苦き再会
「いつまで、こんな日が続くんだろう」
見上げれば、そこには澄んだ空があった。爽やかで、のどかな青空が。けれども、ひとたび警報が鳴り響けば、それはたちまち暗雲によって覆われてしまう。あたり一面から黒煙が立ち上り、火の手が上がる。
今では、戦闘機よりも「アビス」による侵攻の方が主流だ。各連合のマークが印された巨大なアビスが、次々に自分たちの住処を焼いていく。奪っていく。
いや、住処だけではない。大切なひと、家族、友達。そして、仲間たち。無論、人間だけではなく、植物や動物たちも奪われていく。何もかもを焼き払っていくんだ、あの兵器は……。それだけアビスは、強力だった。
アビスの全長は二十mほどだ。生身の人間が歯向かって、どうにかなる相手ではなかった。
「だから僕は、これに乗るんだ」
そっと、青を基調としたアビスに手を触れた。冷たい。この冷たい機体から、高熱波が放たれる。ビームが放たれる。これは、すべてを焼き払うものだ。強大な力を持つ、兵器だ。
けれども戦争を、終らせるための唯一のものだ。
僕はそう信じて、コックピットに向かった。
西暦三二五四年、地球は三つの区間に区切られて存在していた。ザライン連合、オラクル連合、ゲイル連合である。古代に存在していた全ての国は、今ではいずれかの連合に属しており、もはや国ではなく大きな民族の集合体として扱われていた。
今から二十年前。第三次世界大戦後、世界は大飢饉に襲われた。国は民を統率する力を失い、各地で暴動やテロが繰り返し行われるようになった。それを見かねて立ち上がったのが、現在存在する三勢力の代表たちである。クレイ氏だけは二世なのだが、クレイ氏の父ハトリ、サン、ジェネスは、北半球、南半球、赤道付近に各々分かれ、彷徨う人々を未来へと導いていった。そしてその流れで、今日がある。
はじめのうちは、三勢力は均衡を保ち、それぞれが不可侵という暗黙の条件化で成り立っていた。あくまでも他国への介入は認めていなかった。いわゆる、鎖国体制。
だが、より己らが優位な立場に立とうとする人間の醜い欲望から、新たなる争いへと、人々は向かっていってしまうのである。第四次、世界大戦の序章だ。
世界大戦に向け、各国では「ABYSS(深淵しんえん)アビス」の開発が進められていた。科学の集大成、人型の巨大ロボットである。腹部に司令塔となるコックピットが存在していて、複雑なコンピューターが搭載されている。そして、ロボット、通称アビスの操縦は、パイロットに委ねられていた。
最も科学力の進んでいた国は、オラクル連合である。ゆえに、アビスの完成度、性能は、どの国のアビスよりも優れていると考えられていた。他国にとって、オラクルのアビスは脅威の他ならなかった。
だが、多少劣るとはいえ、どの国もアビスを所有していることに変わりはない。負けを認め、支配下になることを、誰もが拒んだ。
だからこそ、争いは終らない。それこそ、すべてが焼き尽くされるまで……。
「エリアG、敵アビスの侵略を受けています!」
オペレータールームのあるブリッジでは、激しい情報戦が繰り広げられている。大きなモニターには、エリアGの戦況が映し出されていた。光学映像だ。ここ、ゲイル連合の最大の戦艦は「ホワイトクロス」。白生地という意味だ。まだ侵されていない、「ゲイル」である。そういう意味からつけられたらしい。戦場はいつでもこのホワイトクロスが先陣を切る。そして、僕もまた、このホワイトクロスの一員だった。
「シーア・ミツキ。準備はいいか!」
艦長、レイスの声が通信機から入ってきた。僕はすでに、コックピット内にて待機している。出動命令を待っていたんだ。
無線連絡を得て、僕は各システムをオンラインにしていく。そして、最後のひとつの電源を入れると、メインモニター画面にALIVEという文字が浮かび上がった。
「はい、レイス艦長。発進準備、すでに完了しています」
僕は、パソコンのキーボードをたたくように、アビスのコントローラーを作動させた。小さなモニター画面に、ホワイトクロスのブリッジ内の映像が映し出された。
「了解。アビス、ならびにシーザス艦隊、出撃!」
「了解」
ゲイルは、どの連合よりも兵器開発が遅れていた。誰よりも平和主義を貫き通そうとしたからだ。しかし、三年前から不穏な動きが世界各地で見られるようになり、とうとうサン・エルシス代表も兵器開発に乗り出したのだ。しかし、たった三年だ。その短い間に、他に並ぶほどの兵器を開発できるわけもなく、僕らは、敵の攻撃をぎりぎりのところで食い止めることがやっとである、アビスとシーザス艦隊を持つことしかできていなかった。これまでに払ってきた犠牲は、どの国よりも大きい。
オラクルもザラインも、大量生産型アビスの他に、新型をいくつか持っているというのに、ここ、ゲイルは大量生産型アビスさえ、僕の乗っているこの一機のみだ。量産型と呼べるのかどうかも疑わしい。まだ、プロトタイプ……試作品と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
僕は、クリオス学院という科学の最先端を担うための子ども養成学校の生徒だった。この施設は、十三歳から二十歳までの少年少女のための機関であり、アビスの構造、アビスの運転技術他、小型戦闘機シーザスなどの操縦技術などを学ぶ場所である。
そしてその学院で常に主席をとっていた僕に、この度アビスパイロットの称号が与えられたのだ。このアビスは、ゲイルを守る最大の砦ホワイトクロスに次ぐ大きな砦のひとつだ。僕が負けるわけにはいかなかった。その重責が重くのしかかり、操縦桿を握る手が震える。
「シーア・ミツキ。行きます」
操縦かんを手前に引いた。すると、滑走路からアビスが射出された。その勢いを保ったまま、上空へ飛び立つ。青の機体に白い翼を持つのが、ゲイル製アビスの特徴である。
風の如く。
そういった意味が込められている。
僕のほか、八機のシーザスが出撃した。それに対して敵アビスは三体。シーザスは十六機。どうみても、戦況はこちらが不利だった。
「右斜め前方、敵アビス確認。スチールソード装備」
敵アビスに向かってまっすぐに飛び立つ。破壊力は劣るが、ゲイルのアビスにはスピードがあった。敵アビスがこちらの存在に気づく頃には、僕は相手の懐にまで侵入していた。
「はぁぁぁぁ……っ!」
勢いよく剣を下から振り上げた。すると、敵アビスの胴体を真っ二つに切り開いた。機体を切断された敵アビスはそのまま爆音を上げ、塵と化した。
その間に、シーザスたちも激しい攻防を繰り返していた。モニターで発信を確認すると、味方が二体、敵が五体すでに落ちている。アビスにシーザスで対抗するには荷が重いので、僕はまず、残る二体の敵アビスを撃ち落とすべく、再び空に上昇した。視野を広げ、敵アビスの発信を探す。
「シーアくん、後方約十キロ地点にて、敵アビス映像確認。キミト機関が攻撃されています!」
キミト機関。ゲイルの科学技術が集結している場所のひとつだ。多くのシーザスが開発されている。こんな最弱であるゲイルの兵器開発機関を狙ってくるなんて……そこまでして、他国は世界を自分の手に入れたいのか! 自分たちだけの住む土地だけじゃ満足できないのか!
怒りがふつふつとあふれ出してくる。
「了解。直ちに向かいます」
僕は怒りを内面に抑えつけながら、冷静さを装って返答した。
「艦長、西上空に敵アビス確認」
同じくクリオス学院の生徒であり、先輩であったウィルの声が聞こえた。これで今回攻めてきた敵アビスの位置はすべて掴んだことになる。
「シーアくん、西の敵アビスはホワイトクロスが応戦します。あなたは後方、敵アビスを!」
「了解」
レバーの内側にあるボタンを押し、エンジンをフル点火した。ジェットエンジンから勢いよく風が飛び出し、僕のアビスはいっそうスピードを増した。見る見るうちに、敵アビスに接近する。相手の武装はビームライフルだ。僕はまず、あの巨大な武器破壊を試みることにした。武器は先ほどと同じくスチールソード。鋼のように硬い剣という意味だ。右手でソードを握ったまま、僕は敵アビスに接近した。
敵アビスの紋章は、杯。聖杯を意味したものだった。これは、オラクル連合の証だ……ということは、この量産型アビスの名は「DETH(デス・死)」だ。
「艦長、オラクル製アビス、デスだと確認しました」
「了解。照準、オラクル製アビス、デス。デストロイ砲用意……撃て!」
艦長の声に合わせ、オペレーターのメンバーが砲台を設置し、軌道修正、照準を合わせた。そして、直ちに西に向けてデストロイ砲を撃った。この艦で最も破壊力のある砲撃だ。次に撃つための冷却時間、準備が長いのが欠点だが、一撃必殺技である。第一射デストロイは敵アビス、デスの肩に直撃した。肩に武装されていた小型ミサイルが爆破される。しかし、これは明らかに照準ミスだ。もっと決定打を与えなければ、相手は退かずに襲ってくる。
「デストロイ砲第二射、準備にかかれ! その間、ミサイルにて応戦。西、一三二度方向、撃て!」
軌道がデストロイ砲ほど的確ではないが、一度に撃てる個数が違うミサイルを、艦長は何発もデスに向かって砲撃した。しかし、ミサイルごときで落ちるデスではない。
「僕も早く、加わらないと……」
僕は敵の後ろに素早く回りこむと、それに対応して敵アビスもこちらに向き直った。その瞬間を狙って、僕は巨大ビームライフルの先端を切り裂いた。爆発音と共に敵のビームライフルは消失。武器を失った敵アビスは、足に仕込んであった小型ナイフを取り出し応戦してきた。
僕はエンジンを逆噴射して後退すると、すぐさま背中に装備されているミサイルを発射させた。すると、ミサイルが的確に敵アビスのコックピットを貫いた。
終わった。
これで……ここはもう、終わりだ。
僕は、ホワイトクロスの居る前線には戻らず、シーザスの破壊に向かった。デス一機ならば、ホワイトクロスで充分落とせると判断したからだ。一方シーザス隊は、すでに壊滅に近い。味方シーザスは残り一機、対して敵は五機だ。
「クロエ、大丈夫!?」
残り一機となったシーザスに乗っているのは、これもまた僕と同じ学院の生徒。それも、同級生だった。このホワイトクロスには学院生が多く搭乗している。他の艦隊には、軍部のものがついているのだが、ここは特殊だった。
最先端の科学力、技能などを学んできたとはいえ、僕らは所詮子どもだ。だからこそ、最も安全なホワイトクロスの搭乗員に選ばれたのかもしれない。簡単に落とされるような船に軍人でもない子どもを配置することは、いくら戦渦の中とは言え、道徳的に問題があったのだろう。
「シーア……えぇ、大丈夫よ。それよりシーアこそ、大丈夫?」
「うん、僕は平気。残り五機だね。クロエ、一機落とせる?」
僕らの会話は、周波数を合わせない限り、または、全地域共通の周波数に合わて通信を行わない限り、敵に聞かれることはない。そしてその周波数を、今の状況下で知りいれる手立てもないはずだ。同様に、僕らもまた、敵艦隊とモニターを通じて会話をすることはできない。相手の周波数を知らないからだ。
「やってみせるわ。シーア……残り四機、お願いできる?」
「うん、やるよ」
それを最後に、僕は一気に加速した。並走していたクロエのシーザスは後退して迂回し、僕は更なる上空へと飛び立った。
クロエは最後尾に居る敵シーザスを落とすつもりらしい。ならば僕は、それより前に居るシーザスを排除しなければならない。
「照準、シーザス三機」
キーボードをたたき、素早く照準を合わせていく。その様子がモニター画面に映し出されていく。ロックオンした敵機に、○(まる)とCHECKの文字が記され、同時に、ピピッ……と、機械音が鳴り渡った。
「照準完了、ミサイル発射!」
上空から僕は敵シーザスに向けて発射した。それと同時に、照準を合わせられなかった一機に向かって僕は飛び立った。
後方では、黒煙が上がるのが見えた。落ちていくのは、ゲイルのシーザスではない。クロエが敵を討ったんだ。残る敵シーザスは、僕の目の前を飛んでいる一機のみだ。
「これで、終わりだ!」
僕は敵シーザスを、ソードで切り崩し破壊した。ビリビリっと電気が飛び散り、真っ二つにされた敵シーザスは、しばらく落下した後、爆音を上げて粉砕した。
その様子をコックピット映像から確認すると、僕はふっ……とため息を漏らした。張り詰めていた緊張の糸がほぐれたんだ。
「シーア、ありがとう。シーザスパイロット、クロエ。ただいまをもちまして、ホワイトクロスに帰艦します」
「了解。カタパルトデッキを開けておきます。帰艦してください」
艦長の声が無線を通じて聞こえてきた。僕ら共有の無線連絡だから、クロエへの無線連絡が僕のアビスにも流れ込んできているんだ。
僕は、ホワイトクロスが落とすと言っていた敵アビスのことが気がかりで、無線連絡をするためのスイッチをオンにした。
「艦長、西アビス・デスの方はどうなりましたか?」
僕は、モニター画面を再びホワイトクロスコックピット内へと移した。
「シーアくん。大丈夫、落とせ……」
「艦長、敵アビス再び確認!」
艦長の言葉をさえぎるようにして、オペレーターであるウィルの声が響いた。皆が一様に、メインモニター画面に注目する。
「光学映像、出ます!」
そこに映し出されたのは、赤黒い機体。オラクルの大量生産型アビス・デスは黒を基調としているけれども、こんな黒ではない。どこかどす黒い、血を思い浮かばせるような色をした機体だった。
「UN KNOWN。未確認敵、アビスです。これは……」
オペレーターが戸惑う。それに対して、艦長は冷静な判断を下す。
「量産型ではないようね。まさかこの国に、新型アビスを投入してくるなんて!」
僕らの顔は、一様に曇った。量産型ではない、それは、圧倒的な力の差を意味する。僕のこのアビスでさえ、太刀打ちできるかどうか……。
敵国の量産型アビスにさえ苦戦するゲイルに、なぜ新型を投入してきたのか。ライバルであるザライン相手にではなく、最弱な僕らの世界に……。
いや、最弱だからこそ、出撃させたのかもしれない。絶対に落とされないという自信と、起動実験を兼ねている可能性がある。
「とにかく、まずは西の敵アビス・デスを一刻も早く落とします。デストロイ砲、照準を合わせよ! ミサイル、デストロイ砲、ならびに全システム作動。距離、十。撃て!」
二射目のデストロイ砲は、敵アビスを粉砕した。敵シーザスも残っては居ない。残りは、このアンノウン、未確認アビス一体のみだ。
なんとかこの一体を押さえ込めば、今日のところは停戦に持っていけるかもしれない。しばらくは、戦争から開放されるかもしれない。そう信じて、僕はレバーを強く握った。そう信じて祈らずには、戦えない。
「敵アビスのデータがまるでありません。艦長、僕ひとりが行きます!」
「シーアくん!?」
「クロエは先に、帰艦させてください」
やりとりの最中にも、僕はキーボードをせわしく打ち続けていた。相手は陸専用か、それとも海、空専用か。まだ、判断するには情報が少なすぎる。すべての場合を想定し、平均的な機体コードOSに急遽切り替えた。これまでは攻撃力を増加させるために、防御システム値を下げ、その分のエネルギーを攻撃に当てていた。
「シーア!? ダメよ、ひとりで行くなんて危険だわ! 私も一緒に……」
「艦長!」
「……クロエさん、あなたは帰艦しなさい。命令です」
命令と言われては、一応軍部所属という位置におかれているクロエに次の言葉はなかった。彼女は口をつむり、おそらくは自分を納得させたのだろう。
艦長は一呼吸おいて、クロエとは別に、僕への任務を言い渡した。
「シーアくん」
「はい」
僕は、レバーをぎゅっと握り締めながら、艦長の言葉を待った。
「あなたのこれよりの任命は、敵艦撃墜ではなく、情報収集です。あなたが撃たれれば、こちらには敵アビスに対抗する術が実質上無くなります。状況判断で、自ら帰艦しなさい」
「はい、分かりました。シーア・ミツキ、任務に向かいます」
南の空に向かって、再び飛び立った。そろそろ、エネルギーにも限界が来ている。本当に、今の僕に出来ることは、相手の新型アビスの情報収集ぐらいかもしれない。
先にも考えたとおり、新型をただ試しに来ただけかもしれないという線もある。もしもそうだとすれば、激戦にはならず、今回は停戦に持ち込めるかもしれない。
僕は、敵アビスから少し離れたところに着陸した。ぱっと見ただけでも、ビームライフル、ミサイル、小型ナイフ、それから、ロケットランチャーのようなものまで積んでいることが分かる。本当に、血の雨を降らせてしまいそうなアビスだ。
相手もまた、僕のアビスを観察しているのかもしれない。ゲイルは一番の弱小連合だ。オラクルからもそう相手にはされていない。オラクルの一番の敵は、ザラインと考えられているからだ。それゆえに、ゲイルにはほとんどまとまった勢力が押し寄せてはこない。それだけが、救いだったのに……。
もしこのようなUN KNOWN機体が複数やって来たりでもしたら……おそらく、ゲイルに勝ち目はないだろう。一日で落とされることなんて、目に見えている。それだけ科学技術に差があるんだ。平和主義を貫き通してきた結果だ。だが、それが僕らの誇りでもあった。
「……」
動けない。相手のパワー、攻撃パターン。すべてが謎に包まれたままなんだ。迂闊には動けない。その間もやはり、相手は余裕の笑みでも浮かべながら、こちらの観察をしているのだろうか。とにかくありがたいことは、一気に攻めてはこなかったことだ。
ただ、時折電波に乱れが生じる。こちらの周波数を探っているのだろうか。僕は固唾を呑んで、状況を見守った。
「……ア?」
「え……っ?」
上部に設置されているモニター画面が揺らいだ。知らない回線でこちらに呼びかけてきているようだ。そちらに対応するよう、僕もまた、相手の送ってきた電波を受信すべく、コンピューターを操作した。すると、小型モニターが現れ、そこには、あの赤いアンノウン、アビスのコックピット内の映像だと思われるものが映し出された。そしておそらく、向こうのモニターには僕の姿が映し出されているのだろう。
「……まさか、やっぱりシーアなのか!?」
目を見開いた少年は、すっぽりとヘルメットを被っているため、目しか確認が出来ない。だが、その空を思わせる目の輝きには見覚えがあった。ナイト・クレアズハ。僕の親友だ。
家が近所で、いつも一緒だった。兄弟のように仲がよくて、いつだって僕らは一緒にいた。
けれども、いつしか彼はそこから……いや、ゲイルのどこからも姿をくらましてしまったのだ。まさか、よりにもよって、オラクルに居たなんて……考えもしなかった。オラクルに亡命でもしてしまったんだろうか。
「シーアなんだろう!? その緑の瞳。忘れるものか!」
「ナイト……ナイト・クレアズハなの?」
僕がそう聞き返すと、彼は嬉しそうな顔をした。そして、何を思ってか、僕の方に向かって機体の手を伸ばしてきた。僕は怪訝そうな顔をしながら、その様子を伺っていた。
「生きていたんだな、シーア。さぁ、一緒に来るんだ。お前は、こんなところに居るべきじゃない!」
「え……っ?」
唐突な申し出だった。突然、五年前から行方が分からなくなっていた親友が、敵アビス新型に乗っている。そして、僕を誘っている? 当然のことながら、僕は返答しかねた。なんていっていいのか分からない。彼が、何を言っているのか分からない。
彼は、きっとナイトだ。別れたときよりも声は低く大人っぽくなっているけど、あの顔立ち、あの青の瞳、あれは、ナイトの輝きだ。
「とにかく、一緒に来るんだ。そんな性能のアビスでここまでやれるのは、お前くらいなものだよ。オラクルの代表だって、きっとキミのことなら歓迎する。だから、こっちに来るんだ!」
僕は躊躇した。一体、何がどうなったんだ。アンノウンの敵アビスに、まさか自分の親友ナイトが搭乗していたなんて。それだけじゃない。何の前触れもなく僕に、オラクルに来いというの? なぜ?
ナイトは、ある日突然僕の前から姿を消した。何か事件か事故にでも巻き込まれたのかと思って、そのときは必死になって探していたけど……まさか、今、こんなところで再会するなんて。
親友が生きていたことの喜びと共に、この状況が飲み込めないもやもやとする心情が入り混じる。
しかし僕には今、やるべきことがある。そのための力が預けられているんだ。
「僕は……ゲイル唯一のアビスパイロットなんだよ、ナイト……っ」
それは、同時にオラクルには行けないという意味がこめられている。当然、ナイトだって理解したはずだ。僕はきゅっと唇をかみ締めた。そして、言葉を紡ぎだそうとする。
(ナイトこそ、戻ってきて)
そう、声をかけようとしたときだった。
「そうか……まずはあの船を落とさないといけないようだな。あの船が邪魔なんだ」
冷淡にそう言うと、ナイトは無線を切った。当然、ナイトを映し出していたモニター映像もそこで途絶える。
そしてナイトは、後方で待機していたホワイトクロスに向かって武装準備をはじめた。ビームライフルだ。それも、巨大。あんなもので撃たれたら……僕は必死に交信することに努めた。
「駄目だ、ナイト!」
「沈め!」
ナイトは発射ボタンを押した。強烈なビーム砲がホワイトクロスに向かって飛んでいく。僕は舌打ちすると、すぐさまナイトのアビスを追い越し、ホワイトクロスの方へ向かった。
「艦長、敵アビスからビームライフル発射確認!」
「回避!」
「駄目です、間に合いません! 被弾します!」
どう考えても間に合わないと悟った僕は、腰に装備してあったブーメラン型ナイフを取り出すと、ホワイトクロスとナイトの機体の真ん中辺りをめがけてそれを投げた。すると、ナイトの攻撃はそのブーメランに直撃し、ホワイトクロスへの直撃は免れた。だが、小規模の爆発がおき、ホワイトクロスは体制を崩した。いくらかの余波も受けているはずだ。
そこで、ここぞといわんばかりにナイトが動いた。いくつものミサイル砲を肩から出し、ホワイトクロスを狙っている。それを見た僕は、咄嗟にホワイトクロスの前に立ちはばかり、両手を広げた。ナイトの武装に太刀打ちできるだけの術を僕は持っていない。
「ナイト、やめて! この船には、僕の大切な友達が大勢乗っているんだ!」
コンタクトは向こうから切られている。今の僕の声はナイトには届かないかもしれない。でも、僕がこの船を守ろうとしている真意だけは、伝わったはずだ。
「シーア……どうして。お前は、戦いを終らせたくはないのか!? そこを退くんだ!」
今度は、映像ではなくナイトの声だけが無線に流れてきた。
戦いを終らせたくないのか? そんなの、終らせたいに決まっているじゃないか。だからこうして僕は、アビスに乗っているんだ。誰のためでもない、戦争を終らせる。ただそのひとつの目的のために。
それなのに、どうしてキミは、僕たちを撃とうとするの? 僕たちはただ、戦いを終らせたいだけなのに。本当は、戦いたくなどないのに!
「終らせたいよ、僕だって。だからこそナイト、引き返して。ここはゲイル。戦いを嫌うゲイル連合だ。戦いを好むオラクルやザラインとは違う!」
「シーア……」
「デストロイ砲、ならびに小型ミサイル、チャージ率八十%、起動可能値です!」
「了解。シーアくん、そのアンノウン機体を撃つわ。どいて!」
「え……っ!?」
僕は、今度は艦長の言葉に耳を疑った。だって、今ここに居るのは、ここで操縦しているのは、僕の親友なんだ。今はオラクルに身を寄せているらしいけど、彼の出身はここ、ゲイルだ。幼馴染で、仲がよくて。ずっと一緒にいた、友達なんだ!
どうして、撃たなくちゃいけないの? どうして……。
敵って、何なんだよ!
「シーアくん!」
「……ちっ」
ナイトは舌打ちすると共に、そのまま後退し、空へと飛び去っていった。ホワイトクロスと真っ向から対立するには分がないと判断したのだろうか。レーダーで確認してみても、他にアビスやシーザスは存在していないようだ。とりあえず、この場はこれで終息したと、一見思われた。
「敵アビス、帰艦していきます。レーダー反応なし、警報を解除します」
「了解。シーアくん、帰艦しなさい」
「あ、はい……了解しました」
僕は、カタパルトデッキに向かってアビスを飛行させた。ホワイトクロスデッキに着陸すると、すぐに整備班や救護班が駆け寄ってきた。
「怪我は?」
「大丈夫です」
整備班はアビスを倉庫の方へと移動させ、早くもメンテナンスに移っていた。ミサイルの弾の補充や、軽度の破損部の修復に当たっているのが見えた。
「シーアくん、艦長がお呼びです」
おそらくは、先ほどの対応の是非についてなのだろう。僕は重々しい空気を感じながらも、短く「はい」とだけ答え、倉庫を去った。
これは、夢なんじゃないか。そう思えて仕方がなかった。僕がゲイル製アビスのパイロットで、ナイトが敵対する最大敵国オラクルのアビスパイロット。それも、量産型ではなく、新型に乗っていた。おそらく、それだけの地位と腕を持っているということなのだろう。確かに、ナイトは昔から頭もよかったし、運動神経もよかった。アビスのパイロットとしての資質は、誰よりもあるのかもしれない。
これから先、僕はどうすればいいのだろう。また、ナイトは戦場にやってくるのだろうか。戦場にやってくるたびに、僕はナイトと刃を交えなくてはいけないのだろうか。
僕たちは、親友ではなかったのか?
僕らは、同じ国で育った仲間ではなかったのか?
ナイトは、戦争を終わらせるためにオラクルに来いと言った。では、僕たちが今、ここでしていることは何なの? 戦争を終わらせるために、僕らだって必死になって戦っているんじゃないか。そのことが、ナイトたちには分からないの? 僕らが好きで戦争をしているとでも思っているの?
UN KNOWN。
何も分からない。何も知らない。
僕はただ、駒として使われているだけなのかもしれない。アビスパイロットしての資質を見出され、そのポジションにしばりつけられているだけかのかもしれない。
自分にできることを全うすることは、正しいことだとは思う。だけど、これは何? どうしてみんな、戦争を終わらせようとしているのに、ぶつかり合うの? 戦争を終わらせたいのならば、なぜ、戦うの? なぜ襲ってくるの?
僕は、激しい頭痛とめまいに襲われていた。
「シーア・ミツキ。帰艦しました」
「ご苦労様……と、言いたいところだけど」
苦々しい顔つきで僕を出迎えた艦長の視線の先にあるモニターには、ナイトの乗っていた赤のアビスが映し出されていた。ヘッド部分が拡大されていて、そこには文字が刻まれている。「DETH BLOOD」それが、あの機体の名前だ。
アビスというのは、世界共通の呼び名なんだ。各連合によって、また、別の通称が存在している。DETHというのが、オラクル製アビスの呼び名だ。ザライン製アビスはSPIRIT。そしてここ、ゲイル製アビスの通称はALIVEだ。量産型は通常、デス、スピリット、アライブと呼ばれる。二つ名を持たないのが特徴だ。
二つ名というのが、ナイトの機体でいう「BLOOD」だ。一方僕の乗るアビスは量産型だから、二つ名がない。単なるアビス、アライブ機だ。
「どうして、攻撃しなかったの? シーアくん」
僕は俯いた。僕に与えられた任務は情報収集だった。でも、だからこそ行動に移さなかったわけじゃない。艦長はそのことに気づいているから、何かあったのだと感づいているから、こうして質問してきているんだ。
僕が動かなかった、攻撃に出なかった理由は確かに別のところにあった。そのため、僕は後ろめたさを引きずっている。正当な理由が見つからないからだ。
僕はもう一度モニターに目を向けた。現実から、目を逸らさないために。現実を、受け止めるために。逃げていても、仕方がない。
「あの敵アビス、デス・ブラッドに乗っていたのは……僕の親友でした」
艦長は少し驚いた顔をしていた。しばらくの間、それ以上、言葉を続けてはこなかった。僕もまた、それ以上何も言わなかった。
「これから、どうするつもりなの?」
「え……?」
艦長は唐突に、僕の今後のあり方を訊ねてきた。どうするつもりって……ここ、ゲイルを守るには、このホワイトクロスに乗り、アビスのパイロットであり続けるしかない。オラクルに行って平和がもたらされるなんて、今の僕には到底、思えなかったから……。
オラクルの強行政治から、この世界大戦が引き起こされたといっても過言ではないはずだ。オラクルが領土を拡大しようと動き出しさえしなければ、ゲイルもザラインも、戦争には参戦しなかっただろう。
「友達……なんでしょう? あの、て……デス・ブラッドのパイロットは」
艦長は、「敵」と言おうとしたのだろう。そこを、僕の心情を配慮して、言いなおしてくださったんだ。艦長は冷徹なひとではなかった。女性らしいあたたかさも持っているし、軍人らしくない一面も持ち合わせていた。
だからこそ、多くのひとから支持を得ている。レイス中佐が艦長である理由は、そこにあるのかもしれない。
「このままここで、アビスパイロットをさせてください」
こんなにも心優しいひとたちを、放ってはおけない。ホワイトクロスの乗組員だけじゃない。ゲイルに生きるひと、すべてのひとのためにも、僕に出来ることがしたいと思った。
ナイトとは戦いたくないけれども……戦うしか、道がないのなら、僕はその道を……選ぶ。必死にそう、自分自身に言い聞かせた。
艦長はまた、しばらく言葉を続けず間をおいた。そして、静かに呟いた。
「できるの? 敵は、あなたの親友なんでしょう?」
今度ははっきりと、ナイトのことを「敵」だと言って来た。「敵」なのだと、念を押しているのだろう。艦長のその問いかけに、今度は僕が間をあけた。
確かに、ナイトは親友だ。僕が撃ちたいのは、友達なんかじゃない。平和を壊そうとする軍や政府だ。
そのはずだったのに……どうしてこんなことになってしまったんだろう。
それでも、僕は乗らなくちゃいけない。
僕が乗らなくちゃ、守れるものも守れなくなってしまうのだから。
目の前で、誰かが死んでいくのを見るのは……もう、嫌だったから。