完璧とは不完全
結局は、戦争からは逃れられない宿命なんだ。
どこかが勝たなければ、終わらない。
そういうものなんだ……きっと。
絶対的な力こそが、平和を築くものなんだ。
「新型!?」
「どこだ、見えないぞ!」
セーラの機体は、光の屈折の関係で、シグナルさえ掴めようとも、実態が掴めないんだ。空と一体化しているセーラの機体を撃ち抜くことは、困難を極めている様子だ。
一方セーラは、淡々と、オラクル機の武器や手足のみを狙って、次々に撃ち落していった。スピードもある、いい機体だ。まだ不完全だとか言っていたが、あれのどこが不完全なのだろうか。あれが完成したら、一体どんなことになるんだろうか。
「セーラさん、もう少し威力を弱めてください。オラクルにも犠牲を出したくはありません」
レンカは無線を通じてセーラにそう呼びかけた。その言葉に、俺は耳を疑った。
(威力を……弱める?)
「はい、すみません」
そういうと、小さなモニター画面にセーラのコックピット内の様子が映し出された。コントロールパネルを引き出し、出力修正をしているようだ。その間にもミラージュに向かって、ミサイルが放たれる。誘導型のミサイルだ。それを察知したセーラは、出力修正画面を換え、今度はシールド情報の画面へと変えた。
「ECMフィールド稼動……まだ、四〇%がこの機体では限界かな」
そう言いつつも、彼はそのECMフィールドを稼動させた。ミラージュ全体が特殊な磁力によって覆われているように見える。撃ち出されたミサイルは、軌道を狂わされ、次々と玉砕していった。
「私たちは、オラクルを沈めるために戦っているのではありません」
俺がただ、モニターの虜になっていたとき、いつの間に隣にまでやってきていたのだろうか。すぐそこに、レンカは居た。
『討たなくてもいいんです』
先ほどのレンカの言葉と、今のミラージュの戦い方が重なる。ミラージュは、敵を撃破しようとはしていない。そのために、わざわざ出力を下げ、攻撃力まで下げたんだ。
この場を凌げればいい……それが、彼女の本心なのだろう。ゲイル全体かは分からないけれども、少なくともここの乗組員はレンカのその考えに賛同しているらしい。
「ミラージュの欠点とは?」
俺は、レンカに直接訊ねた。俺の目から見たら、強すぎることぐらいしか、思い当たらなかった。
「ミラージュを見て……いかがお思いになられましたか?」
だから俺は、率直に感想を述べた。
「強すぎますね。防御システムも完璧ですし……いえ、あれだけ防御が徹底していれば、無理に攻撃に出る必要もない」
レンカは、俯きかげんで頷いた。
「最新鋭のアビス……といっても、過言ではないと思います。ですが、強すぎてはいけないのです」
彼女は次々と撃たれ落ちていくオラクル機に目を向け、悲しそうな目をしていた。まるで、肉親が落とされているかのような、哀れみの目だ。いつでも冷静で、笑顔でいる彼女からはあまり想像のつかない姿だった。
「強すぎる力は、新たな力を呼ぶと思いませんか? 私は別に、力で世界をねじ伏せたいわけではないのです。本当の世界を築きたい……ただ、それだけなのです。それに賛同してくださった方が今、こちらの船に乗っています。学生の方もいらっしゃいますし、軍の方もいらっしゃいます」
彼女は再びモニターに目を移し、しばらくミラージュの戦闘ぶりをじっと見つめていた。それから、一呼吸おいて俺の方を見た。
「ナイトさん」
彼女は凛とした姿で、俺の目の前に立っていた。
「あはたには、力があります。技術、知識があります。それを、どこでどう、お使いになるおつもりなのですか?」
「……オラクルで」
すると彼女は、少し怪訝そうな顔をしてから後を続けた。
「オラクルで、デスに乗り、ゲイルの艦隊を落とし、ザラインの艦隊を落とし……その先に生まれるものはなんですか? 平和な世界なのですか?」
彼女の言葉に俺は少し戸惑って、言葉をつぐんだ。
撃って、撃ち返して……シーアと戦場で出会ってから、本当に、これまで敷かれていた軍人としてのレールが一気に崩れ去ってしまった。オラクルとして戦い続ければ、オラクルは安泰するだろう。だが、他の国は……? 敗戦したのだから、オラクルの支配下にされても仕方がないということなのだろうか。
そこには、オラクルを中心とした世界が広がるんだ……きっと。
「ミラージュ、被弾!」
そのとき、管制塔から声があがった。ミラージュの翼が折れ、うまく飛べなくなっているようだ。操作ミスでもしたのだろうか。完璧に見えたが、あぁ見えてもやはり、あれは未完全なのだろうか。
「ピースメイルの右翼に着艦させてください。SAM起動。格納庫を開けてください」
「レンカさん、すみません」
申し訳なさそうに、セーラからの無線が入った。けれども、誰もセーラを責めようとはしなかった。たった一機で、オラクル艦隊を相手にしているんだ。誰が文句など言えようか。今は、彼ひとりの背に、この船の命運が託されているんだ。俺が助けようとしたシーアの命も、彼が握っていることになる。
「いえ、不完全な機体による出撃を、無理にお願いしたこちらの責任です……セーラさん。引き続き、ピースメイルの右翼から、出来る限りオラクル軍勢を追い払ってください」
「分かりました」
そして彼女は俺の顔を再度見た。もの言いたげだが、向こうからは何も言い出さない。だが、言いたいことは分かっている。
「落としたいわけではない……守ればいいんだろう!? この船を……」
半ば投げやりになりながら、俺はそう吐き捨てた。しかし彼女はそれでも満足そうな笑みを浮かべるだけだった。まるで俺が、最終的にはこういう決断を下すということを見越していたかのように思える。
「はい」
俺は、ため息を着きながらもブリッジを後にした。そのとき、不意にレンカが俺に対して、優しく笑みを浮かべたような気がした。
少なくとも……ここに居るひとたちは、戦いを好んでいるわけではない。また、むやみやたらに敵の命を奪ったりなんてしない。いや、むやみやたらどころか……まるでとろうとしない。俺たちとは、そもそも方針が違うんだ。そして、目指している世界が違うんだということを認識した。
格納庫までやってくると、シーアの機体の修復と共に、俺のブラッドが隣に配置されていた。今は電源が入っていないので、機体は灰色をしている。俺は自分の何倍ものあるブラッドを前に、しばらく立っていた。
「ブラッド……これから、仲間を撃ちに行く」
トレス先輩、リーゼン先輩。さらには、俺のことをよくは思っていなかっただろうけれども、気にかけてくださっている人は、軍の中にも居た。そんな人たちに向かって、俺は今から銃口を向けに行こうとしているんだ。
だが、これは命令だからじゃない。
自分で決めた道だ。
この船を、オラクルとは別の世界を目指しているこの船を、守ってみたくなったからだ。
何かに支配される世界ではない世界を、見てみたいと思ったからだ。
撃って、撃たれて……それだけではない。
戦争というものを、平和というものを、どうやらここのひとたちは示したいらしい。
絶対的な力による服従のもとに、真の平和は……来ない。
だから俺も……彼女たちに、力を貸してみたいと思ったんだ。




