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貴女の彼氏、貸してください。

 出会いの晩夏から、激動の冬を越えて……春になる。

 桜は新入生を待たずに散ってしまったけれど、まぁ、新しい出会いがある季節。私と薫は無事進級し、大学2年生になった。

 構内は新入生を勧誘するサークル活動が激化。私も歩くたびに声をかけられるので、今はあまり近づきたくないのだ。

 どうせ、授業が始まるのも来週からだし、それまでは、勿論、


「ふぁぁぁ……あふ……」

 椅子の上であくびをかみ殺し、目の前で繰り広げられている情事を半眼で傍観する。

 未読スキップが出来ない数年前の作品を久しぶりにプレイしているのだが、侮りがたし過去の傑作。やはり傑作と呼ばれているだけのことはある!

 平日午後の昼下がり、プレイ2日目。とりあえず一番狙いの女の子にフラグを立てつつ、別キャラへの配慮もしながらセーブファイルを作って地盤を固めていく。選択肢のところでセーブすれば、次にそこをロードして選択肢を変えるだけで、違うルートへ入れたりするのだ。どのタイミングでセーブするのかが詳細に書かれたフローチャートを確認しながら、かれこれ3時間ほどパソコンの前に座っている。ジーンズなのをいいことに、椅子の上に立膝しちゃったりして。(姿勢悪いなぁ)

 少し目が疲れたけど、でも、このシーンを越えたところでセーブしなくちゃ。

 特に最近はフルボイスに慣れていたので、最初こそボイスなしに違和感はあったのだが……下手にイメージが定着するボイスありよりも、自分の中で勝手に声を想像できるボイスなしでもいいのかもしれない。

 ……ただ、「そういう」シーンに突入した瞬間、急に眠気や眼精疲労や肩こりなどが襲ってきた。今まで数時間テキストを読み続けてきたので、特に読まなくても構わないシーンに突入したら、急に集中力が切れたというか、何というか。

 それに、

「……主人公の性格が変わるって、本当だったのね」

 いきなり激積極的になった主人公を目の当たりにすると、女としては嘆息というか、萎えるというか。

「っていうか……ロボットなのに大丈夫なの? そんなに科学技術って発達してるの!?」

 私はやっぱり、王道幼馴染が好きなんだけど、なー……。

 そんな、至極現代的な問題を考えていると、画面がイベントCGから日常シーンに切り替わった。さて、ここからが後半戦。一旦ヒロインと結ばれたら、次に待ち受けるのは障害だと相場が決まっているのだ。

 ……障害。

 私はちらりと、後ろに視線を向ける。

 普段ならベッドに寝転がって、新書のBL小説を読み漁っている彼は……いない。

 最近某大手出版社がまた倒産して、綾美と一緒に嘆いていた彼は、いない。

 彼がいない理由、それは私もよく知っていることだ。一応言っておくがバイトではないし、私たちの関係が終わってしまったわけでも……ない!

 ……っていうか、彼がいないのは半分近く私の自業自得なのだ。だから、私はこーして一人、お留守番なのだが。

「早く帰ってこないかな……」

 椅子をくるりと回転させて、玄関のほうを見つめてしまう。

 そのまま椅子の上で膝を抱えて……一度、ため息をついた。


 その問題が発覚したのは、今から1週間ほど前。

 大学の春休みが終わり、時間割や履修申告書一式が配られた日のことだ。

「……お話が、あります」

 その日、必要書類を受け取るために久しぶりの大学へ向かった私は、帰り道、コンビニの前で思わず人物に声をかけられる。

「林檎ちゃん?」

「……"ちゃん"で呼ぶの、やめてもらえませんか? 一応私たち、同じ年なんだし」

 コンビニで食料(お菓子)を調達して薫の部屋へ直帰しようと思っていた私の背中に声をかけたのは、相変わらず目の保養、カナリヤの声の持ち主である宮崎林檎ちゃんである。

 今日は髪の毛をゆるくリボンで結って、白っぽいワンピースにピンクのカーディガン、足元はレギンスとヒールの低いパンプス。ボーダーパーカーとジーンズという私とは正反対の可愛らしさである。まぁ、最初から比べようと思ってないけどね。

 っていうか、そういえば。薫は私にして見れば年齢的に一つ年上の先輩だから、薫を「先輩☆」と慕う林檎ちゃんは私とタメ。同じ年。嘘だ。

「でも、林檎ちゃんって呼びやすいし……」

「……とにかく、私があまりいい気分じゃないってことは分かってください……って違う! 私が言いたいのは、そういうことじゃなくて!」

 貴重な一人ボケ突っ込みを披露してくれた美少女は、彼女の言いたいことが分からずにきょとんとしている私を、その大きな瞳でじぃっと見つめて、

「あの、その……実は……」

 こ、こんなに恥らっちゃったりして……この娘さんは私を悶えさせたいのだろうか!!(違)

 口の中で言葉を選ぶ林檎ちゃんの姿に、私は色々妄想を塗り固めて楽しんでいるのだが。

 さすがに、次の言葉だけは、無視できなかった。

「……先輩を貸してください!」


「…………は?」


 思わず間の抜けた声を出してしまう。

 だって、彼女今、何を?


「先輩って、薫のこと?」

 確認すると、彼女は一度だけ頷く。

「あのさ、人の彼氏をレンタルビデオみたいに言うの、やめてもらえないかな?」

 林檎ちゃんの気持ちはよく知っている。だからこそ、彼のことをモノみたいに言うことは許せない。

 少しだけ語気を強くすると、彼女は少しうつむいて「言葉が悪かったですね、すいません……」と、予想外なほど丁寧に謝罪して、

「実は……私には先輩と同じ年のお姉ちゃんがいるんですけど」

 唐突に自分の身の上を語り始めるではないか。

「お姉ちゃん?」

 林檎ちゃんが自分の話を私にするなんて、これまた予想外。そして、きっと林檎ちゃんのお姉さんなら彼女に負けない美人さんに違いないと勝手に確定。うん、間違いない。じゃないと色々許せない。

 一人で勝手にイメージを膨らませる私の内心などつゆ知らず、少しうつむき加減の彼女が、沈痛な面持ちで続けた。

「お姉ちゃん、今、しつこい男に言い寄られてて……自分には彼氏がいるって言っても、じゃあそいつに会わせろって言われてて」

「え? 彼氏がいるんじゃないの?」

「今はいないんです。だけど、このままじゃ怖くて外を歩けないって相談されて……だったら、その場で恋人のふりをしてくれる人を探せばいいじゃない、って言ったんです。そしたら……」

 ……話の流れがよく分からないのだが。

「その、「お姉さんの恋人のふりをしてくれる」のが薫ってこと?」

「お姉ちゃんと先輩、知り合いだから……お姉ちゃん、結構恋愛に奥手で、異性の知り合いって本当に少ないんです。その中でもまだ信頼してるのは、新谷先輩だと思って……」

 要するに、「身代わり彼氏でデート大作戦!」ってところだろうか。我ながらネーミングセンスないけど。

 まぁ、高校時代の薫を知っている林檎ちゃんだから、その姉であるお姉さんと薫が知り合いでも不思議ではない。しかも年齢は同じみたいだし。

 だけど……薫にそんな親しい女性がいたこと、知らなかった。

 いや、薫は自分から高校時代のことを話してくれないから、知らなくて当たり前なんだけど。

「それで、薫を貸して欲しいって話になるわけか」

「沢城さんにしてみれば、気分のいい話じゃないって分かってます。でも、私はお姉ちゃんが心配で……お姉ちゃんももう、先輩のことは友達だとしか思ってないって言ってたから、だから……!」


 ……ちょっと待って。

 今、凄く重要なキーワードが含まれていなかったか?


「先輩のことを、友達だとしか思ってない……?」

 その部分に違和感を感じた私がぽつりと呟くと、林檎ちゃんの顔が「しまった」という表情に変わる。

「どういう、こと?」

 問い詰める私に、彼女は先ほどよりうつむいて、沈黙していたのだが、


「……お姉ちゃんなんです」


 彼女は顔を上げず、私の質問に答える。


「高校生のとき、先輩が先生との間でトラブルを起こしたときに付き合っていたのが……私のお姉ちゃんなんです」


 世間って、こんなに狭いものなのだろうか。

 唐突に突きつけられた事実は、私の頭を真っ白にするには十分な威力を持っていた。

身代わり彼氏が少女漫画の常套手段だと思っている霧原は古いでしょうか。

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