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背水の陣

 ゴタゴタが多かった最近だから、今週末は薫と一緒にいよう……。

 ……なんてことを夢見ていた私の妄想は、木っ端微塵に打ち砕かれるのである。


「あれ? 都ちゃん……おかえりなさい」

 金曜日の夕方、寮の玄関口で奈々と鉢合わせ。彼女もバイトから帰ってきたところらしく、普段のスカートではなくジーンズにパーカーというラフな格好だ。

 意外そうな目で私を見つめる彼女は、

「今週末も絶対帰ってこないと思ったのになー……あーあ、私が美里ちゃんにデザートおごらなきゃ」

 賭けの対象にされていたのか私は。

「……別にいいじゃない。ココ、私の家でもあるんだから」

「うわ不機嫌。新谷君と喧嘩でもしたの?」

 私の表情と口調から察した奈々が、大きな目を丸くして尋ねる。

 返答できずに口をつぐんだ私に、自分の勘が間違っていないことを悟った奈々は、

「まぁ、そんな日もあるよね。でも……都ちゃんと新谷君なら、すぐに仲直りしちゃうんだろうなぁ」

 明るい口調で私の背中を軽く叩き、スニーカーをシューズボックスに片付けた。

 私も靴を脱ぎながら、部屋へ向かう親友の背中を見つめ、

「ねぇ、奈々……」

「んー?」

「奈々って、さ。好きな人とか付き合ってる人って、いないの?」

 多少好みが限定されるかもしれないが、奈々だって私から見れば林檎ちゃんレベルの美少女だ。「守ってあげたい」と思わせる女の子らしさを持っているので、特に年上からの人気が高い……らしい。噂しか聞いたことないけど。

 彼女から男性の話を聞いたことはない。ただ、普段はずっと私の聞き役だけど、たまにドキっとするよーなアドバイスをくれたりするので……私は勝手に、奈々にも好きな人(付き合っている人)がいるんだろう、と、納得していたのだが。

 私の質問に、彼女は振り返らず答える。

「いないよ」

 はっきりと断言したその言葉に、普段の彼女とは違う何かを感じた。

「奈々?」

「奈々には……好きな人、いないから」

 これ以上聞かないほうがいい、咄嗟にそう思った。だけど、

「ねぇ奈々、それって……」

「そーれーよーりーもっ!!」

 瞬間、振り返った彼女には、普段と変わらない明るさがあって、

「奈々としては、あれっだけラブラブな二人が喧嘩したって事のほうが気になるなぁっ! さて、夕ご飯までに詳しく聞かせてもらえるよね?」

 結局、奈々の話はこれ以上聞けずじまい。

 代わりに私が、これまでの経緯を根掘り葉掘り聞かれることになってしまうのであった。


 1時間ほど前。

「私、先輩とデートしますから」

 開口一番、人が次の授業に向けて移動する大学の構内で……やっぱりフェミニンな格好が似合う林檎ちゃんは私を真正面から見据え、はっきりとした口調で言う。

 一瞬、彼女の言葉が理解できず、私は頭を真っ白にして……。

「……はい?」

 聞き返してしまった。

 私の間抜けな顔をあざ笑うように、勝ち誇った彼女は解説してくれる。

「さっき、先輩にデートの申し込みをして……明日、付き合ってくれることになったんです」

「はぁ……」

「沢城さん、お姉ちゃんに言ったんですよね? 先輩が好きなら、その想いをぶつけても構わない、って」

 ハイ、確かにそう言いましたが……。

「だから、私も自分の想いをぶつけます」

 そうですか。頑張ってね。

 でも、どうして、

「それ、別に私に報告することじゃないと思うんだけど……」

 冷静に言い返す私に、彼女はあからさまに不機嫌な表情になり、

「どうして……どうしてそんなに余裕なんですか!? 彼女だから? 今更私が先輩を寝取れるわけがないって、自信があるからですか!?」

 ストップちょい待て! それは大声で言うことじゃないでしょうがこの娘さんはっ!!

 感情的になって声を荒らげる彼女に、私が猛烈な冷や汗をかいてしまう……うぅ、周囲の奇異な視線が痛い。

 私は彼女の手を引っ張って、建物裏、人気がないところまで移動すると、

「お、お願いだから……公衆の面前でそんなこと言わないで……」

「だって……沢城さん、私はあなたが理解出来ない。どうしてそんなに余裕でいられるの?」

 唇をかみ締めてうつむく林檎ちゃんに、私は一度、ため息をついた。

 彼女はきっと、ライバルにプレッシャーを与えて動揺するのを見て、自分も負けないんだと気力を奮い立たせるタイプなのだろう。言ってしまえば、状況を客観視する私とは相性最悪だ。

 だけど、

「コレくらいの余裕がないと、新谷薫の彼女なんか……やってられないよ」

 そう、いちいちこの程度のことで動揺していては、薫の側にいられるわけがない。

 彼に女性の影が付きまとうのはいつものこと。でも、それでも……私は知ってるから。

「寝取れるもんならやってみればいいじゃない。でも、薫が好きなのは、私よ」  昼ドラに感化されたような言葉を突きつけると、それが林檎ちゃんの闘争本能に重油をぶっ掛けてしまったらしく、

「――分かりました。明日、泣いたって知りませんから」


 ……無理してカッコつけるんじゃなかったなー、と、去り行く彼女の背中を見つめながら後悔する私なのである。


「それ、彼女の嘘かもしれないでしょ? 新谷君には確認したの?」

 私の部屋でポテトチップスをつまみながら質問する奈々に、「直接聞いたわけじゃないけど……」と、手元にある携帯電話を見つめ、

「さっき、電話して明日遊ぼうって誘ってみたけど……一日用事があるから、バイトが終わってからじゃないと難しいって」

「その用事が彼女とのデートかどうか分からないよ?」

「薫は……いつも自分がどこに行くのか、ちゃんと教えてくれるから。それ以上何も言わなかったんだから、あまり聞なかいほうがいいのかなって……」

 律儀で誠実な彼が濁した言葉の向こう側に何があるのか、想像するしかないけど……でも、想像だから余計に膨らんで、それで……。

「……薫が好きなのは私だから、大丈夫って思っても……やっぱり不安になるんだね」

 あれだけ愛されているのに、一度不安になると止まらない。

 今日も結局、寮に戻ってきてしまった。薫の顔を見れば、問い詰めたくなってしまうから。

 ……林檎ちゃんとデートすることを承諾した彼の真意を聞くには、まだ少し、構える時間が必要みたいだから。

 ため息をつく私に、奈々がゴミを片付けながら、

「じゃあ、会うのは止めてって言えばいいんじゃないのかな? 都ちゃんの一言なら、新谷君だって……」

「……この間散々私が元彼女との間をセッティングして……それで今度は会うなっていうのは、さすがにちょっと……」

 私の気分で、薫を振り回しすぎている。これ以上束縛したくないし、それに……。

「林檎ちゃんもよっぽどの覚悟があって、薫を誘ったんだと思う。だったら、彼女の気が済むまで戦ってもらいたいの」

 私と薫は(今のところ)両思いだから、林檎ちゃんの辛さを理解することは出来ないけど。

 でも、人を好きになることに理由が必要ないのであれば……好きだと思った人には、自分が納得するまでアピールしてもらいたい。

「吹っ切れない想いを抱えて生きる彼女が、一番辛いと思うんだ」

「……優しいね、都ちゃんは」

 奈々の小さな手が、私の頭をなでてくれる。

「都ちゃんがそれで納得してるなら、奈々は何も言わないよ」

 向けてくれる笑顔は、少しだけ、悲しいような表情で、

「……吹っ切れない想いは、辛い、よね……」

 ぽつりと呟いた彼女の表情に、普段とは違う憂いがあったのだが……私がその意味を知るのは、まだもう少しだけ、先のことである。


 とりあえず翌日、薫とは約束をしないままの土曜日。

 久しぶりにバイトもないので、奈々にうるさく言われる前に部屋の片付けでも……。

「ほら、なにしてるのよ都。今すぐ着替えて仕度しなさい」

 土曜日午前10時前、扉を開いて開口一番、部屋着でまったりしている私に向かって命令するのは後藤綾美。

「……綾美?」

 どうして彼女がここにいるのか理解できず、私は半分寝ぼけた意識のまま首をかしげる。

 すると彼女は、そんな私の意識を覚醒させる一言を返すのであった。

「あんたねぇ……新谷君が他の女とデートするってのに、どうしてそんなにまったりしてるのよっ!!」

「はい!?」

 っていうか綾美さん、どこからそんな情報を仕入れたんですか!?

 既にラフな格好、珍しくキャップまでかぶって戦闘モード突入の彼女は、状況を理解出来ない私をビシっと指差して、

「今から新谷君とその女のデートを尾行するから。目立たない格好に着替えて10分後に寮の入り口集合ね!」

 断る、という選択肢は最初から存在しないらしい。

 ……すっかり置いてけぼりの当事者である。今更だけど。


 何とか準備をすませて10分後、入り口まで行ってみれば、

「おはよう都ちゃん。うーん、今日は絶好の尾行日和だねー」

 ……と、青い空を見上げてよくわからないことを爽やかに言う千佳さんが目の前にいても、驚けない私なのだった。

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