表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

彼女の本気、彼の本気(3)

 ――もう、いいだろう。

 これ以上流されたって、状況は悪化するだけだから。


 私は自分の中で何かを吹っ切ってから、一度、全身の力を抜いた。

 そして、彼を見上げる。

 普段なら何度でもキスしたいその顔が……今回ばかりは、思いっきり殴り飛ばしても後悔しないほど、憎らしく思えた。

 ただ、暴力反対。それに、殴って解決するならいくらでも殴ってやるわよ。

「都?」

 ……ったく、もう。

 不器用にもほどがあると思うよ、新谷薫?


「ったく……あれだけ私を抱いてるくせにまだ欲求不満なわけ!? さっすがギャルゲー主人公体質、その見境のなさと絶倫ぶりは呆れを通り越して尊敬に値するわ」


 ……さすがに薫の動きが止まった、というか、硬直した。

 私は動きを止めた彼の手を握ると、思いっきり、自分の胸に押し当てて、

「……私を抱きたいなら、いくらでも付き合ってあげる。こーなったら持久戦よ、明日のことなんか明日考えればいいんだからっ!」

「都……」

 薫にも伝わっているだろうか。今の私、心拍数がとんでもないことになっているんだから。

 本当は緊張してるし、少し怖い。普段は彼が気を使って、私の痛みが少ないように配慮してくれるから……余計。

 ただ、最近決意したのだ。薫の優しさに甘え続けられないって。

 こうなったら、彼が満足するまでどこまでも付き合うことにする。

 だけど、

「でも、その代わり……薫の気がすんだら、全部、話してほしい。どうしてこんなことになったのか、全部。勿論私も話すから、薫も……私に教えてほしい」

 覚悟は決めた。これでようやく、彼の背中に腕を回せる。

「あと、コレだけは疑わないでほしい。私は……薫のこと、大好きだからね」

 普段は恥ずかしがって言えないけど、今日伝えられなくちゃ意味がないから。

 私は、周囲に惑わされて逃げたりしない。薫が言ってくれた言葉を、何よりも信じるから。

「今日は全部、私が受け止めるから……何も我慢しなくていいよ?」

 薫のことは、受け止めてみせる。過去に何があっても……今、私のことを大切に思ってくれているなら。

 彼と一度、無言で強く抱き合ってから……私たちは、互いを求めることに没頭した。


 ……んで、数時間後。(具体的な数字は教えたくないです……)

「落ち着いた?」

 ベッドに転がっている彼に同じ姿勢で近づいて尋ねると、天井を見上げている薫が、肩で呼吸を整えながらため息をついた。

「……俺、最低だな」

 呟いた声が、悲しい。

「どうして?」

「都は俺に好意をもってくれてる、俺が何をしても拒絶しないって思いがあった。それを……俺は全部分かってて利用したんだ。最低だろ」

 彼が私のほうを見ないのは、溢れる涙を見られたくないから。

 だけど、私は意地悪だから……そんな彼を放っておけないんだ。

 静かに上体を起こして、薫の腹筋部分に肘をつき……彼を見つめる。

「案外泣き虫だよね、薫って」

「……悪かったな」

 可愛いって思ってるんだよ、個人的に。今はそこまで教えてあげないけど。

 私は彼の涙をそっと指でぬぐいながら、尋ねる。

「写真のことは、大樹君に聞いたの?」

「……ああ。杏奈が都に見せたって聞いて……全部消えたと思ってたのに、まだ、残ってたなんて……」

 写真のことを話せば、彼は昔のことを思い出してしまう。

 薫がこの間、私に話してくれたことが嬉しかった。でも同時に、これ以上は聞かないほうがいいって思った。だから、本当は……写真のこと、最初から彼に聞くつもりもなかったんだ。

「でも、アレは私が見ても違うって思ったよ? だって……」

 携帯の写真機能で撮影した画像は、当時にしてみれば鮮明だったけど……でも、だからこその落とし穴がある。

「薫、あんなに剛健でも「攻め」でもないし。誰もいない教官室で女教師を組み伏せるってシチュエーションには言うことないけど、でも、ストッキングを引き裂かないと及第点はあげられないわね」

「何だよ、それ……」

 彼が笑う。肩が震えて、涙がこぼれた。

「……都には、見られたくなかった。知られたくなかったんだ」

「そっか」

 だったらもう、これ以上詮索しない。代わりに、

「私の状況も、話しておかないとね」

 今回は、半分くらい自業自得なのだ。薫は宮田君という存在を知らなかった、それは、私が彼に伝えなかったから。

「彼……宮田君っていうんだけど、大学の新入生で、バイト先の新人なの。普段は爽やかな好青年なんだけどね……何を血迷ったのか、私に告白しちゃって」

「なっ……!」

 瞬間、薫がものすごい腹筋力で上体を起こす。もたれかかっていた私は振り落とされそうになったが、何とか彼にしがみついて、

「びっ……くりしたぁ……」

「俺のほうがびっくりしたよ! っつーか告白!?」

 「その先を説明しろ」と目で訴える薫。

 私も改めてベッドの上に座り、タオルケットを自分の体に巻きつけながら続ける。 「あー……いやでも多分、っていうか絶対本気じゃないし。多分、誰かに頼まれてるんだと思う」

「頼まれてる?」

「……コレが「彼女」との約束だって言ってたの。私にキスをして、私や薫を動揺させたかったんじゃないかな?」

 薫が今日、あの場に居合わせることを仕組んだ相手が知っていたのかどうかは分からない。

 だた……私と宮田君がバイト終わり別れ際にキスをしていた、コレを噂として流すことは出来る。最近、恐ろしいほど噂が蔓延しているし。

 私の話を信じてくれたのだと思いたい。黙り込んだ薫の表情が渋いのは……まぁ、

「……嫉妬、する?」

 彼は私と視線を合わせずに呟いた。

「俺、都に関しては独占欲と嫉妬の塊だから」

 憮然とした顔の彼をやっぱり可愛いと思ってしまう、こんな私は性格悪いだろうか?

「……何笑ってるんだよ、都」

「別にー」

 自然と顔がにやけていたらしい。私は慌てて顔の筋肉を引き締め、再び、彼の隣に寝転がってから、

「さて……このまま大人しく引き下がるわけにはいかない、かな」

 そっと薫に寄り添って、ぽつりと呟く。

 杏奈さん、残念だけど……私もアナタを敵だと認識した。だから、全力で反撃させてもらうよ。


「まさか、こんなに早く呼び出されるとは思わなかったわ。もっとショックを受けてるかと思ったけど。

 翌日、私の部屋(寮)に呼び出された杏奈さんが、ライバルキャラにありそうな嫌味っぽい口調で言葉を紡ぐ。

 今日も清楚な薄緑色のカーディガンにフレアスカート、どう見ても私と対照的な彼女が、立っている私を見上げるようにベッドへ腰掛け、

「薫とは別れた?」

「……その前にはっきりさせてください。杏奈さんは、どういう目的で私に近づいたんですか? 何が本当で、何が嘘なんですか?」

 机の上に携帯電話を置き、立ったまま見下ろす私の問いかけに、彼女は肩をすくめて返答する。

「最初から全部嘘、っていうのが正しいかしら? 林檎には少し大げさに伝えてしまったけど」

「じゃあ、変な男に付きまとわれてるっていうのは……」

「嘘よ。だったら最初から警察に相談するわ」

 何の悪びれもなく種明かしした彼女は、軽く笑いながら続ける。

「正直、こんなに上手く行くとは思わなかったの。沢城さん、アナタがもっと妨害してくるかと思ったけど、すんなり薫を貸してくれたし。それにしても……アナタまでゲーム好きだとは思わなかった。私たちって似てるわね」

「……」

「気付いてるでしょ? 宮田君は私の頼みでアナタに近づいたの。薫が今の彼女と幸せそうだって聞いてたから、少し邪魔しようと思って」

 あぁ、何だろうこのベタな展開は。

「勿論、沢城さんと宮田君のキスは携帯の写メで撮影済みなの。まぁ、あの場に薫が居合わせたのは予想外だったけど……ふふっ、この写真、どうやってばら撒いてやろうかしら。薫、ショックで死んじゃうんじゃない?」

 思わず舌打ちした。やっぱり写真は撮られていたのか。まさかとは思っていたけど。

 外見に似合わずサディスティックな表情で自身の携帯をいじる杏奈さん……ベタだな。

 漫画で読んだような「女同士の対決!」シーンが目の前にあり、っていうか当事者が自分だったりするのであまり傍観していられないけど……でもとにかく、目の前にいるのはライバルキャラなのだ。だったら私も多少はベタに、

「そんな、人の気持ちをもてあそぶようなこと――!」

 こんなこと言ってみたりして。

 と、足を組み替えた杏奈さんが、私を見上げてあざ笑った。

「薫も私に同じことをしたわ。コレでおあいこでしょ?」


 さて、このくらいでいいかな。

 私は無言で彼女に近づき、至近距離から見下ろす。

 目が合った。彼女の小悪魔のような表情が憎らしいけど……でも、

「……私が薫と別れれば、満足ですか?」

「そうねぇ……そしたら、私が彼を慰めてあげようかしら」

「結局杏奈さんは、薫のことがまだ好きなんですか?」

「いいえ。ただ……幸せそうな薫を見せつけられるのが冗談じゃないってだけよ」


「――そうですか。分かりました。じゃあ……私も手段は選びませんから」


 この言葉が合図。

 刹那、私は杏奈さんをベッドに押し倒し、同時に扉が開いて部屋に入ってくる人影。

 だけど、杏奈さんにはそこまで見えていないだろう。

 だって……私の下にいる彼女は、目を白黒させてコチラを見上げているのだから。

 扉が閉まる音が背中で聞こえた。よし、向こうも準備オッケー。

 彼女がベッドに座ってくれたことが好都合だった。こんなシチュエーションだと「攻め」としての血が騒ぐと言うか、やっぱり美女は間近で見ても綺麗だというか……。

「ちょっと、沢城さん!?」

「……一つ、言い忘れたことがあります」

 私は彼女の両腕を頭の上で押さえつけ、彼女の耳元に口を近づける。

「体、こわばってますよ? もっと楽にしないと」

「っ……!」

 耳元で息を吹きかけながら囁くと、どうやらそこが弱いらしい彼女が、軽く身じろぎしながら目を閉じた。

「ほら、さっきの威勢はどうしたんですか? もっと抵抗してくれるかと思ったけど……まぁ、コレはコレで楽だから、構いませんけどね」

 シーツの上に広がる、彼女の長い髪の毛。華奢な腕と白い首筋が綺麗で、どこまで壊してやろうかとほくそ笑んでしまう。

 ……ヤバイ、これはちょっと……皆さんが萌える理由が少し分かるというか、何というか。

 すっかり怯えて抵抗しない杏奈さんを見下ろし、仕上げとして悪魔のような言葉を囁いておこう。

「私……綺麗な女性って、大好きなんです」

 私の本音を別の意味に解釈した杏奈さんの顔が、みるみる青くなっていくのを見下ろしながら……目の前の獲物をどうしようかと、心中で舌なめずりしてしまう私なのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ