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ゆりゆら(略)ゆり大事件

 瞬間、至極間の抜けた……携帯電話で写真を撮るときの効果音が室内に響き、

「――はい、仕事終了、っと」

 私の背後から第三者の声。状況を理解できていない杏奈さんが目を白黒させているが……その声を聞いた私はよっこらせと上体を起こし、

「ちゃんと撮れましたか? 千佳さん」

「任せてよ。女の子同士の禁断の絡み、バッチリ撮影させてもらったから」

 恐る恐る体を起こした杏奈さんの目に飛び込んできたのは、ショートカットの美人さん――要するに千佳さんと、彼女がコチラにかざす携帯電話の画像。

「――っ!?」

 彼女が思いっきり目を見開く。

 その画面に映ったのが……私(沢城都)は後姿で、ちらりとうかがえる彼女(杏奈さん)の表情が絶妙にセクシーというか……怯えてるというか。まぁいいや。とにかくあまり健全とは思えない一品。

 普通に見れば、「女の子同士の危険な関係!?」を連想してもおかしくないような、もっと分かりやすく言えば百合、そんな画像に仕上がっている。

「何のつもり!? 薫と同じ気持ちを味わえってこと!?」

「んー……まぁ、言ってしまえばそういうことなんですけど……」

 ベッドの上に座ったままヒステリックに叫ぶ杏奈さんを見下ろしたまま、私は机上に置いた自分の携帯を耳元まで持ち上げると、

「……と、いうわけだから。薫、今から杏奈さんに「お仕置き」するけど、来る?」

「薫……!?」

 私が机上に置いた電話は薫と通話状態。要するに、先ほどの会話は全部彼に聞こえているのだ。

「楽しそうだな、都……」

 モードを変えた通話口から、呆れた彼の声が部屋の中に聞こえる。

「まぁね。残念、薫がバイトじゃなかったらカメラマンをお願いしたのに」

「大丈夫よ新谷君、任務はあたしがバッチリ果たしたから☆」

「……藤原さんに頼んだのか……都、俺は止めないけど、ほどほどにしとけよ?」

「了解。薫もバイト頑張ってねー」

 嘆息する彼との電話を切って、私は携帯をズボンのポケットにねじ込んだ。

 杏奈さんが悔しそうな表情で私を睨む。まぁ、普通携帯が通話中ってことまで気がつかないだろうけど……ココまでお約束な反応だと、余計面白がってしまう私がいる。

「杏奈さんも話したかったですか?」

 私が笑顔で尋ねると、彼女は無言で首を横に振った。

「まぁ、最近は百合画像って人気があるんです。杏奈さん、きっと地域では有名人だろうから……いろんな人に声をかけられると思いますよ?」

「ちょい待ち都ちゃん、百合画像って?」

 きょとんとした顔で質問する千佳さんに、「えぇっと……こういう女の子同士のイケナイ行為のことを、専門用語で「百合」って言うんです」と、間違いじゃなくて当たり障りのない説明をしておいた。そういう用語に詳しくない千佳さんが、「なるほどねー。確かにさっきの都ちゃん、迫真の演技だったし」と呟いて納得してくれる。

 ……演技ですよ勿論。まさかコレをキッカケに、百合の世界に目覚めてしまうなんてことは……。

 と、

「お待たせ都……って、もう終わっちゃったの? つまんないわねー、折角生の百合が拝めると思ったのに」

 扉を開いて豪快に顔を出したのは、すっかり元気な調子を取り戻した綾美。彼女は室内に大股で進入すると、ショルダーバックから携帯電話を取り出して、

「とりあえず、加工した画像は5枚ね。今からメールで送るけど……フォトショの練習にもなって面白かったわ。またやるときは声かけてね」

「ありがと綾美、恩に着るよ」

 目の前で繰り広げられるやり取りに先ほどと同じにおいを感じた杏奈さんが、再び表情を引きつらせて、

「ちょっと……沢城さん?」

「あぁ、心配しないでください。別に杏奈さんを風俗に売ろうなんて……」

 と、ココでメール着信。ポケットから携帯を引っ張り出して、綾美からメールに添付された画像を見た瞬間、

「……ちょっ、何コレ! あははっ、さすが綾美、傑作だよ!!」

 思わず大声で笑ってしまった。隣にいた千佳さんが画面を覗き込み、

「うわー、現代のパソコンは侮れないねー……本当にマッチョみたい」

「コレも最高だよ! そう、やっぱり杏奈さんはメイドさんの格好が似合うなー」

「都、あたし的にはコレが最高傑作なんだけど」

「どれどれー……ちょっ、待って綾美、私を笑い殺すつもり!?」

 3人でかしましく携帯電話を眺めては、騒がしく爆笑したり、感心したり。

 杏奈さんに画像を見せることは出来ないが……綾美に頼んで5枚ほど、合成写真を作ってもらったのだ。勿論、年齢指定のかからないような合成をお願いしたけど。

 最近デジタルにも片足を突っ込み始めた彼女は快諾して、たった12時間で5枚もの傑作を仕上げてくれましたとさ。

 さて、

「この面白画像と、さっきの1枚を入れて6枚。どこにばらまいてほしいですか? 薫や大樹君に聞けばいいから、高校時代の知り合いっていうリクエストにも答えられますけど?」

「6枚って……私が持ってるのは1枚よ! そんなの……!」

「スイマセン。やられたら3倍にして返せって教わったので、3人で反撃してみました」

「バカバカしい。これ以上付き合ってられないわ」

「どうぞ、お帰りはアチラです」

 したりがおで返答する私は、一旦自分の携帯を片付けると……立ち上がって部屋を出て行こうとする彼女に、

「杏奈さんも辛い思いをしたかもしれない。だけど……杏奈さんと同じくらい傷ついた人間がいること、忘れないでください」

 当時のことを知らない私が言えるのは、コレだけ。

 無言で部屋を出て行った彼女を見つめながら、私は一度、ため息をつく。

 もっと仲良くなりたかった、そんなことを思いながら。


「さて、都ちゃん……この素敵な写真を作ってくれた彼女を、あたしにも紹介してくれる?」

 事が落ち着いたのを見計らって、千佳さんが綾美を指差す。

 しかし、私が口を開くより早く……綾美から一歩千佳さんに近づいて、

「初めまして、後藤綾美です。都とは高校の時から友達で……」

「そうなんだ。あたしは藤原千佳。新谷君とバイト先が一緒で、都ちゃんともその縁なの」

 ……なんだろう、この二人の腹の探りあいというか、普段のキャラとは違う爽やかな自己紹介は……。

 笑顔を交し合う二人に挟まれ、何となく不吉な予感が全身をジワジワと包んでいくような気がしている。

「綾美ちゃんも、新谷君とは知り合いだよね?」

「はい。私の彼が、新谷君の親友なんです」

 うわっ! 綾美が大樹君を「彼」って紹介した!! 是非本人に聞かせてあげたい一言である。

「あ、そうなの? ってことは……」

「ハイ。この二人をいじるのが、あたしたちの日常なんです」

 そしてぶっちゃけた!!

「綾美ちゃんもそうなの? 見ててもいじっても面白いわよね、新谷君と都ちゃんって」

 案の定同意したよ千佳さん。そしてさりげなくヒドイ。

 絶対最初から同じシンパシーを感じていたであろう二人がそれを実感した瞬間、急速に絆が強固なものへ進化していくのである。

「バイト先の新谷君って、どんな感じですか?」

「もう、休憩時間はのろけまくり。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうわ」

「やっぱり! 新谷君、時々あたしの彼の部屋に遊びに来るんですけど、そこでももう……」

 ……やっぱりこの二人を同じ空間に置いた私が間違いだった。

 今回の「目には目を、写真には写真を」計画を実行に移すために、千佳さんと綾美さんという機動力とノリが抜群の二人に協力をお願いしたのだが……うん、っていうか自業自得?

 すっかり意気投合した二人が、大きな瞳でまじまじと私を見つめ、

「都……」

「都ちゃん……」

「は、はい?」

 声を揃えて尋ねるのである。

「で、最近寮に帰ってないって聞いてるけど……そこんとこどーなってるの?」


 その日の夕方、私はバイト前に彼を――宮田君を店の外に呼び出して、

「これまでのネタばらし、してくれるよね?」

 私が全てを知ったことを悟った彼は、苦笑いして肩をすくめた。

「俺は、新谷さんと高校が一緒なんです。新谷さんは有名人だったし、あんなこともあったから……俺も、何となく新谷さんのことは知ってましたし、沢城さんのことも知ってました」

「私のことも?」

「だって、新谷さんが久しぶりに作った本気の彼女ですから」

 何者なんだよ薫。改めて彼の知名度に驚かされ、ネタがない地元の若者に嘆息してしまうのである。

 まぁ、それはさておき。

「ってことは、杏奈さんとも知り合い?」

「正確には元彼氏、ですね」

 ……うゎお。

「元ってことは、今は違うのか……でも、どうしてこんなこと……」

「バイト先が一緒になったのは偶然です。ただ、杏ちゃんに知られてこの話を持ちかけられました。新谷さんの彼女が俺になびくかどうか試してみたかったし、沢城さんを浮気させられたら俺の勝ちだったんです」

 瞬間、私は彼の頬を軽く叩く。

 乾いた音と一緒に、彼の体が軽く傾いた。

「……この程度で許してあげる。でも、次はないからね」

 次に綾美の餌食になるのはキミだ。心の中でそう付け加える。

 宮田君は「分かりました」と呟いてから、ふと、私を見つめる目を細めて、

「でも……俺も本気になっていいですか?」

「は?」

「新谷さんに愛想尽かしたら、俺と付き合ってみましょうよ、沢城さん♪」

 もう一発殴っていいだろうかこの後輩。今度は懇親の力で思いっきり。

 本気とも冗談とも取れない彼にため息をつくしかないのだが……これ以上彼のことは考えなくていいや。そう結論を出して思考を切り替える。

「あ、ちょっ……待ってくださいよ、沢城さんっ!」

 一人スタスタとスタッフルームへ戻る私を、慌てて追いかける宮田君なのだった。


 ……今後更に周囲が騒がしくなりそうだが、とりあえず杏奈さんはしばらく大人しいだろう。っていうかしばらく干渉してこないだろう。

 そう思って、私は胸をなでおろしていたのだが。

「沢城さん、お姉ちゃんに言ったんですよね? 先輩が好きなら、その想いをぶつけても構わない、って」

 今度は妹が宣戦布告。やっぱり私は、自分の言動に足を引っ張られることになるのである。

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