戦禍の決意
僕がクリオス学院に入学しようと決めたのは、突然のオラクルの奇襲に遭い、友達を目の前で失ったからだった。
その日、僕は友達たちと地球第二区エリアE内にある街で遊んでいた。その頃は、すでに世界各国が戦争の渦の中に飲み込まれていたんだけど、まだ、ゲイル連合の中ではそういった戦火はほとんどあがっていなかった。だから、国民の中にも戦争に対する警戒心や意識もほとんど芽生えていなくて……僕らもまた、そういうひとたちの中のひとりだった。
いつものように軽い気持ちで街に出かけて、ゲームセンターで遊んだり、昼食をファーストフードで済ませたり、買い物をしたりして楽しんでいた。
戦争なんて、もっと遠くの出来事だと思っていたんだ。事実、僕らはこのとき、実際にその目で戦闘機を見たことさえなかったのだから。
「シーア、そろそろ帰る? お前の家、ここから遠いだろう?」
「うん、そうだね。遅くなると、母さんも心配するし……」
時計を見た。午後四時五十七分。まだ日暮れ前で、外も明るい。今から帰れば、六時前までには帰れそうだった。
「じゃあ、僕はここで帰るね。みんなは?」
「俺たちは、もう少しその辺を見てから帰……」
男友達、エイルの声がそこで途切れた。その視線の先には空がある。僕やみんなもエイルの異変に気づき、同じ方向に目を向けた。
何機いたんだろう。少なくとも、五機くらいは飛んでいた。見たことのない戦闘機、それから、黒のロボットがいくつか飛んでいた。
「何あれ……!」
女友達のミユが悲鳴にも近い声をあげた。僕はただ、絶句して飛んでいく戦闘機を目で追うことしかできなかった。
そして次の瞬間、激しい轟音が鳴り響いた。すぐ近くのビルが崩れ落ち、煙をあげる。すると街中が大パニックに陥り、辺りは大混乱だ。ゲイルの対戦争対策の甘さを目の当たりにした。
「みんな、逃げるんだ!」
僕らは走った。どこへ走ればいいのかも分からない。どこが安全なのかも分からない。次々とビルは倒壊し、火柱が立ち上っていく。人や鉄、ありとあらゆるものが焼かれ、異臭が漂う。爆音、悲鳴、そしてまた爆音。それの繰り返しだった。
さっきまでの平和な日常はどこへ行ったの? 僕らはどうして、こんなところに居るの? ここは、平和なゲイル都市じゃなかったの?
ここは、どこ?
何も分からなかった。
いや、分かることはただひとつ。
ここは、戦場なのだということだった。
「……っ」
何かが光ったと感じると共に、痛みが体中に走った。そして思わず倒れこむ。僕は今、どこに居るんだろう。真っ暗だ。僕は今、目をとじているの? それとも、開けているの?五感が上手く働かない。ただ、痛みだけが僕の脳を支配していた。
「シーア……シーア!」
困惑する僕の耳に、かすれがすれながらも、聞き覚えのある声が聞こえてきた。あまりにも突然の出来事だったので、恐怖を感じる暇もなかった。でも、さっきから知らないひとの悲鳴ばかりが入ってきていたので、久しぶりに知っている声が届くと、少し心が落ち着くのを覚えた。
声のしてきた方に顔を向けようとしても、動けない。ようやくはっきりしてきた目が捉えたものは、コンクリートの壁だった。いくつものコンクリート壁が折り重なって僕らの上に覆いかぶさっていた。たまたま、僕のところだけが空洞になっていて、身体全体が下敷きになるのは免れたらしい。けれども、右肩と左足に細い鉄柱が食い込んでいるようだ。目でそれを確認すると、急に痛みが増してきた。けれどもまだ、生きている。命だけはどうやら助かったようだった。
だけど、僕はこうして生きているけれども、友達は? みんなはどうなったの?
「シーア……大丈夫か?」
「エイル……エイルなの?」
先ほどから自分の名前を呼ぶ声。それは、先ほどまで一緒にいた友達の中のひとり、エイルのものだった。
「よかった、無事……だったか」
僕は身動きが取れないまま、目だけで必死にエイルの姿を探した。すると、左下の方でかすかに手が動くのが見えた。僕は必死に左手をのばし、見えている手に触れようと試みる。けれども、届かない。
「一体……何が」
「もう、駄目だ。俺たちは……」
エイルの嘆きが聞こえた。僕はそれを聞いた途端に、怖くなった。今までは、何が起きているのかついていけなくて、現実を把握できなくて、恐怖も何も感じなかったけれども、明らかに弱っていく友達の声を聞いていて、一気に恐怖が押し寄せてきた。
駄目だって……一体何が駄目なの。俺たち? みんなはそこにいるの? ちゃんと、いるの!?
確かにエイルの手はそこにあるのに。掴めない。もどかしくて、悔しくて、切なくて……涙がこみあげてきた。
「エイル、何言ってんだよ! 大丈夫だよ。きっと、助けが来るから。だから、しっかりしてよ!」
「……」
「エイル、エイル!」
それから、僕が何度声をかけても、エイルから返事が返ってくることはなかった。
一体どれだけの間、僕はあの暗闇の中に居たんだろう。そして、どれだけの間、エイルやみんなの名を呼び続けていたんだろう。
叫びすぎて喉は渇き、泣きすぎて、涙は枯れ果てた。何もかもを失ったかのように、僕はただ、呆然とすることしかもうできなかった。微かに見えていたエイルだと思われる手が、動くこともなかった。
何も動かない。次々と、悲鳴もささやき声も聞こえなくなっていく。爆音も遠ざかり、やがては消えていく。
本当に、ここはどこ? ここは、僕たちが生きていた世界なんだろうか。そんな疑問さえ抱かせるような空間に、僕は取り残されていた。
砲撃により崩れたビルの下敷きになり、友達の多くはそこで即死した……と、搬送された病院の中で、しばらくしてから看護師のひとに教えてもらった。僕もまた、そのときに重症を負ったのだが、運よく助け出されたんだ。瓦礫がどけられていき、煙で覆われた空が見えた。真っ暗だったその場所に、少しずつ光が入ってくる。それなのに、みんなの姿は見えなかった。どこにもなかった。だから、覚悟は出来ていた……。
芽生えた感情は、怒りと恐怖、そして、憎しみだった。
そのとき攻撃してきたアビスや戦艦、そしてシーザス小型戦闘機は、後にオラクルのものだと知った。そのときから、僕の中でオラクルに対する敵対心が芽生えていたのだと思う。
病院に運び込まれてからも、何度も空襲サイレンが鳴らされた。電線を切断されたのだろう。何度停電になり、何度予備電源が入ったことだろう。まだ幼い子どもたちにも多くの犠牲が出ていて、辺りが暗くなるたびに、泣き出す子どももたくさんいた。
僕が居たのは六人用の大部屋だったけれども、軽くその倍以上ものひとが、ひしめき合って体を並べていた。そんな光景を見ていたら、もう、悟るしかなかった。本格的な戦争が、ゲイルにもとうとう訪れたんだ……と。
もう、あのときは戻らない。
平和な日々を共に過ごした友達はもう、この世界に居ない。
こんな世界、誰が望んだんだ。
(終わらせてやる……僕が)
長い間、僕は入院生活を送っていた。病院ということで、あまり戦況を知る術はない。テレビ放送をつけてみても、今回の戦争をどう捉えていいのか、まだ国が決めかねているのだろう。ろくな放送がされない。
僕は、やるべき道が見つからず、毎日をただ生かされている……そんな感覚で淡々と生きていた。
時は少しずつ、僕から憎悪という感情を奪い去っていった。同時に、僕に虚無感を与えていった。
「シーア……シーア!」
母さんが僕の搬送先の病院を探し出して見舞いに来てくれたのは、空襲から十日ほど経ってからのことだった。僕がどの病院に搬送されたのかを知るだけでも時間がかかり、また、荒れ果てた街の中、ここまで駆けつけるだけでも大変だったらしい。それに、今は警報こそ鳴っていないが、いつ警報が鳴るか分からないような場所だ。よく来てくれたと、ありがたく思う気持ちと、心配だという気持ちの両方が同時にこみ上げてきた。
でも、ずっとひとり取り残されたかのように点滴に繋がれた僕の目に、よく知る母さんの顔が映ったときには、どこか少しほっとして、涙が久しぶりに浮かんだ。ただそのとき、父さんが一緒に居ないことが気がかりだった。父さんも、ちゃんと無事に生きているんだろうか。
母さんは僕を見つけると、僕の名を叫び、そしてゆっくりと僕の身体を抱きしめた。とても、大切なものを扱うように、優しく僕の身体を抱いてくれた。僕は抱かれるがまま、静かに母さんの腕の中で涙を流した。
「よく、無事でいたね……シーア」
母さんの笑みからも、一筋の涙がこぼれ落ちた。
僕が病院に入院している間に、クリオス学院は創立された。時間の経過と共に薄れつつあったとはいえ、確かに心の奥底に刻まれた戦争に対する憎しみ、何かしたいという強い思いから、僕は自然にその学院に惹かれた。母さんに頼んで学院のパンフレットを取り寄せてもらうと、僕は一通り目を通した。すでに心は決まっている。このパンフを読んで、その意志が確かなものとなった。やるべき道が示されたんだ。
そして僕は、傷が完治してから間もなく、両親にクリオス学院への転院の希望を伝えた。当時僕は学歴的に優秀である別の中学に通っていたのだが、時勢が時勢なだけに、両親も承諾してくれた。当時まだ立ち上がったばかりのクリオス学院だったが、入学するにはかなりの難関を突破しなければならないと噂に聞いていた。けれども僕は、諦めなかった。それぐらいの努力をつめば、自らの手で、平和を守るために必要な何かが得られるのならば……と。僕には、ためらいも迷いもなかった。
退院してから間もなく、僕はすぐにクリオス学院の特別編入試験を受けた。二~三日後メールにて結果が送信されてきた。「合格」だ。僕はふと、息を吐いた。絶対に通ってみせるとは思って受けたけれども、絶対なんてものはない。とりあえず、第一関門は開いたと、僕は安堵の笑みを浮かべた。
すでに入学期は過ぎており、僕は編入生という形でクリオスの門をくぐる。はじめは軍についてや、戦艦、戦闘機、アビスに対する基礎知識を学び、後にパイロット養成、オペレーター養成、武器開発養成など、いくらかの部門に分かれて専門性を高めるような仕組みになっている。最大二つまでの併学が認められているそうだが、多くのものは、一つに的を絞るらしい。はじめは僕もそのつもりでいたんだけど、ここへ入りコンピューター知識が豊富になったことを機に、パイロット養成に重みを置き、情報部門も共に学んでいくことを決めた。
それが、今から二年前、僕が十三歳のときだった。
それから二年間、ありとあらゆる知識と技術を身につけ、僕は学院主席を守り続けた。戦争に対する憎しみが強かったからか、友達の仇を討ちたかったのか。強い思いが結果を導いたんだろう。
そして十五歳になってからしばらくして、とうとうゲイルのアビス第一号機が完成した。一号機というよりは、試作機と言った方が正しいかもしれない。その性能は、どの国の量産型よりも、はるかに劣っていると聞いている。
その第一号機パイロットに選ばれたのが、僕だった。起動の仕方、運転の仕方はすでに習得済みだ。多少、学院で習ったところとは違う点、新型機器も搭載されていたが、そこはその都度対処することができた。そういったところは、他のひとよりは少なからず長けていたと思う。昔から、適応能力は高い方だった。
そして、はじめてアビスで出撃したとき、初戦にしながら僕は敵艦を撃墜し、ゲイルに勝利をもたらした。
もちろん、僕だけの功績ではない。ホワイトクロスの援護、シーザスの援護があったからだ。その頃から、ゲイルの戦闘体制は確立されはじめていた。
深夜、僕はアビスが収蔵されている格納庫へ向かった。アビスのコントロールパネルを操作し、アビスの改良にあたるためだ。
「出力をもっとあげて、ディールシステムも書き換えなくちゃ」
ディールシステム。こちらが指示を与え、アビスを動かす。指示を出してから行動に移るまでの時間を設定するものだ。早ければ早いほど、咄嗟の動きに対処できる。それから、照準を合わせるときにかかる時間の短縮も必要だ。一度に合わせられる照準の数も増やせるものなら増やした方がいい。そのためには、搭載するミサイル数も限界値も上げなくてはいけない。
「このままじゃ……負ける」
ナイトの機体、アビス新型。量産型のアビスとは、パワーもまるで違うだろうし、攻撃力も防御力も、何もかもがこちらのアビスを上回っているようだった。このままじゃ、勝てない。追い返すことさえできない。
今日はナイトが退いてくれたからその場をしのぐことができたけど、もしまた今回のようなことが起きたら? それに、新型が一機とは限らない。他にもあるかもしれない。
「新しい武器も、考えたほうがいいかな」
今、アビスに搭載されている武器は、スチールソードに小型ミサイル、そしてブーメラン型ナイフ。たったのこれだけだ。明らかに攻撃力が低い。搭載数も少ない。だからこそのスピードかもしれないけれど、速く飛べるだけじゃ、戦争では勝てない。
「ビーム……どこかに、ビームライフルを設置できないかな……ビーム、レーザーの方がいいのかな。磁力の影響も受けないし……」
コックピットに乗り込んで、再び僕はキーボードをたたいた。モニター画面にアビスの設計図が映し出される。そして僕は、それの書き換えを試みた。ほとんど屈折することなく直進するビーム。さらに、どんな機体をも貫く威力を持っているビームの攻撃力は魅力的だった。
「L値をもう少しあげて、重力を緩和してみたら? いや、それじゃあ地上戦で弱くなるか? 接近戦では素早さが鍵になるだろうし、やっぱりあまり重量を上げるわけにもいかないか……」
独り言をぶつぶつと続けながらも、僕は素早くキーボードをたたいていた。次々にデータが書き換えられていく。
「誰だ!」
見回りに来ていたゲイル連合の軍人だろう。懐中電灯で照らされ、僕の顔が闇の中に映し出された。
「シーア・ミツキ。アビスパイロットです」
「シーア?」
見回りに来た軍人の胸には星が一つ。そして、襟についたラインは一本。ホワイトクロス所属、クロイ少尉だ。
「はい、すみません。無断で入り込んでしまって」
僕はコックピットを降り、クロイ少尉のもとに歩み寄った。長時間作業を続けていたため、肩や腰に疲れが出ていた。
「何をしていたんだ? こんな時間に」
今は深夜二時頃だろうか。先ほど出撃があったのは、昼間の三時過ぎ頃だ。あれから僕は、対敵アビス対策を考え続けていたんだ。このままでは、どうあがいても時間の問題でゲイルはオラクル、もしくはザラインの手中に落ちると思ったから……。僕は、ここを守りたい。生まれ育ったここ、ゲイルと、そこに生きる仲間たちを。クリオス学院のみんなのことも。
クロイ少尉は、気さくでとてもひとのよい人だった。シーザスパイロットのひとりで、射撃の名手だ。
「はい、アビスの改良を……」
「アビスの? それは、艦長や上からの命令で?」
僕は首を横に振り、アビスに目を向けた。今はメイン電源を落としてあるため、機体の色はくすんだ青色をしている。
「いえ、僕の判断です。いつまた、敵アビスが侵入してくるか分かりませんから」
そして僕は、目の前にあったコントロールパネルを操作し、今日入手したナイトのアビス・デスのモニター映像を出した。
「装備数、エンジン回転数。何をとっても、おそらくはゲイルのアビスを上回っていることでしょう。ホワイトクロスの性能がどの国の艦隊よりも優れていたとしても、たった一隻でアビス何体をも相手にすることは、困難だと考えられます。だから、少しでも今のアビスの性能を上げようと思って……」
クロイ少尉は右手をあごの下に伸ばし、くすっと笑みを浮かべた。そして、興味ありげにモニター画面を覗き込む。彼はクリオス学院生ではなく、正規の軍人である。そのため、階級も設けられているのだ。僕ら学院生は、軍人階級をもたない。
「なるほど。それにしても、学院ではこんな複雑なコード解析やら書き換えまで学ぶのかい?」
「いえ、ここまでは……」
確かに、基礎は学ぶ。けれども、複雑なコード解析、書き換えなどは学ばない……というか、学べないようになっているんだ。特にアビスやホワイトクロス級の戦艦は国家機密だ。そのため、軍直属である学院であっても、詳しい内容は教えることはできないのだろう。
ではなぜ、僕がこれをすることができるのか。それは、実のところ僕自身にもよく分からないんだ。ただ、どうすればいいのか、何をすれば書き換えが可能なのか。それが自然と、頭の中に流れ込んでくるんだ。
分からないことなんてない。少なくとも、機械、コンピューター関連ではそこまで言い切れるほどの知識が僕にはあった。学院に入学することで、その特異体質はいっそう磨かれた。
「ふーん……そうだろうね。クロエはこんなことできないし」
そう、クロイ少尉は、学院の同級生でありかつ、ホワイトクロスシーザスパイロット、クロエの実のお兄さんなんだ。兄弟そろってホワイトクロス、この戦争の第一線で戦っている。
「クロエは優秀です。僕なんかよりも、ずっと。だからこそ、シーザスに乗っているんでしょう?」
女性で戦闘機のパイロットに任命されることは珍しい。それだけ彼女が優秀であるという証拠だ。パイロットは、知識が豊富なだけでは担える職ではない。判断力、瞬発力、そして、実行力が必要だ。敵前にして怖気づき、何もできなければ意味がない。特にシーザスは、小型戦闘機。アビスに向かって立ち向かうには、想像もつかないほどのプレッシャーに耐えなければならないんだろう。
確かに、アビスの操縦は難しい。これはまた、特別な技術が要求される。けれども、シーザスほど脆くはない。たった一隻のゲイル製アビスであるというプレッシャーはあるけれども、僕はきっと、シーザスに乗ることは、アビスに乗ることよりもずっと強い精神力が問われると思う。
「それで、どうなんだ? 調整の方は、上手くいってるわけ?」
クロイ少尉はパネルを覗き込みながらそう訊ねてきた。少尉という位を持ちながらも、クロイ少尉はいつでも気さくで、誰にでも態度を変えなかった。艦長と同じく、たくさんのひとから信望を得ているひとだ。
「はい、そのことなんですが……レーザーを生産することはできませんか? アビス専用の……無理でしたら、ビームライフルを」
「搭載するのか?」
少尉は右手をあごの部分に当てたまま、少し何かを考えているように見えた。何を考えているのかは分からない。
「はい。いくらなんでも、今の装備では敵アビスに、とくに新型には、対抗できないと思ったので……」
「そうだな。確かに……デス・ブラッドだっけ? あれは手ごわそうだったな。ビームぐらい持ってないと、太刀打ちできないだろうな」
僕に同意を示してくれたクロイ少尉は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、すぐに軍司令部に連絡を入れてくれた。この携帯は軍から支給されているもので、ゲイル連合の紋章、翼をかたどったものがオブジェとしてつけられていた。僕ら学院生にも支給されている。
「夜分にすみません、クロイ・マカレディーです。フィール大佐をお願い致します」
僕は少しクロイ少尉の電話でのやり取りを気にしながらも、再びコントロールパネルの操作に移った。ビームライフルが搭載可能になったとき、どこに搭載するべきか。まだ決まっていないからだ。スチールソードも接近戦では役に立つ。これを装備から外すことはできない。両方を共に搭載するには、機体構造も少し変更しなければバランスが取れなくなるかもしれない。あらゆる可能性を考え、僕は夜通し改良に全力を注いだ。
時間が欲しい。他の連合レベルのアビスにまで持っていくには、まだまだ時間が要る。アビス自体の性能アップ、ならびに兵器開発。それをしている間にも、敵はこちらの事情を無視して襲ってくるのだから。
僕は、ただひたすらにモニター画面とアビス本体を見ながら、キーボードをたたき続けた。
ふと目を開けると、明るい天井が目に入ってきた。そして少し、薬くささが鼻を刺激する。僕は医務室のベッドの上に横になっていたんだ。
一体いつ眠ったのか。いつここへ来たのか。どこまでアビス改良が済んだのか。まるで記憶にない。朝日が昇ったことは覚えている。その後、僕はどれくらいの間、あそこで作業していたのだろう。一緒に居たはずのクロイ少尉はどうしたのだろうか。
僕はゆっくりと体を起こすと、辺りを見回してみた。時計は、午後の一時過ぎをさしている。
「あぁ、おはよう。目が覚めたみたいね」
ボタンで開閉する医務室のドアが開くと、そこから小柄の女性が入ってきた。彼女がクロエだ。昨日の戦闘で、唯一生き残ったシーザスパイロット。栗色の髪に同系色の瞳を持った彼女は、華奢で、とても戦場で戦うものの姿には見えなかった。瞳も優しくて、どう見たって争いを好むようなものではない。
「クロエ。うん……僕、どうしてここに? 格納庫に居たはずなんだけど……」
僕がそう訊ねると、クロエは「あぁ」という顔をして、僕の顔を見ながら応えてくれた。戦いの疲れなんてまるで感じさせない、血色のよい、いつもの彼女の顔だった。戦闘機に乗っているからか。顔は日に焼けていて、軽く小麦色をしている。シーザスはアビスとは違って、コックピットと外界は、特殊ガラス一枚でしか隔てられていない。日光によって目が眩まないように加工はしてあるけど、紫外線までは防御しきれないんだ。
「兄さんがここまで運んできたみたいよ? シーア、アビスの改良をしてたんだって?」
そうか、クロイ少尉が僕をここまで運んできてくれたのか……ということは、僕は途中で意識を失ってしまったのだろうか。さすがに、戦闘後の徹夜は身体にこたえたらしい。それに比べてクロエは本当に元気だと感心した。
「うん。デス・ブラッド……クロエも見たでしょう? あぁいうのがこれから、次々に出てくるかもしれないと考えたら……いてもたっても、いられなくなって」
「正義感が強いっていうのか、なんていうのか。学院のときから、そういうところ、変わらないね」
くすっと笑みを浮かべるクロエをよそに、僕は布団をぎゅっと握り締めた。明らかに性能のよい敵アビス。まだ、改良の済んでいない僕のアビス。今、再び警報が鳴ったら……僕はこれまでのように、敵を追い返すことができるんだろうか。ゲイルを、敵の手から守ることができるんだろうか。
「シーア……」
深刻そうな眼差しで布団を通り越し、どこか遠くを見ている僕を心配そうに見ながらも、クロエはテーブルの上に、トレーに乗った昼食を置いてくれた。わざわざ食堂から持ってきてくれたようだ。身体の調子が悪くて倒れた可能性を考慮してか、低カロリーの病人食のようなメニューだった。
「ひとりで思いつめないで? ね? だって、私たちはみんなで戦っているんだから」
そう言われ、僕は俯き加減だった顔を上げ、クロエの顔を見た。すると彼女は微笑んでくれた。
「確かに、アビスはゲイルに一機しかないわ。シーアは、私たちよりもずっと、軍から期待されているし……プレッシャーとか、あるんだと思う」
彼女は少し間をとって、僕の瞳をじっと見てきた。とても真剣な眼差しで、僕はその目から目を逸らすことができなかった。
「大丈夫よ。私たちは負けたりしないわ。ゲイルの底力、みせてやりましょう!」
そして、真剣な眼差しは、微笑みにと変わった。本当に、なんてたくましいひとなんだろうか、クロエは。小柄で女性ながら、第一線で戦場を飛び回るパイロットであるのだと、この彼女を見れば頷ける。絶対に負けないという気持ちは、彼女の武器だ。そして、彼女の微笑みは、おそらくはゲイル軍に所属するものたちの希望なんだろう。
「うん……そうだね」
僕はスプーンを手に取り、一口ずつそれを口にした。クロエはその様子を満足げな顔をして見ていた。それからしばらくして、クロエは用があるからと、部屋を後にしていった。僕はただ、「またね」と声をかけて彼女の背中を見送った。
しかしここで、ふと疑問を覚えた。そういえば、彼女はパイロットスーツを身にまとっていた。普段は艦内では軍服を着ているはずなんだ。パイロットスーツを着るときは、出撃要請の出たとき、あるいは、警戒態勢時のみだ。今は、コンディションレッド。つまり、警報発令時なのだろうか。それとも、イエロー? 警戒態勢なのだろうか。医務室は外から遮断された場所にある。防音設備が完備しているんだ。そのため、サイレンの音も何も聞こえない。患者に負担をかけないようにするための、軍の配慮だ。だけど、これでは……現状が何も把握できない。
僕は、数口しか手をつけていないご飯をよそに置き、軍服のボタンを一番上まで留めた。寝やすいようにと、クロイ少尉がおそらくはボタンを外しておいてくれたのだろう。
「シーアくん、どうしたの? もう少し、休んでおいた方がいいわ」
医務室を出ようとしたとき、軍医のサラサさんに声をかけられた。腕をつかまれ、半ば強引に医務室内のベッドの方へ引きずり込まれる。彼女は若いが、学院生ではなく、正規の軍人だ。けれども、軍医所属なので、戦場には出ない。彼女の階級は、確か軍曹だ。
「あの、警報出ましたか? 何か、あったんですか?」
僕がそう訊ねると、彼女は少し戸惑ったような顔を一瞬だけ見せた。しかし、次の瞬間にはいつもの気丈は顔に戻っている。
「何もないわよ。どうして?」
変だ。明らかに、おかしい。僕は違和感を覚えながら、窓の方へと歩いた。ブラインダーが降りていて、外の様子が見えない。そこで僕は、ブラインダーをあげようと紐に手を伸ばした。
「クロエもサラサ軍曹も、どこか様子がおかしいから」
サラサ軍曹が僕を止めようと手を伸ばしてきたが、それよりも早く僕はブラインダーを上げた。外の景色が広がる。目に入ったものは、煙だ。所々から煙が立ち上っている。単なる火災なんかじゃない。また、襲われているんだ。こんな、立て続けに襲来してくるなんて……そこまでして、ここを落としたいのか。こんな、ただのゲイル市街の一角を。どうして集中攻撃してくるんだ。
それよりも問題なのは、なぜ僕は、ここで休んでいるんだ。いち早く戦場に駆けつけなくちゃいけないはずの、僕が。なぜ、こんなとこでのんびり食事なんてとっているんだ……間違ってる。
「どうして……どうして教えてくれなかったんです!」
僕はそう叫ぶと、急いでアビスに向かおうとした。けれども、入り口を後から入ってきた一等兵たちによって塞がれてしまった。みんなして、僕をここに閉じ込めたがっているようだ。一体、なぜ? アビスを勝手に改良しようと手を伸ばしたことがいけなかったのか。それとも、別にパイロットが見つかったから?
だったら、シーザスでもいい。ここで何もできないで居るよりは、ずっといい。シーザスの運転の仕方を、僕は知っている!
「そこをどいてください! 僕も出撃します!」
「シーアくん、あなたに出動命令は出ていません」
サラサ軍曹が深刻そうな顔でそう僕に告げた。軍人ではないにせよ、ホワイトクロスに属する僕にとって、軍の命令は絶対だ。でも……。
「どうしてですか! アビスは出ているんですか!? 敵は!? どうして僕は出撃できないんですか!」
サラサ軍曹を押しのけて扉に近づくと、剣を持って入り口を封鎖していた一等兵ふたりが間をつめ、完全に入り口に僕が近づけないようにとした。
「シーア。今日はいいから、そこで飯を食べてじっとしていろ」
「だから、どうして? クロエは出撃するんでしょう? だったら僕だって……」
どうにも納得する様子のない僕を前に、サラサ軍曹は静かに歩み寄り、僕の肩に手をのせた。僕をなだめるかのように。
「勝てないわ。あなたが行ったところで……」
僕は一瞬、軍曹が何を言っているのか、理解できなかった。
勝てない? それがなに。今までだって、充分にゲイルは不利な状況下で戦ってきたではないか。それを今さら、なぜここで怖気づかなくてはならないんだ。
「アビスで出ます」
「今、アビスを失えば……ゲイルは本当に終わりです。ここは、捨てるしかありません」
苦渋をかみ締めるようにして、サラサ軍曹はそう言った。
(捨てる?)
僕は、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。ここ、ゲイル領エリアGを捨てるということなの?
窓の外に再び目を向けると、確かに戦火から徐々にホワイトクロスは遠ざかっている。この艦隊までもが戦線離脱するということなのか!?
待って、それじゃあ、パイロットスーツに身を包んだクロエは?いや、クロエだけじゃない。シーザスは何機か出ているはずだ。彼女たちも、切り捨てるというのか!? これが、軍の方針……国を守るということなのか!?
「シーザスは、戦車隊は!? みんな、後退しているんですか!? 降伏しているんですか!?」
軍曹も一等兵も、何も答えてはくれない。きっとこれが「答え」なんだ。
僕は歯をかみ締めると、拳に力をこめた。そして、思い切り一等兵に向かって体当たりした。突然の行動に対処しきれなかった一等兵はバランスを崩し、その間に隙間ができた。僕はすぐさまそのスペースに飛び込み、扉を開けて廊下に出た。
「シーア、止まれ!」
後方から一等兵の声が聞こえる。だがもう、構うものか。今、戦場で戦っているのは、僕の友達なんだ。切り捨てられ、殺されそうになっているのを、見捨てられるものか!
(僕は、アビスのパイロットだ)
こういうときに、力を発揮できなくてどうする。シーザスで太刀打ちできるものか。相手がシーザスだけで攻めこんで来ているとは思えない。僕が出ても戦況が変わらないと判断したのであればきっと、敵アビスが複数機送り込まれているのだろう。
しばらく走ると、アビスが保管されている倉庫へたどり着いた。カタパルトデッキへの扉を開けば、アビスは空へ飛び立てる。僕は、扉を開くための操作パネルに向かった。
「シーア!? なぜここに!」
アビスの管理兵のひとり、ハヤミさんだ。やっぱり、軍は僕を医務室に閉じ込めておくつもりだったのだろう。もしかしたら、その命令を受けたクロイ少尉が、僕に睡眠薬でも投与したのかもしれない。医務室で目を覚ますまで、まるで記憶がないというのはおかしい。そこまで疲労していたつもりもなかった。
僕が何をしようとしているのかすぐに気づいたハヤミさんは、当然のことながら、僕のことを止めようとした。
「シーア、お前には出撃要請は出て……」
「その話は知っています。それでも僕は……」
ハヤミさんの言葉を聞き終える前に、僕は言葉を繰り出した。そして、ひと呼吸置いてから、静かに後を続ける。
「僕は、行かなきゃいけないんです」
まっすぐにハヤミ伍長の目を見据えた。黙ってこの場を見逃して欲しいと……心から訴えながら。
ハヤミさんは黙り込んだまま、僕の目をじっと見ていた。そしてしばらくしてから、ふっとため息をもらした。
「これだから、学生っていうものは……」
ハヤミ伍長は大きくため息をつくと、憑き物がとれたかのような顔をして、僕の顔を見てきた。
「ほら、さっさと乗りなさい。門は俺が開く」
「ハヤミ伍長!?」
僕は驚いた表情でハヤミさんを見上げた。彼は僕とは違い、正規の軍人だ。軍令に逆らって、僕を出撃などさせたら……後にどんな始末が残っているか……。重責を負わせることになってしまう。そんなのはダメだ!
「僕がやります。迷惑はかけたくありません」
「四の五の言わず、さっさと乗りなさい」
僕が困惑した表情を見せると、彼は僕の頭を優しく撫でた。
「行かなきゃ、いけないんでしょう?」
「……っ」
僕はハっとした。そして、力強く頷くと、すぐにアビスのコックピットに向かって走った。コックピットから自動はしごを下ろし、そこに足をかける。そして、手元にあるボタンを押すと自然に足場が上昇し、コックピットまで僕を導いた。
コックピットに入ると、僕はすぐさま扉をしめた。そして、メイン電源を入れ、各装置を起動する。モニター画面が現れ、アビスに異常がないことが確認される。パイロットスーツになんて、着替えている時間さえもったいない。パイロットスーツは衝撃から身を守ってくれるけれども、今はそんなことを気にしているときではなかった。僕は軍服のまま、出撃する。
「ハヤミ伍長、お願いします!」
「了解」
轟音と共に、滑走路が開かれた。そして、その先には空が広がる。煙でくすんだ空だ。
「シーア、いいか。アビスを失うわけには行かないんだ。駄目だと思ったら退け。すぐにだ」
「はい」
アビスに接続されていたエネルギー補給パイプが外された。これで、アビスは発進できる。
ハヤミ伍長が操作してくれたおかげで、ハッチが開けられ、カタパルトデッキからは空が見えた。進路クリア。発進準備、全て完了だ。
「全システムオンライン……異常なし。シーア・ミツキ。行きます!」
操作レバーを引き下げ、一気に足場がスライドされ機体が加速する。そしてその勢いで空へと飛び上がり、翼を広げ、エンジンを点火した。勢いよく飛び立つアビスの機体は、太陽の光を反射しながら、青く輝いていた。