はすぐさまこの場を去った。自分たちのことは気にするな……ということだろう。そして今、クロエがここに居るということは、僕にとってマイナスにしか繋がらないと察しているのもあると思う。彼女は機転が利くし、利口だ。

クロエは僕にライフルを渡すと、すぐさま僕から遠ざかっていく。彼女が飛んで行く方角は、北だ。

「必ず……落としてみせるから、待ってて」

僕はクロエにそう伝えると、手にしたライフルの照準を、すぐにデス・クローズに合わせた。そして射撃する。相手もなかなか素早く、何発か当たりはしたが、致命傷にまでは至らない。クローズは、僕の銃弾を交わしながらも迎撃してきた。小型ミサイルだ。ビームライフルも搭載されているように見えるけど、おそらく発射するまでに時間がかかるのだろう。

「やめてくれ……シーア! なんで、こんな……」

別回線の無線からは、ナイトの辛そうな声が聞こえてくる。僕はそれを非情になって受け止め、答えた。今はナイトに情を寄せている場合ではない。多くのひとの命と、今後の人生が僕らの手にかかっているんだ。


 ゲイルに生きる人々の、未来を守らなくてはいけない。


「守りたいからだ。ゲイルを」

それっきり、僕はナイトからの無線を強制的に切り、デス・クローズとの対戦に集中力を費やした。今の僕に、迷いはない。僕がやるべきこと、僕がしたいことは分かっている。


ひとつしかない。


 どれくらいの時間、戦闘を繰り広げたのだろう。撃って、撃ち返して……それを繰り返す。力は五分五分だ。昨日のうちに、少しでも改良をしておいてよかった。昨日までのアライブならば、すでに負けを喫していただろう。僕の指示からマシンへの行動までの誤差を、これまでより0.2秒も縮めている。僕が判断するとほぼ同時に、アビスはコントロールどおりに動いてくれた。

 ライフルの弾を補充し、再び照準を合わせようとしたそのときだった。不意にアラートが鳴った。左下モニターに目をやると、エネルギーが切れ掛かっていることに気づく。これだけ長時間乗り回せば、それはそうだろう。でも、それは相手だって同じことのはずだ。デス・ブラッドは相変わらず攻めてこないから、まだエネルギーは蓄えられているだろうけど、デス・クローズはそろそろ退く頃だ。

パイロットである僕自身の方も集中力が切れ掛かっていて、限界すれすれだ。一刻も早くこの場をしのごうと、銃を撃ち続けた。何射か相手に被弾させるが、こちらもまた、腕に銃撃を受けた。一瞬体勢を崩したが、すぐさま立て直し、再びデス・クローズに向けて砲撃した。

最後の最後まで、気が抜けない。僕は切れ掛かっている集中力を意地で取り戻し、戦闘に集中した。

「くっ……リーゼン、トレスを回収し、帰艦しろ。状況が変わった。本艦は撤退する。ナイト、お前もだ」

「……了解、しました」

ライフルで攻防を続けている途中、敵が射撃を続けながらも後退するのが分かった。ナイトが出てくる気配もない。どうやら、この場を守りきったようだ。デス・クローズは先に落下したデス・アスラの回収にあたるため下降し、その後デス・アスラの手を引きながら敵艦隊に帰艦していった。

 ナイトの機体、デス・ブラッドは、しばらく立ち止まったままだったが、方向転換し、やはり同じく戦艦に引き返していった。

 それを見て、僕は大きく息をついた。けれどもまだ、終わっていない。クロエたちの戦況はどうなっているのだろうか。僕はそれが気になって、すぐさま北に向かって飛び立った。クロエが飛び立っていった方向だ。


 北。シェルターがある方角だ。クロエたちは、シェルターを守っているのかもしれない。シェルターとの距離が縮まるにつれ、多くのレーダー反応をキャッチしはじめた。敵シーザス、味方シーザス、両方のシグナルが確認される。両軍ともに撤退命令は出されていないようだ。僕は、切ったままであったホワイトクロスとの無線電源をONにし、指示を待った。

「クロエ、みんな……無事で居てくれ」

僕はエンジンの回転数を上げ、戦地に向かった。山をひとつ越えると、いくつものシーザスを目視できた。敵シーザスも、こちらに気づいた。いや、シーザスだけではない。二機、デスも出撃してきているのが確かめられた。

「今確認できるだけでも敵シーザス六機、デス二機……くっ、燃料が持つかどうか」

僕は、コントロールパネルを操作し、冷却装置の数値下げ、最高速度も落とした。飛んでいられる時間をできる限り伸ばすためだ。エネルギーが切れたら、飛べないどころか、地上を歩くことさえできなくなってしまう。

「とにかく、早く落とさないと」

僕はデスに照準を素早く合わせると、ライフルの引き金を引いた。一発目は交わされる。しかし、その間に相手との間合いをつめ、狙いやすくした。こちらとの距離がつまり、相手からも僕の機体を狙い撃ちしやすい状況になったわけだから、どちらが先に引き金を引けるかが勝負だ。

「アライブめ……落ちろ!」

相手が先に撃ってきた。しかし、それとほぼ同時に僕は六発のミサイルを発射していた。三発を使って相手からの攻撃を防いだ。そして残りの三発で、近くまで迫っていた敵シーザス三機を狙った。敵シーザスは、僕がデスに気をとられていると思い油断したのだろう。何の抵抗をすることもなく、三機がほぼ同時に被弾し、墜落していった。

「次は、お前だ!」

そして、眼前にまで迫ったデスに向かって銃口を向けた。そして、僕はためらいなくトリガーを引いた。相手よりも先に引かなければ、僕が撃たれる。今ここで僕、アライブが落ちたら……それは、ここの壊滅を意味する。さらに、今後の戦況にも大きな影響が出る。

僕の身勝手でそんなことになることは、絶対に避けなくちゃいけない。

(僕は、落ちるわけにはいかないんだ……!)

 コックピットのやや左下辺りに被弾したデスは、メインコントロールに支障が出たのだろう。制御不能になり先に落ちたシーザス同様、落下していった。轟音が鳴り響き、地煙りが上がった。

「シーア、お前、命令を無視しやがったな?」

後方から一機のシーザスが近寄ってきた。シグナルは青。味方だ。無線の声を通じて、そのパイロットも誰か分かっている。

「クロイ少尉。すみません。どうしても……放っておけなかったんです」

ため息なのか、それとも笑ったのか。なんとも言いがたい息を漏らすと、クロイ少尉は言葉を続けた。

「軍令は絶対だ」

僕は唇の端をきゅっと噛みしめた。そんなことは分かっている。だけど、あのままあそこでじっとしていることなんて、出来なかったんだ。

僕が何を考えているのかなんて、クロイ少尉はおそらく分かっていないだろう。しばらく間をあけてから、尚も後を続けた。それは、僕にとって予想もしていない言葉だった。

「でも、お前のおかげで……助かる命が増えた」

「……っ」

そう言われて、僕は思わず動きを止めた。これまではただ、がむしゃらに敵を撃ってきた。けれども、誰かを守っているという実感がほとんどなかった。ただ必死になって、撃つか、撃たれるか……そんな戦闘を繰り返してきたんだ。

 今だって、ゲイルのみんなを守りたくてこの空に居る。けれども、誰かを守っているなんていう実感は、こんな空の上からでは、全然、感じることができなかった。

 だけど、クロイ少尉にそう言われて……僕は初めて、救われたような気がした。助かる命が、少しでも増えるのなら、僕は、「鬼」になってでも……敵を、落とす。

 操縦レバーを握る手に、自然と力がこめられた。そして、新たにレーダーをキャッチした敵シーザスに向けて、ミサイル射撃を行った。

「シーザス隊、俺たちだけでデスを一機落とすぞ。学生のあいつにばかり頼っていてどうする!」

「はっ!」

クロイ少尉がシーザス隊に命令を出した。今ここを指揮しているのは、どうやらクロイ少尉らしい。味方シーザスは五機。一体、何機中ここまで残ったのか分からないが、とにかく全滅を免れたことに僕は安堵の息を漏らした。

「クロイ少尉、僕は残りの敵シーザス排除に向かいます」

「分かった、頼む」

クロイ少尉を筆頭に、翼をモチーフにしたゲイル連合の紋章が描かれたシーザスは、左方向へ降下していった。一方僕は、シェルターの攻撃に向かっている敵シーザスを落とすために、そのまま直進した。

「敵アビス確認! 全艦目標変更、アライブ!」

お互いに目視できる位置まで来ると、敵シーザスは僕の方に進路を変更してきた。向こうから近づいてきてくれるのならば、無駄な燃料を使って僕まで前進する必要はない。シェルターとも距離を取れるし、一石二鳥だ。

敵は、シェルター上空で僕を捕らえるべきだったんだ。そうすれば、僕は下手に動けない。万一そこで敵シーザスを落とせば、墜落機がシェルターに直撃し、破壊してしまう恐れがあるからだ。

 敵の指揮官の判断ミスに、僕は少なからず感謝した。そして、ゆっくりと後退する。できる限り、シェルターや街への被害を出さないようにするためだ。

「撃て……っ!」

おそらくは、敵の射程距離内に入ったんだろう。一列に並んだシーザスから、一斉にミサイルが発射された。相手は七機。こちらのミサイルは一度に撃てる発射数は六.数が足りない。僕はライフルの照準をこちらに向かってきているミサイル七発に合わせ、素早くトリガーを引き、素早くリロードし、相手からの最後の一射にも命中させた。ミサイルは、僕と敵シーザスの間で玉砕され、空に消えた。白煙が流れていく。

「第二射、用意!」

僕もまた、敵シーザスに向けてミサイルの照準を合わせていた……そのときだった。中心を飛行していた敵シーザスが爆音を上げて破壊された。続いて、その隣にいた敵シーザスも同様に撃墜された。

 誰が……と思い、僕はモニターに目を向けた。青いレーダー反応。これは……。

「シーアくん……まったく、あなたという子は」

「艦長……」

ホワイトクロスだ。ホワイトクロスの後ろには、クロイ少尉率いるシーザス隊が並んで飛行している。再びモニターで敵の現在地を確認してみると、デスの反応が消えていた。シーザス隊がホワイトクロスの援助を受けて、撃墜させたのだろう。

「シーアくん、残りは眼前の敵シーザス五機のみです。撃ちなさい」

五機ならば、一度のミサイルで照準を合わせきれる数だった。

「はい」

アラートが鳴る。敵シーザスにロックされているんだ。僕は敵のミサイルの軌道から退避するために、一瞬その場に停止し、一気に急上昇した。その動きに対処しきれなかったミサイルたちは、そのまま空を飛んで互いに玉砕しあう。それを確認してから僕はすぐに、アビスのミサイル照準を、再び敵シーザスに合わせ直した。二機を撃墜させられ陣営が崩れ、上空に舞った敵シーザスに向けて、発射ボタンを押した。

 僕のアビスが発射したミサイルは、軌道が狂うことなくそのまま飛び続け、一気に全五機を撃墜した。僕はコックピットから、墜落していく敵シーザスを見下ろしていた。


達成感……?


いや、違うと思う。


軍、政府から切り捨てられた多くのひとの命が守られた。それはそうかもしれないけど、どうしてだろう。さっきまで、なんのためらいもなく、自分のしていることは正しいと思いながらミサイルを発射していたのに、今、僕はどうして、こんなにもいたたまれない気持ちを抱えているんだろう。

「ご苦労。シーア・ミツキ。帰艦しなさい。 それから……話があります」

艦長の声を聞くまで、僕は呆然と空に取り残されていた。艦長の声で我に返ると、僕はすぐに応答した。

「あ……はい、分かりました」

無線を切り、僕はホワイトクロスに向けて前進した。しかし、その操縦かんは僕の心に比例して重い。

(話がある……か)

軍人なら、軍令に背いた罰として、重ければ死刑にでもなるんだろうけど、僕は一応学院生だ。一体、どういう事態になるのか。想像もできなかった。

 だけど、これでいい……そう思うことにした。だって、確かに守られた命があるのだから。街のすべてのひとたちがシェルターに逃げ込めたのかどうかは分からないけれども、少なくともシェルターは守りきった。それに、ゲイルのシーザス隊だって。


 けれどもやっぱり、軍に対して疑念を捨てきることはできそうになかった。


 軍は、どこまでを切り捨てて、どこまでを守ろうとしたんだろう。


 


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