平和のために
命を奪い合う戦争から脱却するためだけに、力を使う。
正しい使い方をすれば、死者はもう、生まれないと思うんだ。
医務室を出た俺は、用意された自室もあったが、そこには戻らず、再び格納庫に足を運んだ。すると、整備班のものが敬礼して俺を出迎えてくれた。もう、俺のことを敵視するものは、この船には居なかった。逆に、共にここで活動をする俺を仲間として受け入れてくれていた。
「ナイト、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「こちらにも!」
ロイドさんにスズカさんだ。ロイドさんはオラクルの出身で、スズカさんはザラインの出身だ。ふたりとも、アビスのパイロットとしてここに居るそうだ。だが、ロイドさんはパネル操作に不安を抱え、スズカさんはこれまでアビスの操縦を誰かに指導されたわけではないそうだ。そのため、俺が格納庫に訪れたときには、よく呼びとめられた。
「ロイドさん、どうされました?」
金髪に青い目を持つロイドさんは成人男性だ。中肉中背で俺よりいくらか背が高い。俺とまったく同じ軍服を身にまとっている。ピースメイル内には、軍階級は存在していないらしい。
「あぁ、冷却システムが上手く作動しないんだ。どうしたらいい?」
コックピットからこちらに話しかけているため、俺もロイドさんの機体、デス・トリスタンのコックピットに駆け寄った。ワームに足をかけ、コックピットに導かれる。
「それは、ここを操作すればいいんです」
俺はパネルを引き出すと、機動力、地面との接地値、摩擦抵抗値など、あらゆる値を変動させるための画面を立ち起こして見せた。その様子を、真剣な眼差しでロイドさんは見ていた。覚えるためだ。俺はここに来てから、色々な人に俺の学んできた技術を提供した。だてにオラクルでエース級パイロットをしていた俺じゃない。自分で賞賛するほどでもないが、役に立つのならば惜しみなく提供するつもりだ。そのことが、俺の目指す平和な世界を築くと信じて。
「へぇ……さすがだな」
「そんなことないですよ。これぐらい、セーラも出来るでしょう」
事実、初実戦であれだけの動きが出来たんだ。シーアがそうであったように、おそらくそういったデータの書き換え能力に長けているんだろう。天性の素質だ。
「セーラか……確かに、アイツなら出来るだろうな」
やはり……と胸中で呟いた。あの兄弟は、この争いを終わらせるためにはなくてはならない存在なんだ。
未だ起き上がれないシーアの分も、今は俺がやれるだけのことをしなければならないと、心意気を新たにした。
「こちらにもお願いします、ナイトさん」
スズカさんは、俺よりひとつ年上の茶髪で黒の瞳を持つ少女だった。彼女もアビスパイロットであるのだが、これまで、アビスはもちろんのこと、小型戦闘機の操縦もしたことがないらしい。
そんな彼女に与えられたアビスは、デス・クエスター。俺のディヴァインとは少し違う赤色の機体だ。
トリスタン、クエスター、そしてチェルの機体、デス・カーディフは、どれも赤を基調とした色をしていた。
「ミサイルの照準の合わせ方がいまいちよく分からなくて……」
俺は、ロイドさんの機体から降りると、今度はスズカさんの機体のコックピットに向かった。
彼女のような初心者には、確かにアビスの運転は難しいだろう。アスファに着いたら、起動実験を兼ね、運転技術の向上を図ることを、レンカには提案してある。だが、ザラインが動き出したんだ。その時間が取れるかどうかは分からない。それに、これまでアライブ一機しか存在していないと思われていたゲイルだ。これだけの新型が作られていたという事実を公にした場合の市民の想いは知れない。また、他国に刺激を与えかねない。予定されていなかった攻撃を受ける可能性も出てしまうかもしれない。
「このレバーで基本的な動きを操ります。それから、このパネルで、敵の位置を捕らえ、照準を合わせることができる……」
「へぇ、そうなんですか!」
「あぁ……だが、自信がないのなら、オート照準にすることも可能だ。どうする?」
「オートで?」
「オートの場合、このレバーで運転し、敵シグナルを捕らえたら、自動で照準が合わせられるようになる」
「すごいですね! そうしてください、ぜひ!」
そう言われたので、俺は照準をオートモードにした。この弱点は、敵シグナルがアンノウンの場合や、あまりにも多数現れたときに、全てに照準を合わせられないということだ。
俺は、オートのときの弱点を彼女に確認したが、彼女がマニュアルではなくオートを選んだので、オート用にプログラムの書き換えをその場で行った。
「こんな簡単に書き換えが出来るものなんですね?」
「訓練を受けていれば可能だ」
五年間軍で教育を受けた俺には、造作もないことだった。特に、この機体はオラクルからピースメイルに加わった開発班により作られたアビス、「デス」だ。最も扱いやすいアビスだったことも、要因に挙げられる。
「みなさーん。お弁当持って来ましたよー」
チェルだ。これまではオペレーターだと思っていた彼女は、兼任でアビスパイロットでもあることが分かった。愛嬌ある顔立ちとその性格で、彼女が現れるだけでその場がなごんだ。
ここに居るパイロットは、俺、シーア、セーラ、ロイド、スズカ、チェルそして、パレスという少女だ。俺とシーア、セーラが主要メンバーに登録され、後の人たちは、緊急要員ということになった。
本当に緊急でそれぞれのポジションに就いたようで、初心者がほとんどだった。チェルも、元々はオペレーター希望だったそうなのだが、人員が足りないということで、軍人である彼女にアビスパイロットの任が下りた。
「それじゃ、少し休むとするかな」
けのびをしながらロイドさんがコックピットから降りてきた。そして、チェルから弁当を受け取ると、近くの廃材の上に座り、ふたを開けた。
「ナイト、スズカ! お前たちも来いよ!」
「そうですよー。冷めちゃいますよー?」
下から呼びかけられ、俺はスズカの方を見た。すると彼女が頷いたので、俺、スズカの順にコックピットから降り、チェルのところへ向かった。着実に、俺の居場所は築かれていたし、戦闘の準備も整えられていった。
「ありがとう」
俺はチェル二等兵から弁当を受け取ると、ロイドさんと向かいあう場所に座り、食事をはじめた。食べている最中も、俺たちの情報交換は止まなかった。
「磁気フィールドで、ビームの直撃を避けられるんですね」
「あぁ。だがレーザーに対してはこちらからバリアを張ることは出来ない。だが、その場合はミサイルを発射させ、応対することが出来る」
俺は口にモノを入れながら話に参加した。
「新型もすごいですが、レンカさんの起案されたECMシステムもすごいんですよぉ」
「ECM?」
聞いたことがないものだった。アビス用の武器なのだろうか。俺は興味津々の姿勢でチェルの説明を待った。
「そうなんですー。妨害電波を発生させ、周囲の誘導電波を無効にするものなんですよー。これにより、敵誘導ミサイルを無効にしますー」
電波を無効にされれば、情報がパイロットたちに届かなくなる。有効な手段だと頷いた。おそらく、ゲイルの機体には、その妨害電波を通り抜ける術を持っているんだ。だからこそ、その力を発揮できるのだろう。思い返せば、レンカと初めて会ったとき、彼女は意図も簡単に俺の機体デスに通信をかけてきた。こうした通信情報戦には長けているんだ。
「すごいシステムだな。どこに搭載されているんだ」
俺はチェルに向かって問いかけた。
「ホワイトクロスとこのピースメイルに搭載されることになりました! 間に合ってよかったですー」
本格的な戦争に間に合ってよかったという意味だろう。ザラインも加わるのならば、今後の戦況はより複雑になるだろう。
「対空ミサイルSAM、対艦ミサイルSLMも同時に搭載されていますよ」
それは、俺の居たリヴィール艦にも備え付けてあるものだった。また、誘導ミサイルも搭載されている。
「シーアさんは間に合うのかな」
弁当を片手に新たに現れたのは、ゆるやかなウェーブのかかった金髪の髪を肩まで流し、青い瞳を持った少女だった。彼女はパレスといい、俺のブラッドの後任パイロットだ。彼女もオラクル出身らしい。そのため、デス機が与えられた。
十五歳で、シーアと同じ学院生だそうだ。年齢も俺たちと変わらない。
「間に合わなかった場合は、私たちがみんなで力を合わせてなんとかするんですよー」
「そうだな」
ロイドはにやりとしてそう言った。成人しているだけあって、俺たちの中では頼れる兄的存在だ。判断力もあり、実行力もある彼は、ピースメイルの誇れる一員だ。
「ナイト。後でシミュレーション手伝ってくれ」
シミュレーション……アビスと小型戦闘機(オラクルでいうアルテミス艦隊、ゲイルでいうシーザス艦隊)の操作練習用に、ゲーム機のようなものが作られている。ひとりでプレイすることも可能だが、より実戦に近づけるための対戦プレイも可能となっている。
この三日。そのシステムがあることを知った俺は、はじめはひとりでプレイし、照準を合わせコンピューター相手に撃ち落とす訓練を行っていた。それからそれを知ったロイドが、よく俺に声をかけ、対戦相手を頼むようになったんだ。
「分かりました」
食べ終わった俺は、容器を片付けようと格納庫から出ようとした。すると、俺が扉を開けるよりも早く、向こう側から扉が開けられた。
「もう、食事は終わったんですか? ナイトさん」
陽の色をした髪に、碧眼を持つ少年。セーラがそこに居た。セーラはシーアの元に居たはずなのだが……。
「シーアのところに居なくていいのか?」
セーラは微笑みながら頷いた。
「はい、いいんです。この三日、ミラージュの手入れもまともにしていなかったので……。アスファに到着するまでに、微調整をしておこうと思ったんです」
ミラージュは未だ完成していないようだ。兵器開発班により、開発は進められているが、最後の微調整はセーラ自身が行わなければならない。パイロットに合った機体にするためだ。
「そうか……シーアは?」
「穏やかに眠っています。ジェスカ軍医が今はついていてくれています」
軍医がついているのならば安心だろう。俺は納得した顔で外へ出て行った。そしてセーラはすれ違い中へと入っていった。
セーラは未だ、どこか抜け落ちているように見える。
ただ、セーラの「力」には絶対的なものがある。
それは、セーラがシーアと同じだけの力を持っていると、確信しているからか。
或いは、そうあって欲しいという幻想からなのか……。




