デート大作戦@尾行なう
……どうして私はこんなことをしているんだろう……。
「しっかしまぁ、遠めに見ると普通のカップルよねー、あの二人」
右にいる綾美が納得顔で頷き、
「新谷君もさすがに距離感保ってるみたいだけど、彼女、積極的だしねー……崩落するのも時間の問題か?」
左にいる千佳さんが彼の耐久性を値踏みするのである。
「とりあえず千佳さん、どこまで尾行しますか?」
「そうだねぇ……彼女さんの気が済むまで、かな?」
二人が苦笑しながら見下ろす私は、完全にローテンション。
……週末土曜日、買い物に出る人は多い。
昼前の駅前はごった返している。電車に乗って遠出する人と、周辺で買い物をしようとする人が入り乱れ……まぁ、その人たちがいるおかげで、一定の距離から尾行しても見つかってないんだけど……だけど何だろう、この敗北感。どうして私、自分の彼氏が他の女とデートする姿をこの目に焼き付けなくちゃならないの?
二人はバスで駅前に出てきて、駅ビル内にあるデパートへ移動しようとしていた。これは私と薫のデートコースでもある、だって、この中にはアニメ○ト……。
……いや、今日は行かないだろうけど……。
並んで歩いている後姿は、確かに、360度どこから見てもお似合いのカップルだった。薫は白いブラウスの上からベストを着て、下は紺色が濃いジーンズ。彼は必要最小限しか持ち歩かない人なので、財布と携帯電話はズボンのベルト通しにフックを引っ掛けたポーチの中。林檎ちゃんは本日髪の毛をゆるく一つにまとめ、黄色のワンピースの上から白いミニのカーディガンで、ワンショルダーのバックを斜めにかけ、レギンスとシルバーのミュールの組み合わせが女の子らしいなぁと思う。私は絶対、スニーカーしか合わせないし。っていうか持ってないしあんな可愛いミュール。
彼の隣に自分がいない、それを実感するのが……たまに、辛い。
想い出すのは、奈々に借りた少女漫画。ヒロインがたまたま相手役のデートシーンっぽいものを目撃して、尾行→実は一緒に歩いているのはお姉さんでした、というオチ。
でも、今回そのオチは通用しない。それに、尾行するのって普通はそのカップルの友人がやることじゃないの? ギャルゲーじゃなくてもたまにあるじゃないか。草むらや電柱の影に数人隠れて様子を伺い、最後、二人がキスでもするシーンで見つかって苦笑い……。
……そんなシーンない、今回は絶対ないっ!!
「都、ノリ悪いわねー。高画質携帯で写真撮らなくていいの?」
「都ちゃんが言ってくれれば、知り合いから一眼レフ借りてきたのに」
それぞれ携帯電話とデジカメをセットして私を見つめるが、私はもう、ため息をつくことしか出来なくて。
「……帰っていい? 何だか……焼き鳥と日本酒で飲み明かしたい心境なんだけど」
本気で気分が沈んできた。
実感する。私は彼のことが本当に好きで、同時に、束縛したいって思ってたんだってことを。
理性がなければ、間違いなく乱入して林檎ちゃんと薫を引き剥がしてると思う。そして、町のど真ん中で修羅場を繰り広げる……と。
ただ、林檎ちゃんにあんなことを言った手前、あまり自分から行動することは出来ない。
私がもしも、林檎ちゃんの立場だったらって考えると……主人公とカップルになれなかったヒロインと重ねて考えてしまうと、どうしても、彼女を救済したいと思ってしまうのだ。それこそファンディスクでも出すとか、外伝小説でフォローするとか……段々話が関係ないことへ広がっているが、とにかく、私一人だけが幸せになってしまう、それによって傷つく人がいることを受け止められるほど、器が大きくなれていないから。
だから、甘くなってしまう。林檎ちゃんに対してもはっきり言ったことがあるだろうか? 薫は私の彼氏だから、もう近づかないで、って。
……自分が悪者になりたくないから、言えるわけない。だけど林檎ちゃんは、自分の想いを貫くためなら悪者にだってなるだろう。杏奈さんは他人を動かすタイプだけど、林檎ちゃんは自分が動くタイプみたいだ。
だから私は、薫が林檎ちゃんに対して曖昧な態度を取っていても……何も言えなくなってしまう。自分の口ではっきり言う度胸がないから。
二人の背中が雑踏に紛れて、バスターミナルから通路が接続している駅ビルの中へ。私は二人に引っ張られるように駅ビルの入り口まではやってきたのだが……その前で立ち尽くし、そこから先、次の一歩が踏み出せなかった。
この中に入れば、私は更に、二人の笑顔を目撃することになるの?
薫が、私以外の女の子に向けて笑ってる姿を……目の当たりにするの?
ギャルゲーで、主人公に選ばれなかった女の子は……こんな切ない想いをしながら、自分以外のルートではサブキャラとして登場することになるのだろうか。
よく考えれば残酷だ。いや、リアルとバーチャルを混同しちゃダメなのかもしれないけど……でも、今の私の状況と似ている部分がいくつもある。だから、思わず重ねてしまう。
……受け入れられるの? 誰かが尋ねた。
「綾美、千佳さん……ゴメン、ちょっともう、限界かも……」
それが、私の出した正直な答えで。
私はこの状況を楽しめない。先に進めば進むだけ辛くなる。
私よりも林檎ちゃんの方が、薫にはお似合いなんじゃないかって……そんなことばかり考えてしまうから。
中には入らず、そのまま建物の影に移動した。行き交う人を見つめながら……あの中に入れない、そんな自分が虚しくなる。
「都、コレはあんたの親友としての忠告だと思って聞いてほしいんだけどさ」
と、今まで携帯電話のカメラ機能で二人を狙っていた綾美が、うつむく私の肩に手をのせて、
「都は、もっと自分の想い、新谷君に伝えたほうがいいと思う」
「自分の想い?」
「そりゃあ、好きだとか従えとか、そういう前向きな想いは伝えてるかもしれない。でも、その逆は? 他の女に愛想振りまくなとか、そういうこと、言ったことある?」
一部違う表現が混じっていたことにはあえて触れず、私は首を横に振った。
直接口にしたことはないように思う。だって、それは言ってしまえば彼の癖みたいなものだし……あまり束縛するのも、ウザイって思われそうだし。
色々考えてしまう私に、彼女はすぱんと言い放つ。
「言ってみれば?」
「言ってみれば、って……簡単に言うけどっ……!」
「あら、一言言うだけじゃない。新谷君と一緒にいる時間が長い都なら、チャンスはいくらでもあると思うけど」
そりゃあ、綾美にしてみれば簡単なことかもしれない。
だけど、私には……。
「言っとくけどね都。あたしだって……大樹にこんなこと言っていいのかって、たまに考えたりしてるのよ?」
嘘だっ!!
……と、無言のジト目で訴える私に、彼女は「信用ないわねー」と、自分の言動を棚に上げて肩をすくめ、
「でも、あたしは自分を作ってるほうが気持ち悪いもの。都だってそうでしょ? 新谷君がアンタのこと理解してくれて、認めてくれてるから。ありのままの沢城都を見てくれてるから、一緒にいるんじゃないの?」
「それは……」
「だったら別に、今更彼の評価を気にする必要ないじゃない」
「あのねぇ都、都は今自覚したみたいだけど……俺、大分前から、っていうか付き合い始めたときから大分寂しいって思ってきたよ?
都はゲームか美少女ばっかりに目を輝かせて、俺のことなんか見てくれてないんじゃないかって、何度思ったか分からないよ。
だから、今更そんなこと言われても、俺の傷ついた心は戻らないし、都はどうやって修復するつもり? 過去を懺悔して謝罪すれば終了とか……まさか、そんな安易は発想じゃないよね?」
つい最近言われた言葉が、頭の中で再生される。
呆れ顔の薫が一気に喋った後、ふと、その顔に普段どおりの優しさをプラスして、こう言ってくれたんだ。
「……俺はね、都、そんなこと、今更何も気にしてないんだよ?」
色んなことを気にしているのは、気にしすぎているのは、私だけなんだ。
分かっているけど、私は……。
「気にするなって言われても……気にするよ」
うつむいて、ぽつりと呟く。
薫は、優しいから。
私のワガママを全部許そうとしてくれるから。
感情が入り乱れた私を見つめていた千佳さんが、綾美と場所を交代して、
「ねぇ都ちゃん、あたしは……新谷君と都ちゃんが羨ましいんだよ?」
「千佳さん……?」
それは、私にとっても意外な言葉。私だって千佳さんと真雪さんのような……互いのことを理解して自然と側にいる、傍から見ていてもそう思えるような、そんな関係が羨ましいのに。
「都ちゃんって、案外ストレートにモノを言うでしょ? おかげであたしは都ちゃんを信じられたし、真雪も都ちゃんの真っ直ぐな部分が羨ましいってよく言ってる。
新谷君が都ちゃんのこと話すときってさ、基本苦笑いなんだけど……でも、すっごく嬉しそうなの。自分の彼女自慢したくて仕方ないってオーラだだ漏れだから、最近あたしも軽くあしらうようになってきたんだから」
……薫、一体何を話しているんだろう……千佳さんから聞くたびに激しく不安になってしまうんですけど。
でも、そういってもらえるのは嬉しかった。私と薫が一緒にいてもいいって、客観的に認められた気がして。
ただ、
「新谷君のことだしー……案外、都ちゃんにそう言ってもらえるの、待ってるんじゃない? 彼、絶対Mだし」
「でしょうね。っていうか、むしろ命令して欲しいんじゃない?」
……あの、綾美? 千佳さん?
「いっそ都ちゃんが彼に向かって「私以外の女とデートしたら、1年間Hしてあげない!」とか言えばいいじゃない。間違いなく従属できるのに」
「都、今のうちに主導権握っておいたほうがいいに決まってるわよ。新谷君、押せば間違いなく隷属する素質があるんだから」
話が飛躍していることなど気にも留めず、二人が出した結論は、
「ペットにしちゃえば楽なんじゃない?」
……もう少し人として色々疑われないアドバイスは出来ないのだろうか、この二人。
やっぱり当事者を無視した会議が繰り広げられているのだが……後は、私が勇気を出して、もっと彼に近づけばいい。
漠然と答えを見つけたような気がして、少し、気分が楽になった。
……ただ、いくら答えを見つけても……それを理解して行動に移すまでには、少し、勇気の充填と心構えが必要だから。
そう自分に言い訳して、結局あの後3人で好き勝手に遊んで、午後5時過ぎ、私は寮に帰ってきた。
薫と林檎ちゃんがどうなったのか……私は知らない。結局メールも送っていないし、届いていないし。電話も同様。彼はバイトだと思うから、そろそろ解散しているかもしれないけど……まぁ、バイトっていうのが事実かどうかも……。
「……疑ってどうするのよ、もぅ……」
ベッドの上に座って、ため息をついた。今日は絶対、薫の部屋に押しかけると決めている。彼がバイトから帰ってきたら、はっきり言うんだ。
そして、週明けには林檎ちゃんにも、ちゃんと。
そんな決意を再確認していると、
「都ちゃーん、入るよー」
と、ノックと同時に奈々がひょこっと顔を出す。ワンピースとジーンズの重ね着が珍しい彼女は、ひょこひょこと私の所へ近づき、
「あっれー? 準備出来てないの? そろそろ集合時間だよ?」
「は?」
奈々が言っている言葉の意味が分からず、思わず呆けた声で聞き返した。
そんな私の手を掴んだ奈々は、「ほら、さっさと出掛ける支度するっ!」と、私に再び鞄を握らせて、
「ちょっと、奈々?」
「今日は都ちゃんのリクエストに答えることになったんだから、遅刻しちゃダメ! さ、行こ~☆」
奈々に手を引かれるがままに、私は自室を後にするのだった。