選ばれた軍服
俺は、何かを間違えていた気がした。
それも、大切で、重要な何かを……。
「あなたは別に悪くないと思いますよー。だからそんなに、思いつめないでくださいな」
そういうと、彼女は無線連絡に耳を傾けた。通信が入るのだろう。スピーカーから雑音が入り始めていた。俺も、スプーンを置き、それに耳を傾けた。
「ご苦労様です、みなさん。直にゲイル領土であるアスファに到着します。ホワイトクロスと、そちらにて合流する予定です。みなさん、所定の位置についてください」
声の主はレンカだった。未だ彼女の正体はつかめずじまいだ。だが、この船の艦長、あるいは司令塔であることは間違いない。
「もうすぐですか。では、もう安全ですね。ナイトさんもゆっくりしてくださいねー?」
そういって、チェルと名乗った女性はトレーを置いたまま部屋の外へ出て行った。所定の位置という場所に向かったのだろう。軍人なのだから、彼女にも役目があるはずだ。オペレーターだろうか。それとも、シーザスかアビスのパイロットだろうか。見たところ、シーアの着ていた軍服と大差はなかったが、どこでパイロットとブリッジ、通信担当などを分けているのだろうか。
オラクルでは、軍服の色で分けられていた。だがしかし、ゲイルではそういうわけではないようだ。
一応ゲイルの軍人にも階級があるようで、襟元にラインが入っていたり、勲章が胸にぶら下げられたりしているように見受けられる。だが、そのほかに違ったものはない。みなが一様に同じ軍服を身にまとっていた。本当に、戦争を急遽行うことになり、寄せ集められた集団……という感じがした。
とくにレンカだ。彼女はそもそも「軍人」なのか? 常に気丈な態度を示している点は、確かに軍人の心得を感じなくもないが、それぐらいの要素しか持っておらず、とても一隻を指揮するような軍人には見えない。軍服もまとってはいない。
そんな彼女の指揮をするこの船は、一体どんな役割を担っているのだろうか。シーアは、どんな状況でこれまでアビスに乗っていたのだろうか。学生と言っていたが、専門的な起動実験、実施試験などは行われているのだろうか。
シーアの存在は、この国にとってどれほどのものなのだろうか。
シーアは、俺とは違って軍人ではないんだ。本当は、こんな風に戦渦の第一線で戦うべき戦士ではない。守られるべき住民のひとりなんだ。それを、この国の人間は、分かっていないのか?
狂っている。何もかもが。
民間人である友人が、戦場の第一線に借り出され、今はこうして大怪我をして横たわっている。その事実に、俺は少なからず苛立ちを覚えた。
(アライブのパイロットが居るのなら……俺が!)
そんな考えが、不意に脳裏をよぎった。
何も、一般人であるシーアを巻き込むことはない。オラクルと敵対することには未だに気が引けるが、今回みたいに、犠牲が出ない戦いなら……俺だって、腹を決められる。これで戦争が終わるのならば、それでいいではないか……。戦争が終わればまた、昔のように国交も回復するだろう。そうなれば、オラクルの友人とも、ゲイルの友人とも分かり合えるはずだ……きっと。
そう、思えたんだ。
今までは、討つか討たれるか。そのどちらかの選択肢しかなかった。だが、ここへ来て、別の選択肢を見つけることができたんだ。
誰も失わない道……と、いうものを。
俺は、傍らに置いてあった軍服に目を向けた。青を基調とし、胸には自由を意味する翼の紋章が刺繍されている軍服だ。ここへ来てすぐに、レンカから渡された、ゲイルの軍服。
俺はそれにそっと手を伸ばし、しばらく見つめた。これに袖を通したら、もう、後戻りはできない。甘えも許されない……俺がそれを許さない。徹底的に、ゲイルの軍人としてあろうとしなければならない。
「……シーア。俺はお前を守ってみせる」
窓にかかるブラインドからは、光がこぼれていた。その光を背に受けながら、俺は白のインナーを隠すように、ゲイルの軍服を身にまとった。なんの階級も持たない軍服かもしれない。一兵卒以下であることは確かだろう。だが、地位なんてものはもう、関係なかった。俺は今、ここに居る。それが事実であり、真実だ。
「あれ? ナイトさん。その服……」
医療班のひとりが戻ってきた。俺は、下を向いていた。そして、しばらく目を閉じ、開くと同時に顔を上げた。
「ゲイルの軍人のひとりとして、俺も参戦します」
そういうと、医療班の彼女は少し驚いた顔をしてから、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうですか。よかった……シーアさんも喜びますね、きっと」
俺はシーアに視線を向けた。争いを終わらせるための、世界や人々を守る戦いの末にはきっと、友人や家族と笑いあえる世界がある。そう、信じて生きようと、心に意気込みをいいきかせ刻み込んだ。
「私はジェスカと申します。ナイトさん、お疲れでしょう? シーアさんの隣のベッドが空いていますから。どうぞ、お休みになってください。アスファに着くまででも、休んでおいた方がいいですよ。この先、どうなるか分かりませんから」
俺は、ジェスカの話を聞きながら、疑問に思ったことをそのまま訊ねた。
「どうなるか分からない……とは?」
すると、ジェスカは「あぁ」という顔をして、説明を加えた。
「いきなりオラクルやザラインから攻撃を受けるかもしれませんから。それに備えるためにも、休めるときに休んでおかないといけないんですよ」
戦いを好まない国、ゲイル。それでも戦わざるを得ないのは、他国からの侵略を防ぐため。防戦一方であるこの国を、どうして俺たちオラクルは、落とそうとしていたのだろうか。
俺はただ、軍令は絶対だと思い、重く考えずにただ上の指示に従ってきた。そのせいで奪われた命は数え切れない。俺は俯いた。
「ナイトさん。過ぎたことを悔やむのは、後にしましょう? 戦争を終わらせて、本当の平和を手にしてからでも、遅くはないでしょう?」
俺が何に心を痛めているのか、彼女は察していた。その通りだ。今は悔やんで伏せっているときではない。ゲイルの軍服を身にまとったんだ。ゲイルを他国から守り、俺と、きっとシーアも望んでいるはずの本当の平和な世界を築くために、俺は動きたい。今持っている知識や技術を活かしたい。
「レンカです。扉を開けていただけませんでしょうか」
「あ、はい。ただいま」
モニターに、髪を二つ結びをした少女が映っていた。無線を受け、ジェスカはすぐさま青のボタンを押し、扉を開けた。
「ありがとうございます。そして、ご苦労さまです」
「いえ、レンカ様こそ。お疲れではありませんか?」
レンカはにこりと微笑みながらジェスカの顔を見た。ジェスカは敬礼しながらレンカの問いに答えていた。
「私は平気ですよ。ナイトさん、いらっしゃいますか?」
「はい」
名を呼ばれ、俺はシーアのもとを少し離れ、レンカに姿が見える位置に立った。
レンカは、俺の姿を見てからしばらく何も言わずにただじっと、俺のことを凝視していた。そして、ゆっくりと微笑んだ。しかし、目は真剣だ。
「よろしいのですか?」
何を言いたいのかは分かる。ゲイル軍について良いのかと聞いているんだ。もう、迷いはない。オラクルに居ても、俺の望む平和は掴めないと知った今、俺はもう、あそこへは戻れない。
「ここで、働かせて欲しい」
レンカはゆっくりと頷いた。俺の覚悟を受け止めるかのように、ゆっくりと。
「お願いします。ブラッドのパイロット……ナイトさん」
今度は俺がゆっくりと頷いた。デスのパイロットではない。今、この瞬間から、俺はアライブのパイロットになった。胸の奥で、閊えがとれた気がした。もう、悩まない。もう、惑わされない。
この、レンカという少女を信じきっていいかはまだ分からない、定かではない。だが、俺がゲイルに就いたことは間違いない。オラクルの階級なんかより、親友との未来の方が大切だ。
「アスファまで、そう遠くはありませんが、少しの休息は取れるはずです。どうぞお休みになってください」
「分かった」
レンカは、ジェスカに俺たちのことを頼むと、この医務室から姿を消した。ブリッジに戻ったのかもしれない。俺は、ジェスカに言われたシーアの隣のベッドに腰を下ろすと、シーアの顔をそっと見た。話し声がしても起きる気配はまるでなかった。深い眠りについているようだ。
(シーア……)
そっと手をシーアに向けて伸ばし、途中で止めた。起こしてしまうかもしれない、そう思ったからだ。伸ばした手を自分のもとに戻すと、俺は靴を脱ぎベッドの上に座った。シーツをまくり、足にかける。そして、ジェスカの方を向いた。
「すまないが、少し仮眠を取らせてもらう」
そういうと、彼女は微笑みながら頷き、カーテンを閉めた。俺は横になり、布団を被った。
久々に、深い眠りにつけた。
「オラクルは一機、新型を失ったようです」
「狙うのならば、今しかない。エース級パイロットを失った今がチャンスだ」
闇は動く。




