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抜け落ちているもの

 これまで、どんな風に生きてきたのか。


 何を見て、何を思って、此処にいるのか。


 それを、知りたいと思うんだ。




「あぁ、仕方ないだろう」

自分を誇示するつもりはないが、ブラッドよりもこのディヴァインという機体は、使いこなすのが困難であることが、コックピットを覗いただけでもうかがい知れた。俺がディヴァインを操作し、ブラッドを別のパイロットに譲ったほうが、俺たちの目指す世界に近づけると思ったから、俺はブラッドを手放すことにした。何かを得るには、何かを失わなければならないものなんだ。

「ありがとうございます」

彼女は微笑んだ。そして、整備班に労いの言葉をかけてから、ブリッジの方に向かって歩き始めた。俺もその後に続いた。


「アスファに着いて、ホワイトクロスと合流したら、どうするんだ?」

ザラインが動き出したことを知り、俺はこの船、レンカの方針を知りたいと思った。

「現在、オラクルとザラインが交戦中です。その戦を、止めに向かいます」

彼女の方針はすでに決まっていた。表情は凛としている。彼女がくじけることはないのだろうか。この冷静さは、ピースメイルで働く全てのものに安心感を与えていた。

「チェルさん、イチイさん。あと、どれ程でアスファに着きますか?」

ブリッジに入るや否や、彼女はメインモニターに目を向けながら、ふたりのオペレーターに声をかけた。

「あと三時間ほどで到着する予定です」

イチイさんは成人男性だ。レンカが女性だからか、ピースメイルの乗組員は、女性の方が多い。そのため、彼のような存在は珍しかった。

「分かりました。ナイトさん、セーラさんに伝えてくださいませんか?」

「分かった」

彼女は艦長席についた。それを見てから俺は、ブリッジを後にし、再び医務室へと歩き出した。その間に、男女ともに乗組員の人とすれ違った。そのたびに俺は、覚えたゲイル流の軍人の敬礼で応えていった。

 この船に身を寄せてもう三日だ。色々な人と出会ったし、色々なものを見てきた。また、食事を共にしてきた。

 もっとも、ほとんどの時間をシーアと過ごしていたのだが……。何度かチェルが医務室まで食事を運んで来てくれた。

 医務室の扉の前まで来ると、俺はモニターボタンを押した。

「ナイト・クレアズハだ。入る」

「どうぞ」

中から聞こえたのは、セーラの声だった。はじめはシーアと瓜二つだと思っていたセーラだが、三日という時間を共にしていると、シーアとは多少なりとも違うものだということが分かった。彼の方が少し、のんびりとした性格をしていると見受けた。

「レンカからの通達だ。あと三時間でアスファに着くらしい」

「そうですか……いよいよ、ですね」

セーラは、シーアの手を握りながら、そう応えた。「いよいよ」とは……つまり、ザラインとの戦争がはじまることを、彼は知っているのだろう。


 これから、本格的な戦争に入る。


 この、「平和」を掲げる艦隊も、戦渦の中へと向かうのだ。


 これまで、誰にも知られていなかったこの艦隊が、前線を行くことになるのだろう。ゲイルのホワイトクロスがオラクルとザラインの交戦に介入してくる可能性は低い。なぜならあの船は、本当に防戦一方の船だからだ。対空ミサイルなど、さまざまな武器が搭載されてはいるが、あれは自らを守るためのものだ。この船とホワイトクロスとでは、存在理由が違っていた。

「なぜホワイトクロスと合流するんだ?」

俺は、「レンカ」ではなく敢えて「セーラ」に訊ねてみた。

「ホワイトクロスに居る、レンカさんを支持する方と合流するためと、ホワイトクロスにある、シーアさんの新しい機体を収納するためです」

その応えを聞き、俺はなおも質問を続けた。

「ホワイトクロスが出撃する可能性は?」

「ないと思います」

その意見は俺と同じだった。やはり、ホワイトクロスは出撃には出ないんだ。ホワイトクロスには、レンカ派はどれだけ居るのだろう。

「シーアの新型アビスがホワイトクロスに?」

「はい。レイス艦長も知らないことです。僕たちしか知らない場所で、アビスと兵器開発がされています」

「なぜ隠す必要があったんだ?」

「強力な力が存在していると知ったとき、政府がそれを武器にしないという確証が得られなかった為です。僕らは、戦争がしたくて武器を作ってきたわけじゃない」

セーラは淡々と俺の質問に答えていった。三日経つが、相変わらず彼はどこか抜け落ちた様子で存在していた。


 施設で育った所以なのだろうか。


 その施設とは、一体どんな場所だったのだろうか。


 聞いてみたかったのだが聞きづらく、そこには踏み込むことが出来ずにいた。


「ナイトさん」

今度は、セーラが俺に向かって問いかけてきた。

「なんだ?」

「ナイトさんから見て、僕はどう映っていますか?」

その問いかけに、俺は少し躊躇した。どう映っているか……。正直に言えば、何かが抜け落ちたかのような少年だ。だが、そんなことを本人に言ってよいのかどうか……。

 言葉に困り、何も言えずに居ると、彼は笑みを浮かべながら応えた。

「欠陥品……ですか?」

「いや、そんな……」

思わず否定に入るが、内心を悟られたようで焦る俺を前に、セーラはまた、微笑むだけだった。

 俺は気まずさを抱えながら、セーラからシーアへと視線を外した。セーラを直視出来なかったんだ。

「いいんです。僕も、そうだと思っていますから……ですが、やっぱりそうなんですね」

セーラは、俺と同じくシーアへと視線を変えた。そして、言葉を続けた。

「どこが、シーアと違って見えますか? ずっと、知りたかったんです」

施設に居る頃から、シーアの存在を聞かされていたのだろう。見たこともない双子の兄弟のことを、気にするのは当然のことだ。俺がセーラの立場でも、やはりそうしただろう。

 だからこそ、俺はもう、哀れみや何やらの思いを捨て、俺が思う本心を彼に語ろうと決めた。

 下手な同情は、逆に彼を傷つけるだけだ。

「セーラは、何かが抜け落ちたかのような印象を覚える。それから、シーアよりも落ち着いて見えるよ」

「抜け落ちている……そうですか。だから、落ち着いているように見えるのかもしれませんね」

彼はにこりと微笑んだ。内心は、傷ついているのかもしれない。俺は、居た堪れない気持ちになった。

「不完全な人間なんでしょうか、僕は……」

微笑みながら、そう言葉を紡ぎだす彼の心情は、彼にしか分からない。どれだけの思いを背負って、今まで生きてきたんだろう。

 この三日だけでも、彼は成長したと思われる。はじめて会ったときよりは、しっかりとしてきている。彼は、これまで人間とあまり接触しないで生きてきたのではないだろうかと推測される。

「俺だって不完全だよ。完全な人間なんて居やしない」

本意だ。未完全だからこそ翻弄される。完全ではないから、戸惑い迷うんだ……人間は。

「……ありがとうございます、ナイトさん」

彼はまた微笑んだ。彼は、微笑みを忘れない。まるで、笑うことがこの人生を生きる鍵かのように……。

 レンカと彼は、どこか通じるものがあった。ザラインから亡命してきたレンカの境遇と、施設で育ったセーラは、似たような人生を送ってきたのだろうか。それとも、この船で乗り合わせ、感化されたのだろうか。

「慰めなんかじゃない。本心だ」

そういうと、彼は笑った。

「分かっています。ナイトさん」

彼は、施設でシーアのことだけではなく、俺の存在も聞かされていたらしい。だから、はじめて会ったときに、俺にも興味を抱いたんだ。俺にも会って話をしてみたかったのだと、教えてもらった。

「あと三時間弱ですね。ナイトさんも休まれてはいかがですか?」

「いや、俺は平気だ。俺よりもセーラの方が疲れているんじゃないか? ずっとここに居たんだろう?」

セーラは被りを振った。

「僕は、こうしていたかったから……。大丈夫です」

そう言い、視線をシーアに向けた。ずっと離れ離れだった自分の半身とようやく会えたんだ。時間を惜しむかのように、セーラはシーアのもとに居続けた。手を握られているシーアもまた、彼の手をしっかりと握っていた。アスファに着けば、また、戦禍の中に飛び込まなければならない。今はふたりだけの時間を大切にさせてあげたいと思った俺は、医務室静かにを出た。


 奪われた時間を取り戻すかのように。


 ふたりは寄り添いあっている。


 その邪魔をするものは、赦すことが出来ない。




 しかし、何故セーラは施設に居たのだろうかと、俺は疑問を抱いた。



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