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鏡の外のアリス  作者: ちまこ
小タイトル
3/4

蚊帳の外のアリス-3




 ――勉強したくない。

 母は例のイベントで不在。父は買い物で不在。誰もいない家で、わたしは心洗われるような美しい竹林目掛けて延々と呪詛を吐き、そして叫んでいた。長い引きこもり生活の中で、壊れ始めていた。しかし学校行きたくない。


 宮城県仙台市。わたしが通うのは公立の中学校だった。

 有名なものといえば、伊達政宗に牛タン、ずんだもち。日陰の観光資源と言えば、蔵王と鬼首(おにこうべ)の温泉とスキー場。穴場的観光地として、きつね村なんてものもある。

 政令指定都市なので都会と思われがちだが。わたしに言わせれば立派に田舎だ。謙遜するなと言われるが、舐めないでいただきたい。多くは語らないが、地下鉄路線は東西線一本、駅前のLOFTは夜8時に閉まる。これで大体の人は黙る。あくまで、東北でいえば都会、なのである。

 田舎は車社会だ。主な移動手段はバスか自家用車になる。そして郊外となれば駅前に行くバスはところによっては1時間1本であり、かくいう私の家の最寄りのバス停もそんなものだった。


 バス利用者が少ない。つまり人口が少なく、子供の数も比例する。中学校のメンツはほぼ100%、小学校の繰り上がりだった。新しく名前を覚える必要がないのはラッキーだったが、閉鎖的なコミュニティは息苦しい。一度しくじれば、普通ならクラス替えでうやむやになるところ、なんとわたしの学年は2クラスしかない。逃げ場などなかった。

 そこであの中二病事件である。わたしのダメージは計り知れない。うぬぼれれば、彼らの一生の記憶に残る可能性は少なくない。死にたくもなる。

 しかしそれなりに都会の住宅地だというのに、ここまで生徒数が少ないのは原因がある。元々、団塊世代で人口が増え、小中学校が各地で乱立していた。その後の出生率減少によって、学校に対して子供が足りなくなったのだ。そのため、近年あちこちの県内公立の小中学校では吸収・合併が進んでいる。そして我が校も合併することとなっていたのだが、あまり話が進んでいないらしく、うやむやのまま遂にわたしの代まで生き延びていた。

 なくなっちゃえばいいのに、と思う。合併でもしてくれて、今のメンツが散り散りになってくれれば、わたし大復活のチャンスはあるのに。

 卒業まで小中合わせて9年。わたしはあの人たちとずっと一緒なのだ。学校ぐるみで幼馴染のようなものだ。こう付き合いが長いと、子供社会も色々ある。多感な年頃、嫌なところばかり見えてくるものである。

 明日から合併してくれないかな。期待するが、有り得るが不可能に近い。中学校で留年ってあるのだろうか。元は大真面目な優等生のわたしである。悩みは尽きない。しかし学校行きたくない。断固。と、いうようなことをウダウダ考えていたら、3ヶ月が経過していた。


 ――勉強したくない。


 3ヶ月は長い。手のひらサイズの子犬なら、大人くらいの大きさになっている頃である。

 そして短い。お隣の社会人二年前の経理のお兄さんは、ついこの間終わったと思っていたケッサンとやらがまた迫っていて、毎日死相が出ているそうだ。父情報。

 そして、それはわたしの勉強がそれだけ遅れたことを意味する。頭脳明晰で常にやや上位をキープするわたしにとって、ゆゆしき事態。今までは天才だから大丈夫と思っていたが、そろそろ自己暗示にも限界がきていた。とりあえず教科書だけ開き、とりあえずノートをまとめることにした。

 季節は変われど竹林しか見えない魔法の鏡付きドレッサー。これが私の勉強机である。常用樹は季節感がなくていけない。古典のノートを開いて和訳を追っていたわたしは、ふとあることに気付いた。

 3ヶ月。そうノートにあった。身に覚えがありすぎる数字である。世界最古の物語といわれる竹取物語。偶然にも教科書で取り上げられていたそれは、原文である。ノートの和訳は、おそらく教師の和訳が書き取りきれなかったのだろう、雑な筆跡で――『なんやかんやで、拾って3ヶ月後には大人くらいにでかくなって、美人だからめったやたら求婚されることになった』とあった。


 なにやら、竹林の奥から人の気配を感じる。こちらに近づいてくる足音。人影は、以前見かけた翁たちより一回り小さい。それでもわたしよりは高い。よくよく考えてみれば、この時代の人間にしてみれば、翁たちは背が高い。いい物食べてるからだろうか。

「騒々しい。何事だ」

 外見相応だがやや低めの、時代劇然とした凛とした声。自信に満ちているのがわかる。

 虎にまたがり、古代日本とは思えない露出の衣装。肌は艶やかな褐色。緑の黒髪に、緑の目。いや、そこは緑じゃだめだろう。思い浮かべたのは、魔王もしくは戦隊もののラスボスの脇にいる、お色気系幹部だった。ただし、まだ若いためか胸はない。お色気系幹部から、色気という言葉を引いておく。お幹部。

 平静を装っていたが、内心は心臓ばっくばくである。この人は、まさかわたしが見えるというのか。そんな馬鹿な。こっちは完全に誰にも見えてないと高をくくって、顔も洗っていないんだぞ。舐めているのか。

 それより、この竹林は竹取物語の世界ではなかったのか。完全に原作無視である。南蛮渡来のキャラなんて習った記憶はない。誰だお前は。


「カグヤだ」

 思ってたのと違う。

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