さぁ、まちにでてかいものだぁ! 2
「この二人を新規で登録したいのですが、大丈夫でしょうか、サラさん」
「ふぇっ!ショ、ショウさん!少々お待ちください、いまギルドマスターを呼んでまいりますので」
「いえ、用があるのはこの二人だけなんでお気づかいは無用ですよ。ありがとうございます」
ショウさんが話しかけた瞬間、分かりやすくあたふたする受付のお姉さん。ショウさんって何者なんだろう。
「はっ、はい。分かりました。ではこちらの用紙に記入お願いします」
「二人とも、文字は書けるかい?」
「はい、一応かけます」
「じゃあ、書いてみてください。大丈夫とは思うけれど、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」
でも、こんな風になにか書くのは初めてだから、ちょっと緊張しちゃうなぁ。……ラーク・ガーランド 十七歳……っと。
「おや、ラーク。そんなに硬くならなくても。字が震えてますよ?……ラーク、君はもう十七だったんだね。もうちょっと子供かと思っていました」
「失礼な。これでも年相応だと思っているんです!」
「確かに、申し訳ありません…………で、エリスが十五歳っていうのは、本当の話ですか?」
小声でショウさんが尋ねてくる。やっぱり、エリスが子供っぽいと思うのは僕だけじゃないらしい。
「そうですが、レディに年齢の話は無粋なはずですよ」
ちょっと悔しくなって、思わず口答えしてしまう。
「ふふっ、これは一本取られましたね」
………………やっぱり、僕たちは子供っぽいようだ。
「これが皆さんのギルドカードです。身分証の代わりにもなりますので、なくさないでくださいね。」
そう言って渡されたのは手のひらサイズのうすい金属の板。大きな文字で「F」、その隣には自分の名前が書いてある。裏面には「討伐記録」の文字のみで、あとはまっさらだ。
「ギルドランクは現在は最低ランクのFです。このランクは、毎月の査定で討伐記録と達成した依頼、依頼の達成率などを鑑みて、評価していきます。基本的に一度上がれば下がることはないですが、不正行為なんかをすると罰則規定でランクダウンなんてこともありますので、やるんだったらバレないようにですね」
アウトローだ。ちょい悪お姉さんだ!
「討伐記録は、特になにも考えなくてもモンスターにとどめを刺せばついてくれます。モンスターが絶命時に出す魔力が記録されるらしいですから。パーティーで討伐したものも記録してくれます」
ショウさんが補足をする。
「はい、加えて、狩ったモンスターの使えそうな部位を持ってきていただけたら、買い取って差し上げることもできますので、余裕があればぜひ。これで大まかな説明は異常ですが、何か質問はありますか?」
「お姉ちゃん、ギルドランクが上がるといいことあるの?」
「そうですね、ランクはすなわち信頼度を表しますので、護衛任務なんかを受けやすくなりますね。高ければ高いほど護衛に雇ってもらいやすくなるといった感じです」
なるほど、とにかく頑張ればいいのか。
「それじゃあ、武器の試し切りも兼ねてなにか受けましょうか、これなんかどうですか?」
そう言ってショウさんが差し出したのは「Eランク ラージラット二十匹の討伐 ケット東の平原にて」というものだった。
「でも、ぼくたちFランクですよ?」
「そんなの些細なことです」
「そうだよ、ささいだよ、ラーク」
どうやら、俺はみみっちい人間のようだ。ちくしょう。
「ということでラーク、練習を兼ねて、この依頼の手続きをしてきてください。はい、僕とエリスの分のカードです」
そう言って渡してきたショウさんのカードには、ショウさんの名前とともにSの文字が誇らしげに乗っていた。それにしても……
「ショウさん、三十五才なんだ。どう見ても僕より二、三年くらい年上な風にしか見えないんだけどな」
経験したことのない緊張感の中、ショウさんが話し始めた。いつもはしゃいでいるエリスの顔にも緊張の色が浮かんでいる。
「さあ、二人とも、準備はいいですか。二十匹の討伐のはずでしたが、ちょこっと多めのようですね、初めての殺し合いです、気合を入れていきましょう」
殺し合い――――この言葉がとっても自然に聞ける自分に多少の驚きを覚えた。
それにしても、ちょこっと。そう、ちょこっと。目の前にいるラージラットの数は、僕の目が節穴じゃなければ依頼の倍はいるはずなのだが。
「ラージラットの大きさはせいぜい七十センチほどです。大きい相手じゃないうえにすばしっこいので、大きい武器で相手をするにはちょっと効率の悪い相手ですね」
ショウさんは僕に何か恨みでも?
「小さいとはいえ、噛みつかれたら骨が砕けます。気をつけて。ああ、あと僕は手を出しませんのであしからず。さあ、ラークとエリス、どっちが多く狩ることができるかな?」
言うが早いか、エリスが群れに向けて走り出した。一陣の風となり、一匹目の獲物を刺し貫いた。
「出遅れちゃいましたね、ラーク」
その声で現実に引き戻され、エリスに負けじと駆け出していく。
――――若いって、いいですね。
そんなつぶやきを聞いたのは、平原を抜ける風だけだったのだろうか。
「はぁぁぁぁっ!!」
気合の声とともに突き出した刃で、幾匹目かの獲物を刺し貫く。相手は剣を使っているわけじゃないので、もっぱらレイピアのみで片づけていく。
強化魔法のおかげか、はたまた気持ちが高ぶっているからだろうか、疲れはほとんど感じない。
それに、ネズミたちの動きが心なしかゆっくりに見えるのだ。そんなさなか、無謀にも跳びかかってきた勇敢な獲物がいた。
「うらぁっ!」
女の子には似つかわしくない声を上げて、そいつの頭部に刃を向かわせる。強化された筋力のおかげで、やすやすと貫いてしまう。
――――――抜けないっ!
なにかに引っかかったのか、刃が躯から抜けなかった。一瞬、ほんの一瞬動きが止まった。だが、命を落とす原因となるには十分な一瞬だった。
噛まれるっ!そう思って反射的に左手を突き出して目を閉じる――――――が、来るであろう痛みは数秒たってもやってこなかった。目をあけると、そこには頼もしい男の背中があった。
「ラークっ!」
「何呆けてるんだ!さっさと動けよ、もう一本あるだろ!」
ハッとしてソードブレイカーに手を当てる。それと同時にレイピアも抜けて、完全に自由になった。
「ラーク、ありがと。でも、負けないわ!」
そのあと、群れを殲滅するまでにはそう時間はかからなかった。エリスの13匹に対して、ラークは31匹、完敗だった。
「そうですか……刺突の宿命ですかね。今日は申し訳ありませんでした。いきなり実践というのは、少しうかつすぎましたね。もう少し扱いに慣れてからの方が良かったかもしれません」
頭を下げるお兄ちゃん。こういう、素直に謝れるところがかっこいいんだよね。それに比べてラークはまだまだ子供だし、でも、今日のラークはかっこよかったなぁ……って、何考えてるのわたし!そんな、はずかしい。でも……うーーー。
「ここからはラークに口止めされているので言えません、でも、なんだか独り言が言いたい気分になってきました」
いきなり何だろう、お兄ちゃん。
「エリスとラージラットの間に入る時、僕から見ていても無理のあると思われる挙動でラークは割り込んで行っていたのですが、やっぱり体にかかる負荷が大きかったらしく、足を痛めてしまったらしいのです。今さっき尋ねたら答えてくれましたが、エリスには言うなと釘を刺されてしまいましたし、誰か労わってあげられる人がいればいいのですが、エリス以上の適任はいないでしょうし…………」
独り言……って。ショウお兄ちゃんもすっごくかわいい人。
「その独り言もうかつじゃないの、お兄ちゃん」
おかしくなって、思わず突っ込んじゃった。お兄ちゃんもおかしそうに笑いながら「一本取られましたね」なんて言っている。
「それじゃあ、うかつなお兄ちゃん、レイピアの扱い方、ラークが帰ってくるまで教えて」
「はい、よろこんで。まず、突き出す時、ただ突き出すんじゃなくてひねりを加えると…………」
そこから、ラークが帰ってくるまでそうはかからなかった。報酬はラークとわたしではんぶんこ。はじめての報酬に少しご機嫌な帰り道だった。
ラーク、ありがとね。