剣士VS魔術師、アイスダンス??
昨日と同じ舞台には、予選を勝ち抜いた選りすぐりの猛者が十五人、ひしめき合っていた。ひとり足りないのはエリスのせい、彼女が全員押し流してしまったからだ。もっとも、それを喜ぶことはあれ、咎める者などステージ上にはいなかったのだが。全員集まったのだろう。少々きわどい格好の女が壇上に上がり、猛者に向かって話し始めた。
「では~、第一試合の方から~こちらに来て~くじを引いて~くださぁい」
なんとまあ、間の抜けた声だ。幾分か気勢をそがれた様子の面々。それはともかくとして、マルクが引き、ラークが引く。それぞれ番号は3と7。トーナメント表の指定の位置に名前が書き込まれる。順調にいけば準決勝で当たることになるだろう。
して、どんどん抽選は進んでいく。ラークの相手は、ゼーキという、魔術師のような格好をした女で、フードで怪しさ三割増しといった人間だ。エリスの方はイーダという大男。斧なんかがにあうのではないかと思う。
また、ショウの言っていたシェリーという女は8番、マークという男は10番。どちらもやりあうとしたら準決勝で、それぞれシェリーをラークが、マークをエリスが迎え撃つ形となった。おわかりの通り、ラークとエリス、戦うとしたら決勝戦になる。
「今日はぁ、とりあえず~第一試合はぁ、全部~やるのでぇ、頑張ってくださぁい」
さあ、今日も今日とて、祭りが始まる。本日は快晴、絶好のケンカ日和だ。
「ショウさん、あなたの弟子の腕はどれくらいなのでしょうか、今から楽しみでしょうがありません」
うきうきと弾む心を隠すことなくアンネリーゼが言った。聞くに、どうやらこの女騎士はエキシビジョンマッチを見ていないらしい。というより、この祭りの期間中は、騎士やら何やらは全部どこかしらの警備に回され、こんな任につかない限りはほとんど見られないそうだ。
「ふふふ、弟子が期待されているのはなんだかこそばゆい気分です。まあ、客観的に評価したとしても、彼らがそうそうそこらに転がっている腕自慢に負けるとは思えませんね」
「それはいつも聞いています……もう、もっと具体的な技とか、あるでしょうに」
アンネリーゼがぶーたれている。このカタブツも、片時も離れずにともに働いているうちにだんだん気易い関係になってきた。といってもまだ知り合って二日なのだが。彼女の心酔するミシュリーが下駄を預けているというのも大きいのか。
「ならば一度、手合わせでもしたらどうですか?今日の試合が終わったらかれらを呼びましょう。いい経験です」
「いいのですかっ!かれらも選手、疲れているのでは?」
「いいんですよ、彼らはそこまで軟弱じゃあないです。そんな風に育てた覚えはないです」
彼らのいないところで、スパルタなショウであった。彼自身、かれは護衛の任務中であることを忘れているのではないだろうか。
「ショウよ、それはさすがにまずかろう。自らの命が絡むからというわけではないが、確実を期すべき事柄ではないのか?」
ミシュリーが間に入って咎める、その顔には明らかにショウへの非難が浮かんでいた。
「確かに。すいません、お祭り騒ぎで少々頭がゆだっていたようです」
照れたような、ばつの悪そうな、そんなどっちとも取りづらい雰囲気で謝罪する。
「のう、そろそろ第二試合だ、ショウの弟子のラークとやらが出るのではないのか?」
雰囲気を変えようとしたのだろう、皇帝が三人に声をかけた。ここで気を使える皇帝の器量をほめたたえるべきか、それとも皇帝に気を使わせることのできる三人の神経の太さをほめたたえるべきか。とりあえず願ってもないし、無下にするなんてありえない。三人はそれに飛びついた。
「そっ、そうですね。試合見ましょう、試合」
あわててショウは相槌を打つ。かなりかれもあせっている感じだ。
舞台上ではひと組の男女が、いまかいまかとダンスの始まりを告げる鐘を待っていた。
「さあ、楽しめるといいなぁ、エリス以外の魔術師とやりあうのは初めてなんだ」
ラークはつぶやくが、相手に届いた気配はない。相手、シェリーとかいう女魔術師は何かに集中してこちらには目もくれない。魔力の動きもないことから、別に魔法を準備しているというわけでもないのだろうが。
(まあ、大方こちらをぶちのめす算段でも建ててるんだろうな)
なんて、内心で溜息を吐いていると、ここ数日で実に聞きなれた銅鑼の音が鳴り響いた。
「白銀の舞台、フリージング!」
聞いたこともない詠唱だった。もっとも、もとよりラークは詠唱に詳しくない。というより詠唱などそれほど教えられなかったので、無理もないだろう。相手から発せられる魔力が舞台の上を滑るように広がってくるため、いったん高くジャンプ、様子を見ることにした。
「すっげ……きれいだな」
眼下に広がるは氷に覆われた舞台。午前中の陽光を跳ね返してキラキラと光る。が、見とれてもいられない。きれいな舞台の隅から隅まで、ラークにとってはアウェーなのだから。
ほどなくしてラークが地面に着地する。シェリーの方はそれほど魔力を消費したわけではなさそうだ。確かに、表面に氷を敷いただけ、広さをカバーした分、薄い。これがエリスのように立体的な術の行使ともなると桁違いの魔力量になるのだが。
着地したラークを見ながらシェリーは高らかに宣言した。
「氷の上ではわたしにかなうものなどおりませんわ、すでにわたしの勝利は決まったも同然ですわ」
「その口調、イライラするからやめないか?それに、この程度で勝った気でいるとははなはだ滑稽だな」
「ふんっ、減らず口もすぐに叩けないようにして差し上げますわ。『アイシクル!』」
高慢女は挑発にさして乗らずに魔法をうってくる。シェリーの手から放たれた氷の刃をよけようと足に力を入れるが、踏ん張りが利かない。
「っ!」
無理をした、足を取られ。地面に倒れ伏してしまう。が、そのおかげで一応は避けることができた。
「このままじゃじり貧か。しょうがない、『炎よ』」
体に炎をまとわせる。立ち上がり、炎の範囲を狭め、足の裏だけにする。氷がうまい具合に溶けてしっかりした足場ができた。
「接近戦はどうかな?魔術師さん」
十メートルはあろうかという距離を助走なしから三歩ほどで詰める。はたから見ても異常なそのスピードだ、シェリーから見たら幻のように見えたことだろう。
水平に一閃、完全にシェリーの姿をとらえたはずだった。が、手ごたえがなかった。消えたのだ、シェリーが、幻のように。
フッ―――――
後ろから強烈な気配を感じたその時にはもう遅かった。振り向きざまに腕でかばい、頭への痛打は免れたが、左手はおそらく折れてしまったであろう。まったく、初戦からとんだ災難である。
「へぇ、滑ってんのか」
シェリーは、足元の氷を利用し、靴になんだか薄い氷の板みたいなものをつけて氷の上を滑っていた。あんなぐらぐらしそうなものに乗っているところで少し正気を疑うが、でも見えているものは事実なんだからしょうがない。
「これはスケート、というものですわ。氷の上ではうまく動けないあなたに対して、わたしは水を得た魚。どうするのかしら」
何が面白いのか高笑いまで始める始末だ。温厚……かどうかは置いといて、そんなラークの怒りに触れるには十分だったらしい。
「おまえっ――とあぶない。冷静に冷静に。こういうときはきちんと観察」
足元の氷を溶かしてしまえば万事解決なのだが、炎を薄く舞台上全部に広げる術はなかなかに高度で、ラークには無理。氷……うん、氷を使おう。
ラークは手をかざす。手からは当たってしまえばたちまち凍りつくほどの冷気が放たれる。
「わたしに氷で?ふん、ちゃんちゃらおかしいですわ」
そう言いながら何発もの冷気を避ける。遊んでいるのか、攻めもせずにひたすら避ける。避けた冷気は地面に当たり、凍てつく舞台をさらに凍てつかせた。
「ふう、そろそろいいかな?」
「ふん、やっとあきらめがついたのですね、分かりました、この一撃、食らいたくないなら降参しなさい!」
「なぜだい?」
「むきーーーっ」
なんだかモンキーチックな叫びを上げて、突進してきた。が、思惑通り。
「うきゃっ!」
突然滑りが悪くなったすけーととやらのせいでシェリーはつんのめって転んでしまった。剣を突き付け、一応問いかける。
「俺の勝ち、でいいかな」
無言でうなずく少女が、そこにいた。
「ショウさん、あなたの弟子、相手があんなミスをしなかったら負けていましたよ」
アンネリーゼが大層落胆した様子でショウに問いかける。
「ふふふ、そうでしょうか?」
「どういうことですか」
「かれが勝った要因は、かれが試合の最後の方に使っていた冷気の魔法にあるんです」
「れいき?」
「シェリーという魔術師の腕は相当なものです。あんなに凹凸のない、きれいな氷を張れるんですから」
「確かに、でもそれだからこそラークは負けそうだったのでは」
「そうですね、でも、だからこそラークは付け入るすきを見つけたのです」
「隙?」
「彼女の移動術は、平らな氷の上でしか使えません。だからラークは冷気の魔法ででたらめに氷をつけて、凸凹を作ったわけです」
「それで彼女は、それにつまずいたわけですね」
「その通り」
「すごいですねぇ、なんというか頭がいい」
「こざかしい、の間違いじゃないですか?まあ、僕の弟子ですから」
そう言うショウはとても誇らしげだったという。