悲しき戦争の実態
ゲイルは、本当に防戦しかしないんだ。
今日のことを見たって、シーアが戦闘を挑みに来たとは思えない。
それなのに艦長の下した命令は、アライブ撃墜だった。
無防備といってもいいシーアを撃てと、艦長は命じたんだ。
俺は苦虫をかみ締めた。
「そんな顔をなさっていては、見えるものも見えなくなりますよ」
彼女はなおも微笑みながら、俺の手を引いた。冷たい彼女の手からは、まるで彼女から冷静さが伝わってくるようで、俺の頭に上った血は、少しずつ我に戻っていった。
「何が悪で、何が正義か……それはきっと、誰にも分からないことですよ」
まるで、俺が何に対して疑念を抱いていたのか、悟っていたような言葉だった。彼女は平然とした顔で、後を続ける。
「オラクルから見れば、ゲイルは悪なのでしょう。しかし、ゲイルから見れば、他国が悪に見えるのです。それが……戦争というものです」
俺は、黙って彼女の言葉を聞くことしか出来なかった。反論の余地なんてない。いや、彼女の言っていることは正論だ。反論する必要もないんだ。
「戦争はなぜなくならないのか……それはきっと、それぞれに理念があるからなのでしょうね」
そして彼女は、悲しげな目をして俯いた。そして、一息ついてから、ドアのところに手を当てた。
『戦争がなくならないのは、それぞれに理念があるから』
彼女の言葉が、繰り返し、俺の心に響いてきた。敵、味方。それは、それぞれの立場によって違ってくるものなんだ。
彼女の言うとおり、はじめから、正義も悪もない。それがきっと、戦争なんだ。どちらの国にも守りたいものがあって、守りたい理念があって。だからこそ、ぶつかり合ってしまうんだ。
言葉で口論するのではなく、武器を以ってして、ぶつかってしまうんだ……愚かな俺たち人間は。俺たちは、あまりにも強大な力を持ちすぎて、話し合いという手段を忘れてしまったのだろうか。今回のシーアの件がそうだ。ほとんど丸腰の相手にさえ、敵だと判断すれば容赦なく刃を向ける。悔しいことに、そんなことが当たり前な日常になってしまっている。
そんな混沌とした世界の中心に位置する場所に居た俺は、そのことに気づくことができなかった。世界が歪んでいることに、まるで気がつかなかった。自分が正義だと、信じて疑わなかった。そこが厄介なんだ。
敵と味方……ではなく、理念が同じか異なるか……の解釈では、大きく状況も変わってくるはずだ。つまり、今の俺たち、世界は、「敵・味方」という見解しか見出せていないんだ。だから、戦争が起きてしまう。
彼女はそれを、少なくとも俺たちよりもずっと多くのことを、悟っているのだろう。だからこそ、こんなにも悲しげな顔をしているんだ。今の俺たちでは、戦争を止める術が見つからないから……。
俺にだって、この歪んだ世界の修復方法なんて……何の知恵も浮かばない。俺に出来ることは、結局ただアビスに乗ることぐらいなんだ。自分にできることなんて、高が知れている。
そのときふと、「シーアは、何を思ってアビスに乗っていたんだろう」と、気になった。シーアは、俺に何を聞きたくて、あんな軽装でオラクルにまでひとりやって来たんだろう。
「レンカです。入ってもよろしいでしょうか?」
しばらく歩き、ドアの前で彼女は立ち止まると、インターホンのボタンを押しながら扉の向こうに側に話しかけた。
「はい、どうぞ」
すると、向こう側から返答があり、その声と同時に、扉が開かれた。ここが、医務室なのだろう。いくらかベッドが用意してある中、シーアは一番手前のベッドに横たえられていた。ちゃんとした設備のある医務室で、迅速な処置がとり行われている。
左腕には点滴を……おそらくは栄養剤だろう。右腕には輸血が施されている。先ほどまでよりは、幾分か顔色がよくなったかのように見える。だが、依然として意識は戻っていないらしい。苦しんだ表情をしていないことだけが、俺の中では唯一の救いだった。麻酔が効いているからなのだろうが……。
「どうですか、シーアさんの容態は……?」
レンカは心配そうに訊ねた。すると医師は、内部の出血を糸で結びながら答えた。
「よくはありませんね。頭を強く打っています。それから、肋骨が二本折れていますね。そのうちの一つが、肺に刺さっているようです」
医師の診断を受け、レンカの顔色が曇った。いつも気丈としているか、整然としている彼女にとっては珍しい表情だと思った。
「あの……」
俺は、いてもたってもいられなくなって、思わず医者に声をかけた。
「あなたは……」
医者は、俺の軍服が気になったらしい。だが、そんなことを気にしている余裕は今の俺には無い。
「シーアは……助かるんですか? ちゃんと……意識は戻るんですか!?」
強引に押しかけるようにして、俺は医師に詰め寄った。医師には何の責任も無いのに……こうして誰かに当たらないと自分を保てないほど、俺は混乱していたんだ。そして、目の前にいる弱り果てた友人の姿を、受け止めることができなかったんだ。
そのとき、不意に俺の肩に手がまわされた。細くて華奢で、色白な手だった。その指先を持つものは、レンカだった。
「大丈夫ですよ、ナイトさん。シーアさんならば、きっと……あのときだって」
そういいかけ、彼女は言葉をとめた。それを気になった俺は、問い返す。
「あのとき?」
だが彼女は、それ以上答えようとはしなかった。ただ、いつもの笑みを浮かべるだけであり、先ほどまでの彼女に戻っていた。
「ここで、その軍服を着ていては何かと不便ですね。ナイトさん……ゲイルの軍服に着替えますか?」
俺は、先ほどの回答を得られなかったことについては不満を持っていたが、今すぐにオラクルの軍服を脱げという指示にもまた、素直に従えなかった。
これは、苦労して手に入れた軍服だった。少尉という地位も今では授かり、上級パイロットのライセンスまで持っている俺が、こうも簡単にゲイルの軍人になるなんて……そんなこと……出来るはずがない。
「ここは、学院生が多いんですよ。シーアさんも、軍人ではありません。あなたも、学院生として動けばよいのではないでしょうか?」
「学院……?」
俺がゲイルに居た頃にはなかったものだった。シーアもその学院に通っているのか? 学生が、戦争の第一線で働いているのか?
戸惑う俺を前にして、レンカは笑みを浮かべていた。近くに居たひとりに耳打ちをすると、そのひとは部屋を出て行き、そう時間がかからない間に戻ってきて、再びレンカのもとへ歩み寄った。その手には一着の軍服があった。空色の軍服、ゲイルの紋章が刺繍されたものだった。
「色々と、お話しなくてはならないようですね。シーアさんも、あなたとお話をしたがっていたようですし……」
使いに出された女性からそれを受け取ったレンカは、ゲイルの軍服を持ちながら、俺の方に向かって歩いてきた。それは、シーアが身にまとっていた軍服と変わりないものだった。
「着るも着ないも、あなたの自由ですよ、ナイトさん」
やはり彼女は、強制をしなかった。自分で選べと……どんな道になろうとも、その道に責任を持って生きろということなのだろう。
もう、オラクルには戻れない。だからといって、すぐにゲイルの軍人になるつもりもない。俺はとりあえずその軍服を受け取ると、レンカに向かって言葉をかけた。
「一応、預かっておく。だが……まだ、着ることは出来ない」
「はい」
彼女は笑顔でそう答えた。
それが一番の選択だと、言わんばかりに……。
彼女の正体は、まだ全く分からない。
ただ言えることは、彼女には「戦争をする」という意思が無いことだ。
この世界を、自由で平和なものにする「鍵」が、此処にあるのかもしれない。




