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宮崎林檎の結末

 最初から分かっていたことだった、分かっているつもりだった。

 先輩が私からの誘いをオーケーしてくれたのは、私との曖昧な関係に区切りをつけるためだって事は。


「……今日は、楽しかったです」

 土曜日、午後4時過ぎ。先輩が夕方から用事があるということなので、今日のデートはこれにて終了。

 駅から少し離れたバス乗り場まで付き合ってくれた先輩に向き合い、軽く頭を下げた。

 行きかう人は決して多くない。だからこそ逃げられない、緊張してしまう。

 ……幸せな時間の終わりは、必ず、やってくるから。

「そんな改まらなくてもいいよ、みや……」

 先輩は私の名前を呼びかけて、一度、口ごもり、

「……今は、前の呼び方に戻ろうかな。俺こそ今日はありがとう、林檎ちゃん」

 心臓が、止まるかと思った。

 先輩が私を名前で呼ぶのは……お姉ちゃんの隣にいたときだけだったから。

 言葉を失った私に、先輩は優しい声で続ける。

「今まで……林檎ちゃんを見るのは辛かった。君が俺に特別な感情を抱いてることに気がついていたけど、それと真正面から向き合う勇気がなくて……杏奈のことを言い訳にして、君のひたむきな強さに甘えて、逃げてきたんだ。

 でも、このままじゃいけないと思った。俺はいつまでも杏奈や先生のことに縛られて、目をそらしちゃいけないって……」

 その先に続く言葉は、きっと、私にとって辛い結末だろうけど。

 でも、私は逃げたくない。ここで逃げたら、私の想いまで否定してしまいそうな気がして。

 それに……覚悟は、してきたつもりだ。

 分かっていた。ただ、私に認める強さが足りなかっただけ。

 だから、

「俺には、好きな人がいます。心から大切に思ってる人がいます。だから……」

「……分かりました」

 続きは聞かなくても分かってる。そこまえで律儀に聞いてあげる優しさは持ち合わせていないので、私は先輩の言葉をさえぎって、

「沢城さんのこと、そんなに大切ですか?」

「ああ」

「お姉ちゃんと付き合ってる頃の先輩、優先順位がゲームに負けて寂しそうな顔してたのに……今回の沢城さんだって同じですよね?」

「それは確かに」

「……先輩、懲りない人ですね」

「自分でもそう思うよ。でも……」

 嘆息した先輩は、何かを思い出したのか……ふっと、目を細めた。

 それは、私が今までに見たことがないほど、優しい表情。

 私では決して引き出せない、先輩の素顔。

「最近は俺のほうが勝ってるから。これから勝率をあげていくつもりだよ」

「せいぜい頑張ってくださいね」

 私に言えるのは、これくらいだ。

 これ以上、先輩に何を告げればいいのだろう。

 今だって虚勢を張っているのに。心から好きな人が自分と同じ思いではないという現実を受け入れるためには、まだ、時間が足りなすぎる。

 泣きたくない。たかが一回の失恋くらいで涙を流すような……そんな自分になりたくない。

 ――瞬間、私が乗る予定のバスが滑り込んでくる。私は先輩に背を向けて、開いたドアに向かって足を踏み出した。

「気をつけて」

 後ろからの声に、糸が、緩みそうになる。

 無言で別れたかったのに、どうして声をかけるんだろう。あぁ、やっぱりこの人天然だ。

 お願いだから……これ以上、私を惑わせないで。

 だから、

「……先輩」

「え?」

 だからこれは、

「私を選ばなかったこと、絶対後悔させてみせますから」

 刹那、ドアが閉まる。先輩からの声は私に届くことなく、バスは滑らかに発車した。

 私は一番後ろのシートに腰掛け、窓にもたれかかる。

 乗客は少ないけれどゼロじゃない。だから、もう少しだけ我慢しなくちゃいけないと理性に命令する。

 だけど、

「……バッカみたい」

 窓に映った自分の表情は、今まで見たことないくらいブサイクだった。


 好きになったことを後悔していない。

 多分これからも、男性を見るときは先輩を基準にしてしまうだろう。

 割り切って次に進みたいとは思うけど、それくらい、私の一部を占めていた人だから。

 そう簡単に、忘れてなんてあげない。

 ありがとう、なんて、絶対言ったりしない。

 それが、私に出来るささやかな抵抗だ。




 さて、この物語には少しだけオマケがある。

 数日後、大学の授業合間のことだ。

「林檎ちゃん!」

 大学構内、澄み切った空の下にて。次の教室へ移動しようと棟を出た私を、後ろから呼び止める声がひとつ。

 何事かと振り返ってみれば、彼女――珍しくスカートなんかはいてる沢城さんが、小走りで近づいてくる。

「……何ですか?」

 随分騒々しい登場に、ジト目で彼女を見つめる。

 沢城さんは呼吸を整えると、私を真正面から見据えて、

「林檎ちゃんに、言っておきたいことがあって」

「?」


「薫は……薫は、私の彼だから。だから、もう、デートに誘ったりしないで」


 意外な言葉に、返答できない。

 まさか彼女がこんなことを言うとは思わなかったのだ。だって、お姉ちゃんと先輩のデートを取り持ったんだよ?

 この数日でどういう心境の変化があったのかは分からない。ただ、今の沢城さんには、以前のような……自分本位で先輩を振り回すような、そんな雰囲気がないような気がして。

 だけど、

「嫌ですよ」

「えぇっ!?」

「冗談じゃないですそんなの。どうして私が沢城さんに遠慮しなくちゃいけないんですか? この間までは奪ってみせろみたいなこと言ってたのに……いきなりそんなこと言われて、ハイそーですかって言えるわけないじゃないですか」

 狼狽した沢城さんへ、とりあえず言っておこう。

「覚悟してくださいね。私、諦めは悪い性格ですから」

 あんぐり口をあけて何も言い返せない沢城さん。さっきの言葉を言うためにある程度の決意を固めてきたのかもしれないが……そんなの知ったことじゃない私は彼女を一刀両断にして、くるりと背を向ける。

 ただ、

「……よかったですね、先輩」

 ぽつりと呟き、次の授業へ。

「あ!? ちょっ……待ってよ林檎ちゃん! 本当に困るんだから!!」

 後ろから追いかけてくる彼女の姿も完全無視、見事な放置プレイだと自分でも思うけど。

 でも、もうしばらくは……見ていてあきないこの二人を、引っ掻き回してみようかな。

 ……なんて、そんなことを考えながら、振り返らずに歩き続けるのだった。

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