本音と建前
「都ちゃん、どういうことだよ!!」
と、電話の向こうで妙なテンションなのは、私の類友であり親友の彼氏でもあり、上京を控えている売れっ子同人作家・大樹君。
私がノベルゲームに飽きて、某月型さんの格闘ゲームにシフトチェンジしようと思っていたら……珍しい人から電話がかかってきたので、反射的に出てしまったのだ。
だって、大樹君が私に電話することなんかほっとんどないし。(普段はメールばっかりだしね)
つい1ヶ月ほど前に色々あった彼は、現在、回復に専念している綾美の様子を見守りながら、色々とスケジュール調整をしながら、本格的に上京へ向けて動き出しているらしい。だから最近は、ソフトを借りるのもご無沙汰になってしまって少し物足りないけれども。
……大樹君、身辺整理をしたら是非ご一報を。
元々不規則な生活がたたって、今でも自宅療養中(実際は絶賛原稿中……)の綾美に何かあったのかと思ってみれば、彼は何だか妙にテンションが高くて、「ついさっき、画材買いに行ったら薫に会ったんだけど……」と、呼吸を整えながら何とか私に伝えてから、
「薫が杏奈ちゃんと歩いてたってだけで心臓止まるかと思ったけど、それは全部都ちゃんがお膳立てしたってことになってるぞ!?」
「えぇっと……まぁ、事実だし」
ど、どうしてこんなに怒り心頭なんだろうか大樹君ってば。
私がやんわりと真実を伝えると、案の定、
「はぁ!? 意味分かんねーし、っつーか都ちゃん、そもそも……!」
「お、落ち着いてよ大樹君。とりあえず事情を説明するから、ね?」
こう言っても、どこまで正確に聞いてくれるか分からないけど……。
私は彼らしくない態度に疑問を感じながら、薫とのやり取りを説明する。
あれから――林檎ちゃんに衝撃の事実を告げられ、半信半疑のまま彼の部屋に向かった。
普段どおり出迎えてくれた薫の顔を真っ直ぐ見ることが出来ずに、少しだけ、気まずい空気になってしまったけど。
隠し事は好きじゃない。私は薫に林檎ちゃんとのやり取りを全て話して、その上で、彼に尋ねたのだ。
――彼女のことを、元彼女だった林檎ちゃんのお姉さんのことを、今、どう思っているのか。
「その時に、薫、しっかり「もう恋愛感情は持ってない」って言ってくれたから。だったら困っている人を放っておけないな、って……」
だから私は、薫にこう言ったのだ。
「困っている美女(美少女、って呼ぶ年齢じゃないしなー……)を放っておくわけには行かない。薫は彼女の力になってあげるべきだ」、と。
で、薫は本日、その「困っている美女」である杏奈さんと、今後についての打ち合わせ中なのである。大樹君が目撃したのは、まぁ……移動中の二人だったんじゃない?
メールや電話で終わらせようとした薫を説得して、直接会うように仕向けたのも私だったりする。仮に、杏奈さんに言い寄っている「しつこい男」がストーキングしている場合は、薫が彼氏だということを印象付けることが出来るだろうし。(薫がいきなり現れても、説得力ないような気もするしね)
ま、まぁ正直、最初から最後まで苦虫を噛み潰したような、複雑極まりない表情をしていた彼ではあるけど……私があんまりにも説得するものだから、最後は半分根負けだった。
「……信じられねぇ……よく、元彼女と二人きりで会うのを了承したよな」
昨日、奈々にも似たようなことを言われた。
私は単なる世間話で終わらせようとしたのだが、昨日の奈々も今の大樹君と同じように、私を思いっきり「信じられない、何考えてるのこの人」と言わんばかりの目で見つめ、
「都ちゃん……奈々は、都ちゃんの自信と神経とその他諸々が羨ましいよ」
と、褒めてるんだかどうなんだかよく分からない言葉を、深いため息と一緒に返されたばかりなのだ。
ただ、
「大樹君は私に同席しろって言うの? それこそ冗談じゃないんだけど」
思わず本音を返した私に、電話の向こうにいる彼は少し黙り込んで、
「……凄いな、都ちゃんは」
ぽつりと、呟く。思わず問い返した。
「え? どうして?」
「だって、薫のことをそこまで信頼してるんだろ? 俺は多分、綾が他の男友達と会うって聞いただけで、不安になると思うし」
……まぁ、それが極めて正常な反応なんだと思うよ、私。
それに、これは決して私だけで決断出来たわけじゃない。私と同じように……実際は私よりも長い期間、薫を思い続けた林檎ちゃんからの頼みだから。
いや、決して美少女に頼まれて断れませんでしたー……とか、それだけの理由じゃなくて。(完全否定は出来ないけど)
林檎ちゃんだって、いくら自分の身内が困っていたとしても、自分の好きな人を、元彼女に斡旋するようなことはしたくなかったはずだ。そこまでして杏奈さんを守りたいという、彼女の純粋な心(推定だけど)を、無下には扱えない。
だから、私も……一度だけ、本当に一度だけ、協力してもいいかなって思えたんだ。
ただ、
「そりゃあ……怖いよ、不安になるよ」
普通、あんな別れ方をしたとはいえ……ううん、あんな別れ方を、外部要因がキッカケで別れたからこそ、再会したときに昔の感情を思い出してしまうんじゃないかって、想像してしまう。
しかも、相手は「あの」美少女・林檎ちゃんのお姉さんであり、薫の元彼女という絶対的なアドバンテージ保持者。これまで言い寄ってきた他の女性とは比べ物にならないほどのライバルになり得るし、正直、どれだけ美人なのか怖いから写真も見ていないし、100%心から会って欲しいなんて思っているわけない。
ただ、
「だけどさー……私、やっぱり、美女は放っておけないんだよねー」
電話の向こうで、大樹君が思いっきり閉口したのが分かってしまった。
「まぁ、都ちゃんが納得してるなら、俺はこれ以上何も言えねぇけど……俺、正直杏奈ちゃんのこと、あんまり好きじゃないんだよね」
珍しく辛らつな大樹君の言葉に、綾美なら過去と絡めてBLをつなぎ合わせるところかもしれないけど。
私は苦笑しながら、「大丈夫だよ。薫、帰ってきたら全部報告するって、頼んでないのに約束してくれたから」と、返しておく。
だけど、やっぱり、さすがに。
少しだけ、胸が痛い。
私は昔から、大雑把な性格だと言われている。
自分を含め、感情に無頓着だったり、「鈍感なのはどっちだよ」と、同じく鈍感な人に怒鳴られてしまったり。
付き合いやすい性格だとは思う。だけど、どうしても……自分にないものが欲しくて欲しくてたまらいことが、あって。
――可愛い女の子に、強烈な憧れとコンプレックスを抱いてしまっているのだ。
「あー……もう、白レンに勝てないんですけど!?」
思わず殴りたくなるパソコン画面。ラスボス直前、私が操っていた黒髪ロングの妹キャラをアークドライブで叩きのめした白い少女が、勝者のセリフを憎らしいほど可愛らしい声で呟く。
先ほどからこのキャラに何度も挑戦して、その度にストレート負け。たまにかろうじて1ポイント取れるけど、そこから先に進めないのだ。
「やっぱり、ちっちゃい子には猫がいいのかしら……使ったことないけど」
画面が切り替わり、"Game Over"という無慈悲な言葉。こうして何度目か分からない敗北が確定した瞬間……キーボード脇に置いた携帯電話からメール着信音が鳴り響く。
彼だけの特別な音。すかさず内容を確認して、
「……よかったぁ……」
思わず、椅子の上で大きく胸をなでおろした。
今から帰る、その言葉に心底安堵してしまう自分がいる。
気がつけばもう夕方5時過ぎ。彼が出かけたのは午後1時前くらいだったから……実質そこまで長い時間だったわけでもないけど。
でもやっぱり、「夕食まで食べてから帰る」という内容じゃなくてよかった。それは最後まで怖かったから。
ただ、彼に「早く帰ってきて」とメールを送ろうとして……一度思いとどまり、「気をつけてね」という内容に変更した。
だって私は、そんなに可愛いキャラじゃない。私が彼を強引に送り出しておきながら、「早く帰ってきて」なんて……言えるわけ、ない。
沢城都は、美少女ゲームが大好きで、困っているリアル美(少)女のためなら、自分の彼氏を元彼女の隣に並ばせても平然としているような、そんな性格なんだから。
……まぁ、実際にその部分が強いことは否定出来ないけど。
でも。
メールを送信してから、一度、携帯電話を握り締めて、
「……本当、信じられないよ、私」
色々と大雑把、後先を全く考えていない私に、怒りを通り越して呆れるしかない。
画面を、見つめる。
コンティニューし損ねた画面が、完全にブラックアウトしていた。
寂しい。
この思いは、まだ、もう少しだけ……押し殺しておきたいけど。
都がここでしっかり断っておけば、この物語は終わっていたんですね……。この八方美人がある意味元凶なのだから、彼女にはしっかり反省してもらおうと思います♪