表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第六章

 突然だが、純平はスケベだ。下半身に脳まで支配されることもしょっちゅうだ。健康な十六歳男子高校生なんだから当然と言えば当然である。

 そしてアイが純平と同じ高校に通うようになって一年ちょっと、『十月事件』以降公認のカップルと考えられるようになって約半年である。アイは既出のとおり究極美少女だ。そして困ったことにいつでもウェルカム状態である。

 彼女はトリプルAIであるためその知識はバイオロイドの記憶装置の容量を超えない限り無尽蔵だ。ただしアクセススピードを維持するため、たまに人間がPCのハードディスクを整理するように不要な知識を消去したりして整理しているらしい。

 したがって男性の生理現象にも理解があり、「純平君、我慢できないときはいつでも言ってね。あたしはかまわないから」なんて言ってくる。


 ……それなんてエロゲ?


 でもこれは本当なのだ。そして妄想なんてものではない。生き地獄である。蛇の生殺しである。結論から言うと、純平はまだ童貞である。アイも処女だ。男性経験は人間だった頃も含めて皆無だと純平に断言していた。バイオロイドの今は生殖能力はなく子供こそ作れないが、性交渉能力はあるからやろうと思えばやることはやれるのだ。何をだ。

 そして純平が童貞である限り自分も処女を守り、純平が三十歳で魔法使いにクラスチェンジしたければ自分も魔女にクラスチェンジすると言っていた。要するに、すべて純平の好きなようにしてくれていいということらしい。


 ……やっぱりエロゲでしょ?


 違うのだ。実は、純平は何かのトラウマ持ちらしく彼女に手を出せないのだ。

 彼自身理由はわからないのだが、無理にその理由を思い出そうとしたり、誰かに――それは大抵ケンゴとかケンゴとかケンゴだが――アイを押し倒せ、なんて冗談でもけしかけられたときには、彼は途端にハァハァ息を荒らげ始め、しまいには「あー! あああああー!」と叫びながら自分の頭を自分で殴りながら、狂った用に苦しみはじめるのだ。

 ハァハァまでは男子として普通の反応と思われるが、なんでそのあとそう来るのか、純平自身にも意味がわからない。その光景には誰もが冗談では済ませられない何かトラウマじみたようなものを感じるらしい。それに関して純平が唯一覚えているのは、それは一種の「誓い」だということだった。しかし具体的にどんな誓いだったのかは忘れていた。

 この話を純平がマリにしたら、マリは「萌え死ぬ」と言いながら悶え苦しんでいた。もちろんアイのことだ。マリは最近アイが可愛いくて仕方ないらしい。いけない道に目覚めそうだと言っていた。純平はちょっとそれを想像してみた。どちらかというとお姉様属性美少女マリと、どちらかというと萌え属性美少女アイ。はまりすぎて怖くなったので彼はもうそれを想像しないことにした。

 純平のアパートの片方の部屋は今ではすっかりアイとマリの溜まり場のようになっていて、泊まりこそしないまでもしょっちゅうそこで戦略会議という名の井戸端会議をするようになっていた。本当はアキラのマンションのほうが広くて清潔でいいのだが、アイの秘密はまだアキラには話してなかったので自然とこの部屋になった。今日もそんな感じで純平とアイとマリの三人でダベっていたのだ。


 そんなオバカで平穏な日常の中、事件は再び起きた。

 発端は、そんなマリに相応しい男はいないのか、と純平が言い出したことだった。マリに相応しい男がいなかったら彼女は本気でいけない道に進んでしまうかもしれない。それは純平としてもちょっとイヤだったのだ。でもちょっとドキドキ。

 もっとも、純平もアイも内心ではアキラとの関係が怪しいと思っていたのだが、いきなり核心をついてしまってもつまらない。

 それに婚約者に先立たれ自殺未遂まで起こした三十五歳自称キモオタと、その傷の深さや彼の本来あるべき姿を知っている義理の孫の十六歳美少女、という関係は微妙、というか謎すぎて、あまり気楽に他人が首を突っ込める問題ではなかったのだ。


 するとアイが「ケンゴ君は?」と言った。

 やはりそう来たか、と純平は思った。

「あいつか……」

 マリもまんざらではなさそうだった。

 ケンゴは今の高校では数少ない中学校時代からの純平の友人で、かなりの美少年である。その上学業成績も運動神経もばつ牛ンだ。何語だ。

 そして「究極リア充男」である。まさに男版のアイだ。クラスの女子の大半は彼を意識しているらしくまさに「王子様」的存在だ。実際に去年の学園祭では演劇で主人公の王子様を演じていて、そのときのお姫様はアイだった。純平にできるのはせいぜい屋台で「玉子」を焼くくらいだ。

 ケンゴは特定の彼女がいなかったが、もしアイの彼氏がケンゴだったら他の男子生徒の皆さんもゾンビ化せずに済んだのかもしれない。しかし、アイはご存知のとおり『十月事件』を引き起こした押しも押されもせぬ純平の彼女だ。手は出せないが。

 だがしかし! 今はマリがいるのだ。

 ある意味では、アイよりもお姫様然とした美少女である。誰が見てもケンゴとはお似合いで、さながら「リアル王子様とお姫様」だった。教室で二人が仲良さそうに話している光景は今度は女子生徒の皆さんをゾンビ化するくらいの破壊力があった。もっとも、それはマリのざっくばらんな性格を女子がまだ知らないからで、よく知ればどちらかというと同性から好かれるタイプのマリのことなので純平はあまり心配はしていなかった。

 数日前は生死にかかわる事件に巻き込まれたというのに、基本的に平和ボケしている彼らはケンゴを誘ってダブルデートしようという話になった。そして、早速次の休日あたりに遊園地にでも行かないか、という計画が持ち上がった。

 ケンゴは二つ返事で了承してきた。そして純平だけにこっそり語ったところによると、マリが転校してきたその日からすでに彼女に目を付けていたらしい。しかし、純平に言わせれば多分クラスの男子はみんなそうだった。そして純平もささやかながら彼の希望に協力したいと考えていた。もちろんアイの身の安全のためにだが。具体的にはなるべく二人きりになれる時間を作ってあげるつもりでいた。


 ダブルデートの当日、遊園地では純平たち四人は最初はまとまってアトラクションを回っていた。しかしだんだんと純平とアイ、マリとケンゴの二人ずつにわかれて乗り物に乗ったりすることが増えてきて、自然とその二組で別行動をするようになっていった。まあ最初から全員そのつもりだったから当然なのだが。

 そしていつしか完全に別行動になった。


 そのうちに陽も傾いてきたのでケータイに連絡を入れて一旦集合しようとしたのだが、マリとケンゴは二人で公園に寄っていく、ということだったので、純平とアイは二人で先にアパートに戻った。

 

 久しぶりに二人きりになった純平とアイはアパートで水入らずの時間を過ごした。もちろんアパートで水入らずと言っても、清い関係の純&愛コンビはテレビの前でまったりくつろいでいただけだったが。具体的には純平がアイに膝枕をされ耳掃除をしてもらいながらテレビを観ていた。なんて果報者なんだ、なんてリア充なんだ純平! 手は出せないが。

 そして自然とケンゴとマリの話題になり、マリが帰ってきたら彼女に純平たちの中学校の卒業アルバムを見せてあげようという話になった。純平の中学は今の高校と結構離れており、中学高校と同じ知り合いは少なかったのだが、ケンゴは数少ない中学時代からの友人の一人だったのでアルバムにも中学時代のケンゴが写っていたのだ。

 純平は押入れからそれを引っ張り出してきてアイに手渡した。彼自身はそれを見飽きてて興味がなかったので一人でテレビに向かい、アイは一人でアルバムを興味深げに眺めはじめた。アイは時空観測艦の存在が純平が小学六年生のときに地元の人に気づかれ騒ぎになりそうだったので、ほとぼりが冷めるまで三年間ほど、つまり純平が中学の間ずっと真鷹市を離れ太平洋をうろうろしていたのだ。そのため純平の中学時代のアルバムには興味があったらしい。

「ねえ、この修学旅行っぽい写真で隣にいるのがケンゴ君? ほかにケンゴ君らしい人いないけど」

 アイは純平に質問した。

「う~ん、確かそうだったかな」

 純平はテレビを見ながら当時のことを思い出して答えた。

「へ~、ケンゴ君て坊主頭だったんだ。かわいい」

「え?」

 純平は違和感を感じた。あいつが坊主だったことなんてあるかな? 少なくとも俺は見た記憶がない。あいつは昔から爽やかサラサラヘアーの王子様だったはずだ。

 そう思って純平はアイのもとに這っていき、一緒に写真を覗き込んだ。

 そこに写っていたのはケンゴではなく、坊主頭の知らない少年だった。いや、坊主頭だがやっぱりケンゴだった。いや、知らない。集合写真なので一人一人の顔は小さくしかも微妙にボケていたためにケンゴのようにも見えるが違うようにも見えた。あれ、なんだか頭痛がしてきた。純平は頭を抱えてうずくまった。アイが心配そうに純平の顔を覗き込んだ。純平はなんとか頭痛をこらえ、再び写真を確認した。

 その少年は整った顔立ちをしており、髪型を除けば確かにケンゴのようだった。しかし、彼の坊主頭なんて見るのはこれが初めてだった。一応ほかの写真に今のような髪型のケンゴの姿を探したが、そのようなケンゴはどこにも写っていなかった。そして個人写真でもその坊主頭の少年の名前が『三井謙吾』となっていた。

 う~ん、俺ってどっかおかしいのかな? アイを女性として意識しすぎると発作みたいになるし。そんな不安を感じながらアルバムのページを全部確認してみたが、やはり今のような髪型のケンゴは写っていなかった。それはアイも確認したことなので、この点は純平の頭がどうという問題でもなさそうだった。

 アイもケンゴの個人写真には違和感を感じたらしいが、中学時代のケンゴを知らない上に、もともと人物写真は実際と違う印象になりやすいこと、成長期で顔も変わりやすいこと、髪型も全然違うこと、などを考慮すると、それが中学時代のケンゴだと言われれば敢えて否定する理由もないと言っていた。

 いずれにせよ、純平のケンゴに対する記憶かアルバムのどちらかがおかしいのは確かだった。純平は確認のためケータイを取り出し、同じく中学校から一緒だった幼馴染のナナコに電話をかけた。

 ナナコは純平の質問に驚き、『え、何を今更?』と言った感じで、確かにケンゴは純平とナナコと同じ中学で、しかも同じクラスで修学旅行に行き、『坊主じゃなかった』と断言した。純平が自分のアルバムに今みたいな髪型のケンゴが写っていない、アイも今それを確認したと告げると、『え、アイちゃんとはもうそういう関係なの?』と関係ないことを突っ込んできた。彼女はいつも何かにつけて純平とアイの関係を探ってくるので彼は適当にはぐらかし、ナナコにも自分のアルバムを確認してもらうよう頼んだ。すると彼女は面倒くさそうに、『どこにしまったのか忘れちゃったから、見つけたらかけ直す』と言って電話を切った。

 純平は念のため別の幼馴染で、今は違う高校に通う斉藤剛太郎(さいとうごうたろう=ゴータロー)にも電話をかけた。ゴータローは訝しがりながらもすぐにアルバムを確認してくれ、『ケンゴは確かに写っている、その坊主のがそうだ』と言った。

 純平は混乱した。自分とナナコの記憶がおかしいのだろうか? ケンゴは坊主だったのか? 正直、ケンゴの髪型がどうだったのか、なんてことどうでもよかったのだが、何かがひっかかった。

 なので、デートの邪魔をしたくはなかったが、直接ケンゴ本人に電話で聞いてみることにした。しかし、ケンゴのケータイはしばらく呼び出した後に留守番電話に切り替わってしまった。

 仕方がないので純平たちはおとなしくナナコからの返事を待つことにした。相手がデート中と知りながら何度も電話やメールをし、『お前の中学時代の髪型ってどうだったっけ?』なんてことを聞くのは嫌がらせにしかならかったからだ。ナナコには一応メールで、『どうしても気になるのでできるだけ早く連絡してほしい』という旨の催促だけはしておいた。



   * * *



(また、むざむざ拉致されてしまった……とんだ『自称エリート軍人』じゃない、あたし……)


 その頃、マリはケンゴとともに奇妙な集団に拉致されていた。

 遊園地で意気投合し、会話が盛り上がった二人は純平とアイが帰ったあとも近くの公園に寄り、二人で散策していた。

 ケンゴはマリにかなり好意を持っている様子で、転校してくる前はどこにいたんだとか、純平のことをどう思うか、純平の叔父のアキラには会ったことがあるか、などを色々質問してきた。そうこうしているうちに二人は気づいたら公園内でも人気のない場所に来ていて、陽も傾いていたために突然木陰から現れた集団に気づかず、さらわれたのだ。

 二人はロープで後ろ手に縛られ、口をテープで塞がれた状態でワンボックスタイプのワゴンに連れ込まれていた。

 二人を拉致した集団は二十代前半のリーダーらしき女性と二人の大柄で筋肉質の男たちのグループで、男たちはそれぞれアサルトライフルやサプレッサー付きライフルのような武器を持っていた。その様子はまるでFPSゲームの世界からそのまま現実に現れた分隊のようだった。

 マリは男たちの無表情で能面のような顔つきに見覚えがあった。A世界の二〇五〇年代の軍人であるマリにとって、ある意味慣れ親しんだその顔は、明らかに軍用バイオロイドのそれだった。しかし従順な部下であったはずの軍用バイオロイドが、今やまさにターミネーター然とした様子で彼女を拘束していた。

 自律判断能力を持たないバイオロイドは基本的に人間に害を与えられないようにプログラムされており、建前上は軍用バイオロイドも一般バイオロイドと同様敵のバイオロイドしか攻撃できないことになっていたが、現実には軍上層部の人間には簡単にそのプログラムを上書きすることが可能で、戦場で人間に危害を与えることは日常茶飯事だった。

 軍用バイオロイドは人間の身体能力を遥かに上回るそれを持っていたが、それだけに暴走した場合の危険性も高かったので、基本的な判断能力、情緒能力等は他の用途のバイオロイドと比較し非常に低いスペックで抑えられており、その指揮官は必ず人間であることとされた。場合によってはオペレーターと呼ばれる人間の操縦士が完全に遠隔制御でコントロールしている場合も多く、それはまるで人間サイズの鉄人なんちゃら号とでも呼べる代物であった。要するに、現代にも存在する軍用無人航空機(UAV)の歩兵版である。

 また未来では彼らによる代理戦争も一般化しており、それはまるで現代のオンラインFPSゲームがそのまま現実の戦争になった様相を呈していた。場合によっては軍用バイオロイドのオペレーター、これはFPSゲームでいうプレイヤーに相当するが、その能力次第で戦況が変わる場合も多く、優秀なオペレーターはオペラティヴと呼ばれ、それが傭兵の場合は各国で激しい争奪戦が繰り広げられていた。マリはオペラティヴとしても優秀な軍人であり、彼女がこの世界でFPSにのめりこんだ――ただし本人はあくまで調査活動に熱心だっただけと主張――のもその感覚を忘れないようにする、という現実的な理由もあった。

 その屈強な軍用バイオロイドたちにロープで後ろ手に縛られ口をテープで塞がれた状態で、マリとケンゴの二人はワゴン車に乗せられどこかに運ばれていた。


 十五分ほど運ばれたあと、マリとケンゴは高台にある、とある高層ビルの屋上に連れてこられていた。それは純平のアパートを挟んでちょうど公園の反対側に当たる場所だった。高層とは言っても十階程度ではあるが、もともと真鷹市は起伏の激しい土地柄で、市の規模も全国的にみて中規模程度だったため、高台にあるそのビルの屋上の様子を覗き込めるような他の建築物は存在していなかった。つまり、上空からでもない限り誰の視線も届かない死角だったのだ。そしてその屋上は予想以上に広く、一機の小型のヘリコプター(のような未来の軍用機)が駐機していた。

 さらに、そこには意外な先客がいた。アキラだった。彼もロープで後ろ手に縛られ、そのロープの一端を軍用バイオロイドに握られていた。そしてテープで口を塞がれていた。

「揃ったようですね」

 リーダーらしき女性が周囲を見渡しながら口を開いた。

「単刀直入に言います。私たちは『ラプラス補填委員会』によって派遣された調査隊です。私たちは仙道真理、あなたの調査・処分と作戦の完遂に来ました。あなたは出身世界の二〇五六年の『オペレーション・アナザー・ラプラス』(もう一人のラプラスの悪魔作戦)にしたがって、二〇〇一年の時空基準点での無影響タイムトラベル経由でこの世界の二〇一五年に再タイムトラベルしてきた。それで間違いありませんね?」

 マリは口を塞いでいたテープをはがされ答えた。

「ええ」

 ケンゴとアキラもテープをはがされていた。

「あなたは作戦の終了期限になっても帰還していません。不要な分岐を避けるために、あなたがいつまでこの世界に滞在し、何をしていたのか、等の現時点以降の行動は未観測ですが、その理由を今説明できますか?」

「いいえ」

「帰還の手段が喪失されたという事実はありますか?」

「いいえ」

「ではなぜあなたは帰還しないのですか?」

「わかりません」

「現時点でターゲットの招致の努力は継続していますか?」

「はい」

「招致が不可能であると確定した場合に即時撤収する意志がありますか?」

 マリは黙り込んだ。要するに、アキラが「やっぱり行かないよ」と決心した場合すぐに元の世界に帰るつもりがあるかということなのだが、この世界に愛着を感じていたマリは、失敗した場合に本当にあっさり帰還する気になるのかどうか確信が持てなかった。タイムトラベルは私用で行うことは厳禁されているため、「一旦報告に戻る」などということは不可能で、一度帰還したらまずもう二度とこの世界には戻ってこられないからだ。

 帰還時刻が自由に設定できるからとダラダラとこの世界で過ごし、挙句に不慮の事故で死んでしまったために帰還しなかった可能性もあった。

「その態度は否定と解釈してよろしいですか?」

「わかりません」

「仙道マリ、あなたを処刑します」

「え?」

 マリ、アキラ、ケンゴの三人はその言葉に驚いた。

「なぜ? 元々失敗したら失敗したで結果は不問だったはず。降格くらいならわかるけど、なんでいきなり処刑になるの?」

「その質問には回答する権限がありません」

 女は冷徹に答え、有無を言わさない態度でマリの額に拳銃の銃口を突きつけた。

「ちょ、ちょっと待て!」

 アキラが慌てて叫んだ。

「あんたらの事情はよくわからんが、要するに俺があんたらの世界に行けばいいんだろ? そんなもん今すぐ行ってやるよ。だから処刑なんてやめてくれ」

「その心配には及びません。彼女が帰還しなかったことで計画に修正が加えられ、あなたの招待にあなたの承諾は不要となりました」

「何ですって?」

 マリが驚いて質問した。

「つまり拉致してもいいってこと? それじゃあたしたちを襲った覇権主義国家の連中とやってること同じじゃない。委員会は何考えてるの?」

「その質問には回答する権限がありません」

 マリは即座に状況を理解した。ずっと恐れてはいたことだ。未来技術を奪い合って国際紛争が絶えない世界で、軍の作戦を倫理的価値観で縛ろうとすることにそもそも限界があったのだ。軍人の一人としてそれは覚悟していたことだった。だからこそ彼女は是が非でもアキラを平和的手段のうちに招待したかったのだ。

 しかし結果的に自分は帰還しなかったらしい。その理由は自分にもわからない。たぶん知ったところで無意味だろう。

 この女たちは今『有無を言わさず』自分を処刑し、アキラを拉致しようとしている。

 そのことから考えて、理由を聞いてきたのはただの手続き上の建前にすぎない。要するに彼らはアキラを拉致し、拉致という手段に否定的なマリを消したいだけで、帰還しなかった理由なんてどうでもいいのだ。

 彼女たちはマリの作戦に否定的な強硬派の反対勢力から送り込まれた拉致部隊かもしれない。彼女の時代の政府も一枚岩ではないのだ。


 すると驚くべきことが起こった。アキラが軍用バイオロイドの拘束を振り切り、屋上の縁まで走り出したのだ。一秒後の相手の動きを予見できる彼だからこそ出来た軍用バイオロイドからの脱出だった。

「近づくな! 飛び降りるぞ!」

 アキラは両手を広げ、今まさに飛び降りんとしてみせた。

 軍用バイオロイドが彼に飛び掛ろうとしたが、リーダーの女がそれを制した。

「やめなさい。避けられて自分が落ちるのがオチです」

「手段を選ばず拉致しようとしているくらいだ。俺が死んだらまずいんだろ?」

 女は答えず、打開策を思案しているようだった。

「取引をしよう。俺がついていく代わりに、その二人には手を出さない」

「了解しました」

「おろ? あっさり?」

 アキラは拍子抜けした。

「そういうことでしたら現時点では処刑はしません。我々の再優先事項はあなたの身柄の確保ですから。ただし再度彼女を拘束しないという約束はできません。あくまで一時的な解放です」

「それではダメだ。永久に手を出さないと約束しろ」

「そのような約束をする権限がありません。私たちは彼女が作戦遂行の障害となる場合は排除するよう命令を受けています」

 アキラはしばらくその意味を考えていたが、

「わかった。じゃあそれでいい。その代わり彼女たちにケータイを返してやってくれ」

「了解しました。彼女たちを放しなさい」

 女は軍用バイオロイドたちに指示する。

 マリとケンゴは縄を解かれ、解放された。

 そして女は持っていたバッグの中から二つの携帯電話を取り出すと、マリとケンゴにそれぞれ放り投げた。

「アキラ!」

 マリはそれをキャッチし、アキラに駆け寄ろうとする。

「待て、今のうちに逃げよう」

 ケンゴがマリの片腕を掴んで言う。

「でも……」

「状況から考えて奴らは彼を殺しはしない。一旦この場から逃げられれば彼を救うチャンスはある」

 確かにそのとおりだった。彼女は思い直し、ケンゴに手を引かれるままに階下へ通じる扉のもとに駆け寄って、アキラに向かって叫んだ。

「アキラ! 絶対にあとで助けるから!」

 するとアキラはにっこりと笑って、

「いや、その必要はない」

「え?」

「たぶんこいつらがキミを処刑しようとしてるのは、俺を拉致する上でキミが邪魔になったからだ。だがそもそも俺がいなくなり、任務の達成不能が確定すれば、こいつらもキミを処刑する理由がないし、キミも俺を助けるために危険を冒す必要もない」

「アキラ――?」

「俺の心はレイコが死んだときに一度死んでいる。これ以上俺みたいな男のせいでキミに迷惑はかけられない」

「何言ってんの――?」

「もっと早くこうすべきだったんだ」

 そう言ってアキラはためらう素振りも見せずにジャンプした。

「え……?」

 マリは凍りついた。

「いやあああああ!」

 絶叫し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 ケンゴも呆然とその様子を眺めていたが、すぐに我に返ると必死にマリの腕を引っ張り言った。

「来い、じゃないと彼の死が無駄になる」

 拉致集団もしばらく呆然としたあと、慌ててアキラが落ちていった縁に駆け寄って下を覗き込んでいた。

 マリは放心状態でその様子を眺めていたが、女が自分たちの方向に向きなおしたのに気づくと我に返り、ケンゴと一緒に階段を駆け下り始めた。

 ケンゴはケータイを操作しながら言った。

「キミの事情はわからないか、とりあえず俺は警察に連絡する」

 マリは泣きながら頷き、階段を駆け下りながら自分は純平に電話をかけ始めた。



   * * *



 純平とアイがまったりとテレビを見ていると、やっとナナコが電話をかけてきた。アイが興味深そうにしてたので、純平はそれをスピーカーフォンにして取った。

「ねえ、おかしいよ。あたしのアルバムにもケンゴ君写ってないよ」

 開口一番ナナコは言った。

 どういうことだ? 純平は混乱して、修学旅行の写真で自分の隣に写っている少年のことを尋ねた。

「ケンゴが坊主だったことなんてあったっけ? 写ってないわけないし、じゃあこの中で誰がケンゴだ? って言われたら彼しかいないんだけど」

「うん、この中でって言われれば確かに彼しかいないけど、ケンゴ君が坊主だった記憶なんてあたしもないよ? それに個人写真でケンゴ君の名前になってる顔は絶対別人だよ。どっちも整いすぎて特徴のない顔だから、具体的にどこがどう違うのかって言われると困るけど……」

「だよな。でもゴータローはその坊主頭のがケンゴだって言ってたぞ?」

 ゴータロー、ナナコ、純平の三人は小・中と同じ幼なじみだから、三人の記憶が食い違うはずはないのだ。すると突然『ゴン!』という大きな衝撃音が電話の向こうから聞こえてきた。ケータイを落としたらしい。 

「ごめん、なんか頭痛い。またかけ直す」

 そう言ってナナコは一方的に電話を切った。

 いよいよ怪しくなってきた。純平は頭をフル回転させた!

 最後の衝撃音は本当にケータイを落とした音だったのだろうか電話を切ったのは本当に頭が痛かったからなのだろうかもしかして衝撃音はナナコがターミネーターに殴られた音で最後のセリフは実はシュワちゃんが彼女の声をコピーして言っていたのではないだろうか一方的に電話を切ったのもこのまま話が長引けば背後でターミネーターに対して犬がワンワン吠えていることに俺が気づいて「ハチ公はいつも元気だね」って俺がカマかけたらその名前がウソだとわからず「うん元気よ」って答えちゃって自分がターミネーターなのがばれてしまうからではないだろうかでもなぜターミネーターなぜナナコそもそもターミネーターがケンゴの髪型とどう関係あるんだ謎だらけだそれとも俺がアホなのか!?

 アイのほうを見ると、アイも何かを考えているようだった。

「純平君、これって……」

「ああ。アイもわかった?」

「純平君も?」

「ああ。まさかターミネーターが出てくるとはね……」

「ターミネーター?」

 アイは純平の言葉に驚いていた。純平はもうその反応だけで自分が変なことを言ってるとわかっちゃったよ。

「え? だ、だからケンゴのヘアスタイルが歴史を変えるような重大事項でその真実を知ってるナナコがターミネーターに襲われて犬がワンワン吠えて――」

「純平君、ふざけてる場合じゃないわ」

「はい、すみません」

 そしてそのIQ測定不能の天才AI頭脳が簡単に答えを弾き出してくれた。もっとひっぱろうよアイ、すぐに解決しちゃったらつまんないじゃん、純平は内心半ばヤケクソで突っ込みをいれた。

「記憶を操作されてるわ。たぶん犯人はケンゴ君、いえ、ケンゴという名の少年の振りをしている未来人」


 ――衝撃の新展開! 次号に続く。乞うご期待!


 混乱のあまりそんなアホなセリフが頭に浮かんだ純平だった。そして愕然とした! 自分の推理のアホさにも愕然とした! 危うく変な迷宮に全力で迷い込むとこだった!

「マリちゃんが危ない!」

 そういうとアイはケータイを取り出し、電話をかけ始めた。

 いっぽう、純平はアキラに電話をかけた。目的はわからないが、未来人が関係してるとなるといちばん危険なのはアキラだったからだ。能力を持っていることがばれていれば自分も危険だが、アイと一緒にいる限りは安全だろう。

 しかしアキラの携帯は電源が切られており、マリも電話には出ずに留守番電話になってしまった。アキラは電源オフ、ケンゴとマリは電源は切られてないが留守電になるというのが逆に怪しかった。三人全員同時に電源を切ったり全員留守電だと逆に怪しまれるため、敢えて違いを持たせてるという推理もなりたつからだ。

 アイの推理では記憶操作されているのは純平と、中学高校と純平と一緒だったナナコのような生徒だけらしかった。だからゴータローみたいに今は違う高校に通っている生徒の記憶と食い違っていたのだ。

 アルバムでいつバレるかもしれないなんて意外とザルな作戦だと思ったが、対象の生徒が数人しかいないため、バレたらバレたでまた記憶操作をしなおしていたのではないか? とアイは語った。必要な期間だけ欺ければよく、バレたときにはすぐに記憶操作をしなおすか、相手を消せる状態にある場合には、わざわざ危険を冒して物証まで偽造・変造する必要がないからだ。それはそれでぞっとした。それは、真相に気づいた場合はいつ襲われてもおかしくないということだからだ。

 仕方なく純平とアイは手分けして二人を探すことにした。アイは純平を一人にすることを心配してくれたが、純平としては最近はだいぶ能力の使い方にも慣れてきておりめまいの程度・頻度ともに改善されていたため、姿を消せる未来人に遭遇しても倒せないまでも逃げることは可能だと感じていた。また純平が能力に覚醒してることはたぶんケンゴ(に化けていた男)も知らないはずだったので、押入れから剣道の練習に使っていた木刀を持ち出してきてそれを片手に「大丈夫だよ」と笑ってみせ、一人で自転車に跨りアキラのマンションに向かった

 アイは不承不承に承諾し、入り江に隠してある時空観測艦にアクセスし、三人のケータイのGPSの位置情報を洗ってみると言ってアパートのコンピューターをいじりはじめた。


 純平は自転車でショートカットにショートカットを重ね、十分もかからずにアキラのマンションに到着した。

 そのマンション全体のオーナーはアキラで、ミリタリーオタクの彼の趣味で軍施設なみのセキュリティ装置が張り巡らされていたはずなのだがどうにも様子がおかしかった。車が全部駐車場に残っていたからマンションにいるはずなのだが、固定電話に電話しても出ない上に、部屋の玄関のドアもロックされていなかった。

 その玄関のドアを開けようとしたときマリから電話が入った。

「マリ! 無事か!?」

 純平はその電話を受けると開口一番叫んだ。マリのほうも何かを叫んでいたが、自分の声でよく聞き取れなかった。しかしとりあえず無事でいてくれることは確かなようだった。

「いいか、俺がこれから言うことをなるべく冷静に聞いてくれ。そして話の内容を近くの奴に悟られないようにしてくれ!」

『わかった。でもよかった、無事みたいね』

 電話の向こうでマリは言った。背後の雑音や口調から判断して、走りながら電話をかけているようだったが、泣いてるようにも思えた。どう考えても普通の状況ではない。

「ケンゴは近くにいるのか?」

『うん。それなんだけどあたしたち――』

「黙って聞け! そいつはケンゴじゃない!」

『――え!?』



   * * *



(あたしのせいで、アキラは……どうしよう、涙が止まらない……)


 そのときマリとケンゴの二人はビルの階段を降り終わり一階の玄関ホールに来ていた。休日のせいか、玄関ホールは無人だった。

 その中央付近に来た頃、走りながら純平と電話をしていたマリは驚いたように立ち止まった。

「――え!?」

「どうした?」

 ケンゴもその様子に反応して立ち止まった。

 マリはケンゴのほうを見て、人差し指を口に当てて「シッ」と言いながら電話の内容に聞き入った。

『そいつはケンゴじゃない! 未来人だ!』

 電話の向こうで純平が叫んだ。

 マリは驚きを隠せなかった。冷静に聞けと言われていたが、アキラの死を目の当たりにした直後に今度は目の前にいるケンゴが別人だと言われて、エリート軍人と言えどさすがに動揺を隠せる許容範囲を超えてしまった。それでもマリは咄嗟にケータイのスピーカーを手で覆い、ケンゴに背を向けてなるべく平静を装いながら答えた。

「わかった。それで、どうしたらいいの?」

 その様子をケンゴはじっと観察していたが、突然彼は懐から何かを取り出し、マリの背中に突きつけてきた。それは拳銃だった。

「はうん!」

 弱点の背後を突かれてマリはビクンと反応して変な声を出した。

 ケンゴは凍り付いているマリの耳元で囁いた。

「そこまでだ。手を上げろ」

 マリは諦めてゆっくりと両手を挙げた。

 ケンゴは無言でマリのケータイを取り上げて電源を切ると、放り投げた。そして自分のケータイを取り出し電話をかけた。

「こちらアルファ。計画が露見した。プランDに変更だ。仙道マリは確保した。真田アキラの死体の回収は後回しだ。一旦拠点一階のホールに集合しろ」

 そしてしばらく何ごとか会話したあとケータイを切り、マリのほうに向きなおした。

「やってくれたもんだ。純平はあくまで保険のつもりだったが、その保険をターゲットにしなくてはならなくなったのはお前のせいだ。お前さえきちんと任務をこなしてくれていれば、俺もわざわざお前の尻拭いに来る必要などなかったものを」

「あなた、一体――?」

 マリは戦慄した。



   * * *



 アキラの部屋の玄関扉の前で、純平はマリとケータイで話をしていた。しかしマリは、『はうん!』と変な声を出したあと唐突に電話を切った。

 どうしたのだろう? 息も荒かったが一体何をやってるんだろうか? ナニをヤッてるんだろうか? いやこの状況でさすがにそれはないか。おさまれ妄想。しかしとりあえず無事ではあることは確認できた。純平はすぐにアイに電話をかけた。

「今マリから電話があった。無事だ。でも様子がおかしい。泣いてるような声だったし、変な声を出したあといきなり電話を切られた。彼女の位置情報はわかった?」

『うん、マリちゃんたちの場所はわかった! 今向かってるところ!』

 アイは走ってるようだった。本気で走れば一般道の車よりも早いのだが、さすがに目立つからタクシーでも捕まえるつもりなのだろう。

「了解。これからアキラの部屋に入る」

『気をつけてね!』

「アイもね!」

 それだけ話して純平たちはケータイを切った。

 純平が木刀を構えながら静かに部屋のドアを開けて中に進むと、室内は照明がついておらず薄暗かった。

 純平は脳裏に浮かぶ鏡の映像を意識し、警戒しながら更に数歩進んだ。すると鏡の一枚に、突然物陰からごつい大男が現れて殴りかかってくる映像が映し出された。

(姿を消してない? 未来人じゃないのか?)

 純平がとっさにそんなことを考えていると、その一秒後には映像どおりの軌道で男が攻撃してきたので、純平はかろうじてそれを回避した。一秒前に攻撃がわかっていたのに『かろうじて』である。

(速い!)

 純平は男の攻撃のスピードに驚いた。男は身長二メートルはあろうかという筋骨隆々な大男で、まさに以前テレビで観た外国映画に出てくるターミネーターのような外見をしていた。

 大男は普通小回りや動きの俊敏さにはハンデがあるものなのだが、その男はまるで自分の周辺だけは重力や慣性力に狂いが生じているかのように俊敏な動きをしていた。たとえるなら、トカゲなみに素早くピクピクと体勢を変えたりダッシュするような小型恐竜だった。怖すぎである。

 男は最初の攻撃が空振りして、バランスを失って前のめりにリビングに突進し転びそうになっていたが、すぐに立ち直り懲りずにまた同じようなパターンで攻撃をしてきた。一言もしゃべらないそいつはまるでロボットのようだった。

(こいつ、人間じゃない!)

 想定外だった。予見能力に慣れてきたため、たとえ相手が姿を消していようと相手が人間である限り、一秒先の行動を読めば対応は可能だと思っていた。しかし、相手が人外の存在となると話は別だ。

 純平は次々に映る鏡の映像を利用してなんとか大男の攻撃をかわしていたが、予見を繰り返すことで少しずつめまいを感じはじめ、ついには回避行動を取れなくなった。

(やば!)

 純平は敵の攻撃を木刀で受けざるを得なくなった。男の動きの素早さから考えて、たとえ走って逃げたとしても追いつかれることは明白だったからだ。しかしその攻撃の重さも人間の常識を遥かに超えており、一回の攻撃で手が痺れ木刀を落としてしまった。

(くそ、せめてこれが真剣だったら……)

 万事休す。そして次の瞬間には腹部に強烈な打撃を受け、気を失ってしまった。

 やはりたった一秒だけ未来を予知できる魔法が使えたところで、銃でも持ってて即座に相手を無力化できない限り、そのささやかな魔法の力は未来技術の前に無力だった。


 

  * * *



(二度目の拉致に続いて三度目の拘束か…あたし、エリートどころか、ただのヘタレじゃない……)


 マリは再びロープで後ろ手に縛られ拘束されていた。

 ホールには今やケンゴのほかに、屋上から彼女たちを追いかけてきた女と軍用バイオロイドが三体いて彼女を取り囲んでいたが、それ以外は相変わらず無人だった。もともと雑居ビルに近いオフィスビルなので、もしかしたら休日は誰も出入りしないのかもしれない。警備員がいたとしてもたぶん彼らが手を回しているだろう。

 ケンゴのケータイが着信をつげ、彼は二言三言会話した。

「わかった。お前はそこで荷物を確保しつつ待機しろ」

 最後にそう言って彼は電話を切ると、部下たちに指示を始めた。

「フォックスが時任純平を確保した。ブラボーはデルタ、エコーを連れて佐伯アイの捜索に向かえ。チャーリーはここで仙道マリの監視だ」

 ブラボーというのは屋上でリーダーのように振舞っていた女性のことらしく、様子から判断してどうやら本当のリーダーはケンゴらしかった。

 そしてケンゴは再びマリに銃口を向けた。

「純平は確保した。残るは人質役のアイだけだ。お前は保険の人質として拘束させてもらったが、アイとお前では人質としての価値が違いすぎる。アイを確保したときがお前の死ぬときだ。今のうちに辞世の句でも考えておけ」

 マリはそれには反論できなかった。しかし希望もあった。純平が捕まったのにアイがまだ、ということは、彼らは別行動をしているのだろう。幸いケンゴはアイの正体を知らない。アイが捕まっていない限り希望はある。


 ケンゴはマリの監視用に軍用バイオロイドを一体だけ残し、ほかの者をアイの捜索に送り出した。そしてじっとその連絡を待ち始めた。

「結局、あなたは何者なの?」

 様子が落ち着いたところでマリは尋ねた。

「言っただろう? お前の尻拭いに来た者さ。今日一日お前の本心はじっくり聞かせてもらった。お前はもはや『オペレーション・アナザー・ラプラス』にとって障害でしかない」

「もしかしてそのために純平に近づいたの?」

「当然だ。もっとも、この世界の高校生活もそれなりに楽しんでいたがな。俺は純平もアイも嫌いじゃなかったよ。いや、むしろ好きだった。できれば彼らは巻き込みたくなかった」

「あたしに近づいたのもそれが目的?」

「当たり前だ。今日のお前との会話はすべて記録してある。お前を裁く際の証拠になるかどうかは上の判断になるがな」

「なんてこと……」

 マリは絶句した。何で気づかなかったんだろう。悔しさで涙さえ出てきた。

「お前がアキラさえちゃんと連れ帰っていれば、純平もアイも巻き込まれなかったんだ。言うなればお前が彼らを巻き込んだんだ」

「だって、平和的に招待して、無理な場合はほかの手段を当たるって話じゃなかったの?」

 ケンゴは笑い出した。

「おめでたいな。本当にそんなキレイごとで済むと思ってたのか? もっとも、お前は義理とはいえアキラの孫だったからそう信じ込まされていたんだろうがな」

「え……?」

「まさかとは思うが、アキラを連れ帰ったらアキラがそのままユウジの代役にされると言うのも信じていたのか?」

「……違うの?」

「この世界のアキラと俺たちの世界のアキラと、どちらを連れ帰ったほうが国益にかなうかを考えてみればすぐわかる。あいつは俺たちの世界のアキラの『死体』の代役なのさ。能力者でありながら若くしてエネルギー工学の権威でもあった俺たちの世界のアキラを、歴史を分岐させずに死亡直前に救い出し、俺たちの時代に復活させるための身代わりの死体さ。DNA上は全く同一人物だから、救出と同時に身代わりを同じ方法で殺害し、その死体を同じ場所に配置すれば歴史は分岐しない。分岐さえしなければ要人を連れ去ったところで『世界養殖』にもならないし、他の世界との報復合戦にもならない。俺たちの時代のステルス技術を持ってすれば不可能ではない」

 マリは愕然とした。自分が誇りを持って遂行してきた任務は、いつの間にか単にB世界のアキラを拉致した上で殺害し、その死体をA世界のアキラの死体として偽装するという非道極まりないものに成り下がっていたのだ。

「お前はアキラをいつ招待してもいいと考えていたようだが、俺たちの世界のアキラが死んだ年齢と、この世界のアキラの年齢があまり離れてしまっても困る。死体の推定年齢が離れ過ぎていたら検視官が怪しむかもしれないからな」

 マリは理解した。だからわざわざ彼らはマリと同じ時代にやってきて、マリを処刑してまでアキラを拉致しようとしたのだ。彼らは『今の年齢のアキラの死体』が必要だったのだ。

「じゃあ何で今度は純平を狙うの? 純平じゃアキラの死体にはなれないでしょ?」

「よほど混乱しているようだな。考えればすぐわかるだろう? もちろん純平の場合はそのままユウジの仕事を引き継いでもらうのさ。ただその場合はこちらの指示に従ってもらうために人質が必要になる。最悪、自殺でもされたら困るからな。そのための佐伯アイだ。そういう意味ではアキラの場合と比べて面倒ごとが多い。かと言って飛び降り自殺したアキラの死体ではもう使い物にならん。こうなったのも全部お前のせいなんだよ」

 マリは頽れた。


 マリはもはや何も質問する気力がなくなり、二人とも黙り込んだまま時間だけが過ぎていった。そして最後にケンゴが電話をしてから十分ほど経った頃、再びケンゴに電話が入った。

「了解。すぐにここに連れてこい」

 そして更に五分ほど経過した頃、アイが軍用バイオロイドに後ろ手に拘束され玄関ホールに連行されてきた。

「アイちゃん!」

 マリは思わず叫んだ。

 するとアイは彼女に小さくウィンクをしてきた。

 マリはその意味を瞬時に理解した。

(来た! アイちゃん来た! これで勝つる!)

 アイは軍用バイオロイドに背中を小突かれ、ケンゴの前に倒れこんだ。

 ケンゴはそれを満足そうに確認すると、

「よし。じゃあお前はブラボーと合流し、その指示に従え」

「ラジャー、ボス」

 そしてその軍用バイオロイドも外に出て行った。残るはケンゴと監視役の一体の軍用バイオロイドだけになった。

 ケンゴは再びマリに銃口を向けてきた。

「見てのとおりだ。お前はもう不要だ。犯されずにあっさり死ねるだけ幸せと思え」

 マリはアイに視線を投げた。

 アイは小さくうなずいた。

 ケンゴはためらう様子も見せずに拳銃のトリガーを引いた。

 しかし次の瞬間、その拳銃はアイの手中にあった。アイが片方の肘をケンゴの腹部に打ち込み、さらにもう片方の手でその銃を奪ったのだ。

 ケンゴはもんどり打って仰向けに倒れこんだ。その隙にアイは奪った拳銃で、背後でアサルトライフルを構えていた軍用バイオロイドの右手を撃った。

「な――」

 ケンゴは唖然としていた。

 右手を撃たれてライフルを落とした軍用バイオロイドはそのまま反射的に左手で素手でアイに襲い掛かった。人間であれば避けようもない速度で繰り出されるその攻撃をアイはひらりとかわす。その軍用バイオロイドは攻撃を空振りし、勢い余ってケンゴの上にのしかかるように倒れこんだ。

「Aあnー!」

 ケンゴが悲鳴とも喘ぎ声ともつかない奇妙な叫び声を上げる。

「な、なにやってんだこのでくの坊! Aあnー! いやん、変なとこ触んないでよ! どけ! さっさどけ!」

(なんか変な声出した! てか一瞬オネエ言葉になってた!)

 アイとマリはケンゴの奇妙な叫び声や言葉遣いに一瞬怯んだ。が、アイはすぐに我に返り、その隙に軍用バイオロイドが落としたライフルをマリのほうに蹴飛ばす。

「申し訳ありません、ボス」

 機械的にそう言ってその軍用バイオロイドは立ち上がり再びアイに襲い掛かる。

 アイはその両手足からの打撃攻撃をひらひらとかわし、拳銃の弾丸をその四肢に一発ずつ撃ち込んだ。その弾丸は正確に軍用バイオロイドの運動神経系を破壊し、その巨体はうつ伏せに倒れ込んだあと、ピクピクとしか動かなくなった。



   * * *



 ケンゴには何が起きたのか理解できなかった。アイが普段はおっとりしてる割に運動神経もいいのは知っていたが、それは高校の体育の成績が女子の中では十だという程度の次元の話だ。いくら運動神経がよくても人間の少女に今みたいな文字どおり通り人間離れした動きができるはずがなかった。

 ケンゴ自身はマリと同様デザイナーチャイルドであり、今回の調査部隊の真のリーダーだった。屋上でリーダーのように振舞っていた女性はケンゴの正体を可能な限り隠蔽するためのただの一般バイオロイドだったのだ。

 ケンゴは戦闘能力は軍用バイオロイドに、情報処理能力は一般バイオロイドに遠く及ばないが、それは人間である以上当然のことで、彼自身はあくまで人間の基準では天才の部類に属し、身体能力も平均的な人間よりは遥かに優れていたはずだった。その自分が反応する間もなくただの少女に一瞬にして状況を覆されたことにただただ唖然としていた。

「な、何だお前?」

 ケンゴは驚きのあまり微妙に言葉足らずな質問をした。

「あなたこそ何なんですか? さっきの変な叫び声は何ですか!」

 アイは拳銃の銃口をケンゴに向けて詰問した。よほど先ほどの叫び声に精神的ダメージを受けたのだろうか? アイにしては珍しく、明らかに質問の優先順位を間違っていた。

「お前こそ何なんだ! 何で拳銃ごときで軍用バイオロイドを倒せた?」

 ケンゴはケンゴで完全にパニクっていて会話が成立していなかった。

「マリちゃんを殺そうとしていましたね?」

 アイは凄む。

「まさか――バイオロイドなのか?」

 ケンゴはアイの正体に気づき始めた。

「私はただのネコ助です!」

「ネコ――!? だが軍用バイオロイドを上回る戦闘能力の一般バイオロイドなんて聞いたことがない。お前、一体何なんだよ!?」

 ケンゴはアイの意味不明発言を全力でスルーし更に質問した。

「人の正体を聞く前にまず自分の正体を明かしなさい! あなたこそ何者なんですか!?」



   * * *



 その頃、純平は気づくとアキラのマンションのソファーに寝ていた。状況が理解できなかったが、近くで大人の男女の話し声が聞こえていたので純平はそれをボーっと聞いていた。どうやら自分を襲った大男の処分を検討しているらしかった。ということは自分は助かったのだろうか? それにしても彼らは何者なのだろうか? 純平は彼らのほうを見ようとしたが、激痛に襲われて諦めた。しかし次の瞬間、耳を疑うようなセリフが聞こえてきた。

「間もなく一八時四二分、佐伯アイの死亡推定時刻です」

 なんだって? アイが死ぬ? 純平は跳ね起きた。しかし再び激痛が全身を走り、次の瞬間にはまた気を失ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ