例えばこんな(恋)物語
――あの頃は、キミとずっとに一緒にいられるって……そんな御伽噺を、本気で信じていたんだ。
「俺と杏奈が別れた原因は、都も知ってると思う」
ベッドの上で私を自分の膝の上に抱き、薫が静かに語り始める。
彼の心臓の音が、乱れていた私の気持ちを完全に落ち着かせてくれた。
「俺が先生を襲ったって噂は、俺の学校じゃすぐに沈静化したんだ。大樹や……クラスの奴らが俺の潔白を証明してくれたから、学校もすぐに対応してくれた。
だけど、それ以外の場所じゃ……どんな釈明も言い訳にしか聞こえなかったんだろうな」
――世界がどれだけ、俺を否定しても。
――キミだけは、俺の味方でいてくれるって……根拠もなく信じられた。
「俺は、杏奈なら俺の言うことを信じてくれるって思ってた。だけど……その時、杏奈の気持ちは俺の予想よりずっと遠くにあったんだよ。
元々俺から告白したから、俺が頑張って彼女をつなぎとめればよかった、って……そんなこと思っても、遅すぎたんだ」
「……私、もう無理だよ。薫と一緒にいると、疲れるの」
――キミから否定された世界は、俺から色を奪う。
「杏奈から「一緒にいると疲れる」って言われたのが、予想以上にショックだったみたいでさ……自分はゲームばっかり見ていたくせに、俺とそこまで一緒にいなかったくせに、って……正直思った。俺は自分のことしか考えてない女と別れて正解だったんだって、自分にずっとフォローしてさ……それが言い訳だって分かってても、そうしないと、生きていけなかった」
――色のない世界を見つめることに、何の価値があるだろう?
「だから俺は、ゲームに逃避するなんて考えられなかった。でも、心のよりどころが欲しくて……結局、杏奈みたいに夢中になれる何かが欲しくて……紆余曲折を経た結果、偶然、大樹が持っていた綾美さんの同人誌を読んだんだ」
――抵抗がなかったといえば、嘘になるけど。
――でも正直、本の中にいる彼らが羨ましかった。
「BLの中にいる二人は、さ……どんなことがあっても強く結ばれてるだろ? 性別とか倫理観とか、そういうの関係なしで、互いを思いあってるだろ?
普通の漫画に描かれた恋愛は、妙にリアルでとっつきにくかった。だけどBLは……正直、現実離れしてる部分に安心出来たのかな」
自分の想いをゆっくり吐き出す彼は、不意に言葉を切ると……私の顎を上にずらして、自分と目線を合わせる位置まで持ってきて、
「都は……俺と一緒にいて、疲れない?」
「それ、むしろ逆でしょ?」
至近距離のまま、私はすかさず言い返していた。
「さっきも言ったけど、私が薫を振り回してるのは事実だもの。薫は優しいから、私に付き合ってくれて……自分の感情押し殺して、私に合わせてくれて……」
薫はいつも、私が傷つかないように立ち回ってくれるから。
その優しさの裏にどれだけの苦悩があるか、なんて……私はそこまで考えられなくて。
危うく、彼の優しさに甘え続けるところだったのだ。
「薫は優しすぎるよ。もう少しくらいなら、自分の思うままに生きても……誰の迷惑にもならないと思うよ?」
まぁ、綾美レベルになると話は別かもしれないけど。
目線をそらさずに告げた瞬間、彼の表情がさっきよりも柔らかくなって、
「俺、最近は結構思うままに生きてると思うけど」
「そう、なの?」
意外な言葉の真意を尋ねると、薫は少し意地悪な目で、
「だって、俺……週に何回、都を連れ込んでる?」
頭の中で計算してみた。
「……5回?」
あくまでも月の平均値ですが。
一応少なく見積もってみました。
「最近は6回ペースのような気がする」
薫が横から訂正した。
……いや、
「いや、むしろ7回でしょ」
「かもな」
刹那、二人同時に失笑していた。
多分……この答えが、今は一番正しいから。
ただ、
「……都だから、だよ」
私と額をくっつけて、彼が囁く。
「都だから、毎日でも抱きたいって思う。朝起きたら一番最初に顔が見たいって、本気で思ってるから」
「……思ってることを全部正直に話さなくてもいいよ?」
こういう部分では至極「自分の思うまま」な人なんだよな、薫って。やっぱり「乙女ゲー攻略対象体質」に代名詞を変更すべきだろうか?
心底嬉しそうに語る彼をみると、気恥ずかしさが吹っ飛んで、むしろ嬉しくなった。
だって、私……そこまで薫を夢中にさせてるんでしょう?
「ねぇ、都。一つ聞きたいって思ってたことがあるんだけど……」
嬉しくてニヤニヤしてしまう私に苦笑しながら、距離を調整した彼が唐突に問いかける。
「都が初めてプレイしたギャルゲーって、何?」
予想していなかった質問に、思わず目を丸くして、
「……「ときメモ」だけど……それが?」
今は乙女ゲーとしての知名度のほうが高い気さえする、そんな不朽の名作を正直に答えた。 刹那、今度は薫が目を丸くして、
「18禁じゃないのか!?」
本気で驚いている。
「いやあのスイマセン……一応当時、高校生ですから」
「でもどうせ、次はPCだろ?」
「うわ心外なっ! 次は一般向けボイス入りのコンシューマ版「Kanon」よっ!!」
……まぁその一ヵ月後、オリジナル(要するに18禁Ver)をプレイするんだけど……。
……そしてその後「AIR」ではなく「One」へ逃げ、「ToHeart」「WHITE ALBUM」「家族計画」「Piaキャロ」と順当にメジャーなタイトルを制覇していって……当時は「D.C」や「Snow」の全盛期だったけど、私はむしろ、少し古い名作ばかりを選んでプレイしていたなぁ……(安価で手に入ったしね)。
……時効だと思って見逃して? 現役さんは真似しないでねっ!(説得力なし)
「ちなみに本命は藤崎じゃなくてむしろ虹野だったわ」
「……」
絶対分からないはず。彼は完全に沈黙した。
ただ、当時の私には……色々とセンセーショナルだったんだよ、「ときメモ」。
好感度を上げるのは大変だったけど、間違った選択肢を選ばなければ、相手はきちんと答えてくれるわけだし。(まぁ、そういうプログラムなんだけどね)
当時の私も、今とほとんど変わらないような性格で。
小学生のときに夢見た「高校生」は、随分大人だった。恋愛なんかしちゃって、オシャレに着飾って……そんな印象。
だけど実際、自分が高校生になってみて、思い描いていた「理想」との違いに、自分が成長していないことに愕然とする。
綾美の影響もあり、乙女ゲーを使って研究しようかと思った。でも、複雑なシステムの前に敗北。それに……乙女ゲー攻略対象キャラみたいな男性が、世に蔓延しているわけでもなく……偶然中古ショップで手に取った往年の名作を、興味本位でプレイしたのが始まりだったのかもしれない。
……ゲームの中にいた彼女に、「高校生」としての理想を重ねたから。
「最初はヒロインみたいになりたいって思ってたはずなんだけど……いつの間にか歪んじゃったみたい」
「みたい、じゃなくて、完全に歪んでるだろ?」
さらりと指摘され、思わず閉口したけど。
「……でも、そんな都だから、俺は一緒にいたいって思ってる」
少しだけ私を強く抱きしめて、続けた。
「気が強くて正直な都と、コンプレックス持って悩んでる都と……両方から、目が離せないんだ」
心臓が一度、大きく跳ねる。
彼の言葉に頭が痺れて、感覚が麻痺しそうなんだ。
だって、
「……私も多分、同じだと思う」
「同じ?」
「優しく見守ってくれる薫と、こうして強く抱きしめて……私を求めてくれる薫から、離れられないの」
薫の中にある儚さと強さ、対極的な印象が、私をとらえて離さない。
「だから……今日は、ここにいるから」
ゆっくり私も彼を抱きしめて、本音を呟いておこう。
珍しく、素直に言えそうだから。
「……飽きるまで愛して、ね?」
色々理由をつける必要なんかない。
キミじゃなきゃダメなんだって一言で、全て解決する気がするから。