立ち上がる少年
「オラクルを落とすぞ。スピリッツパイロット、準備は出来ているな?」
「はい」
「明日、オラクルへ向かう」
「はっ」
うっすらと目を開けてみると、淡い光が差し込んできた。僕は、傷ついた身体を労わりながらもゆっくりと起き上がった。
すると、僕の動きに気づいて、人物がカーテンを開け、僕のところへ入ってきた。
「気がつきましたか、シーアさん」
「……はい」
「私は軍医のジェスカと申します。シーアさん、身体の具合はどうですか?」
「なんとか……ナイトや、セーラは?」
僕は、親友とこの場ではじめて会った自分の片割れ、セーラの姿を探した。だが、ふたりの姿が見当たらない。
「まさか、戦争が起きたんじゃ……!」
僕は慌ててベッドから降りようとしたが、ジェスカさんに止められた。
「違います。安全に着実に、アスファに向かっています。お二人は格納庫でアビスの改良に当たっていると思いますよ」
「アビスの……?」
ならば、僕もそれに加わりたい。僕のアライブはどうなったんだろう。ちゃんと収納されたのだろうか。とにかく、今まで横になっていた分を取り戻さなければならないと思った。
足をベッドの外に出し立ち上がろうとした。けれども、少し動くたびに身体が痛んだ。完膚なきまで打ちのめされたのだと実感する。
「まだ横になっていてください!」
制するジェスカさんの手をどけながら、僕はゆっくり立ち上がった。胸部が痛むが、僕だけ休んでいるわけにはいかない。
僕は、アビスのパイロットだ。
「格納庫にはどう行けばいいんですか?」
「まだ眠っていた方が……」
「行かせてあげてください」
僕の意志を尊重してくれるひとが現れた。聞き覚えのある声だ。
「レンカさん……」
開いた扉の前には、レンカの姿があった。彼女は、軍服ではなく可憐なワンピースを身にまとっていた。相も変わらず軍人には見えない。
「ですが、レンカさん……」
「シーアさん、私について来てください」
「ありがとうございます、レンカさん」
「いえ」
僕は点滴を外すと、ベッドから降り立ち上がった。そして彼女は微笑みながら僕を先導してくれた。身体が痛む僕のことを気遣ってくれているようで、ゆっくりと歩いてくれた。そのため僕は、片手に手すりにつかまりながら、後に続いた。
「またお会いできて、嬉しく思います」
「僕もです。ここは、ホワイトクロスではないんですね」
「はい」
眠りに落ちる前の会話を僕は思い出していた。ここは、ホワイトクロスではなく、ピースメイルという艦隊の中だ。でも、ゲイルの軍服を着ているし、行き先もアスファということだから、僕は時間内にゲイルに戻れたと考えてもよいのだろう。全て、ナイトとここのスタッフのおかげだと、僕は深くお礼の念を抱いた。
「みなさん、シーアさんです」
見たことのないひとの中に、微笑を浮かべるセーラの姿があった。
「はじめまして。シーア・ミツキです。助けてくださり、ありがとうございました」
僕は深々と頭を下げた。すると、後ろから僕の首に手を回してくるものが現れた。邪気は感じられない。
「シーア、動けるようになったのか?」
「ナイト……」
ナイトは空になった弁当箱を片付けてきたらしい。そして再びこの格納庫に来た。ロイドさんという方と、シュミレーションをするのだと教えてもらった。
「みなさん、ちょうどいい機会です。こちらに耳を傾けてください」
この船の艦長であるレンカさんが言葉を発すると、それぞれ作業をしていた者や、弁当を食べていたものが手を止め、レンカさんの方に集まってきた。
「アビスパイロットの皆さん。シーザスパイロットの皆さん。そして、そのサポートをする皆さんが今、ここに集結しています。アスファにたどり着いたならば、また、要員は増えると思いますが、実質上はこのメンバーで動きます」
誰も言葉をさえぎる者は居なかった。僕もまた、そのひとりだ。
「ザラインも加わり、戦況はより複雑になりました。ですが、どうか無事に帰還してください。国のために、大切なひとのために戦うことは必要ですが、どうか、ご自分の命も大切にしてください。ないがしろにしないでください」
「はい」
一同が一斉に同意した。本当に、これから戦争を終わらせるための戦いに出るのだと、緊張感が沸いてきた。
そして、レンカさんの言葉を聞いた僕らは、彼女が格納庫から出て行くのを確かめると、それぞれの場所へとまた戻っていった。
「シーア」
「なんですか?」
僕を呼び止めたのはセーラだった。セーラは、ナイトとロイドさんが歩いて行った方を指差し、首をかしげてみせた。
「僕らもシュミレーションしませんか?」
「いいけど……」
僕は辺りを見渡した。見たことのない機体が並んでいるが、僕のアビスは存在していなかった。
「僕のアビスは……?」
すると、彼は「あぁ……」と頷き、僕の顔を見た。
「デスに落とされ、オラクルとの国境近くに置き去りです」
では、僕はこれからはアビスで出撃できないということなのだろうか。シーザスは僕の分まであるのだろうか。
もし、僕だけ戦えないなんてことになったら……そんなの、僕は嫌だ。せっかくナイトも戻ってきたというのに、自分だけが蚊帳の外になるなんてことには耐えられない。
「僕にも何かあるの? シーザスでもなんでもいい」
「シーアのアビスは、ホワイトクロス内で製造されているはずだよ。レンカさんに見せてもらっていないかな?」
はじめて彼女に会った日。僕がナイトと会おうと思ったきっかけを作った日。あのとき目にした新型アビスが、僕の新しいアビスなのだろうか。
「僕のかは知らないけれども、見たことのないアビスは見たよ」
「それなら、きっとそれがシーアのアビスだよ。ホワイトクロスで造っているって聞いてるから」
「よかった」
「よかった……?」
僕が安堵の笑みを浮かべると、セーラは不思議そうな顔で僕の目を見てきた。
「何がよかったんですか?」
「僕も、戦えるということが嬉しいんだ」
そういうと、セーラはなるほど……と頷き微笑んだ。
「僕も、戦争を終わらせるために死力を尽くします」
ふたりで意気込み、僕らもシュミレーションシステムの方へ移動した。
ただ……本当に、これでよいのだろうか。
戦争を終わらせるための戦いだとしても、そこに犠牲が出てはいけない。
僕たちはこれから、これまで以上に難しい戦いを強いられているのだと、実感した。




