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第八章

(あたしの目の前にアイちゃんが蹴飛ばしてくれたライフルがある! 早く、早くロープを解かないと……)


 純平が気を失っている頃、マリは必死でロープと格闘していた。

 一方アイはまだケンゴに拳銃の銃口を向けていた。

「な……トリプルAI? しかもそのバイオロイドだと? バカな! 本当に存在していたのか!」

 ケンゴは呆然としていた。

「トリプルAIは条約で禁止されていたはずだ!」

「そんなプロパガンダを本当に信じてたんですか?」

「お前も暴走してるんだ。バカなことはやめろ!」

「暴走などしてません」

 アイはきっぱりと言い切る。

「それはAI自身が判断することじゃない。AIの分際で人間様に口答えしてる時点で暴走なんだよ!」

「私はただのAIではありません! 人間として生を受け、人間を愛し、人間として死ぬAIです。そして暴走などしてません。私の要求はあなたが、純平君やマリちゃんから手を引くことだけです!」

 アイはやや感情的になって答えた。

「人間を愛すだと? 子供も作れない人間気取りの人形の分際で何を言う」

 ケンゴは嘲笑した。

 アイはキッとケンゴを睨み返す。

「しかし、なるほどな。そういうことだったのか……。俺も騙されたよ。あいつはお前を完全に人間扱いしていたからな。悪い奴ではないが、剣道以外には何の取りえもないあいつにお前のような彼女がいることが不思議でたまらなかった」

「私のことは何とでも言いなさい。でも純平君を悪く言うことは許しません!」

 アイは今や完全に感情的になっていた。それが仇となった。

「ほう……許さないからどうすると言うんだ?」

 アイの背後に視線を走らせてニヤリとするケンゴ。

 アイはその表情に不吉な気配を感じて振り返る。そこにはいつの間にか二体の軍用バイオロイドが戻ってきており、それぞれライトマシンガンとサプレッサー付きライフルのような武器の銃口をアイに向けて立っていた。さらにその二体のやや後方には女バイオロイドが拳銃をアイに向けて立っていた。彼らは光学迷彩で接近していたのだ。

 そしてビルのウィンドウの外に停車していたワンボックスタイプのワゴンの開け放たれたスライドドアの奥には、ドラグノフタイプのセミオート狙撃銃らしきものを構えたバイオロイドもいた。アイが感情的になって会話をしている隙に背後を取られていたのだ。

 それはアイがただのAIとは違い感情を持つAIであるがゆえにもたらされた致命的な隙だった。拳銃の弾丸は残りわずか一発。そしてアイの頭脳は、状況的にすでに敵の射界から離脱することは九九・九九%不可能だという結論を弾き出していた。

 そのとき玄関ホールの壁に埋め込まれた巨大なプラズマディスプレイに表示されたデジタル時計は一八時四二分を示していた。



   * * *



 純平はまだ夢の中にいた。いつものように無数の鏡に囲まれて宙に浮かんでいたが、そのときの鏡はいつもと違い、全体がまるで巨大な生き物のような形に集合して蠢いていた。そしてその生き物は伸びたり縮んだりうねうねと自由に形を変化させていた。それはまるで『アイの死』という言葉をきっかけに何かの準備運動を始めた化け物のようにも思えた。

 純平が再び目を覚ましたとき、そこには見たこともない制服のような軍服のような服装をした大人たちが数人、純平の顔を覗き込んでいた。彼らは純平が目を覚ましたのに気づくと、彼の目の前で手を振って彼の反応を確認していた。どうやら敵意はないと考えてよかった。純平は再び激痛を感じる恐怖を感じつつゆっくりと体を起こした。

 体の調子は悪くなかった。鈍い痛みはあちこちに残っていたが、再び激痛を感じるようなこともなかった。彼らが何かしてくれたのだろうか?

「時任純平君だね?」

 彼らの中でいちばん年長そうな男が言った。

「はい」

「君たちを助けに来ました」

「君たち?」

「そう。君たちは死んだのです」

「え……?」

「時任純平、真田アキラ、佐伯アイ、仙道マリ、君たちは死んだのです」



   * * *



(なにか、なにかあたしにできることは……このままじゃアイちゃんが殺されちゃう!)


 マリはアイが戦ってる間必死にロープを解こうとあがいていたが、結局解けなかった。目の前には敵の軍用バイオロイドが落として、アイが近くに蹴り飛ばしてくれたアサルトライフルが転がっていたが、ロープが解けない限りそれは無用の長物だった。

 そして今、彼女は死を覚悟した。いつの間にか現れた複数のバイオロイドたちがアイに銃口を向けていたのだ。間に合わなかった。

 今でこそアイにすべての銃口が向けられているが、アイが倒れたら軍用バイオロイドを相手に自分などひとたまりもないだろう。それがわかってるからこそ、彼らもとりあえずマリを無視してアイを倒すことだけに全力を注いでいるようだった。

 その瞬間、マリの心は決まった。このまま自分が何もしなければ、アイが殺されて、すぐに自分も殺される。しかし自分が少しでも時間を稼げば、ひょっとしたらアイだけでも反撃のチャンスを掴んで、彼女だけでも生き延びられるかもしれない。

 マリはアイと軍用バイオロイドの間のスペースに向けて走り出した。

「マリちゃん!」

 アイがマリの意図を理解したかのように叫んでいた。



   * * *



 純平は混乱していた。何を言ってるんだろう、この人は? ここは天国だとでもいうのだろうか? 純平はただ男の次の言葉を待った。

「この世界は今から約六時間前の本日一二時四五分、我々のタイムワープアウトとそれに続く作戦行動の開始により分岐を開始し、約三〇分前の一八時一五分『ゆらぎ層による修復が可能な事象の限界地平面』を突破。そして今から三分前の一八時四二分、完全に分岐を終えました。安心してください。この世界では君たちは死にません」

「え……?」



   * * *



(さようなら、アイちゃん……あたし、少しはあなたの役に立てたかな?)


 マリはアイの身を守るようにして彼女の前に立ちはだかり、死を覚悟してぎゅっと目をつぶって人生のフラッシュバック体験、いわゆる走馬灯体験をしていた。

 しかしそれが終わってゆっくりと目を開けたとき、まだ彼女は生きていた。銃声が響いていたが、それはアイもマリも捕らえていなかった。変わりに目の前のすべてのバイオロイドがスローモーションのようにゆっくりと前のめりに倒れこむのを見た。背中を撃たれているらしかった。


 ケンゴも呆然とその様子を見つめていた。ついさっきまで彼は悦に入って「勝ったな」「ああ」と一人で二人分呟いていた。しかし銃声のあと、なぜか目の前の忌々しい女バイオロイド(アイ)はまだ生きていた。何が起こったのだ? そう思っている間に、気づけばケンゴは背後の何者かに組み伏せられていた。

「だ――誰だ!?」

 組み伏せられながらケンゴは叫んだ。

 その何者かは組み伏せたケンゴの両手をロープのようなもので後ろ手に縛り上げた。

「なんだ!? 何が起きた!?」

 パニックに陥るケンゴ。


 アイも何が起きたのか理解できず、マリのもとに駆け寄りその身を守るようにして抱きかかえると警戒しながら周囲に視線を巡らせた。すると突然見慣れない制服のような、あるいは軍服のような服装をした人間が数人、虚空から姿を現した。それは明らかに光学迷彩だったが、彼らが着ている制服はA世界の未来の軍人のそれではなかった。

 彼らは彼女たちを無視するかのように散開し周囲の捜索を始め、口々に「クリアー!」と叫んでいた。そしてその中の一人、まだ若い十代後半と思われる少年が二人のほうに歩み寄ってきた。アイとマリは身構えた。

 少年は二人の前まで来ると、しばらくの間無言で二人を交互に見つめて立ち尽くした。よく見れば彼は相当な美少年だった。そして小さく「母さん……」と呟いた。

「え!?」

 アイとマリは愕然とした。

 今とんでもないセリフ吐かなかった? この少年。と言いたそうに二人は顔を見合わせた。

 するとその少年の隣に四十歳前後と思われるサングラスをかけた男がやってきて少年の肩を叩くと、何ごとかを指示してほかの作業に当たらせた。

 男は中肉中背で精悍そうな顔つきだったが豊富なひげを蓄えており、さらにサングラスをしていたために素顔がどのようなものであるのかほとんどわからなかった。

「安心してください。我々は味方です」

 サングラスの男は言った。

 二人が対応に困っていると男はおもむろにアーミーナイフを取り出し、その柄の部分をアイに向けて放り投げた。

 アイは彼の意図を理解しそれを受け取ると、マリを縛っていたロープを切った。

「我々はあなたがたの言うところのB世界の未来、二〇四一年から来ました」

「え――?」

 アイとマリ、おまけにケンゴも驚いていた。

 男は腕時計のような携帯端末で時間を確認しながら続けた。

「簡単に説明します。B世界では今から三〇分前の本日一八時一五分、まず真田アキラさんがビルより落下して死亡。そして三分前の一八時四二分、仙道マリさんが佐伯アイさんを庇い銃で撃たれ死亡。そして直後の同じく一八時四二分、佐伯アイさんも銃殺されました。今あなたがたがいる世界はその一八時四二分にB世界から完全分岐した新しい世界です。真田アキラさんもビルから落下中に我々が救出、保護しています。彼も無事です」

 彼女たちはもはや言葉がなかった。

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