賢者ができるまで
初投稿です。小説は書きなれていないので、生暖かい目で見ていただければと思います。
私は昔から美しいものが好きだった。
美しい花々、色とりどりのドレス、輝く宝石。そのあまりの美しさに目を奪われ、一日中その場に立ちつくし、探しに来た使用人たちに連れ戻される事がよくあった。
父や母におねだりしては色々な品を買い求めたが、私の家は貴族とはいえそれほど裕福ではない男爵家。おまけに四人兄弟で、いろいろとお金がかかり一人のわがままだけを聞くことができない。
母に諭され、しぶしぶながらに頷いたが、私の美への欲求はとどまることはなかった。そしてものが買えないのならば、作ればいいと気付いた私は近所の薬師の元へ向かった。7歳にして美肌に興味を持ち始めた私は薬の調合を美肌の効用に要点を置いて研究をはじめた。
薬師は無口な老人でたまに私の調合に口をはさむが、私的な会話など一切したことがなく、私は薬師の名前すら知らなかった。かわりに私は彼を「師匠」と呼び、さまざまな薬に関する知識を身に着けた。12の年には、免許皆伝だと古びた杖を渡された。それから一年後両親が夫婦水入らずで旅行にでかけた際事故に会い、亡くなり代わりに兄が当主になった。
長兄は私を嫌い、13の年に金食い虫として家を追い出され、私は仕方なく薬師に以前紹介された、東の国にいる医者の一族の元に見習いとして入り研究を重ねた。
美しい美貌を保つ為に、様々な薬草や乳液で実験を繰り返し、肉が付きにくい上に凹凸に乏しい体は食事や運動で人並み程度の曲線を描くようになるまで努力をした。
医者の一族は、人を救うことを第一に考える善人が多く、低い料金で患者を診るため診療所はいつも人であふれかえっていた。そのため研究と治療に忙しい毎日を送っていたが、そうしているうちに、病気や怪我になる人間の内、自分に無頓着な人間が目につくようになった。
病気や怪我には原因がある。事故など突発的に起きる事もあるが、本人の生活習慣から引き起こされることも多い。日常に感じたすこしの不調を、「めんどう」の理由で放置しておいて取り返しのない事態になってから駆け込んできたり、医者にかかって治ったからとまた同じことを繰り返す不摂生人間が後を絶たないのだ。
私はそんな馬鹿の為に自分の研究時間を阻害されるのが我慢ならなかった。
医者の一族の長の許可を取り、生活習慣からくる病気や病後の経過に関して患者に注意事項を紙に書いて渡し、定期的にチェックすることによって再発を防いだ。字の読めない患者もいたが、その場合は絵に描いて渡し、場合によっては家族の協力も仰いだ。
そのおかげでしばらくすると不摂生な患者の数も減ってきていたのだが、なぜか普通の患者の数はさらに増え、研究の時間が増えることはなかった。それでも環境に慣れ、ある程度の余裕ができた頃街のお祭りがあり、出かけるとある露店の商品でとても精巧な細工のネックレスが置いてあった。
店主に話を聞くと、このネックレスは北の国に住む滅多に作品を作らない金の細工師である祖父が最後の作品として作ったものだと言った。
なぜ最後なのかと、問うたら祖父の作品を争って権力者が人傷沙汰を起こした為、嫌気がさしたとのことだった。
その話を聞いて、私はすぐ行動に移した。今までの患者の引き継ぎをして、医者の一族に国を出る旨を告げた。医者の一族には引き留められたが、私の決意が固いとしると白いローブを餞別代りに渡され見送ってくれた。
それから、船を乗り継ぎ北の国へ向かった。件の細工師は北の国のさらに辺境にある山の中腹に居を構えており、めったにない来客が異国の年若い娘であったことに驚いた。
私は細工師に細工を続けるように頼んだ。細工師ははじめは事情も知らないくせにいきなりなんだと怒って私を家から叩き出した。その後何度扉をたたいても怒鳴り返すだけだったので、いったん細工師の家を離れ近くにある村の薬師の家にお世話になりながら細工師の家に通った。
二週間たったころ、扉越しに細工師は私に一枚の木片とのみに4つの図柄の書かれた紙を渡して言った。それが掘れる様になったら考えてやる、と。
最初の図案は簡単だったので、すぐに掘れたがだんだん難易度が高くなり4つ全部が満足するできばえになるまで一月かかった。
4つの木片を持っていき細工師に渡すと、家に入ることを許可された。細工師は机の上に置いてあった透かし彫りの腕輪を渡した。森の中にすむ鹿などが掘られており構図といいその緻密さといい見たことがないほどに素晴らしいものだった。
細工師はその細工にはあるしかけがしてあり、そのしかけがなんなのかわかったら細工も続けるし私にそれをくれるといった。私は感激して、その腕輪を見たがその仕掛けが何か分からなかった。
仕方がないので、私は細工師の家に通い細工の技術を盗むことでなにがしかけられているかを知ろうとした。細工師は頑固で、少しでも集中力を欠こうものなら激しい叱責が飛んできた。
昼は細工をして夜は薬の調合に研究を重ねた厳しい生活だったが医者の一族にいた時と忙しさはかわらなかったのでそれほど気にはならなかったが、それ以上に私に厳しかったのは北の国の寒さであった。
初めに来たときは夏だったので、涼しい程度の気候だったが、冬に近づくにつれ氷のような寒さに身を切られる思いだった。あかぎれの薬を調合し、なめし皮でつくった靴では寒いので豚の皮で作った靴を履いた。温めた石を布でくるみ手元の暖をとる方法もその際に知ったのだが、寒さに弱い私にはそのかすかな暖だけでは物足りなかったので、木炭末に麻の灰をまぜたものに火をつけを通気あなのついた金属器に入れ持ち歩いた。
そのうち金属器を作る際に頼んだ鍛冶師も持ち歩くようになり、それが村に食糧を運ぶ商人の目にとまり、製法をしりたいといってきたので紙に書いて渡した。
そうして一年が過ぎた頃、腕輪にある仕掛けの意味を知った。腕輪に掘られた細工は確かに美しいが眼鏡でみると不思議な曲線がいくつもあった。
なんとなく不思議に思い光をかざしてみると、壁に剣に巻きついた蛇の文様が浮かんだのだ。仕掛けを見破ったことを報告した。だが、自分の技術のせいでいさかいが起きることにいまだに渋っていた細工師に、彼の孫を呼び出して一緒に説得してもらい細工を続けることを了承させた。
それから、その透かし彫りの技術を習得するために三か月間留まり、細工師の孫が美しいものが好きならば、西にある大国に文化の都があり学生時代の友人が教鞭をとっている大学があり、そこに学びにいかないかと言われ紹介状とともに西の大国へ向かった。
その道中の船の上で、商人の一家に出会った。
商人の娘は原因不明の重病と言われ、いくつもの医者をたらい回しにされてきたので医者の一族に会いに行く途中とのことだった。ちょうど暇だったので、様子を見に行くとこれより南の地方にある毒草による中毒であるとすぐわかった。手持ちの薬でなんとかなるものだったので、調合して飲ませた後一週間もするとある程度容体は治まっていた。船ということもあり、近くの港で寄港してとにかく休ませて体力の回復を図るといいと告げて、薬の処方箋を渡すと商人は喜びなんでも願いをかなえようと言ったので、謝礼にお金を貰った。
西の大国につくと、細工師の息子の友人の学者の先生がわざわざ出迎えて来てくれた。
学者の先生の家は、広いが使われていない部屋がいくつもあり、使用人は3人と彼が道端で拾ってきたという2人の子供しかいなかった。
学者の先生の家から大学に通うことになったが、大学には自分を含め4人しか女生徒がおらず、堅苦しくつまらない講義に三日で行くのをやめた。学者の先生はあきらめたように溜息をついただけだった。
代わりに商人からもらった金を使って、彼の拾ってきた子供達や使用人の食事や睡眠を管理し肌質に合わせた衣服などを与え、時にはアンケートを取りその結果を集計した。
余った時間は子供たちに講義をして知識を与えた。
学者の先生の家には彼の友人である学者達もよく遊びに来ており彼らも交じって講義するようになり、それまでろくな語彙すら知らなかった子供たちは字を書けるようになった。彼らの講義は面白く、一晩中討論をして夜を明かしたこともあった。
学者の先生がまた一人子供を拾ってきた。子供は名前が無く、学者の先生が名前を付けてほしいと私に頼んだので、私は子供の黒い瞳からナリート(夜の帳)と名付けた。
ナリートは頭の良い子供で、一年たつ頃には3か国語を覚え、学者の先生からも他の子供たちとは一段違う教育を受けた。
そうしてまた時が過ぎ、私は道端で絵を描いていた芸術家の青年と出会った。彼の絵はお世辞にも上手くなかったが、人柄は誠実で優しく、私は彼に夢中になった。
しかし、彼は実は他に恋人がいて二股をかけられていた事を知ってしまった。私は失意のあまり泣き暮らしたが、そのころ街では流行り病で多くの人が病気に掛り、学者の家のものがほとんど寝込んでしまったため、看病に追われ悲しむどころではなくなってしまった。
病気が沈静化した頃、芸術家の青年がやってきて平謝りされたが、私はもうこの街にいたくなかったので、他の街に引っ越すことにした。
学者の先生は親せきで南の国で公爵をしている者がいるので、彼の元で世話になるといいと紹介状と、南の国は暑いからと日よけに帽子を渡してくれた。
南の国へ行くと侯爵は私をいたく歓迎して受け入れてくれた。彼は私に研究用の別棟を与えて好きなだけいてくれるといいと言われた。
彼には美しい妻と美しい娘がいてありあまる財で贅をこらしたものがたくさんあったので私はすごく満足した。
侯爵はたまに病人に合わせ治療を要求したが特に難しい病気や怪我ではなかったのでそれほど苦ではなかったし、侯爵の妻と娘も小物が欲しいと訴えられいくつか作ったが美しい髪やドレスに彩りをそえる美しい細工を作るのは楽しかった。
そんな満足な日々を送っていたが、侯爵の娘が恋人ができたと私に報告をしたときに、私はふと疑問に思った。
私は美しい。適齢期には過ぎてしまったが、まだ二十を少し過ぎたばかりで努力に努力を重ねた美貌に知性も人並み優れている。お金も稼いでいるので、収入も人並みではあるがある。なのになぜ私にはいままで恋人ができたことがないのか?
美しさとは称賛する人間がいてこその美しさなのだ。なら私が人から愛されないのはおかしい。
今更ながらの事実に気が付いた私は侯爵の娘に相談すると、では男の方を紹介しましょうと彼女の周りの方と何度かあったが、一様に彼らは私を見るといやそうな顔をした。彼らの一人から公爵の愛人である女とののしられたところで私は世間的にどういった目でみられているのか知ってしまった。
そんな折、長い間音信不通だった兄弟から連絡が届いた。私の評判はどうやら兄達のもとにも届いていたらしく戻ってこいと言われた
侯爵は噂を消すからほとぼりが冷めたらまた来てくれといわれたので頷き私は8年ぶりに故郷へ帰ることとなった。
とある国にある古びた塔の一室にて。円卓を囲む5人の老人たちが難しい顔をして、ある報告書を眺めていた。
「蛇の杖。護りの長衣。創の腕輪。智者の帽子。まさか『知の継承者』の資格をすべてとれる女がいるとはな」
「しかもあの年で功績をすでに出している」
「医療の改善と奇病の特効薬など主に医療分野に特化しているが、智の賢者の元で天文学や建築学なども習得しているとなると今後も期待ができるな」
「だが、女だぞ」
「それがどうした。すでに今いる全賢者の承認が下りている以上彼女は賢者の第5席にすわる資格がある。」
「彼のいうことも一理ある。奇病の薬が遅れた原因が失恋したということではないか」
「まぁ彼女はまだ若く不安定だ。100年前の『知の継承者』の件を考えると恋は女を変える。それについてはしばらくは様子見といこうではないか」
老人達は自分の意見を思い思い言い終わると、円卓の中央に置いてあった紙に血判を押した。
「それでは、第5席の賢者として我々は彼女を承認いたします」
「「「「「新たなる賢者に祝福があらんことを」」」」」
もちろんそんな話し合いがあったことなど、その場にいなかった彼女が知るはずもなかった。
彼女は知らない。
美しさを求めるあまり自分が普通とはだいぶずれた人生をおくっていることを。
いままで自分が出会ってきた人間が何者であり、渡されてきた贈り物になんの意味があるのかを。
彼女が恋に破れ、ふさぎ込んでいた為に国中で流行っていた病の特効薬の完成が半年遅くなり、多くの民が死んだことを。
そのために大陸中から恋愛を阻止されることになる事を。
いずれ大陸で鍵の賢者として広く名の知れることになる彼女は、今は何も知らずに船の上で今日も美の研究を進めていた。
少しだけ修正しました。