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第九章

 純平が目覚めてから約一時間後、彼らは全員アキラのマンションに集まっていた。純平、アイ、マリ、アキラ、そして純平たちを助けてくれた見たこともない軍服の男女が八人、さらに拘束された偽ケンゴ。四十過ぎくらいのサングラスの男がリーダーらしかった。

 サングラスの男は言った。

「まず、直前になるまで救出ができなかったことをお許しください」

 男はケンゴに視線を投げかけ、

「この男、正確にはその所属する軍組織が黒幕ですが、その組織があなたたちの拉致を計画し、その結果全員を拉致、あるいは死に至らしめた証拠を確保する必要があったのです。今回我々が掴んだ証拠は今頃は別働隊のもとに送られ、その証拠とともにこの男の来た世界、あなた方が呼んでいるところのA世界に対する報復作戦が発動されているところです」

「報復作戦?」

 純平が質問した。

「はい、他世界からの人員の拉致、つまり暴力的な手段により強引に人員の獲得及び移送を行うことは、世界間の報復の連鎖を引き起こす重大な戦争犯罪です。今回我々はその証拠を彼らの世界に突きつけることによって、以降の我々の世界への干渉を断固として拒否する姿勢を示す予定です」

「なるほど」

「いわゆる『世界養殖』による有益な要人の拉致はどの世界でも一度は計画することですが、そこには重大な欠点があります。それは、未来からのタイムトラベルにより分岐した世界はほぼ例外なく、その影響で元の世界よりも高度に技術が発達した世界になる、ということです。現に我々のB世界も、A世界よりも十年以上早い二〇三〇年代後半に最初のタイムトラベルが成功しています。

 そして被養殖世界から要人を拉致した場合、それは高確率で、より進歩したその被養殖世界の未来からの報復を招きます。その場合技術の差からなすすべもありません。かと言ってそれに対してさらに技術の進歩した未来からの報復、いわゆる『逆ギレ報復』をすると、それは果てのない報復合戦、つまり時空間戦争に発展してしまいます。そのため、それを避けるため通常は最初の報復の時点で『手打ち』、つまり協定が結ばれ休戦となります。

 したがって二度以上同じ世界に対して拉致計画が発動されることはまずありません。それよりは報復される可能性の低い世界を探したり、時間をかけてでもその重要人物のクローンを作ったりするようになります。その意味でも一度はっきりとした証拠を突きつけ、断固たる姿勢を示しておく必要があったのです」

(なるほど、わからん。もっとも難しい話はアイとかマリとかアキラが理解してくれているので問題ないのだが。って馬鹿は俺だけじゃん! まあほかの三人が頭が良すぎるんだが……)

 純平がそんなことを考えながら間の抜けた顔をしてるのを無視し、リーダーは続けた。

「すでにお話したとおり、B世界ではあなた方は本日全員死去、あるいは拉致されています。真田アキラさんは遺体が回収されていますが、佐伯アイさん、仙道マリさんは死亡の記録は残っているものの遺体は未回収、そして時任純平さん、あなたは行方不明です」

「え?」

 これは何を言われているか純平にも理解できた。

「拉致されてA世界で強制的に使役させられているか、あるいは拉致される途中で死亡したか、それは不明です。しかし少なくとも今回の事件以降目撃者がいないこと、そして拉致計画が繰り返された痕跡もないことから考えて、拉致されたかあるいは拉致の途中で死亡、遺体も処分された可能性が高いことは確かです」

 純平はそれをあまり想像したくなかった。

「我々のほうからのご説明は大体以上です。何かご質問は?」

「はい」

 マリが早速質問を始めた。

「さっき要人の拉致って言ってたけど、B世界ではアキラも純平も今日でこの世界から消えちゃったんでしょ? この二人の能力ってBの未来でも知られてたの? 正直、能力あるの知らなけりゃこの二人なんて要人どころかただのごにょごにょだと思うんだけど」

「『ごにょごにょ』とか、まんまセリフで言うなよ」

 純平とアキラはスルーされるのをわかった上で抗議した。

「知られています。正確には、まず拉致計画があったことが発覚し、その目的を探る過程でお二人の能力も明らかとなりました。しかし少なくともB世界においては、お二人の能力は特に必要とはされていません」

「なぜ拉致計画だったことがわかったの? ただの事故か謎の殺人事件で済まされそうだけど」

「申し訳ありませんが、その点はお答えできません」

「なぜ?」

「正確には誰も知らないのです。軍に対して匿名の通報があり、それがきっかけで全容が判明したことだけはわかっています」

「なるほど……でも、特に必要とされてない人間の拉致が何十年も前の過去にあって、しかもそれ以降繰り返された形跡もないんでしょ? それってわざわざ世界を分岐させてまで救助に来るようなことなの? それはそれでありがたいけど、あなたたちの未来の軍てそんな慈善事業みたいなことまでするの?」

「特に必要とされてない人間……」

 純平とアキラはちょっと傷ついてほぼ同時に言った。

「黙って、今大事な話してるんだから」

 マリは一蹴した。やはり悪魔だ。

「その点については今はまだお話できません」

「今は?」

「はい。いずれお話する機会もあると思うので、それまでお待ちください」

 マリはそれ以上深追いはしなかった。頭から回答を拒否されたわけではないのでなんとか自分を納得させたようだ。

 しかしマリは急に思い出したように、彼らの中でいちばん若い少年を指差して言った

「そうだ、それはいいとしてそこの少年!」

 いきなり悪魔に名指しされた哀れな少年は露骨にビビっていた。もっとも、実は彼のほうが年上なのだが。

「あんたあたしたちのほう見てとんでもないこと言ってなかった? 『母さん』とかなんとか」

「え、そ、そんなこと言ってません」

 明らかに動揺して少年が答えた。彼は軍人とは思えない、妖精のような顔立ちの美少年で、軍人としての経験も浅いようだった。

「いや、絶対言ってたよね、アイちゃん?」

 マリはアイに振る。

「言ってました。私の聴覚は信頼できます」

「言ってないと言ったら言ってません」

「じゃあなんて言ってたの?」

 少年は答えない。

「あなたたち何か隠してませんか?」

 マリは今度はリーダーを問い詰める。

 リーダーは無言で表情を崩さなかった。すぐに否定しないのは少し怪しかった。

 すると少年が急に開き直ったような、軍人にあるまじき口調になり答えた。

「つかさ、考えてみてよ、僕らの世界ではあんたら今日二人とも死んでんだよ? 記録だって残ってるし。あの状況で僕らが助けなかったらどうなってたか考ればすぐわかることじゃん? だから僕があんたらの子供なわけねーし。つかマリアさんのほうはそもそもバイオロイドなんだから子供なんか作れるわけねーじゃん」

 彼はかなり感情的になっているようだった。

「マリア?」

 マリは聞き返した。それは全員疑問に思ったことだった。

「あ、マ、マリさん」

 少年は慌てて言い直した。

「マリはあたし。あたしは人間よ?」

「あ、あれ? あ、マリアイさん? いや違う。リア? アイ? そう、アイさん!」

 少年は勝手にパニクっていた。マリとアイを混同しているのだろうか?

 それにしても『マリアイさん』はないだろう。

 そんな感想を抱きながら純平たちが一様に呆気に取られていると、更に少年は思いついたようにポンと手を打って言った。

「あ、マリ、を続けて言ってみて! あ、マリ、ア、マリ、アマリ、アマリアマリアマリアマリアマリアマリア、マリア!」

「やめなさい啓介けいすけ

 リーダーが少年を制した。

「ごめん」

 少年は素直に謝った。


 ……これは何かのコントだろうか? それとも未来技術を応用した精神攻撃か?


 純平たちはどんな反応をすればいいのか全くわからずにただ口をあんぐりとあけたまま唖然としてしまった。

 マリがいち早くその精神攻撃から立ち直って言った。

「あんたたち本当に軍人? 『啓介』とか『ごめん』とか、言葉遣いおかしくない?」

 それは純平たちも思ったことだった。もっとも、言葉遣い以前に少年のキャラが明らかにおかしいのだが……。

 彼らは答えなかった。

「まあ、助けてくれたことは本当に感謝してるけど……」

「まあまあまあ、別にいいんじゃねーの、細けーことは。とりあえず助けてくれて感謝ってことで。あんたたちも別にすぐ帰っちゃうわけじゃないんでしょ?」

 アキラが言った。

(さすがアキラ……テキトーだ)

 純平は思った。

「はい。我々にはまだこの世界、我々の世界での正式名称は『ウプシロン2183世界』ですが、煩雑化を防ぐために、B世界から分岐したという意味で単純にC世界と呼ばせていただきますが、それが終わるまではこの世界に滞在します」

「それって?」

「C世界では皆さん全員が生きています。それはつまり、またお二人の能力を狙ってどこかの世界から拉致目的の集団が来る可能性があるということです。そして我々はずっとこの世界で皆さんをお守りすることは出来ません。したがって、あなた方に自分たちだけで身を守る力を身につけてもらう必要があります。そうしないと今回我々があなた方を救出したことも無意味になりますので」

「救った以上その後の責任も取るってことね。それはありがたいけど、具体的にはどうするの?

「それはまだ言えません」

「またそれか……」

 しかしマリもそれ以上は追及しなかった。彼らが自分たちの命を救ってくれたことは事実なのだ。感謝こそすれ、質問に答えないからって文句を言える立場ではなかった。

「当面は我々の母船はこの市の海岸から東方約二五海里の海上にステルス状態で停泊しています。この時代の携帯の回線は繋がりにくいですが衛星の専用回線を開いておきましたので、何かあったらこちらのほうへ御連絡ください」

 彼らはそう言って純平たちに名刺のようなものを配って、ケンゴを連行して帰っていった。


 彼らが帰ったあと、純平たちは全員大きく安堵のため息をついて一斉に仰向けにひっくり返った。しばらくは誰も口をきけなかった。みんな今日起きたことを整理するので精一杯のようだった。アイだけはすぐに立ち直ってキッチンに足を運び、なにやら飲み物を用意していた。

「ねえ、どう思う?」

 マリが言った。

「誰に聞いてんの?」

 純平は天井を見ながら答えた。

「アキラ」

(絶対ウソだ。俺のほうに顔を向けているのが視界の端に見えてたぞ?)

「とりあえず感謝していいと思うよ」

 アキラが答える。

 マリはハッと思い出したように飛びおきて、寝ているアキラに飛びかかった。そして馬乗りになるとアキラの首を絞めながら言った。

「もう、二度とあんな早まったマネしないで。あたし、本当にあんたが……」

 マリはそう言いながら、その双眸に涙を浮かべていた。

「ああ、ごめん」

 アキラは素直に謝っていた。

「はいは~い、お茶が用意できましたよ~」

 アイがのほほんとした口調でキッチンから戻ってきて、テーブルにお茶を並べ始めた。

「さすがアイ。事件の謎の解決から恐怖のバイオロイドの撃退、お茶汲みメイドまでなんでもござれだね」

「えへへ」

 それで純平たちは気を取り直し、みんなで今日起きたことを整理することにした。


 まずケンゴの正体だが、彼は『オペレーション・アナザー・ラプラス』――要するに死んでしまったA世界の能力者の身代わりを調達する作戦――を遂行中のマリの調査とアキラの拉致を目的に、マリのタイムトラベルの航跡を辿ってこの世界にやってきた。

 いつからケンゴのフリをしていたのかは不明だが、純平と中学までのみ一緒だった幼なじみのゴータローや、高校からのみ一緒のアイの記憶が操作された形跡がないことから考えて、たぶん高校入学のときに入れ替わっていたのだろうと考えられた。

 随分前から準備していたことになるが、マリもそうだったように「帰還時刻はタイムマシンで自由に設定できるので、作戦所要時間、つまりこの世界に滞在する時間の長さは余り問題にならない」ということなので、いちばん入れ替わるのに適したタイミングを狙ったのだろう。途中から転校では注目を浴びすぎるからだ。部下も全員バイオロイドだったので、機が熟すまで起動させずにいれば長期作戦も問題なくこなせるというわけだ。

 マリは堂々と転校してきたが、彼女の場合は特に後ろめたい作戦でも正体を隠す必要のある作戦でもなく、単に「純平の能力の有無を直接会って確認し、ある場合は正々堂々交渉する」というだけだったからだ。

 本物のケンゴについてだが、残念ながら多分彼はもうこの世界にはいないだろうという結論になった。消されたか、拉致されたか。少しでも生きている希望がある限り探したいのは山々だったが、それは「明白かつ現在の危険」が過ぎ去ってからにするしかなかった。機会があれば偽ケンゴから所在を問いただす必要もある。

 助けてくれた人たちの正体だが、これは彼らの言うことをとりあえずは信じるしかなかった。彼らの言っていたことは一応筋が通ってるし、今日説明できないことも「あとで説明する」と言っていたので、向こうの出方を見る以外なさそうだった。


 純平とアキラの頭はとりあえずこれで一旦整理できたが、マリとアイはまだ気になることがあったようだ。それは、少年が彼女たちに向かって「母さん」と言ったことだった。アイの聴覚がはっきりと彼がそう言うのを確認したということなので、言ったことは確かだろう。

 これについては純平たちは最初、もしかしたら彼はマリかアイの息子なんじゃないかという当然の仮説を立てた。彼は十代後半くらいだった。そして彼らがやってきたのは二〇四一年と言っていた。十八歳だとして、逆算したら二〇二三年に生まれたことになる。ということは、今から八年後、マリやアイが二十四から二十五のときに生まれたことになる。あり得ない話ではなかった。

 しかしこの仮説には致命的な欠点があった。まず、マリもアイもB世界、つまり彼らの歴史では今日死んでいると言うことだった。これについては記録が本物かどうかまではもちろん純平たちには確かめようがないのだが、彼らがウソをつく理由も思い当たらないので、とりあえずは彼らの言うことを信じるしかなかった。なのでこの点でまずこの仮説は否定された。

 さらに加えて、バイオロイドであるアイは子供が産めない。これについては確実だった。もしかしてB世界の未来ではバイオロイドでも子供作れるんじゃないか、とも純平は聞いてみたが、少年は今日それを「バイオロイドなんだから子供なんか作れるわけねーじゃん」とはっきりと否定していたので、B世界の未来でもバイオロイドが存在し、生殖能力がないことは確かなようだった。これについてはあとで彼らにも確認してみることにした。ちなみにアキラも今日の件でついにアイの正体を知った。

 マリは、「あ、じゃあ、アイちゃんのバイオロイドの体に残ってる人間の体のDNA情報使って、人工授精したとか?」とも言ったが、アイはそれだと半分クローンみたいになっちゃうし、テロメア(細胞分裂の回数券のようなもの)の問題もあるから、そこまでして自分の子供を作るとは思えない、それよりはまだマリの子供の可能性のほうが高いだろう、とのことだった。それはそのとおりだった。

 結局、「母さん」というのは単にマリかアイのどちらかが彼の母親に似ていたために思わず彼が口走っただけなのではないだろうか、という結論になった。仮にどちらかの子供だったとしても、それは普通に考えればマリで、じゃあ父親は誰なんだ、という話にもなるので、とりあえずこのことは余り気にしないでおこう、という結論になった。

 

 その日は結局全員アキラのマンションで夜を明かした。全員死んだはずの日に一人一人別れて帰宅して安心して眠れるとは思えなかったからだ。それにアキラのマンションはミリタリーオタクのアキラの趣味で軍施設なみのセキュリティ設備が備えられていた。まあその割には未来人相手には簡単に侵入を許したわけだが、さすがに未来人相手ではそれは仕方のないことだった。


 翌朝、月曜日だったので学校はどうしようかと相談した結果、普通に登校することにした。彼らが何をしようとしてるのかはあとで説明があるということだったし、一応は彼らのことを除けばほかに危険が差し迫ってる様子はなかったからだ。彼らの言うことを信じるならば、純平やアキラを狙って新たな拉致部隊でも来ない限り、当面は安全なはずだった。


 その日の午後、早速純平たちのケータイに連絡が入った。それぞれ一人ずつと話がしたいので指定の場所に来てくれと言うことだった。一人ずつ、というのはちょっと怪しかったが、助けてもらったという借りがある手前、純平たちは指示に従うことにした。彼らは純平たちを殺そうと思えば昨日いつでも殺せたし、それをしなかった以上、今は彼らを信じるしかなかった。また指示はかなり具体的で、向こうも誰が来るのかをはっきりと連絡してきたのでその点は安心だった。

 純平の待ち合わせの相手は最初に純平と話をした中年の男性だった。最初に助けてくれた人なので純平は安心した。アイの相手は少年で、マリの相手はリーダーの男だった。そしてアキラは呼び出されず、逆に彼のマンションに彼らの仲間が訪問する、ということだった。たぶん一人ずつにするのが目的だったので、アキラは家に待機してろということらしかった。


 純平の待ち合わせの場所は普通の喫茶店で、待っていた男性も昨日の変な軍服ではなくこの世界の普通のスーツを着ていた。そして、まずはキミのほうから質問があったら何でも聞いてくれ、と言ってきた。当然純平は本物のケンゴがどうしてるのかとか、少年の言った「母さん」というのはなんなのか、ということを質問したが、その件に関しては彼は何も知らなかった。じゃあ何が答えられるんですか、と聞いたら、結局は「この世界にもしまた拉致グループが来たときに、君たちに必要なのは何か」ということだった。



   * * *



 純平が喫茶店に呼び出されている間、アイは公園に呼び出されていた。待ち合わせの相手は例の美少年だった。

 彼はアイを見つけて合流すると、ちょっと歩きませんか、と言って林のほうに向かって歩き始めた。アイはそれに黙ってついていった。そしてあたりに人影の少ない公園の池の端まで来ると、彼は彼女に向かっておもむろにこう言った。

「申し訳ありませんが、死んでくれませんか?」



   * * *



 同じ頃マリはリーダーの男と落ち合うために港に来ていた。昨日アキラのマンションで議論した結果、いちばん少年の母親の可能性が高いのは自分だという結論に達していたので、その辺りのことも聞いてみるつもりでいた。マリが港の岸壁のところに立って海を眺めながらそんなことに思いを巡らせていると、いつのまにかサングラスの男が背後に立っていた。

「うあああっひゃん! あ、あたしの後ろに立つな!」

「これは失礼」

 言いながら口の端をわずかに上げつつ、男はサングラスを外した。



   * * *



 純平の相手の男の話はあまり要領を得なかった。男は彼らの中ではおそらく最年長で、その立ち居振る舞いはまるで金持ちの家の執事か何かのようだった。人柄は良さそうだったが、どうも言いたいことがはっきりしないというか、回りくどい言い方が多く、言ってしまえば時間稼ぎをしてるようにすら思えた。しかし彼の話を要約すると、つまり彼らの言う「自分たちで身を守る力」というのは、純平が持ってなければいけない力らしかった。

「それはたった1・3秒先を予見する力のことですか? それならもう持ってますが」

「違います。君はまだ覚醒していません」

「え? だって、走馬灯体験がちょっと、というか1・3秒だけ未来に入り込んじゃったのが俺とアキラの能力で、その経験すれば目覚めるということなんでしょ?」

「それはアキラさんに関してはそのとおりです。しかし君は違います」

「というと?」

「それは君が今日アキラさんのマンションに戻ったときに詳しく説明があると思います」

「今教えてくださいよ」

「では私の知っていることだけ手短にお話します」

「……」

「まず、先ほどは『君は違う』と言いましたが、もしかしたらアキラさんに関しても同じことが言えるかもしれません。しかし我々が確認した限りでは、それは君だけに現れた能力なのです。したがってアキラさんと君のどちらに優先的に覚醒してもらうかは、当然のことながらまず確認の取れている君のほうから、ということなのです」

「確認て、俺って本当なら昨日死んでるんでしょ? 昨日何かに目覚めたんですか?」

「目覚めた時期は私は知りませんが、OMVこと、"Opposite Mirrors Vision" (オポジット・ミラーズ・ヴィジョン)、またの名を『合わせ鏡ヴィジョン』 君は聞いたことがありませんか?」

「アキラの息子のユウジって人がA世界の未来でやってたって言う?」

「そうです。それは機械の補助前提での理論上の産物にすぎませんでしたが、現実にA世界の未来では可能になっていたようです。君たちの能力自体はコンピューターで言うところの些細なバグであり、三次元世界では本来想定されていなかったものですが、それはそのままではあまり意味のないものです。もっともアキラさんはそれを上手く活用して今の財産を築き上げたようですが。しかしそれもせいぜい個人の生活が楽になるという程度の話です。君がその力で救われたことがありますか? 昨日も軍用バイオロイドに気絶させられてましたよね?」

「まあ、それはそうですが。でも銃でも持ってれば話は別だと思いますよ」

「それはそのとおりです。しかし逆に言えば銃でも持っていない限り実用的ではない。たった一秒では物理的に起こせるリアクションが限られてしまうからです。かといってこの時代のこの国で、高校生が銃を持ち歩くことなど不可能です」

「それは痛いほど感じています」

「しかしもし一秒ではなく、数十秒、数百秒先が見えたとしたらどうでしょう?」

「それなら話はだいぶ違うでしょうね」

「単刀直入に言うと、君は機械の力を必要とせずに、自力、つまりスタンドアローンでOMVに似た能力を発揮できるのです」

「え……?」

 純平は彼の言ってることがすぐには理解できなかった。機械を使わずにOMV? つまり、数分から数十分先を見通せるってこと? それ最強じゃん。アサルトライフルなんてなくても昨日のバイオロイドに勝てそうだ。

「その力、私たちはOMVとは似て非なるものとして、"Multiple Mirrors Vision" (マルティプル・ミラーズ・ヴィジョン)、略してMMVと呼んでいますが、それがあれば、君はこの世界で皆さんを守っていけます。昨日私たちが話した力というのはそのことです」

「そんな力どうやって覚醒させるんですか?」

「それは私は知りませんが、今日マンションに帰ったら説明があるはずです」

「じゃあよくわかんないけど、とりあえずアキラのマンションに行けばいいんですね?」

 すると男は腕時計のようなもので時間を確認して言った。

「そうですね。そろそろ向かわれてください」

 やはりこの男は単に時間稼ぎをしていたのだろうか? 純平は少しだけ嫌な予感がして、そのまますぐにアキラのマンションに向かった。


 アキラのマンションには数人の彼らの仲間が来ていた。そして居間の大型プラズマテレビになにやら装置を接続していた。彼らは純平を見つけると、もう少し待っててくれ、準備ができたら呼ぶからテレビの前に来てくれ、と言った。純平とアキラは適当に時間をつぶし、彼らから声がかかるのを待ってテレビの前のソファーに座った。

「では五時になったらこのテレビをつけて、外部入力に切り替えてください。五時までは何も映りません」

 そう言って彼らは帰っていった。

 五時までにはまだ三十分ほどあったので、純平たちはアイやマリと連絡をとることにした。しかしケータイはつながらなかった。ちょっと嫌な予感がしたが、五時になればわかるだろうと思って仕方なくそのまま適当に時間をつぶし、五時にそのテレビの入力端子を切り替えた。


 ――そこに映っていたのは予想もしていなかった光景だった。


 どこかの倉庫の内部と思われる場所で、アイとマリがロープを何重にも巻かれて座り込んでいた。純平とアキラはそれをみて思わずテレビにしがみついた。どういうことだ、これは? 二人は顔を見合わせ、昨日受け取った彼らの連絡先の紙片を慌てて取り出した。

「え~、どうも、見てくれていますか?」

 とぼけた話し方でテレビの画面にリーダーのサングラスの男が現れた。

「あ、昨日の連絡先に電話はしないでください、連絡先はウソではありませんが、今は君たちの電話に出るつもりはありませんので。見てのとおりここはとある倉庫の中です。しかしどこの倉庫であるかは、純平君が自分で探し当ててください。じゃないと間に合いません」

 間に合わない? 何にだ? 純平は嫌な汗をかいていた。とてつもなく悪い予感がした。

「単刀直入に言います。これから私たちは私たちの世界に帰ります。しかし君たちにも一緒に来てもらいます。そして私たちの世界のために働いてもらいます」

(……何を言ってるんだこいつは?)

「彼女たちはその人質です。もう気づかれたと思いますが、私たちの目的は結局のところただの『世界養殖』です。つまり、B世界では死んでしまった純平君、アキラさん、君たち二人が生きているこのC世界を新たに作り出し、この世界から君たちを拉致することです」

 ――ショックだった。その可能性は純平たちも十分考えていたことだったが、なぜかみんな変な確信を持って、それはないと思い込んでいた。なんてバカだったんだ! なんでこの可能性に気づいていながら、大した根拠もなくそれはないと信じてしまっていたんだ!

「私たちは本気です。まず、その証拠をお見せします。先ほど人質と言いましたが、お互い肉親である君たちはお互いの人質になり得ますので、実は君たち以外の人質は必ずしも必要ではありません。つまり、ここにいる彼女たちは別にいなくてもかまわないのです。そしてこちらのアイさん、彼女は特にやっかいです。軍用バイオロイド並みの戦闘能力とスーパーコンピューター並みの頭脳、そして見張り役をも魅了しかねない生まれ持ったカリスマ性、彼女は人質にするには危険すぎます」

 だからなんだというのだ、だから? まさか、そういうことなのか? それはあり得ない。そんなことは許されない。だって彼女は、誰よりも幸せにならなくちゃいけない存在なんだから。

「だから、こうします」

 サングラスの男がそう言って合図すると、例の美少年がアイの前に立った。少年の手にはアサルトライフルのようなものが握られていた。


 ……そして彼はそれを発砲した。


 アイは体中から血を流して仰向けに倒れこんだ。横にいたマリが絶叫していた。その後画面の中がどうなったのか、純平はよく覚えていない。気づいたらテレビの前に頽れて絶叫していた。そして自分の頭の中で無数の鏡が集合して奇怪で巨大な化け物のような姿に変化し、その化け物が狂ったように暴れまわっている光景を見ていた。

「さて、残るはマリさんです。彼女はまだ殺しません。彼女を殺す前に純平君に目覚めてもらう必要があるからです。残念ながら覚醒もしていない君を連れ帰っても私たちの評価は上がりません。連れ帰る前に覚醒してもらわなくてはなりません。アキラさんも覚醒できるのかもしれませんが、とりあえず今回は後回しです。できそうならあとで挑戦してみてください。『マルティプル・ミラーズ・ヴィジョン』、またの名を『MMV』に」

 アキラがそのときどんな様子だったのか純平は知らない。彼の様子を確認する余裕などなかった。しかし、MMVという単語だけは頭に響いていた。

「マリさんを助けたければ純平君一人で三十分以内にこの倉庫まで来てください。この倉庫は真鷹市の港の倉庫群のうちの一つです。どの倉庫かは君自身の能力で探し当ててください。もし違う倉庫に入ったことが確認された場合はその時点で彼女を射殺します。MMVさえ覚醒すれば正しい倉庫を当てることは簡単です。つまり、彼女を助けたければ覚醒しなさいということです」

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