蚊帳の外のアリス-4
ガイジンじゃないですか。
かぐや姫だけど、かぐや姫ではないではないか。大体、この世界はおかしい。竹取の翁は竹取ではないし、元々裕福だった。それを言えば、時計投げてかぐや姫の竹を折った時点で全て破綻していたのだが、全て忘れることにした。
そういえば、古典教師がこの頃女性は姓を持たないのだと言っていた。
面倒で、ユウとだけ名乗る。本名は侑子だが、あまり好きではない。わたしの名前が、当時母がドはまりし、嫁と読んでいたスポーツ少年漫画のキャラクター2名からとっているということを、父はまだ知らないし知らないほうがいい。父はまだ不思議の国のアリスからとって文字ったという苦しい言い訳を信じている。
家族にも友人にもユウと呼ばれている。侑子と呼ぶ人間がそう居ないので、生まれて十年以上経っているのに馴染みが薄い。
「私は竹中カグヤ。この家の者だ」
フルネームあるじゃねーか。もう誰も信じない。
自信に満ちたカグヤの表情が、ふとわたしの名を呼び、なんとも言えない表情をした。
「……遅い。遅すぎるぞ、ユウ。この私を何ヶ月待たせるんだ、愚図が。何故迎えにこれほど時間がかかる?」
初対面である。
「とぼけても無駄だ。私は覚えている。ここに私を閉じ込めたのはお前か?何故そんなことをした?」
冤罪である。
「竹に閉じ込められた私を、外に出しただろう」
全くもって心当たりがない。
「私は普通の人間ではない。それはわかるのだが、何かが頭から抜け落ちている。私には何か……大事な使命のようなものがあるはずだ。答えろ」
教科書によれば、人間世界に数ヶ月の服役である。
「おそらく、世の存亡に関わるような、とても大事なことを忘れている。例えばこう……、鬼を倒すとか」
それは竹じゃなくて桃から生まれた奴の使命である。安心してニートしてくれてかまわない。
「御託はいい。ユウ、お前が関わっていることは分かっている。さっさと教えろ。私はこんなところで、こんなことをしている場合ではないのだ。」
こんなこととは婚活パーティである。
しかも女1に対して男多数の、一騎当千方式。とても日本人に見えないカグヤだが、鏡の中でもモテモテらしい。見る限り完全に婚活ノイローゼだった。
もったいない。適当なイケメン金持ちでもとっ捕まえて結婚すれば、離婚までは安泰だというのに。
「ふざけるな。あんな奴らが私と結婚だと?この私と?この世で一等強く美しいカグヤとか?不相応もここまでくると笑えるな。反吐が出る」
わたしが結婚適齢期でない幸運を神に感謝し泣いて喜ぶがいい。
「そもそも、私に結婚はまだ早いと翁も言っている」
無理もない。まだ生後3ヶ月である。
これが母に聞く、行き過ぎたリア充だ。他具体例としては、バツ3以上の子持ち、刺されたホスト等が分類される。
「そもそも、こちらにその気はないと再三通告している。奴らめ、完全に自分たちで話を進めているのだ」
言っておいてなんだが、もし同じ境遇にあったとしたら、さすがのわたしもごめん被る。結婚しますとでも言えば、興奮のあまり串刺しにされ、獲物としてジャングルの奥地の村に持ち帰られ、祭壇に飾られそうな異様な熱気と盛り上がりだった。
まず人数がおかしい。明らかに千人単位で数える人数である。相当に広いと思われる敷地内に入りきらない。人の放つ熱気で雲ができた。まるで夏コミである。夏コミで人気作家の限定一冊スマート本をめぐっての死闘に匹敵する。
求婚者の本気は見るも明らかで、人生をかけているという発言のとおりに誰もかもが捨て身である。確実に風水とか運気のためにどこかで生贄が捧げられている。
そして当然妻帯者もいる。この時代は一夫多妻制なので問題ないのかもしれないが、明らかに家庭崩壊を起こしている人物がそこそこ見受けられる。事件は現場で起こっているのだ。泣き叫ぶ乳のみ子。半狂乱の母親。ベロニカもかくや。非常に血なまぐさい。そっと帰りたいがここは家である。在宅生活3ヶ月目にして、不思議なことにどこかに帰りたくなるときがたまにある。今は関係ないので置いておく。
ところで、うれしくないことに、かくいう私もノイローゼである。
家族以外の人間と話すのは3ヶ月ぶりなので、人との会話に飢えていた。だが学校には行かない。絶対にだ。
カグヤが明らかに不審なわたしを全スルーしてくれたおかげで、なんとはなしに話し込み、なんとはなしに竹取物語の話になり、なんとはなしにそれで行こうということになり、即採用された。人の上に立つものに必要なものは決断力である。
「私と結婚したくば、出すものを出せ」
要するに、各地にあるかもしれない伝説上の宝物を持って来れば結婚するとの旨。もっと噛み砕いて言えば、帰れそして二度と来るなということである。
哀れ、山ほど押し寄せた求婚者たちは、カグヤより無理難題を叩きつけられ帰路についた。しかし中には骨のある者もいるもので、諦めきれない数名の猛者は、それぞれ宝物を目指して旅立つ。そして死んだ。原作通り、問題なく。
大事なことをスポーンと忘れていたが、昔話とはかくもアッサリ人が死ぬものである。
そして、この悲しい事故は、京の帝を飛び越え、法の番人の耳まで届く。カグヤは件の容疑者として、ハートの女王の命により、トランプに頭と手足が生えた兵隊に女王のもとへ連行された。
世界観とは一体なんだったのか。
不思議な鏡は、カグヤが現れてからというもの、まるで彼女を追いかけるように移す世界を変え始めた。少しずつこの世界が見えてきた、そんな時の出来事である。
このままではカグヤの首チョンパを見届ける羽目になる。わたしは、ハートの女王から無罪を勝ち取るべく、カグヤの助太刀をする運びとなった。こうなった責任は、感じなくもない。
ちなみにわたしの弁論の成績は、5段階評価で2である。
ビギナーズラックに期待せざるを得ない。