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勇者と弟子の歩む道  作者: いーもり
8/22

血で血を洗う治癒魔法

 エリスが、おかしい。


 いや、ちゃんと根拠はあるのだ。頭ごなしに否定するのはよくない。ことの始まりは今日の朝にさかのぼる。朝がそう得意じゃない僕は、例のごとくエリスに起こされるのだった。


「ラーク、ねぇ、起きて、ラーク。」


 この程度で起きるはずのない俺。「やら、おきない。」なんて答えて二度寝体制に入る。

「もぉ、ラークったら」

そんな声が聞こえるが、完全に無視。

「ねぇラーク、起きてる?」

寝てます。

「寝ちゃった?」

 寝てます。

「…………寝てるよね、起きないよね、大丈夫だよね。」

 うん、大丈夫。なにが?

 そう思ったと同時に、顔のすぐ前に気配を感じて、思わず目をあけてしまった。



 エリスが、いた。あと数センチでゼロになろうかという距離にエリスの顔があった。

「えっ、ちょっ、なっ、何でおきるのよっ!」

 そんなことをのたまう、顔が真っ赤なエリス。一体何をしようとしてたのだろう。何で起きるって、エリスが起こそうとしたからじゃないか。

 そんなことを言おうとした瞬間。


 理不尽な平手が飛び、俺の睡魔を連れ去っていった。


「おうラーク、喧嘩か?きれいなモミジ、顔につけてるじゃねぇか」

「茶化さないでくださいよ、クロさん」

 やっぱり、こんなに面白い顔をクロさんが見逃すはずはなく、朝一番からいじられてしまった。

「ふふっ、ラークちゃん、エリスちゃん、夫婦喧嘩は犬も食わないっていうわよ」

「ふっ、夫婦!?それはその……あのー、えぇと…………」

シロさんまで……やっぱり、この二人は面白がっているんだろうなぁ。それにしても、今日のエリスは歯切れが悪いなぁ。顔も赤いし。いつもだったら「ラークなんてお断りですよーだ」くらい言っていても不思議じゃない気がするんだけどなぁ。まあ、そう言われないのはありがたいんだけど。

そんなこんなで四面楚歌な状況を存分に楽しんでいると、ショウさんが帰ってきた。

「おはようございます。昨日はお疲れさまでした。みんなよく眠れたでしょうか?今日はまた修行なので、適度に頑張っていきましょうね」

 そう、檄になっていない中途半端な檄を飛ばしたのち、俺の方に近づいて小声でたずねてきた。

「足の調子はどうですか?昨日かけた治癒魔法がうまくいっているといいのですが」

「ああ、ばっちりですよ。さすがショウさん、何でもできるんですね」

 そうでもないですよ、と、笑いながらショウさんは答える。まだ出会ってほんの三日であるが、それでもこの人の底の知れなさは異常である、と思う。

「それじゃあ、二人とも、話を聞いてください。今日は強化魔法とその応用の治癒魔法についてお教えしたいと思います。食べ終わったら裏の庭まで来てくださいね」




いそいで朝食を終えて裏庭に向かうと、そこではすでにショウさんが待ち構えていた。

「エリス、ラーク、そこで止まっていてください」

そう言ってショウさんは俺たちの前に立って説明を始めた。

「この庭に、先日お見せしたような落とし穴をいくつか仕込んでおきました。僕はあそこにいるので、ここから穴にはまらず僕のところまで来てください。あと、ジャンプは禁止です。少なくとも片足は地面についているように」

そう言って、ショウさんは三十メートルほど先の目標地点に一気に飛んで行った。強化魔法を使ったのだろうけど、助走なしでこんなに飛べるのはやっぱり人間業じゃない。

「ねぇルーク、どうしたらいいと思う?」

そんな風にエリスは聞いてくるが、さすがに分かるはずはない。

「とりあえず、俺は適当に歩いてみるよ」

 千里の道も一歩から。三十メートルだけど。なんていいながら踏み出した一歩目で――――――はまった。

「らっ、ラーク!」

エリスの余裕のない声を聞きながら、俺、かっこわり……なんて自虐的な気分に浸るラークであった。




「どうしたらいいのかなぁ」

 かれこれ三十分くらい、地面とにらめっこしたまま過ぎてしまった。しびれを切らしたのか、ショウさんが向こうから大きな声でこちらに話しかけてくる。

「ヒントをあげましょーーーーう、強化魔法でーーーー、強化するのはーーーーっ、身体能力ですよーーーっ」

 なんかショウさんが頑張って叫んでるけど、何のことやら―――――

「あっ!分かっちゃった!」

分かるのか!俺はアホの子だったのか!

「おい、エリス、どういうことだ?」

 早く教えてほしい、仲間外れみたいでやだもん。

「身体能力って言っても、筋力だけじゃないでしょ?感覚だって、強化できるはずだよ?」

 そう言って、なにやら地面を凝視し始めた。

「あっ、見える。こうなったら簡単だねっ」

 言うが早いか、ひょいひょいと向こうまで行ってしまった。

「ラークぅ、目をーーーーぉ、強化してみてーーーー」

 よし、がってんだ!

 以前のイメージ通り、目に魔力を集めてみる。すると、地面のところどころがぼんやりと青く光っているのが分かった。

「なるほど。こりゃ簡単だった」

 どうやら、これで正解のようだ。強化魔法は万能なんだな。こんなことができるなら、この前もやっとけばよかったなぁ。なあんて思いながらショウのもとに駆けていく。その様子を、ショウは苦笑いしながら眺めていた




「じゃあ、次は治癒魔法ですね。まずは自分にかける治癒魔法からです。」

 ショウさんはこういうと、おもむろにナイフをとりだし、自らの腕に突き立てた。

「ちょっ、ショウさん!何やってんすか!」

「大丈夫です。ちょっと痛いのと、なにか赤いのが流れ出すだけです」 

もちろん、突き刺さって赤いものがいっぱい流れている。流している本人のショウさんだけが笑顔で、エリスなんかは今にも倒れそうなほど真っ蒼な顔をしている。

「視覚を強化してみていてくださいね」

 じゃあ、今からこの傷を治したいと思います。と、能天気な声で言った後、腕に魔力が集まるとともに見る見るうちに傷がふさがっていった。

「こんな風に、怪我の部位を強化すると、自然にふさがっていきます。そのさい、筋力の強化幅は小さくなってしまいます。治癒の方に魔力を回しているからでしょうね」

 なるほど、簡単だ…………って、今からあれやるんすか!?

「二人の魔力量だと、あの規模の傷は治せないでしょうから、これはいいです。まあ、できるでしょうしね」

 要はぶっつけ本番ということか。それも怖いな。

「では、次に他の人にかける治癒魔法です。手のひらで治したい部位近くに触れて、自分の魔力を渡してしまうイメージです。ちょっと、僕の体に触れてやってみてください」

 そういうと、ショウさんは腕を差し出してきた。俺とエリスはそれを取って、イメージしてみる。

「二人ともいい感じ……ん?まあいいでしょう」

 何が「まあいい」のだろう?すっげぇ気になる。

「と、言うことで実践編です」

 にこやかに言いながら。今さっきのように思いっきり、腕にナイフを突き刺した。

「ショウさん……」

 この人、大丈夫だろうか。何というか、精神的に。

「ラーク、呆けてないで早く治してください。痛いんですから」

 笑顔で言われても……

 そう思いながらも、腕に触れて魔力を流す。すると見る見るうちにふさがっていった。

「はい、いいですね。次はエリスです」

 きょう三回目の自傷行為。ショウさん、出血大サービス。シャレじゃねぇってほんと。

 エリスは青い顔をしながら魔力を流し込んでいる。俺の半分くらいの時間でふさがりきったけど、どういうことだろう?

「二人とも、よくできました。これを応用すれば、他人に対する強化魔法にもなりますので、よかったら使ってみてくださいね。まだ時間は早いので、その他の魔法に移りたいところですが、魔力が残ってないでしょう?」

そう言われてみると、体の中のざわざわがすごく小さい気がする。

「では、最後に魔力量の増やし方をお教えしましょう。自分の中にある魔力を体の深くに、小さくまとめるようなイメージです。それを維持してみてください」

 やってみる、出来るにはできるのだが、集中を切らすとすぐに広がってしまう。

「まあ、最初のうちは難しいでしょうね。一日に少しづつでもいいんで、暇なときはやってみてくださいね」

 そのとき、エリスが不意にショウさんに質問をした。

「お兄ちゃん、なんで治癒魔法をお兄ちゃんにかけた途端に魔力がなくなっちゃったの?」

 いい質問ですね。そう答えてから、ショウさんはこう続けた。

「自分のみの強化は、基本的には魔力は体の中を循環してますから、そんなに減らないんです。でも、他人に対する影響を持つ強化とかは、魔力が完全に体の外に出てしまうので、消費が速くなるのです。もっとも、デメリットだけでなく他人に対する強化の方が効果が比べ物にならないほど大きくなるというメリットもありますが」

そうか、だからあんなにきつそうな怪我も治すことができたのか。

「じゃあ、今日はこのくらいにしましょう、少し早いですが。余った時間はクロたちの手伝いでもしていてください」

 こうして、鮮血の舞う修行は幕を閉じた。


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