第十二章
マリが語ったように、今ではアイの時空観測艦を使って時空間通信を行うことが可能になっていた。アイの船のその機能は故障していたが、現役で活動しA世界から分岐したすべての世界の宇宙に存在している二番艦と観測艦同士の通信をすることはアクセスコードさえあれば可能で、アイはそれを知らなかったが二番艦の就航後にA世界の軍人になったマリの携帯情報端末にそのコードが記録されていたのだ。
そして二番艦を経由すれば、今回純平たちの命を救ってくれたB世界の未来の純平や啓介とも通信が可能になっていた。
二番艦はアイが艦長を務める一番艦が就航し、行方不明になった翌年の二〇五三年に就航していた。そして二〇〇一年に無事タイムトラベル成功、タイムワープアウトとともに地球の歴史を分岐させることなく即自大気圏離脱に成功した。
二〇五〇年当時のタイムトラベルの限界は六〇年だったので、最大一九九三年まで目的時を設定することが可能だったが、一番艦の事故を教訓に余裕を持たせ、目的時は二〇〇〇年問題が解決し、二一世紀の最初の年でもある二〇〇一年とされた。以降分岐した世界にはすべてこの時空観測艦が存在し、それぞれの世界の歴史を宇宙から静かに観測していた。
時空間通信というのは、この「二〇〇一年以降A世界から分岐したすべての世界に時空観測艦が存在する」ことを利用して行われる異なる世界間の通信のことだ。仕組みとしては、二〇〇一年時点の時空観測艦をターミナルとし、まずその二〇〇一年にデータのみのタイムワープ通信を行う。そしてそれを経由して様々に分岐した世界の時空観測艦にさらにタイムワープ通信を行うといった感じだ。
A世界とB世界が二〇〇五年に分岐したこともこの二番艦の観測によってA世界に知られることとなった。ただしそのトリガーが何であったのかまでを調査・確認する機能は時空観測艦にはなかった。
そしてある日の夜、アイが時空間通信で啓介にメッセージを送ろうとしていた。彼女は自宅のコンピューターを専用の秘匿回線で自分の時空観測艦に接続させており、それを経由で二番艦と通信できるようになっていたのだ。
佐伯家の自室でコンピューターに向かっているアイ。モニターには次のようなメッセージが表示されていた。
啓介君 へ
あなたたちのおかげでこのC世界ではみんな元気で生きています。
マリちゃんはすっかり自分があなたの母親だと信じ込んで毎日大騒ぎしています。必要以上に純平君をバテ太扱いしたり、何かにつけて文句を言ったりしてるけど、内心はまんざらでもなさそうです。
こういうの、この世界では「つんでれ」と言うそうです。あ、でもB世界生まれのあなたなら知ってるのかな?
だからごめんね、このままみんなを守っていくためにも、C世界であなたを産む役はマリちゃんに譲ることにしました。
だって、いくら純平君が覚醒したと言っても絶対安全とは言い切れないし、それに私はマリちゃんも大好きなんだもの。
このまま行けばC世界ではあなたや、あなたの純粋な兄弟は生まれないけど、もし純平君とマリちゃんとの間にあなたの半分だけの兄弟が産まれたら、その子を大切に見守っていくつもりです。
もっとも、マリちゃんはアキラさんのことも気になるみたいで、これからどうなるかは全く予想がつきません。そんなマリちゃんはこの時代の少女漫画の主人公みたいで、見ていてとっても楽しいです。
もしマリちゃんがアキラさんを選んだら?
うふふ、もちろん、そのときはそのときです。
佐伯アイ より
アイは自室の窓を開ける。そこから望める夜空には無数の星が瞬いていた。
彼女は上着の襟首を開け、ペンダントトップを取り出す。そしてそれを両手で大切そうに包み込むと、夜空を見上げて微笑んだ。