こんな夢を観た「迷いガニを見つける」
買い物に行こうと駐輪場まで降りていったら、見たこともないほど大きなカニがハサミを振り上げていた。
「こいつ、脅してるつもりだなっ」わたしはしゃがんで、エコバッグの端でつつく。ガマガエルほどもあるカニは、ペンチのようなそのハサミで盛んに攻撃してきた。
エコバッグを持ち上げると、カニも一緒にくっついてくる。頑丈なハサミでしがみついて、揺すっても離れようとはしない。
「なんて乱暴なカニだろう。エコバッグがボロボロになっちゃうよ」
困ったわたしは、とりあえず前カゴにエコバッグごとカニを放り込むと、自転車を出した。
わたしが自転車を漕ぎだすと、カニは機嫌よさそうに、エコバッグの上でくつろぎ始める。
カゴの網にハサミを突っ込んで体を安定させながらも、本体のほうはエコバッグをソファー代わりにしているのである。時々、口から泡を吹いてみせるけれど、どうやら喜びを表現しているらしかった。
「変な奴。カニなんだから、沢か海にでもいればいいのに。それとも、どこかで飼っているのが逃げて来ちゃったのかな」ペダルを漕ぎながら、ちらちらとカゴを覗き込む。
ピョコンと飛び出た大きな目が、流れすぎる景色を左右別々に追っている。明らかに、このちょっとしたドライブを楽しんでいた。
いつものスーパーへと到着する。
自転車を降りて、カゴからエコバッグを取り出そうとすると、カニのハサミがすばしっこく飛んできた。
「おっと、危ない」わたしはすんでのところで手を引っ込める。「参っちゃうな。これじゃエコバッグが取れないじゃん。しょうがない、今日はレジ袋をもらうことにしよう」
買い物をしている間に、どこか行ってくれるとありがたいんだけど、と願いながら、わたしは店へ入った。
買い物が終わり、自転車に戻ってみると、カニはまだ居座っている。
「あー、もう。買い物袋が入れられない。どうしよう」
カニは、さっさと自転車を走らせろ、とでも言うように、こちらを睨み、両方のハサミでカシャカシャと脅した。
「こいつ、あんまり聞かないと、茹でカニにするぞっ。カニはさ、味噌がおいしいんだよね、味噌がっ」怒ったわたしは、カニに向かってそう言ってやった。
たまたま近くにいたおじさんがそれを聞きつけ、「おーっ、カニ太郎。ここにいたのか、探したんだぞうっ!」と走り寄ってくる。
「このカニと知り合いなんですか?」思わず、聞いてしまう。
モジャモジャの髭が顔の輪郭を取り巻くように包むこのおじさんは、瞳をうるわせながらふり向く。
「うんうん、そうなんだ。早朝の散歩の途中、うっかりはぐれちゃってさあ。もう、今生の別れかと絶望しかけたんだ」
この人、友人から「ヒゲゴリラ」って呼ばれてるだろうな、とわたしは確信した。
「よかった。自転車のカゴから出てくれなくて、困ってたところなんです」わたしはホッとする。カゴの中のカニに向かって、「ほら、カニ太郎。お向かいが来たよ、よかったね~」
カニ太郎はハサミをブンブンと振り回す。寄らば、その鼻に食らいついてやるぞ、といった威勢だった。
「おいで、カニ太郎。うちへ帰ろう。お前の好きな霜降牛を、たんと食べさせてやろうな」男が甘ったるい声で呼ぶ。
カニに霜降牛だって? わたしは、手に持ったレジ袋を横目で見つめた。豚バラ肉300グラムが入っている。
カニ太郎に手を伸ばすヒゲゴリラ。
「あの、だいぶ興奮しているみたいですよ。気をつけたほうが……」わたしは忠告した。
「なあに、ご心配無用。ぼくとカニ太郎とは心でつながっているんですから、あっはっはっ」豪快に笑い飛ばされてしまう。
それならいいんだけど。わたしは、半信半疑でうなずいた。
口から泡を吹き、すっかりわれを忘れているカニ太郎。ニュウッと迫ってくるグローブのようなごっつい指を、大きなハサミでギリギリッと締め上げる。
「あ痛っ、いたたたたっ! こら、カニ太郎。ぼくだってば、やめなさいっ!」スーパーの前で悲痛な声がこだまする。
ほーら、やっぱり。
やっと空いた前カゴに、わたしは買い物を詰めた。人差し指にカニ太郎をぶら下げて立つヒゲゴリラに軽く会釈すると、わたしは自転車に跨がった。
「お大事に~」
そう声をかけて走りだす。
あのカニ、いったいいつまで挟んでいるつもりだろう。そのまま、鍋にでも放り込んでやればいいのに。




