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彼女の本気、彼の本気(2)

 どうしてこのタイミングで……と、いうことがたまにあるけれども。

 今回の場合は、その最たる例というか、何というか……。

「薫……!?」

 そういえば今日、迎えに来てくれるということになっていたことを思い出し、それでもどうすればいいのか分からず……私はその場に立ち尽くす。

 薫は無言でこちらへ近づいてくると、狼狽する私を笑顔で見つめて、

「バイト、終わったんだろ?」

「え? あ、うん……迎えに来てくれてありがとう……」

 さっきの場面を見られていなかったのだろうか。普段どおり優しい彼に、私のほうが混乱してしまう。

 ただ、薫は結局、宮田君の方に視線だけを向けながら……話しかけようとはしなかった。

 そして、私の手を握って、普段より早足で歩く。半ば引っ張られる形で薫に続きながら……感情を読ませない薫の横顔を、少しだけ、怖いと思った。


 薫は静かに怒るタイプなのだ。一旦機嫌を悪くしたら、普段の温厚さが嘘だって思うくらい性格が悪くなることがある。

 前に一度、私が彼のプレイしていたBLゲーム(PC)を間違ってアンインストールしてしまったときなんて……。

 次にパソコンを起動させたときは今までインストールしていたギャルゲーが全部消えていたし、大樹君とは連絡とってくれなかったし……。

「都にとっては単なるBLゲームだったかもしれないけど……でも、ようやく発売されたんだ、俺はずっと待ってたんだ」

「へ、へぇ……まぁ、ゲームの発売延期なんてよくあることだし……」

 どうやら、今回のゲームは相当なこだわりがあったらしい。私も確かに「絶対触らないでくれ!」と言われていたのだが……だって容量が足りなかったんだもん。

「このゲームは、まぁ一言で言えば「眼鏡をかけると性格が変わってしまう」、もっと分かりやすく言えば「受け」から「攻め」に転じるんだ。だから、一人の主人公で2パターン楽しめる、画期的な主人公だと思わないか?」

「そうねぇ……確かに、自分の気分によって「受け」「攻め」を選べるのはありがたいわよね。ワンパターンじゃなくて」

 私はむしろ、薫がそこまで眼鏡萌えであることに驚きである。自分の眼鏡なのに。眼鏡だから?

「製作会社は今までにヒット作を生み出してるからシステム的な面も充実していたし、キャラクターが社会人だからスーツは当たり前で、「時には、あえて眼鏡をはずしたり、かけたりすることも重要です。着脱のタイミングを見計らって、恋愛もビジネスもうまく乗り切ってください。 (オフィシャルHPより)」……夢は広がるばかりだ」

「……そうね、薫の中ではものすっごい広がってるみたいね……」

 普段とは逆、力説する薫に相槌を打つ私。

 ただ、次の瞬間……薫は私を、そりゃーもう恨みを込めた目線で見つめ、

「……俺の御堂を、都が消したんだよな……」

 御堂って誰だよ!?

「御堂だけじゃない、本多シナリオもクリアしてたのに……それを、それをっ!!」

「だからゴメンってば!」

 もう何回謝っただろう。いい加減許してほしい私を見つめる薫の目が、一瞬細くなる。

 そう、恨みがこもっていた目線から、獲物を品定めするよーな感じに……。

「……都」

「は、はい?」

「都はギャルゲーが大好きだよな?」

 爽やかな笑顔で尋ねられ、条件反射で首を縦に振る。

 すると、

「じゃあ、ギャルゲーの親戚みたいなBLゲームも、好きになってくれるよな?」

「何その理屈! 意味が分からないんですけど!?」

 自分が攻略対象みたいな性格と容姿をしている薫が、そりゃーもう満面の笑みで私ににじり寄ってきて……。

 ……それからが凄い。ゲームの説明を含め、丸一日拘束されたし。

 薫は実に不器用な人間だと思うのだ。ストレートに伝える術しか知らないから恥ずかしいことをさらりと言えてしまったり、たまにどうしようもなく頑固になったり。

 私は、素直に表情を変えてくれる彼の横顔を見つめるのが、大好きなのに。

 今の薫からは……何も、読み取れない。

 終始無言で自転車を走らせ、薫の住んでいるマンションに到着。自転車に施錠した瞬間に腕をつかまれ、再び、今度はさっきより明らかに引っ張られる形になる。

「薫、ちょっ……!」

 痛い、その言葉を聞いてくれる雰囲気ではない。

 彼は振り向かずに歩き続けて、部屋の鍵を開け、先に私を中へ入れた。

 私に室内へ進むよう促し、扉を閉めて、鍵をかける。その音が妙に響いて、怖い。

 部屋に明かりはなく、スイッチを入れても電気がつかない。焦る私の背後に立った彼が、

「ねぇ、都……さっきのこと、説明してくれる?」

 私を後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。

「あの男、誰?」

「ば、バイト先の新入生だよ……」

 普段より低い声。彼は回した手で私の胸元をまさぐりながら、続ける。

「ふぅん……そんな彼と、どうして都がキスしてるの?」

「それはっ……! 向こうが勝手に……!!」

「勝手に……ねぇ」

 刹那、彼の右手がシャツの中に入ってきた。ビクッと体を反応させる私をあざ笑うように、薫は手を動かしながら、

「都は、俺のこと……好き?」

「私が好きなのは薫だけだよ! 薫以外なんか……考えられないから!」

 今だってそう、彼の手が動くたびに反応してしまう私がいる。

 さっきのキスは、正直気分が悪くなるかと思ったけど、薫は違う。薫とだったら、絶対、そんなこと思ったり……しない。

 呼吸が荒くなる。何とか自制するけど、でも、薫はそんな私の変化を目ざとく感じ取り、一度、喉で笑った。

「俺のほうが上手いだろ?」

「薫……?」

「俺の方が、都を知ってる」

 不意に手を止めた薫が、動けない私の体を反転させて、自分と向き合うようにする。

 そしてそのまま顔を近づけ、唇を重ねた。

 逃げられない。二の腕を掴まれて、その場から動けないということもあるけど……。

 ……私にだって言いたいことはある。写真のことも聞きたいし、言い訳にしか聞こえなくても私の釈明を聞いてくれない薫の態度には、正直、殴りたいほどの憤りを感じてしまう。

 でも、だからこそ、感情のままに当り散らしちゃいけないような気がするんだ。

 彼とは真っ直ぐ目を見て話したい。そう思ってしまうから。

 ただ、

「やっ……! ちょっと、待って、薫っ!!」

 舌が絡まるキスの後、酸欠や放心状態の私をベッドに押し倒し、彼がもう一度キスをしてくる。

 容赦のない第2ラウンド、互いの唾が口の端からもれた。貪欲に私を求めてくれるのは嬉しいのだが……いや、あの、ちょっとコレは、そのー……話し合うという選択肢は最初から存在しないってこと!?

 キスが首筋に移動した。微かな痛みを感じるたびに、鼓動が早くなっていく。

 そのキスが……冷たい。

「薫……ど、して……」

「どうして、って……都も見たんだろ? あの写真」

「っ!?」

 瞬間、心臓が止まるかと思った。

 呆然とした顔で彼を見つめる。私を見下ろす薫は、普段の優しい彼じゃなくて……私の知らない、思わず背筋が寒くなるほど冷たい瞳を持った男性。

 知らない。

 こんな薫……私、知らない。

「俺はそういう男なんだよ。気がつかなかった?」

 着ていたシャツはたくし上げられ、肌が空気に触れた。彼の指が私の体をなぞるように動く。私の弱い場所を知っているから、そこを刺激して……私が予想通りの反応を示すと、次はもっと強い刺激を……コレの繰り返し。一種の拷問だ。

「んんっ……ぃゃっ……あぁっ……!」

 普段はそんなことしないのだが、今回は抵抗したくて歯を食いしばった。だって、コレ……何だか悔しい。

 顔を横にそらしても、すぐに引き戻される。ならばと思って見下ろす彼を睨みつけても、どうしても、私が萎縮してしまうんだ。

 ……優しい彼しか知らないから、余計に。

「薫……ちょっ、おねがっ……やめっ……!」

「我慢しなくていいのに。都、ココは特に弱いんだから」

 言葉は最後まで紡げない。私の声は、届かない?

 いつの間にか眼鏡を外した薫が、眼鏡を外したくせに「攻め」モードの薫が、その手を下にずらしながら意地悪に囁く。


 ――夜はまだ、始まったばかりだ。

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