確かな決意
少しずつ、流れていく。
戦争を中心とした世界から、平和な世界へと移り変わろうとしている。
それを、僕たちは肌で感じ取っていた。
「先輩! 彼女の言葉を聞いたでしょう!? 俺たちは、戦いにここへ来たわけじゃない。この戦いを、争いを止めに来ただけです。先輩、もう、無駄な争いは止めましょう!」
「ナイト……」
「トレス! ナイトは今や敵なんだ。ためらわず撃て!」
「リーゼン先輩!」
俺を撃てと命令を下したリーゼン先輩。逆に、動きが鈍くなってきたトレス先輩。トレス先輩には、伝わりはじめているのかもしれない。トレス先輩ひとりにでも伝われば、なんとか停戦に持ち込めるかもしれないと、俺は操縦かんを握る手に力を込めた。
「トレス先輩! 誰も撃たなくていい。そんな世界を目指しましょう! もう、こんな争いを繰り返したくなんてないんだ、俺は!」
「……」
トレス先輩は、構えていたレーザー砲を地面に下ろすと、そのまま静かに後退した。
「トレス!」
苛立ちの声を飛ばすリーゼン先輩からは、動揺が伺えた。しかし、俺の後任パイロットは淡々と攻撃を組み立ててくる。デス・アヴェンジャーは、近距離も長距離もこなせる機体のようだった。
「フィーロ、ナイトの後ろに回りこめ!」
「了解」
アヴェンジャーが迂回して俺の後ろを取りに来た。さすがに挟み込まれると動きが取りづらくなる為、俺は右に飛び交わした。そしてアヴェンジャーに向かってレーザーを放った。それを避けるために、アヴェンジャーは急上昇して同じくそれを飛び交わしていく。そして、俺たちは陣取りをするために空中で飛び回っていた。
そこへ、一筋のビームが放たれた。シーアからだ。シーアは俺とフィーロとの間に割って入るようにビームを放ってきた。そこでお互い後方へ交わしたため、俺とフィーロとの間は広がった。
「先輩!」
「……」
リーゼン先輩は俺の問いかけに対して無言で応えた。少しずつだが、先輩の意志が傾き始めていることを感じた俺は、さらに説得に臨んだ。
「オラクルが支配する世界を築きたいんですか! 先輩は……違うでしょう!」
「リーゼン、トレス、フィーロ! 何をしている! 裏切り者を落とせ!」
「はい」
フィーロが再び俺に向かって接近してきた。機体の手には鋭い鉱物の刃物が付いていた。それを俺に向かって投げてくる。俺はすぐさま横に飛び退いた。だが、二射目が来る。俺は舌打ちすると、右に流れた。その後をフィーロは追ってくる。
今、リーゼン先輩とトレス先輩の動きは止まっている。後はこの新人を何とかすれば、オラクルの説得は成功するかもしれない。俺は歯を食いしばった。
「フィーロと言ったな……お前にも、大切なものがあるんだろう? 俺にもあるんだ……いや、誰にでもあるんだ。それぞれの幸せを尊重しなくては、本当の幸せなんて掴めないんだ!」
「争いに勝てば、平和は訪れる」
「……だからっ!」
俺はじれったさに耐え切れず、思わず声を張り上げた。
そう、みんなそう思っているんだ。争いに勝てば平和は築けると……。だが、それは限られたものの平和でしかない。
「それは、オラクルの民のみの平和だろう!?」
俺はビームサーベルを手にし、アヴェンジャーに斬り込んだ。コックピットの上あたりに傷がついた。そして、勢いよくぶつかったため、アヴェンジャーは下降した……だが、すぐさま上昇し、今度は俺の方に向かって切り込んできた。それをなんとかいなすと、俺はミサイルを発射した。
「俺たちはオラクル民族だ。オラクルの平和を築いて何が悪い」
「この世界は、オラクルのものだけではありません」
レンカだ。レンカの機体は、どの国の無線にも介入できる。レンカは凛とした姿勢でこの戦禍に居た。
「彼女の言うとおりだ。俺たちは、地球というところに、みんなで住んでいるんだ。オラクルだけの平和を先行させても、そんな平和は長続きなんかしない!」
「ナイト! 後ろに気をつけて!」
シーアからの通信だ。
(後ろ?)
不意にアラートが鳴った。モニターに幾多ものミサイルがこちらに向けて放たれている様子が映し出されている。
撃ってきたのは、ザラインの母艦、スヴェント。さらに、カーディフ(ゲイルでいうシーザス)艦隊が十数機攻め込んできていた。俺はフィーロとの間に距離を置くと、カーディフの動きに気をつけながらパネルを引き出し、ロックオンしていく。そして、飛んできたミサイルを迎撃した。
迎撃しきれなかったミサイルは、自力で交わすしかない。俺は身構えた……だが、俺のところにたどり着く前に、シーアが助力してくれ、全てのミサイルを撃砕することに成功した。
俺とシーア、そしてセーラは背中合わせにして並んだ。三角形が築かれる。レンカはこの集中砲火を浴びないよう、少し離れたところで戦況を見守っていた。
「ザラインが動き出しましたね」
セーラの無線が入った。今までオラクルへの注意だけだったから、僕たちも割りとゆっくり構えていられたけれども、こうしてザラインが撃ってきたところで、また少し、戦況が動いたことを意味していた。
「ナイトはこのままオラクルへの説得続けて。僕とセーラ、クロイ少尉たちでザラインを抑えるから!」
「分かった。頼む」
そういうとナイトは、下降してアヴェンジャーに向かっていった。どの程度説得は進んだんだろう。それも気になるけど、今は自分のするべきことに専念すべきだと思い、僕は無線でセーラに呼びかけた。
「セーラ。ザラインの母艦を止めに行くよ」
「はい」
エンジンの回転数を上げ、僕はセーラと共に西へと飛び立った。黄色の母艦、スヴェントと対峙するのは初めてだった。どれくらいの力を持っているのかも分からない。
でも、母艦が出てきたということは、それだけここに力が集結しているということだ。ここで一気に停戦にまで持っていけば、世界にそれが浸透するのも早いはず。僕はこの任務の遂行を成功させるために意志をさらに固めた。
母艦には、大きな対艦ミサイル砲や対空ミサイル砲が搭載されていた。僕とシーアは、それの爆破から試みることにした。
本当に、僕たちの力で終わらせることが出来るかもしれない……戦争を。そう思うと、僕は心のどこかで嬉しさを感じ取った。終わらせるためにも、僕らはここで撃たれるわけにはいかない。気が抜けないと自分に言い聞かせてみる。
「ミサイル、二時の方向から確認!」
「迎撃します!」
僕は慌てずにパネルをたたいて飛んできたミサイル全てをロックオンした。そして、ミサイルを発射させる。すると僕とスヴェントとの間のところでミサイルは玉砕された。だが、次が来る。僕はそれが来る前に先手を打った。
今の僕には、迷いはなかった。「敵」というのもおかしいのかもしれないけれども、戦う相手は明確だし、目標は相手の命を奪うことではないからだ。相手がこちらの命を狙っているとしても、僕らは決して奪おうとはしなかった。
もう二度と、誰かを撃つことなんてしたくない。
「目標スヴェントミサイル砲。数、二!」
パネルをたたくと、僕の新しいアビス、トラストの背中から対艦ミサイルが現れる。そして二発が放たれた。その軌道はずれることなく、スヴェントを捉えた。対艦ミサイル砲は撃砕された。
「発射」
さらに続けてセーラがスヴェントの対空ミサイル砲の玉砕に当たった。だが、そのミサイルは玉砕され、逆に迎撃された。
「セーラ!」
僕は思わず双子の名前を呼んだ。正直なところ、まだ双子という実感はないけれども、あれだけ容姿が一緒なら、双子だと思うしかないと思うんだ。そうでなければ、科学の力によって生み出されたクローンだ。瞳の色がどうして異なっているのかが分からないのが気になるけど、セイラは悪いひとじゃないと思うから。もし、僕たちがそういう存在だったとしても、受け入れたいとも思えた。
「回避します」
セーラの声は、至って冷静だった。放たれた二発のミサイルを空中で回避する。右に飛び退き、すぐさま二射目は左に飛び交わした。しかし、かすかにだが機体をかすった為、セーラの機体は少し揺れた。
「次は外しません」
セーラは再び対空ミサイル砲の玉砕を試みた。レーザー砲を発射させる。そして大きな爆音と共に、見事に玉砕に成功した。
「今度はカーディフを……」
僕は一度上昇して辺りを見渡してみた。飛んでいるカーディフは二十三機。数が多すぎる。けれども、やるしかない。
眠りから覚めての一戦にしては、あまりにも重い戦闘だった。




