だまし打ちと魔法、初めての連携
「じゃあ、次は治癒魔法ですね。まずは自分にかける治癒魔法からです。」
ショウさんはこういうと、おもむろにナイフをとりだし、自らの腕に突き立てた。
「ちょっ、ショウさん!何やってんすか!」
「大丈夫です。ちょっと痛いのと、なにか赤いのが流れ出すだけです」
もちろん、突き刺さって赤いものがいっぱい流れている。流している本人のショウさんだけが笑顔で、エリスなんかは今にも倒れそうなほど真っ蒼な顔をしている。
「視覚を強化してみていてくださいね」
じゃあ、今からこの傷を治したいと思います。と、能天気な声で言った後、腕に魔力が集まるとともに見る見るうちに傷がふさがっていった。
「こんな風に、怪我の部位を強化すると、自然にふさがっていきます。そのさい、筋力の強化幅は小さくなってしまいます。治癒の方に魔力を回しているからでしょうね」
なるほど、簡単だ…………って、今からあれやるんすか!?
「二人の魔力量だと、あの規模の傷は治せないでしょうから、これはいいです。まあ、できるでしょうしね」
要はぶっつけ本番ということか。それも怖いな。
「では、次に他の人にかける治癒魔法です。手のひらで治したい部位近くに触れて、自分の魔力を渡してしまうイメージです。ちょっと、僕の体に触れてやってみてください」
そういうと、ショウさんは腕を差し出してきた。俺とエリスはそれを取って、イメージしてみる。
「二人ともいい感じ……ん?まあいいでしょう」
何が「まあいい」のだろう?すっげぇ気になる。
「と、言うことで実践編です」
にこやかに言いながら。今さっきのように思いっきり、腕にナイフを突き刺した。
「ショウさん……」
この人、大丈夫だろうか。何というか、精神的に。
「ラーク、呆けてないで早く治してください。痛いんですから」
笑顔で言われても……
そう思いながらも、腕に触れて魔力を流す。すると見る見るうちにふさがっていった。
「はい、いいですね。次はエリスです」
きょう三回目の自傷行為。ショウさん、出血大サービス。シャレじゃねぇってほんと。
エリスは青い顔をしながら魔力を流し込んでいる。俺の半分くらいの時間でふさがりきったけど、どういうことだろう?
「二人とも、よくできました。これを応用すれば、他人に対する強化魔法にもなりますので、よかったら使ってみてくださいね。まだ時間は早いので、その他の魔法に移りたいところですが、魔力が残ってないでしょう?」
そう言われてみると、体の中のざわざわがすごく小さい気がする。
「では、最後に魔力量の増やし方をお教えしましょう。自分の中にある魔力を体の深くに、小さくまとめるようなイメージです。それを維持してみてください」
やってみる、出来るにはできるのだが、集中を切らすとすぐに広がってしまう。
「まあ、最初のうちは難しいでしょうね。一日に少しづつでもいいんで、暇なときはやってみてくださいね」
そのとき、エリスが不意にショウさんに質問をした。
「お兄ちゃん、なんで治癒魔法をお兄ちゃんにかけた途端に魔力がなくなっちゃったの?」
いい質問ですね。そう答えてから、ショウさんはこう続けた。
「自分のみの強化は、基本的には魔力は体の中を循環してますから、そんなに減らないんです。でも、他人に対する影響を持つ強化とかは、魔力が完全に体の外に出てしまうので、消費が速くなるのです。もっとも、デメリットだけでなく他人に対する強化の方が効果が比べ物にならないほど大きくなるというメリットもありますが」
そうか、だからあんなにきつそうな怪我も治すことができたのか。
「じゃあ、今日はこのくらいにしましょう、少し早いですが。余った時間はクロたちの手伝いでもしていてください」
こうして、鮮血の舞う修行は幕を閉じた。
「今日はえーと、魔法一般についてのお話ですね」
昨日血を流しすぎたせいか、今日は調子が悪い。昨日調子に乗りすぎたかな。あせる二人があんなにもかわいいとは思わなかった。
「魔法は、要はイメージです。イメージできれば、何とかなります」
「イメージって、どういうことですか?ショウさん」
ラークが尋ねてくる。基本的にこの子たちは聡い。分からないことがあれば即座に尋ねてくるのでこちらとしても大助かりである。
「イメージとは、例えば、『手のひらから炎の玉が出て、あの石に向かってとんでいく。そして着弾した瞬間に破裂する』といった感じのものを頭の中で具体的に映像化するんです。このとき、イメージはより詳しくできた方がいいです。あと、火の玉が手の近くにあるのに熱くないのか。なんて思うかもしれませんが、大丈夫です。基本的に魔法は、発動者に対して害をなさないようになっています」
すこし長い説明を一気にしてしまったのだが、置いていかれているような様子はない。
「お兄ちゃん、わたしの知ってる魔法使いは『えいしょう』っていうのを使ってたみたいなんだけど、お兄ちゃんは使わないの?」
どうやらエリスは、魔法を見たことがあるらしい。なら話は早い。
「詠唱とは、イメージの補助に使うんです。今さっきの場合でも、『炎球よ、敵をうちぬき、爆ぜさせよ』とでもいえば、具体的なイメージもそこそこに出すことができますが、これは戦闘中とかにイメージが作りにくい時に使います。練習は、なるべくイメージのみで頑張ってみましょう」
「じゃあ、うまくなると詠唱はいらないってことっすか?」
おっと、補足を忘れてしまった。
「いえ、イメージ補助が本来の役割なのですが、もともとイメージしづらいもの、例えば接触していない相手へ強化魔法や治癒魔法をかけるときとかには詠唱を使った方がいいでしょうね。あと、慣れてくるとこんなこともできます」
よし、ちょっと驚かしてやろう。手をさっきの石に向けて……
「炎球よ、敵をうちぬく光となれ!」
そう詠唱したはずなのに、放たれたのは一本の稲妻だった。
ラークもエリスも唖然としている。やっぱこの顔、この子たちは本当にかわいいなぁ。
「炎の詠唱をしながら雷のイメージをしただけです。もっとも、詠唱のおかげでイメージがかなり邪魔されるので、ちょっと上級者向けですし、そもそも詠唱でどんな類の魔法が来るか判断できる、対人戦闘でしか意味をなさないものですが」
ただ、対人戦闘だと面白いように引っかかってくれる。こういう発想はないらしい。
「では、二人にはまず、火の玉でも作ってもらいましょうか」
結果から言うのならば、エリスは一瞬でできてしまった。それに比べてラークはなかなかできていない。イメージに関しては得手不得手があるからしょうがないか。
「まあ、暇なときにでも練習してください。魔力量的には君たち二人は天賦の才があるといっても過言ではないどころか、足りないくらいなのですから」
そう言って、とりあえず魔法については閉めておく。
「あと、エリス、あなたの場合は総魔力量だけでなく、一度に扱える魔力量も普通の人の二倍ほどあります。ふつうはそんなに差が出ないはずなのですが、一応、心に留めておいてください」
「それが多いとどうなるの?お兄ちゃん」
「一発の魔法の効果が大きくなる半面、魔力の消費が大きくなります」
「ふーん、わかった」
そう、普通は一度に扱える魔力量は人間であるならほぼ同じはずなのだ。この子は一体何者なのだろうか?
じゃあ、今日の締めに模擬戦をやりましょう。
こういった時の二人の顔はそれはもう、面白かった。
「では、模擬戦ですね。今回は僕も攻撃を入れさせていただきます。安心してください、魔法は全部使わないです。それに二人同時にかかってきていいですよ」
そう言って、ショートソードくらいの長さの木剣を構える。
ラークはかなり長めのものを両手持ちで、エリスはショウより少し短いくらいの桃を構えている。昨日、暇な時間で作っておいたかいがあるってもんだ。
「お兄ちゃん、魔法は使ってもいいんだよね?」
「いいですよ。そう簡単にはいかないと思いますけどね」
そう、戦闘中は練習とは大違いなのだ。特に高度な精神集中が必要な魔法なんかはね。
「それでは…………始めっ!」
言うが早いかラークがこちらに突進してきた。右に飛んでよけるものの、地面を割るかのような勢いで振り下ろされるその一撃に肝が冷える。
「甘いぞっ!ラーク」
振り下ろした後、隙だらけとなったラークの体に一撃を入れようとした瞬間、左方になにかの気配を感じてしゃがむ。すると今まで頭のあった場所を火の玉が通過していった。
そうか、ラークが目隠しになって集中の時間を稼いで、エリスが後方で援護の魔法か。初めての連携だよな、これ。
初めてとは思えないほどの呼吸の合い方に舌を巻く思いだった。強化魔法だけでも使わせてもらうべきだったかな?なんて思ってももう後の祭り。約束は守らないとね。
――――――とはいっても、この連携なら破れないことはないか。
そう心の中で呟いて、エリスの方に向かって走る。身体強化抜きにしても、ブラフとはいえあんなに隙を見せたラークが、急に反応してこれるわけがない。
「来たなッ、お兄ちゃん!」
言葉ほど余裕のないエリスの表情に内心で苦笑する。まずは一撃、と懐に入って当てみを食らわせ、地面に倒す。倒れたエリスに木剣を突き付け、
「まずは一本、おしかったですね」
余裕の表情でラークに告げる。なんだかイケメンな気分。
結局その日は、一本も入れられることなく終わった。